リストラ求む(後編)
フリッツは今までになく真剣な表情をしている。
私は条件反射でとっさに引き出しを締めた。
「げ、ルード」
「フリッツさん!? なんでここに?」
「エヴァにチサをどこに飛ばしたのか聞いたんだ」
フリッツはつかつかと私のところに来ると腕を掴んだ。
手加減はしてくれているのだろうけど、結構痛い。
「職場に帰ろう。もう所長は説得してあるし、チサの机はちゃんと取ってあるよ」
「もう私の職場はここですから!」
「上司は大喜びだし、帰ったら高級店のケーキでお祝いしてくれるって」
「そういうことじゃなくて!」
「ピンクスライムも、ぷよぷよ感が減ってしまってね。君が居なくて寂しいみたいなんだよ」
「話を聞けこら!」
本当になんて自分勝手な奴なんだ!
ぐいぐいと私をひきずるフリッツの肩を、サマランチが抑えた。
「ルード。もうドルテは俺の部下なんだよ。勝手に連れていくな」
「倉庫の管理くらい、サマランチ一人で出来るだろう?
こちらはチサがいないと回らないんだ。返してもらうよ」
「回っていないのはお前の頭じゃないのか」
「そんなわけないよ。ただ、ハンカチを借りようにもチサがいないし、ファイルを借りようにもチサはいないし、手作り弁当を(無断で)食べたくともチサはいなし、いつもの横顔を眺めようにもチサがいないんだよ。本当に困っているんだ」
「お前、自分の台詞自覚してるのか!?」
サマランチが外してくれた腕をさすって、言い合いを始める二人を呆けて見ていた。
女史がちゃんとした辞令を出したのだ。
勝手に戻るのは、越権行為以外のなにものでもない。
そこまで私が、この人の隣にいる意味なんて、あるのだろうか?
「とにかく!
いくらエヴァンジェリンの嫌がらせが入っているとは言え、あいつはバカじゃない。
ドルテはこの倉庫の管理に何かしら役に立つと、ずっと上が判断したってことだ」
「そんなのどうやって証明するんだい」
相変わらず続く二人の言い合いを聞いていると、「みゃあ~」と鳴く声がした。
慌てて机に戻って引き出しを開けると、ちっちゃいケット・シー(でいいよね?)が飛び出した。
甘えたいのかなと両手を広げる。
が、それをスルーしてミミィは倉庫の奥に走りだした。
「ミミィ!?」
「みゃ!」
どうも倉庫内のスクラップたちに、好奇心がいたく刺激されたようだ。
いつもはポテポテと走るミミィが、白い弾丸と化して巨大な廃棄物の山に突っ込んでいく。
二本のちっちゃいしっぽもぴんと立ち、興奮しているのが見て取れる。
「危ないことはしないでね。 ちゃんと帰ってきなさいよ~!」
「みゃー」
さて、フリッツとサマランチの方はどうしたのかと振り返る。
先ほどまで二人がいた場所には、大きな黒い穴が出来ていた。
私が近づくと、にゅっと腕カバーのついた、人の腕が伸びる。
「ひっ」
すぐに人の腕は何かに引っ張られて、引っ込んでしまった。
「ふう。やはりルードは化け物だな。普通のやつなら暗闇の中で昏倒しているんだが」
サマランチがよれよれになって、机に寄りかかっていた。
どうやら、異空間魔法とやらを発動したらしい。
「これ、どうするんですか?」
「どうするもこうするもない。これは正式な人事異動だ。
それをこのバカには納得してもらうしかない」
せっかく念願の部下が来たんだ。
多少面倒だからって、追い返すなんてしないさ。
「せっかく異空間魔法を使えるネコマタ、いやケット・シーもいるしな。
その辺を上手く上層部に伝えられれば、すぐに出戻りすることもないだろう」
赤髪の魔法使いはそう言いながら、私を上から下まで眺め、首を捻る。
「しかし、あいつ、こんなファニーなのが好みだったのか。
たしかに美女や美少女がどんなに言い寄っても、のらりくらりと躱すわけだわな」
「ちょっと! 失礼ですよ! そりゃあ自覚はありますけど!」
「しかし……よく見れば……なんとなく……可愛い部類だな、うん。自信持て」
「その間が更に失礼ですから!」
さて、とサマランチは何かを唱える。
黒い穴をズズズ、と地面を移動し始めた。
「ちょっとこれを斡旋所のエヴァンジェリンに渡してくるわ。
俺の机にある、在庫一覧の整理をやっといてくれると助かる。人員表と同じ要領でいいから」
「分かりました」
乱雑に散らばっている在庫表をかき集めた。
そして、番号や入庫日に合わせて整理していく。
壊れた魔法具が大部分だが、遺跡から発掘された遺物も混じっている。
重要な品でないとみなされたものが、ここに集めてあるようだ。
「あ、霊獣召喚のメダル。ここにも記載があった。
へえ、成功率が宝くじの一等よりも低いから不人気なんだ」
他にも面白い遺物が乗っている。
おなら修正テープ(1分前のおならをなかったことにできる)
魔女っ子変身ベルト(オスのオーガ限定)
なんだか不思議なお面(裏に血がべっとり)
ブチャイクウサギ瓦 (ほんとブチャイク)
「ブチャイクウサギ瓦が気になるなあ。見てみたいなあ……あれ?」
恐ろしい顔をした竜(ティラノちゃん十四歳)
「これって、おもちゃ?」
「みゃーん」
ドシン、ドシン、と倉庫が揺れる。
大きな影が私に掛かった。
上を見上げると、竜の化石骨格。
これがティラノちゃん十四歳。
そして頭のてっぺんには小さなケット・シー。
「ねえミミィ。遊ぶにはちょっと規模が大きくないかな~」
「み!」
問題ないよ! といっている気がする。
でも私には、問題大ありだから!
机から逃げ出すと、ティラノちゃん十四歳は勢い余って机にぶつかり、私とサマランチの机を吹っ飛ばしてしまう。
どんがらがっしゃん!
椅子が転がって入り口にまで転がっていく。
「みい!」
ダメだよ! とティラノちゃん十四歳を叱っているようだが、思春期なのか暴走が止まらない。
頭蓋骨の頭の上でちっちゃい爪を立てて、振り落とされないように踏ん張るミミィ。
危ない! 助けなきゃ!
「こいつは再構築魔法だ!
このネコマタ、いやケット・シーは、この骨竜がいた世界の姿を再構築したんだ」
サマランチは倉庫に飛び込んできた。
慌てて黒い穴を作り出す。
ティラノちゃん十四歳が、大人の作り出した黒い罠にずぶずぶと嵌り出す。
「動きが止まったな。よしドルテ、あの遊びが過ぎたケット・シーに再・再構築を命じろ」
「何を言っているんですか! 魔法なんてさっぱり分かりませんよ! それに可愛いミミィに命令なんて許せません!」
「ああもう、お願いでもどうでもいいから、元に戻すように言えっ」
しぶしぶと、頭に乗っかったままのミミィにお願いした。
「ミミィ! この子はおうちに連れて帰るにはちょっと大きいから! 戻してきてね!」
「みゃーん!」
ミミィが大きく長く鳴くと、ティラノちゃん十四歳は崩れ始めた。
崩れる足元からジャンプして、私のケット・シーは胸元に飛び込んできた。
更にミミィがもうひと鳴きすると、崩れた骨たちが浮かんで元来た場所へと戻っていく。
大量の骨が空間いっぱいに浮かんで、流れていく様子は壮観だった。
サマランチはその様子を感心して眺め、私の胸元にすりすりするミミィを向いた。
「もしかしたら、そのネ、ケット・シー。
俺がドルテが使えるうんぬんと言ったから、倉庫管理の実力を見せようとしたのか?」
「ごろごろ…‥みゃ!」
私に喉をくすぐられ、ご機嫌にお返事をするミミィ。
「なるほどな、これほどの才能があれば、巨大倉庫や遺物たちの管理も随分と楽になる。
よしドルテ、文句なしだ。フリッツがいくら能力でケチをつけても、その点は覆せる」
「本当ですか!?」
やった!
これで借りパク野郎と完全におさらばだ!
「だが、お前は出戻りだ」
「は!?」
いきなりの再リストラ宣言に、私は愕然とした。
「人材斡旋所の所長がな、王に直接に掛け合ったんだ」
「え、なんで!? なんで所長がそこまでするんですか!?」
「どうやら、すっかりルードにほだされたらしくてな……」
異空間魔法で首だけ飛び出たシュールなフリッツが言ったらしいのだ。
「俺をリストラしてください」
公務員は自分から出向先を求めるのは厳禁だ。
自分から言い出すとなると、それは解雇も覚悟しなければならない。
あれだけ正社員に拘っているフリッツが、解雇も覚悟とは。
所長と青ざめた副所長は再度確認したらしい。
なぜ、そこまでチサ・ドルテに拘るのかと。
奴は言ったのだ。
もちろん、彼女が隣にいてすぐに借りパクできる環境がないと、どうしても仕事が捗らない(最低だ)。
それに、私に、借りパクについて謝るチャンスが欲しいのだと。
毎日の職場の中で、さりげなく謝っていきたいのだと。
特にこの前、私の家で(無断で)食事をした時がまずかったらしい。
手を洗ってから手を拭こうと、その辺のハンカチを借りて、そのままズボンのポケットに入れて帰ってしまったら。
それは……。
「パ、パンツだったんだと……! ピンクの!
女史はなんてものをルードに掴ませるんだともうカンンカンで! ぎゃはははは!」
「あいつ……殺す……!」
サマランチはげらげらと腹を抱えて笑う。
「しかも、所長がすっかり同情しちまったんだ。
倉庫の補助も大切だが、ルードの男としての汚名を挽回する機会も、大切だってことになってな」
笑いながら、私を指さす。
「で、お前は出戻り」
「そんなひどいです!」
「仕方ないよ、元勇者にこの国はみんな甘いから」
ちょっとつまらなそうにサマランチは言い、代わりの勤務について教えてくれた。
人材斡旋所に本籍は置くが、時々こちらに出向する形になったらしい。
「手伝ってはもらうけど、週一回だな。
異空間魔法の補助ができるのなら、事務処理もそんなにいらないし。ま、兼任ってことでよろしく頼むよ」
すっかり落ち込んだ私に、サマランチが手を差しだした。
はあ。またこれか。
週一でも、ちょっとは息抜きができると思うしかないのか。
でもまあこの人、なんだかんだいって常識人だし、安心できるかも。
私は彼の手を握り、今後の生活を思い浮かべるのだ。
ミミィも胸元で「みゃーん」と可愛く鳴いた。
「で、どうして机が増えているんですか」
「あー、すまん」
「やあ、チサ。ここでも隣同士だね。よろしく頼むよ」
王立第三倉庫。
私の机の隣に、新しい机。
申し訳ない顔をした、サマランチの斜め前の席。
奴がにこやかに座っていた。
「ちょっと所長にお願いしてね。ここでも週一お手伝いさせてもらうことにしたんだ」
「ふざけんなー!」
奴による被害は、どこに行っても、とどまることはないようだ。
ミミィ、私を癒してー!