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借りパク勇者とケット・シー

あまり推理っぽくないです

 私の机の中には、ケットシーが住んでいる。



 王立人材斡旋所。

 ここは去年就職した職場。

 憧れの公務員に無事になれた私は、主に事務や雑務を担当している。


 休み時間には、上の引き出しにため込んでいるクッキーを一つ取り出し、右下の引き出しを少し空ける。

 にゅっと出てくる、ちっちゃな白い前足。

 ピンクの肉球にクッキーを乗せると引っ込んだ。

 可愛い。


「食べカスこぼさないでね」

「みゃ」


 可愛い。

 周りをきょろきょろと見回して、クッキーを一口。

 じーんと口の中でほろりと広がる甘みに感動する。

 これぞ職場での癒しの一時……だが、その至福もある男の声で一瞬に終わる。


「おいチサ、ハサミ借りるぞ」

「! ちゃんと返してくださいよ」

「分かった分かった」


 慌てて引き出しをしまう私にお構いなしに、私の机からハサミを取り上げ、去っていく男。

 きっとあのハサミは返されない。


 事務職員というよりは戦士といった鍛え上げられた体躯を持ち、黒髪の短髪に切れ長の鋭い目が印象的だ。私よりも10歳ほど上らしい。

 彼の名は、フリッツ・ルード。

 またの名を、「借りパク勇者」フリッツ・ルード。

 少し前まで、本当に勇者として王国に選ばれ、魔族と戦ってきたフリッツ。

 なのになぜこのような小さな斡旋所で一職員として働いているかというと、原因は二つある。


 一つ目は魔族との講和。魔王と人間の各国との和平が実現し、勇者は軍縮の目玉となったから。しかも本人たっての希望だったらしい。

 二つ目はフリッツの悪癖。借りパクのせいだ。




 そもそも「借りパク」という言葉を知っているだろうか。

 人のものを借りておきながら、さりげなく自分のものにしているというやつだ。

 つまり借りてパクる(盗む)。


 借りパクをする方は全く悪気がなく、「いつか返せる自分」というものを信じている。

 それが理想の虚像にしかすぎないとは知らず。

 なので後から返せと言うと、返すつもりだったのだと切れる。

 例えれば、寝る寸前まで遊んでいた子供に、ママに学校の宿題終わったのと聞かれ、「やるつもりだったのに!ママはボクを信じてないの!?」と切れるのと少し似ている。


 しかも借りパクに慣れた人間は、たいてい借りるときに持ち主に確認するという大切な作業も疎かにしがちだ。

 フリッツのように。




 この斡旋所に来た経緯は、まさに彼の悪癖がきっかけだった。


 所長から聞いた話だが、勇者一行が長い旅を終えて帰ってきた時に、事件は起きたそうだ。

 奴はうっかり王様のカツラを臣下の目の前で借りパクして、愛馬の鬣の補強に使っていたことがばれたのだ。

 もはや誰もフォローできないほどの犯罪であった。


 爵位どころではなく、処刑というところまできて、フリックはふつうに就職したいと申し上げた。


「勇者なんて成果しかみない不安定な仕事はもうしたくありません。

 貴族なんて貴族同士の見栄の張り合いが窮屈な仕事もしたくありません。

 ふつうに仕事して、ふつうに給金もらえる正社員になりたいです。できれば公務員で」


 そして、うかつに王様を怒らせた(噂ではなぜか王妃様も怒らせた)フリッツは、私のいるこの職場に一職員として就職したという。

 ここが選ばれた理由は、過去に賢者と言われた所長が、勇者の旅の仲間だったから。

 縁故入社である。





 それでも奴は仕事はできる。

 公務員になろうと毎日を頑張って生きていたら、勇者に勝手に推挙されてしまったという本人の話は伊達ではない。

 今は本日の仕事をさらっと片づけて、所長に仕事の相談をされているところだ。


 異界と化した隣の奴の机には、黒いオーラを放つ魔法書、怪しげな民芸品、うねる触手などが鉢の中で蠢いている。

 どれも奴が世界中を回った勇者時代に借りパクしてきたものだ。

 もう返す人すら分からなくなったらしい。ひどい。


 しかし、ちょっとだけ羨ましかったのは、フリッツの机に鎮座する腕パッド。

 ぷるぷる震える、あれはピンクのスライムだ。

 「夏は冷たくて気持ちいいんだよな」と持ち主が愛用している、手首まで包んでくれるスライムパッド。

 フリッツがいないときたまに目(?)が合うと、ぷるん、と合図をしてくれる。

 お茶目なスライムに胸がキュンとくる。




 ケット・シーとの出会いも、フリッツの借りパクのせいだった。

 ある日フリッツの異空間が、とうとう私の机の一部に浸食したからだ。


 借りパクされたインクを、奴のいない隙に奪い返した際、インク壷の底に魔法のメダルがくっついていたのだ。

 後で聞いたがスライムを召還するときに知り合いの魔法使いから借りて、そのまま紛失していたものらしい。やはり犯罪だ。

 私はメダルが張り付いたままのインク壷を、そのまま右の引き出しに放り込んだ。


 そして。

 次の日に引き出しを空けると、なんとモンスターが召還されていた。

 穏やかで知能の高い猫妖精、小さなケット・シーが「みゃあ」と鳴いていたのだ。白い毛並みに青い目、二本のしっぽ。

 心臓が止まるかと思った。萌えすぎて。


 この小さいケット・シーはまだ子供で、人語が話せない。

 そして、私がミミィと名付けたケット・シーは引き出しの中に住み着いた。

 引き出しの中はケット・シーの魔法で疑似空間が作り出され、明るくそよ風がふく草原のようになっている。

 そしてミミィはお菓子が大好きだった。

 特に私の手作りのものが大好きで、かけらも残さず、指にまでむしゃぶりつく。


 本当の常識人なら、メダルと一緒にケット・シーも返さないといけないのだろう。

 そうしないと自分も借りパク野郎と同列になってしまう。

 しかし、名前まで付けてしまった愛らしいケット・シーを返すなんて私にはもうできなかった。

 仕事や借りパク勇者に与えられたストレスは、この子でしか癒されないのだ。


 それ以降、職場の上司にもフリッツにも内緒で飼っている。






 最近のフリッツの借りパクは、とどまることを知らない。

 というか、殆ど隣の席の私に被害が来る。


 今日は私の傭兵の人員管理ファイルを、お湯で戻す携帯食(探索者御用達で結構美味しい)の重石代わりに使った。おかげで紙の表紙はしわしわだ。

 私はキレた。しわしわファイルを机に叩き付ける。

  

「いい加減にしてくれませんか! これは私だけの物ではないんですよ!」

「いやすまん、うっかり君の机にあるものだから」

「私のものならなんでも取っていいと思っているんですか!」

「いやほら、机の中は開けてないよ?」

「そもそも開けるものではありません! 上に置いてあっても盗らないでください!」

「でもさあ、なんかつい、目に入っちゃうんだよね」

「見るな! 取るな! 持っていくなー! そして、返せ!」


 私の怒鳴り声をヘラヘラと受け流すフリッツに、ますます怒りが込み上げる。

 斜め前の席の、いつも穏やかな中年上司がまあまあ、と取り成してくる。


「フリッツ君は、以前危険な遺跡や魔法関連物も持ち帰っていたらしいよ。今は君一人の被害で済むのだし、我慢してくれないかな」 

「できません!」


 思わず職場の同僚たちを見回すが、全員目をそらしやがった。

 フリッツはそうそう、とへらへら笑っている。

 そのツラを見ていると、にぎった拳が思わず震えた。

 結局ぐぐぐと堪えて、椅子に座るしかなかった。




 あと、まさかとは思うが……昨日雨に濡れて着替えをした時、椅子の足元の袋に入れておいたブラジャーがない。

 まさか、まさかね……。

 





 私は燻る気持ちのまま仕事帰りに公衆浴場に入る。

 いつもは幸せなはずのお湯に、まったく癒されない。

 とっとと浴場を出て、町はずれのアパートの自室で、服を放り出して下着になった。

 しかしいつもは開放感にあふれるこの姿でも、やはりすっきりしない。

 仕方なくベットの上に置いてある、お気に入りのピンクのクッションを殴りまくった。


「なんなの!? なんなの!? あいつなんてとっとと投獄されればいいのに!」

「みゃー」

「はっ!? ミミィ?」


 なんといつも職場の机の中にいたミミィが、窓辺に置きっぱなしだった空の植木鉢に丸まって入っていたのだ。可愛い。

 いつの間に付いてきていたのか、どうして家に入り込めたか。

 そんな疑問はミミィの可愛らしさの前にすべて吹っ飛んだ。

 ベットの上にミミィを持ち上げて頬ずりする。頬をざらついた舌でたくさん舐めてくれた。


「ああミミィ、あなただけが私の味方よ」

「みい!」


 元気の良い返事に。ますます気分が上がる。

 ケット・シーほど癒されるものはない。

 どんなにむかつくことがあったとしても、ケット・シーさえ居ればあとはなにも要らない。

 その夜はもふもふのミミィを胸に抱き抱えて、ぐっすりと眠れたのだ。


 次の日、ミミィのためにフライパンで美味しいパンケーキを焼いた。

 とっておきのハチミツとバターをたっぷりと掛ける。

 じんわりとハチミツが染み込んだ一切れを、手にとってミミィにあげる。

 ちっちゃいケット・シーは大喜びで、自分の顔よりも大きな一切れにかみついて、私の指にまでついたハチミツをなめとった。

 ザラザラなちっちゃい舌もたまらない。


 職場に出勤する前に、ミミィは鞄の中に入ってくれた。

 チョコンと顔だけを出す姿がまた可愛い。


「やあチサ、おはよう!」

「おはようございます」


 今日は幸せに満ちた一日になるに違いないと確信を持って石畳の道を歩くと、いつもの八百屋の息子さんが挨拶をしてくれる。

 帰りにリンゴでも買っていこうかなと商品をちらりと眺めると、ぎゃっという声がした。

 顔を上げると、八百屋の息子さんが下半身を抑えてうずくまっている。


「大丈夫ですか!?」 

「ダ、ダイジョウブ、デス」

「全然そうは見えませんよ!?」

「イイエ、オキヅカイナク」


 息子さんは脂汗を掻きながら背中を向けてしまった。

 心配ではあったが、奥から女将さんが様子を見に来たし、時間も迫っていたので仕方なく職場に行くことにした。




 それからだった。

 私の机の周辺のものが、大量になくなり始めたのは。


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