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その名はジョブ・ホッパー

「斡旋所で紹介された菓子屋、ちょー外れだったんスけどっ!」


 青年が受付でレティに食いついていた。

 茶と黄色と黒。斑に染めた長い髪を頭上に縛っている。

 ずるずるの裾の上着を来ていて、一応半ズボンは付けているようだが、ワンピースのようにも見える。


 しまりのない顔と相まって……なんというか、あれだ。

 ちゃらい。


 そんなちゃらい青年は、この斡旋所では結構有名だった。


 本人の自称は、ドリイム・キャッチャー。

 履歴書の本名は、ジョブ・ホッパー。


 そんなホッパーさんは、十年前からあちこちに紹介されては、クビになったり、辞表を叩き付けたりして斡旋所ここに帰ってくる。もう転職数は二十回は数えるらしい。


 「ここはオレがいるべき職場ではなかったっス」というのが戻ってくる時の毎度の台詞だ。

 

 一応やる気はあるのだ。

 紹介されたり、雇い主と面接をしたばかりの時は、「この職場こそ、オレの夢の舞台っス!」と喜び勇んで飛び込んでいく。

 だが、大抵三か月から半年で帰ってくる。


 銀髪美幼女のレティが、淡々とホッパーを諭す。


「ホッパー、お前は早く辞め過ぎだ。おかげで最近の求人は『何度も職場を辞めた奴はお断り』と備考が付くようなった」

「えー、ひどすぎっスよ!」

「お前のせいで、他の方も困っている。反省しろ」

「はーい」


 ふてくされた顔をして、三十秒。


「で、次の仕事はないっスか!? なるべくカッコいいやつ!」 

「全く反省してないな」

「困りましたね」


 隣にいた癒し系のユーランが、おっとりと片手で頬を添える。

 ホッパーは目を輝かせて、ユーランの窓口に体を寄せた。


「じゃあ、じゃあ、ユーランさんに永久就職するっス! カッコいいヒモになるから養っふげらっ」


 レティに殴られ、斡旋所入り口付近まで転がされる。

 周りのお客さんは見慣れた光景に、別段騒がない。


 舐めたやろうを、人間離れした腕力でぶっ飛ばす幼女。

 超絶美幼女ぼくさつたんとうの名は伊達ではないのだ。 




「全くしょうがないお客さんね」


 エヴァ女史が奥からやってきた。

 ちらりと私に絶対零度の視線を送ってくれる。


 出戻ってきたのは私のせいじゃないのに!

 本当に、勘弁してほしい。

 隣であははとホッパーさんの醜態を笑っている男を呪う。


 女史が、頭をさすりながら地べたにあぐらをかくホッパーさんに声を掛ける。


「ホッパーさん、一応あなたの能力を買って新しい仕事はあるの。

 でもその前に面談ですわ。あなたの仕事に対する姿勢を問い直さなければならないですし」

「エヴェンジェリンさん! いつもながら美しい! 眩すぎる! 

 あなたと一緒ならオレはどこにでも行けるっス!」

「はあ。その台詞、あそこの男から欲しかったですわ。……まあいいわ。ついてきなさい」


 エヴァ女史の見事な胸をガン見しながら調子のいいことを言うホッパーを、求職者用の面談室へと連れていく。

 わんわんとご機嫌なホッパーは、鼻歌を歌いながら面談室に入っていった。


「なんというか……」

「女史は、ホッパーに甘い」

「なんというかほっとけない感じがして、つい手助けをしてしまうんですって」

「女史は、しょうのないダメ男に、騙されるタイプだ」


 レティとユーランが女史を評する。

 そうか。確かに基本的には面倒見のいいお姉さんだものな。

 ライバル(やめてほしい)と見なした私にも、なんだかんだと気を使ってくれるし。


「確かに。エヴァは昔からああいう面倒ごとに巻き込まれやすい。あいつは優しいから余計に心配だな」


 そう、隣の元勇者ダメオトコは、腕を組んで頷いている。


 お前が言うな!

 職場の全員が心の中で、究極駄目野郎ダメオトコひっとうに突っ込んだ。






 数日後。天気の良い休日だったので、私はミミィの猫用品を買いに行くことにした。

 この町は国の中でもそれなりの規模なので、ペット用の商品を扱う商会もちゃんとあるのだ。


 八百屋の息子さんや花屋のカイネさんにも挨拶をする。

 ミミィは今日は青のワンピースの前ポケットに入って、ポケット・ケット・シーだ。


 赤いレンガのドアを開けると、いつものどんとしたお腹がチャームポイントの商会のおじさんが迎えてくれるはずだった。

 しかし代わりに、いつぞやの斑髪の人物がエプロンを付けて現れる。


「いらっしゃーい」

「あ」


 びっくりした私の顔を見て、彼はんん? っと首を傾げる。

 しばらくしてああ! と手を打った。


「斡旋所の方でしたっけ。奥の机に座っていたっスよね」

「は、はい。そうですけど。よく覚えていらっしゃいましたね」

「ものを覚えるのは得意なんスよ。もっと可愛ければすぐに思い出したんスけどね~」

「そこは余計ですから」


 ずばしと突っ込みを入れる。

 でもまあ、実に正直な人だ。

 どこかの某借りパク野郎を彷彿をとさせる。


「ここに就職されていたんですね」

「ええ! ここはペットへの愛に溢れる素晴らしい場所っスね! オレは死ぬまでここで働きますよ!」

「良かったですね」

「ええ! ところで本日のお客様は、その可愛らしい猫ちゃんっスね? それともケット・シーちゃんで?」

「ケット・シーです」

「なるほど、流石に賢くお可愛らしいっス」


 ホッパーさんは、私のポケットからちょこんと顔を出したミミィに、うやうやしくお辞儀をする。

 意外に堂に入っている。洗練された動作だ。

 ミミィは元気よくお返事した。


「みゃ!」

「うんうん、いいお返事っス。それでどのような商品をお求めで?」

「みゃん!」


 しかも私よりもミミィの意思を優先する辺り、かなりできる。

 ご機嫌なミミィは白い体をするりと地面に下し、しっぽをぴんと立てると、猫用品の棚へ颯爽と歩き出した。


 商品棚は綺麗に整頓されいる。

 窓際で販売されている猫や犬、ミニピッグなどの毛艶も良好だ。

 売られるはずなのに、いつか素敵なご主人様に会える、今でも店員さんが好き! と目をキラキラさせている。

 前からお世話になっているけど、こんなに動物たちが生き生きしているとは知らなかった。


 私はホッパーさんを見直した。

 

「今日は、前になくなっちゃった、ケット・シー用のねこじゃらしが欲しかったんです」

「ほう、紛失とは気の毒っスね。どんなのがなくなったんスか」

「先にスズメバチが付いて、ブンブン回るやつです」

「ああ、デンジャラスシリーズね。最近入荷したのでいいのがあるんスよ」

「就職して数日で、もう全部の製品を覚えているんですか?」

「あんなのちょろいっスよ~。倉庫の中身もとっくに覚えったっス」


 本当に、いくら仕事をなくしても次があるはずだ。

 簡単に見本やカタログを示して、ミミィと私が、好みと値段の両方で納得できるものを聞き出してくれる。途中、他のお客が来てもそつなく対応できている。

 実に有能である。


「じゃあ、デンジャラスシリーズの最新版で、オオスズメバチが三匹ついた…」

「おいこら店主! いい加減貸した金を返せや!」


 突然乱入してきた、荒っぽい格好の男たち。見事なトラ柄の繋ぎ作業着をださく着こなしている。 


 あれって、以前フリッツにクレーマーとして〆られ、傭兵団事件でも〆られた元エンヴィー傭兵団の三人だ!

 ええと確か名前は、シャッキン、エロマンガ、ドベだったっけ?


 奴らは店の壁を蹴りつけて、周りのお客さんを脅し始めた。

 慌てて逃げ出すお客さんたち。


「エンヴィー・ギャング団から前借りした金の利子が払えないってんなら、このまま店を壊してやってもいいんだぜ?」 

「やめてください! お客さんがいるんです!」


 店主のおじさんが奥からお腹を揺らして走ってきた。必死に彼らを説得をしようとする。

 しかし、ゴロツキ三人組は聞く耳を持たない。


「前借りって言いうより、私がぶつかって汚したという、服のクリーニング代のことですよね!?

 後でちゃんと払ったじゃないですか!」

「あれはなあ、めちゃくちゃ高い服だったんだよ。アルワケネーダローニの新作だぜ? あんなんじゃ足りないね」

「特にジェイ・ユーのタグが外れちゃって直んねえのよ!」


 安いやつだって、ばらしてるし。

 ハラハラと見ていると、ホッパーさんが、ミミィに差し上げていた、サービスの綿毛ネズミの小物を地面においた。

 へらりと笑いながら、店主のおじさんの前に出る。


「オレの出番っスか?」

「ああ、頼む!」

「なんだよ、こんなちゃらいやつはブホっっ」


 いきなりシャッキンが吹っ飛び、外に放り出される。


 え? 今何が起きたの? 

 全く見えなかった。


 続けて、見えない何かによって、エロマンガとドベが放り出される。


「んじゃあ、二度と店に来ないように説得かたづけしてくるっス」


 ふら~っと、ずるずるの裾を揺らして外に出て行った。


「チサちゃん、大丈夫だったかい」

「ええ、大丈夫ですけど……」

「ホッパー君は護衛も兼ねて雇ったんだ。仕事もできるし腕も立つ。

 彼が店番をした店は、二度と暴漢が来ないと有名なんだ。

 一方で職場が続かないって評判だったけど、今日は本当に彼を雇って良かったと思ったよ」

「へえ、そうだったんですか」


 彼が何度も転職できる理由がこれかあ。

 腕も頭もあるし、機転もやる気もある。



 なのに、なんで続かないのだろうか。





 

 おじさんは、大きなお腹を揺らしながら、ホッパーさんが説得かたづけしている様子満足げに眺めている。


「これで二度とクリーニング代の割増しを要求されなくて助かるよ。なにせ」


 わははと、おじさんは続ける。


「なかなかお金が工面できなくて、売れ残りのペットを食肉に卸したりと大変だったからね」


 おじさんが、一瞬で消えた。


 え、どこ? とキョロキョロ周りを見回す。

 よく見ると、壁にめり込んだおじさんらしき物体がある。


「許さない」


 その前にはいつも間に現れたのか、静かに目を座らせたホッパーさんが立っていた。

 妙に姿勢がいいのが、ちょっと不気味だ。


 この騒ぎにも関わらず、ミミィは綿毛ネズミの小物をつつくのに夢中だった。

 しっぽをフリフリして、伏せて構えている。


「ペット商売をするものは、ペットを安易に殺すべからず。

 命を粗末にするものは、命を粗末にされると心得ろ」


 かっこいいけど……それ、店主だよ? 

 雇い主だよ!?


 私は足元で戯れるミミィをそのままに、茫然と立ち続けたのだ。






 職場で休憩時間。

 私のお菓子を横から奪い取ったフリッツが言う。

 

「ホッパー君は元々、暗殺者アサシン結社のホープでね。

 頭は切れるし、どこにも潜入出来るし、凄腕だったんだよ。

 ただねえ、ちょっと正義感が強くって」

「ダメじゃないですか」

「信念や筋が通ってない依頼主を、たまにさくっとヤってしまうから、結社で持て余しちゃって」

「本当にダメじゃないですか」


 ボリボリとカラメルをかじりながら、お茶を飲む。


「才能はある、能力も十分にある。どこまでも職業に真剣だ。

 だから、問題が生じるんだ」


 仕事に誰よりも真摯に取り組むことができる。

 しかし、真摯に取り組むあまりに、その仕事の『真髄』に、誰よりも早く行きついてしまう。

 そう、雇用主よりも。


 暗殺をしようとすれば、誰よりも殺しの信念を悟り。

 物を売ろうとしたら、誰よりも商売道を悟り。

 お菓子を作ろうとしたら、誰よりも客の立場にあった菓子を作ろうとし。

 工事現場にいけば、誰よりも環境に優しい掘削をし。

 戦争に行けば、誰よりも戦争美学に通じる。


 そして今回は、動物の幸せのために、ペット商売道に背いた店主を〆た。


 彼は道に外れることは雇用主でも許せないと、同様のことを、あちこちの職場で行っていた。


「結局、ある程度まわりのずるさやいい加減さを認めないとね。

 そして、自分から矯正をしないと。自分がありのままでいられる場所なんてないのさ」

「……フリッツさんは、十二分にありのまま生きている気がしますが」

「ええー、頑張って矯正したよ? 殺気がひどかったのもなんとか調整したし。

 それに今は、チサもいるしね」

「なんですか、それは」


 にっこりとお茶を飲むフリッツ。

 最近になって何かを学んだのか、肝心なことは話なくなってきた。

 ますます掴みずらい奴になりつつある。


「まあ、場所に拘るから辞めるはめになるのであって、

 仕事に拘るのなら、もうちょっとやり方があるよね」

「独立されればいいのでは?」

「まだこれがいい、というのがないんだって。

 だから色んな職場でやりたい方向を見極めたいらしいよ」

「それだけで済めば、話は早いんですけどね」


 もう一個お菓子を奪い取ろうとしたのを、必死にガードする。

 がるるるとうなって、引き出しにしまい込んだ。


「あーあ、残念。

 ま、ホッパー君みたいに下手に器用すぎるのも、問題だってことだよ」

「フリッツさんみたいに?」


「俺? 俺はこの上もなく不器用だよ?」


 ね? と奴は笑ったのだ。


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