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秀頼の眼  作者: mino
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秀頼の眼 5

白銀の日光が射しこめてくると思っていたのに天守閣へ入ってきたのはぼんやりとした月明かりだった。

「ホホホ、がっかりじゃったのう。確かにわらわは日の光に弱い。じゃが朝が来るまであとどのくらいかかるのかのう?」

美しい女性が扇で口元を隠して笑う。

「な、何て事だ・・・。夜になっているだなんて。」

大男は城下の松明の灯りを見つめてそう言った。

(大陸の方に天候や時を操る術があると聞いた事があったが・・・。いやはや歩いた廊下の距離の割に多い疲労度に違和感があったがまさかここまで時間を狂わされていたとはまったくもって驚きじゃ。)

赤備えの鎧武者は口の端を上げ苦笑いを浮かべた。

「夜こそ我が力を存分に発揮出来る時間ぞ。死兵が死兵を作りその死がわらわに力を与える。そしてその力を使ってわらわは・・・。」

美しい女性がそこまで喋ったところで赤備えの鎧武者が大きなため息をついた。

「ハァ〜ぁ、まぁそれ程日光に期待はしてはおらなんだし、家康殿との戦の事もある(ゆえ)早目に終わらせた方が楽かと思っていた程度でござるから別に夜になったところで構いませぬよ。暗くとも月明かりがあれば拙者山育ちなので明るさは十分。」と言った後に深く息を吸って

「そろそろ本当に終わりに致しましょうぞ。」と槍を構えた。

「真田殿・・・。」

大男は月明かりの下颯爽と紅く輝く赤備えの鎧に見とれた後に大きく頬を両手で叩き「終わらせましょうぞ!!」と叫び大木槌を拾い上げた。

「侍女共がいなくなって安心したのかえ?馬鹿よのぅ。『アレ』を操ってたはわらわぞ!!」

美しい女性はそう言うと背中から生えた巨大な虫の脚を使って床はもちろん壁や天井を縦横無尽に這って赤備えの鎧武者へ突進した。

「むぅん!!」

赤備えの鎧武者が気合いと共に今までよりも鋭い突きを見せる。

『ガギィン!!』という鈍い金属音を鳴らし美しい女性の突進が止まる。しかし槍を突き立てた巨大な虫の脚をには怪我一つ無い。

「やはり硬い、狙うは付け根か。」

赤備えの鎧武者はそう言うと飛び上がり槍を上から振りかぶって美しい女性の背中を狙った。

「甘いわ!!」

美しい女性は背中を隠すように体をのけぞらせる。

「『甘い』のはそちらでござるな、先程の言は方便。本命は心の臓にござるよ。」

赤備えの鎧武者は振りかぶった槍を素早く持ち替え突きの姿勢になると大きな(ねじ)りを加えて美しい女性の胸へと槍を突き立てた。

『ガギィン!!!』先程の巨大な虫の脚に槍を当てた時と同じ音がして切っ先が弾かれた。

「くっ、人間の体部分ならいけると思うたのに。」

美しい女性の背中から伸びてきた巨大な虫の脚をかわしながら赤備えの鎧武者が(うめ)いた。

「そんな、先程は顔を切る事叶うとたというに!」

大男がそう言うと

「『先程』?あぁ、日の光が射していた場所での事かえ?」と背中の脚で天井に引っ付いた美しい女性が楽しそうに言った。

「くそぅ、やはり夜では勝てんのか!!どうすればよいのじゃ!!」

大男の投げやりな言葉に

「死ね、死んでしまえ。貴様らは死兵として(よみがえ)らせたりはせんぞ。皮を剥ぎ肉を削ぎ骨を砕いてやるわ。」と美しい女性は答えた。

赤備えの鎧武者は槍を肩にかけ頬をかいた後に

「動く死体に時を操る術に鋼の身体、まったくもって我らに随分と豪勢な持て成しをして下さるのですなぁ。お代はこちらでござるかな?」

と首からかけたヒモをたぐり胸から巾着袋を取り出した。

巾着袋の丸い膨らみに美しい女性の両目は顔の皮が引きちぎれんばかりに広がった。

「よこせぇぇぇ!!『ソレ』をよこせぇぇぇ!!!」

美しい女性は背中から生えた巨大な虫の脚を全部使って一直線に赤備えの鎧武者へ猛突進した。

「怒りで動きが単純になりましたぞ。」

真っ直ぐ向かってくる美しい女性に赤備えの鎧武者は槍を上から大きく振りかぶった。

「せぇぇい!!」

大きな怒号と共に真っ赤な槍が振り下ろされると槍はまるで弓の様にしなって十文字の横の刃が美しい女性の背中へと吸い込まれていく。

『ゾグゥン!!!!』

繊維の多い木に斧を深く突き立てた時の様な音が天守閣に響き渡った。

「ギィヤァァァォァァ!!!」

その後に聞いた者の命を削り取るような悲鳴が響いた。

槍の刃は美しい女性の背中に切っ先一寸程突き刺ささっていた。

「心の臓を差し出してまで背中をかばっておったので怪しいと思っておったが正解じゃったな。『虫の脚』でも『人間の体』でもなくその『つなぎ目』が弱点か。それ仙石殿!!」

赤備えの鎧武者の声に反応して大男が大木槌を振りかぶる。

「そぅれい!!」

美しい女性の背中に突き立てた槍へ大木槌が勢いよく振り落とされる。

『ズドォォォン!!」

という轟音と共に槍は穂先から折れてしまったが

「ギィイィィヤァァァオァァ!!!!」

という絶叫、大木槌の一撃によって背中に刺さった槍の刃は更に深く突き刺ささり貫通して胸から切っ先が飛び出した。

「まったく・・・、自慢の宝槍を。馬鹿力め。」

折れてしまった穂先を見つめ赤備えの鎧武者がつぶやいた。

美しい女性は胸元から出た刃を両手で掴み床をのたうち回っている。

「何と憐れな・・・。介錯(かいしゃく)つかまつる。」

大男はそう言って床に突き立てていた刀をとるとうつ伏せになりすっかり動かなくなった美しい女性の元へと歩み寄った。

「待て、仙石殿。」

止めようとする赤備えの鎧武者へ対し大男は

「見ろ真田殿。身体は一回り小さくなり背中より生えし醜悪(しゅうあく)な脚はまるで枯れる寸前の花の様だ。今なら首に刀も通るであろう。終わらせるのだ。これで。」

そう言って刀を振りかぶった瞬間美しい女性はまるで深海魚の様な大きな目とキバの生えた口で大男に飛びかかった。

「ぬおぅ!!」

咄嗟(とっさ)に身をひるがえし凶悪なキバを左手の小手で受け止めたが小手はあっさり悲鳴を上げて砕け散った。

「ぐおぅ!!」

大男が左手を抑えてうずくまる。床には鮮血が滴り落ちている。

「仙石殿!」

赤備えの鎧武者が折れた槍で突くも美しい女性は素早く飛び退き真っ赤な目をこちらへ向け口から何かを吐き出した。それは肉塊だった。

「くぅぅ・・・。」

大男は素早く止血を行い刀を握り立ち上がった。

「まだそんな力があるとは・・・。」

大男はそう言いながら赤備えの鎧武者と共に距離を詰めていく。

「観念なさりませい。見苦しいですぞ。」

大男のその言葉に美しい女性は肩を揺らして笑い始めた。

「な、何がおかしいのか?最早(もはや)淀殿に勝ち目はござらん!」

「そうじゃのう、あれ程おった侍女達もみぃんなお主達に(ころ)されてしもうたわ。さぞかし無念じゃったろうのぅ。お主達を呪い殺したくて呪い殺したくて仕方ないじゃろうさ、生贄にでも何にでもなるくらいにな。」

そう言うと美しい女性は手に持った肉塊をこちらに見せつけた。

「しまった!!」

赤備えの鎧武者がそう叫んで飛びかかるも

「遅い!!『生贄』、『名前』、『体の一部』呪殺の条件そろうたわ!!」

そう叫んだ後に邪悪な笑みを浮かべて美しい女性は

「仙石秀範殿・・・、お死になされ。」とつぶやいた。

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