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秀頼の眼  作者: mino
2/11

秀頼の眼 2

「そ、それで、いったいどうするおつもりか?」

大男がその身体に見合わぬ小声でそう喚くと

「まぁまぁ、まずは一服どうじゃ?」

と床に胡座(あぐら)をかいて座っている赤備えの鎧武者が握り飯と漬け物と味噌汁の乗った膳を前にそう言った。

「こ、こんな状態で『一服』なぞする気になれるか!」

天井の木戸をチラチラ見ながら大男が泣きそうな顔でそう喚いた。

赤備えの鎧武者はそんな大男を気にするでもなく大きな握り飯を一息に頬張って漬け物を皿から全部一気に箸で取ると大きく膨らんだ口に押し込んだ。

「んも、んごごご、んぅん、んもぅ。」

「ええい、これからどうするかは口の中のモノを飲み込んでからでいいわ!」

赤備えの鎧武者は膳の上の味噌汁の入ったお椀を手に取ると先程と同じように一気に口へ流し込んだ。

「んふ〜、茶だ。冷たい茶を持て。」

そう言った後漬け物の乗っていた皿に先程淀殿が落とした真っ白の球体を乗せ「まずは外の様子をうかがってからじゃ。」と言った。

赤備えの鎧武者がそう言うのとほぼ同じに赤い甲冑を身に付けた若武者が走り込んで来た。

「信繁様!御報告にございます!」

「おぅ。」

信繁と呼ばれた鎧武者はどこから出したのか紙と筆を手にとって膳を持ってきた侍女に(すずり)と墨を持って来るよう筆を振って見せた。

若武者はその場に片膝をつき報告する。

「後藤隊が単独にて伊達、松平隊と戦闘に及び多勢に無勢なれど見事奮戦するも後藤基次殿(ごとうもとつぐどの)お討ち死に!!」

「な?!も、基次殿が!!これは大変な事にござるぞ!!」

大男が目を見開き驚くも赤備えの鎧武者は侍女が持って来た硯の墨に筆を浸しながら

「・・・そうか。」と静かに応えた。

「『そうか。』ではござらん!!あの後藤基次殿が討ち死にですぞ!!これは万の兵を失うも同然。あぁ、これより如何(いかが)すれば良いものか・・・。」

慌てふためく大男を尻目に赤備えの鎧武者は「して、物見は?」と聞いた。

「は!」そう言って若武者は赤備えの鎧武者に耳打ちしようと近寄ろうとするが筆にて(さえぎ)られ「そこでよい、話せ。」と言われ「家康本陣は未だ見つけられない模様。」と顔を(しか)めて言った。

「そうか。」

やはり素っ気なくそう応える赤備えの鎧武者に対し若武者は今度は言いづらそうに「それと、おかしな報が入ってござりまする。」と言った。

「『おかしな報』とは一体何じゃ?!」

そう喚く大男には一瞥もせずに

「・・・先程お討ち死になされた後藤基次殿が敵将奥田忠次を打ち取ったとの報が。」

大男は一瞬キョトンとした顔をした後ハッとしたように大声で

「さ、さすがは後藤基次殿じゃ!!討ち死にしたかの様に見える大怪我を負っても敵将を討つとは!!見たか徳川め!これが豊臣家臣じゃ!!兵の数なぞ関係ないわ!心に義のある者が勝つのじゃ!!」と叫んだ。

紙に筆を走らせていた赤備えの鎧武者の筆が止まる。

「して、『おかしな報』とはそれだけか?」

大男が出した大声が一瞬で消える程の静かな問いに

「そ、それが、後藤基次殿だけでなく死した兵が次々と起き上がり敵味方関係なく暴れていると・・・。」

若武者は顔をうつむかせながら「・・・私は直に見てない(ゆえ)、にわかには信じられませぬが。」と付け加えた。

赤備えの鎧武者は(しか)め面の若武者とは正反対の子供のような笑顔で「い〜や、何が起こっても可笑しくはないさ。なぁ千石殿?」と言った。

問われた大男は何も答えずにただ冷や汗を流しながら天井、いや天守を見上げた。

「さ、て、と。まずはこれを各隊に届けよ。『秀頼様』からの作戦変更のお言葉じゃ。」

「な?!『秀頼様から』とな?!!」

若武者が頭を垂れて書を受け取る姿を見て赤備えの鎧武者はニヤリと笑い「しーっ。」っと大男に向かって

指を一本立てた。

「それでは御免!」

そう言って若武者が走り去るのを見送った後大男は側にいる他の者に聞こえないように「何を考えておられる真田殿。こんな嘘が秀頼様にばれたら・・・」

「ばれぬよ。」

赤備えの鎧武者は更に紙に筆を走らせ残念そうにそう言った。

「遠く離れた戦地まで死者を動かす程の呪い、それは大層な生贄を捧げたのであろう。『大層な』な。」

大男はその言葉の意味を察し膳の上に乗せられた真っ白い球体を見つめた後頭を左右に大きく振り

「『それ』が秀頼様の御眼(おんまなこ)と何故わかる?!ただの白い球ではないか!」と言った。

「ん〜、確かに真っ白では目玉っぽくないのう。」

赤備えの鎧武者はそう言って持っていた筆で真っ白い球体に黒目を書き込んだ。

「おおっ?!目玉っぽくなったわ。」

そう言って(たわむ)れる赤備えの鎧武者に大男は怒りを秘めた眼差しを向け「何故にそれが秀頼様の御眼とわかる?」と聞き直すと赤備えの鎧武者は少し悲しい顔をして

「わかるのじゃ。昨日、後藤殿と共に秀頼様と向かい合い腹を割って話をした。」

そう言って少し間を空けた後に


「・・・わかってしまうのじゃ。」

と言った。


「・・・。」大男はしばし黙り込んだ後また頭を左右に大きく振って「腕一本、脚一本取れても人は生きておる。目玉の一つくらいなんじゃ!秀頼様は生きておられる!一刻も早くお助けせねば!!」と叫んだ。

「御静かに。敵どころか味方にもこの状況が知られるのはマズイ。早くなんとかせねばならぬのは百も承知じゃがもう一つ情報が来るまでお待ち頂きたい。」赤備えの鎧武者がそう言うと同時にまたも若者が走り込んで来た。

今度は鎧を身に付けてなく身軽そうな格好だったが若者は片膝ではなく両膝を床につき背中を何度も大きく上下させて苦しそうに息を整えようとしている。余程の距離を走って来たのであろう。

「何事じゃあ?!」

大男がそういうが走り込んで来た若者はまだ肩で息をしていて答えられない。

「『死んだ兵が起き上がる』とやらは本当の事か?」

赤備えの鎧武者はそう聞きながら冷たい茶の入った自分の茶碗を走り込んで来た若者の前に運ぶと若者は激しく上下させていた体を『ピタリ』と()め血走った目を向けてうなづいた。

「まずは茶を飲め、そして語れ、お前が見てきたものを。」

赤備えの鎧武者はそう言いながら元居た場所に座り直すと再度紙に筆で何かを書き始めた。

茶を飲み大きく息を吸う吐くを繰り返した若者は手で口を拭い「各戦場にて死した兵、味方敵関係なく起き上がり近くにいる者に襲いかかっておりまする。」

と言った。

「それはさっき聞いたわ!!」

と大男が怒鳴る前に赤備えの鎧武者は右手にもった筆の背と左手の人差し指を耳穴に入れて大声を防いだ。大男に怒鳴られてキョトンとする若者に「そう言って怒鳴ると思っとったわ」という顔を見せ筆と指を耳穴から外した赤備えの鎧武者は「他には?」と付け加えた。

真っ赤な顔をして鼻息を『フーフー』させている大男に目を配りながら息を整えた若者は

「す、少しづつですが死兵達はどこか一ヶ所に向かって進んでいる模様です。」と言った。

「方角は?」

赤備えの鎧武者が紙に筆を走らせながら尋ねると

「大まかにではございますが『南』へ、徳川勢の方へと。」

と顔を伏せて若者が答えた。

「大まか過ぎるな。しかし『どこか一ヶ所に』か。・・・やはりな。」

赤備えの鎧武者がそう言うと続けざまに「大まか過ぎるわ!何が『南』じゃ!!・・・しかし、こちらに向かって来なくてよかったわ。」と大男は今度はその体に似合わぬ細い息を口から『フー』と吐き出した。

「も、申し訳ございません。ただちにもう一度物見にまいり何処へ向かっているのか確かめてまいります!」若者が片膝を立てそう言うと

「いや、死兵が向かう先はだいたい見当がついている。」赤備えの鎧武者がそう言うと大男がすぐに

「そ、それはどこじゃ?!」と聞くと赤備えの鎧武者は天井を見上げて

「『たぶん』じゃが・・・。家康殿の居るところじゃろう。」

と答えた。


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