秀頼の眼 3
「さて、憶測の話はここまでじゃ。それよりも大事な情報をワシにくれ。各地の戦況やいかに?」
赤備えの鎧武者は何かを書いた紙をいくつかの封に入れてそう言った。
「各地の戦況をそれぞれの物見が書き記したものにごぞいます。」
若者はそう言いながら懐から数枚の書を取り出した。
赤備えの鎧武者はその書をパラパラと見た後「ま、だいたい予想通りか。」と言った後に少し顔を曇らし
(唯一の誤算が大き過ぎますぞ、後藤殿・・・。)と心の中でつぶやいた。
「さて、申し訳ないがお前にはすぐにまた戦場へ行ってもらいたい。」
赤備えの鎧武者はパッと顔をいつもの飄々(ひょうひょう)とした表情に戻して先程まで書いていた書を入れた封を若者へ渡した。
「これを各地の諸将に渡して欲しい。」
そう言った後に『ニヤリ』と笑って
「『真田信繁より必勝の策にござる』と伝えよ。しっかりと頼むぞ。」と言った。
若者は赤備えの鎧武者の晴れ晴れとした顔と渡された封を交互に見た後
「ハハァ!かしこまりました!この命に代えても!!」と言った。
封を大事そうに懐に入れた若者が走り去るのを見た後大男が「真田殿、『必勝の策』とはいかな策か?」と聞くと
「ん〜、内緒にござるよ。仙石殿には関係ござらん策にて。」
赤備えの鎧武者はニンマリ笑ってそう答えた。
「な?!くっ!別にいいわい!それよりも秀頼様の名で出した書状には何を書いたのだ!それには答えてもらうぞ!」
大男が眉間にシワを寄せてそう言うとその問いには
「『無駄に死者を出すな。』と書き申した。」とあっさり答えた。
「さて、今日一日は大きな動きがなさそうなのがわかったのでそろそろ行くとしますかのう。」
赤備えの鎧武者はそう言うと立ち上がり大きな伸びをしてから十文字槍を手に取った。
「お、おぅ・・・。」
大男は天井を見て『ゴクリ』と口に湧き出したツバを飲んだ。
「ん?怖いのなら来なくても良いのだぞ仙石殿。」
赤備えの鎧武者はそう言いながらどこからか出した小さな巾着袋に白い球体を入れて首から下げた。
「ああっ!!そ、それはワシの御守り入れではござらぬか!!い、いつの間に?!」
大男が自分の首をまさぐりながらそう叫んだ。
「先程階段からお主を突き落とす時に槍に引っかかっておったわ。『コレ』を入れるのに丁度良い大きさだと思ってのう。」
大男は自分の胸元を抑えながら「返してくだされ!それは母が送ってくれた大事な御守りなのじゃ!!」と言って懇願すると「ほれ、中身はここに出してある。」と赤備えの鎧武者は古びた紙を大男に渡した。
「巾着袋も返してくだされ!」
大男が女々しくも手を差し出すと
「これから共に魔境へ向かおうという時にお主ばかり護られているのはズルいぞ。ワシにもお主の母親の加護を少し分けてくれんかのぅ?お主は中身、ワシは巾着袋、それで良いではないか。」と首から下げていた巾着袋を鎧の胸元へ入れた。
赤備えの鎧に吸い込まれていく巾着袋を見て大男は
「・・・、後で絶対に返してもらうからな!」と言った。
「さて、ハシゴを用意してくれ。」赤備えの鎧武者がそう言うと「灯りもじゃ!!」と大男が腰の刀を抜きながら大声でそう言った。
「おいおい、『灯り』はいらんよ。まだ昼前じゃ。それよりお主は大木槌を持て。」
大男が赤備えの鎧武者の言葉に首を傾げていると
「木窓を壊して進むのじゃ。あの手の類は日光に弱いものじゃろ?たぶんじゃがな。」赤備えの鎧武者は持ってこられたハシゴを天井にかけると大木槌が用意される前に
「では!飯も済んだ故、真田信繁推参いたしまするぞ!!」
と大きな声をあげ天井を塞ぐ木戸に再度十文字槍を振るった。
「おお!!」
ハシゴや大木槌を持ってきた若侍や侍女が感嘆の声を上げる。
重く天井を塞ぐ木戸は先程の様に跳ねあげられるのではなく今度は十文字に切り裂かれ四つの破片となって落ちてきたのである。
「さ、行くぞ仙石殿。」
赤備えの鎧武者のその言葉に大男は『ブルッ』と武者震いした後に大木槌を握り直し「応よ!!」と答えた。
勇ましくハシゴを登った大男だったがすぐに不安な声を出した。
「・・・、さっきまでここに転がっていた侍女達の骸は一体どこに?」
『パシュン!』という音がして大男は「ヒャァ!」という情けない声を出して自分の持っている大木槌に抱きついた。
先程の音は赤備えの鎧武者が槍にて木窓を切り払った音だった。
「『何が起きてもおかしくない』、先程そう言ったではないか。骸が消えるなぞ些少な事よ。」木窓が取り払われて日光が射したせいか赤備えの鎧が更に赤く見える。
大男があまりに鮮やかな赤に見とれていると「仙石殿ぉ!!」と赤備えの鎧武者が叫び大男へ槍を振るった。
「ひ、ひぇっ!!」
十文字槍は大男の頬をかすめ背後へと伸びた。
その切っ先は大男を襲おうとしていた真っ黒い空洞の目と口をした侍女の頭を刺し貫いていた。
「仙石殿!!」
赤備えの鎧武者の言葉に我を取り戻した大男は「うおぉ!!」という掛け声と共に持っていた大木槌をまるで木刀の如く軽々と振り回し槍に貫かれていた侍女を壁ごとなぎ倒した。壁を抜け外に投げ出された侍女は「う゛おぇぇぇぇ!!」と無念の塊のような声と目や口から真黒い虫を吐き出し下へ落ちていった。
壁に大きな穴が開き室内が奥まで見えるよう明るくなるとまだ暗闇に支配されている奥の方から『キチキチ・・・、キチキチ・・・。』と嫌な音が聞こえた。
「日が落ちる前に化け物退治でござるな。」
十文字槍を構え直し赤備えの鎧武者はそう言った。
二人は地道に一つ一つ木窓を打ち払い壁に穴を開けながら進んでいた。
「あの階段から天守まで何度も通った廊下だというのに何と長く感じる事か。」
大男が額の汗を拭いながらそう言うと赤備えの鎧武者が打ち破った木窓から外を見て「・・・、何かおかしいな。」とつぶやいた。
「少し慎重になり過ぎてたかもしれん。急ぐぞ仙石殿。」赤備えの鎧武者はそう言うと木窓を打ち払うのもそこそこに早足で暗い奥の間へと進んでいった。
「ちょっ、お待ちくだされ真田殿。まだ日は高く上がっておりまする。秀頼様の事は心配なれど助けに向かう我らに何かあっては・・・。」
大男が木窓を大木槌で叩き壊しながらそう言うと『バシュッ!』っという音が聞こえ暗闇から何かが転がって来た。
「ひ!ひやぁぁ!!」
大男が悲鳴と共に尻餅をつく。
転がってきたのは侍女の生首だった。それもまだ顔がピクピクと動いている。
「南無!!」
大男はすぐに立ち上がり大木槌で動く生首を叩き潰した。
潰された生首から真黒い虫が大量に溢れ出す。
「ひやぁぁ!!なんじゃこの気味悪い虫は?!」
大男がそういうと溢れ出た虫達は大男めがけて這いずりだした。
「ひぇぇ!!来るな!来るなぁ!!」
大男が大木槌を振り回すと近くにあった木窓を壊しそこから日光が射し込んだ。すると日光に当たった真黒い虫が『シュウシュウ』と白い煙を出して消えていった。
「は、はは!やはり日の光が弱点か!よし、天守の風通りをよくしてやるわ!!」
大男が頭上で大木槌を振り回すと暗闇の奥から大きな破壊音が鳴り『ポッ』と日の光が射し込んだ。
「仙石殿!所々に大きな穴を開ければそれで良い!急ぐぞ!」
赤備えの鎧武者のその言葉に「あ、それもそうじゃな。」と呆けた感じの声を出して大男は「さ、真田殿!お待ちくだされ!!」と言って走り出した。
大男が壁に大きな穴を開けている最中に襲い来る動く骸を赤備えの鎧武者が打ち果たしていく。
順調に天守閣へと進む二人だったが赤備えの鎧武者の眉間にはシワがよっている。
「やはり何かおかしい・・・。」赤備えの鎧武者が再度つぶやいた。
「何かおっしゃいましたかな真田殿!そぉれ!!」
大男は最早手慣れた感じで壁に穴を開けていく。その顔には少し笑みすら見えるようだ。
「それにしても嬉々として天守を打ち壊すそなたを見て秀頼様は何と申すのであろうな!」
赤備えの鎧武者がいたずらっぽくそう大声で言うと
「・・・何と意地の悪い言葉じゃ。ワシだって好きでこんな事をしてるのではないのだぞ。」大男が唇を突き出してつぶやくと「さて、そこを登れば天守閣にござる。」と赤備えの鎧武者が言った。
真っ黒いドロドロとした空気を吐き出す階上の暗い穴に大男の額に冷たい汗がプツプツと湧いた。
「灯りが、ついているようじゃな・・・。」
赤備えの鎧武者の言葉に大男が目を凝らして階段の上を見ると確かにチラチラと揺れる灯りが見えた。
「・・・あいつらは闇に潜みし者達。灯りなど・・・。」そこまで言った後に大男は『ハッ』とした顔をして
「これはもしや!秀頼様!秀頼様ぁ!!」と叫びながら大男が恐怖を忘れ狭い階段を駆け上がる。
「少しは罠を疑え、仙石殿。」
続いて赤備えの鎧武者が階段を駆け上がった。
大男は階段を上りきる前に力無く立ち止まった。
「おい!そこで止まるな!」
赤備えの鎧武者はそう言って大男の脇から灯りの先を見て言葉なく目を伏せた。
「・・・、秀頼様。」
二人は同時に弱い口調でこの城の主の名を発した。




