秀頼の眼 11
赤備えの鎧武者は鎧の端から着物を引っ張り出して先程えぐり出した血まみれの目玉を拭くとそこにはあの白い球体が現れた。
「天守にて仙石殿に床に打ち据えられた時に拙者の目玉は二つとも飛び出しておったのじゃよ。」
赤備えの鎧武者はカラカラと笑いながらそう言った。
「め、目玉が両方?!其方その状態で天守から飛び降りたのか?!!笑い事ではござりますまい!・・・と、そ、某が?!!某がやったのでござるか??!」
大男が素っ頓狂な声を出してそう言った。
「死んで操られていた時の記憶が無い様にござるな。」
赤備えの鎧武者がそう言うと
「し、『死んでた』?!某がか?!いや、しかし、操られていたとはいえすまん。すまなかった。」
大男は律儀に頭を下げてそう言った。
「いやいや、目玉をやられた鬱憤はその胸に叩き込ませてもらったからおあいこじゃ。」
赤備えの鎧武者はそう言ってまたカラカラと笑った。
「やはり!!この胸の大打僕はお主の仕業か!!鉄砲の玉すら通さぬ自慢の胸当てが凹むなぞ信じられなかったが合点がいったわ!!」そう叫ぶと大男は胸を押さえて咳き込んだ。
大男と赤備えの鎧武者の間抜けなやり取りの最中優しく渡された白い球体を何度も瞬きして見つめ直し大事そうに両手で包み込むと美しい女性は何度も「秀頼、秀頼、秀頼、秀頼。」と息子の名を呼んだ。
再会を喜びひとしきり涙を流し終えた後美しい女性は
「後を、任せても良いかのぅ。」と言った。その顔は妊娠を知った時の女性の様な幸せさに満ちていた。
「お任せ下され。」
赤備えの鎧武者は力強い微笑みを浮かべてそう言った。
「待〜て!待て待て!!秀頼が『生れ治す』じゃとぅ?それではこの戦、何のために」
貫禄のある老人がそう喚き始めると赤備えの鎧武者が
「秀頼様は赤子に戻る、死兵は死体に戻る、一旦仕切り直して再度合戦を始めましょうぞ。不服があるのでしたら死兵をそのままに今ここから戦をやり始めましょうか?」と槍を構えて言った。
「うぬっ!いや!しかし!む〜!」
何かを喚き散らす貫禄のある老人に偉丈夫の鎧武者が
「拙者と回りの兵達ではこの二人から家康様をお守りすること不可能にござります。ここはお引き下さい。」と諌めた。
「後から来たは仙石秀範と申す者。猪武者なれど力は百人力。あそこに『頭の切れる本多忠勝殿』と『力の強い本多忠勝殿』がいると言えばわかってくれまするか?」と言った後小声で「普通の合戦になれば我等が勝ちは必定。例え逃げようとしても周辺の包囲は盤石にて万が一にも取り逃がす事はありませぬ。」と言うと流石に貫禄のある老人も黙って受け入れた。
(それでも逃がしきるのであろうなぁ、あの御仁なら)
偉丈夫の鎧武者は赤備えの鎧武者を見てそう思った。
「お騒がせして申し訳ござらん。淀殿、それでは。」
赤備えの鎧武者がそう言うと美しい女性は正座したままゆっくりと白い球体を口へ運び大事そうに飲み込んだ。
美しい女性は愛おしそうにお腹を触ると
「それでは。お頼み申します。」
と満足そうな顔で言った。
その瞬間、辺りはまた強い光で包まれる。
だが先程の霧を吹き飛ばす勢いの光では無くまるで皆を包み込む様な優しい光であった。
「な、何じゃ?!何じゃぁ?!」
またも貫禄のある老人が喚き散らす。
光が収まったそこには艶やかな着物の上に大きな大きな男の赤子がスヤスヤと眠っていた。
「ひ、秀頼様・・・。」
大男は人目もはばからずに涙を流した。
「淀殿、淀殿は?」
着物ごと赤子を拾い上げた大男がそう言うと
「逝ったようじゃな。」
と赤備えの鎧武者が空に顔を向けて言った。
戦場にいた死兵達は皆元の死体に戻っていた。
「それでは昼飯を食べてからの正午過ぎにでも戦を再開致しましょうぞ!」
赤備えの鎧武者は無理矢理もらった偉丈夫の鎧武者の馬に跨るとそう言ってニンマリと笑った。
怪異に翻弄され自分達をぼんやり見送る敵兵のど真ん中を馬で突っ切りながら「生まれ変わったは良いが守りきれるかのう。脱出するにも赤子連れでは難しいじゃろうし。」
艶やかな着物を上手く使って自分の胸元に赤子をくくりつけた大男がそう言うと「後藤又兵衛殿の兵に抜け道を知っている者がおる。その者までは我が真田の物見が案内してくれようぞ。」と赤備えの鎧武者が言った。
「おぉ!そんなものを用意しておったのか!それでは若い兵にでも金を持たせて赤子の秀頼様と共に脱出してもらうとするか。して、脱出後はいったいどこの誰に預かっていただくか・・・?豊臣恩顧で信頼の置ける者。う〜ん・・・。」
大男が馬上で首を傾げていると
「お主じゃよ。」
と赤備えの鎧武者が言った。
「秀頼様はお主が責任を持って育てるのじゃ。武士としてではない、『人として立派に育てる』のじゃ。」
赤備えの鎧武者の言葉に「ちょ、ちょっと待てい!ワシとてこの戦に参加しておる武士ぞ。仲間を見捨てて逃げるなど出来ぬわ!」と言うと赤備えの鎧武者が
「お主は一度天守にて死したるぞ。拾ったその命、同じく命を拾った秀頼様のために使うべきじゃ。」と言った。
「ワ、ワシは、ワシは!」
「お主に預けたいのじゃ。秀頼様を、仙石殿に。」
今までに聞いた事のない真面目で優しいその言葉に大男は何も言えずただうつむくのみであった。
「それでは、我等真田隊本陣はこちら故にここでおさらばじゃ。」
赤備えの鎧武者がそう言って去ろうとするが大男は何も言えずただ抱いた赤子を見つめるだけだった。
「お、そうじゃ!仙石殿!」
突然の呼びかけに驚いた大男が「な、何じゃ?」と聞き返すと「一文くれ!!」そう言って一文落ちて五文しかついてない自分の兜の前立てを指さした。
大男はどこからかお金の入った袋を取り出すとその中から一文を手に取り胸に抱いた赤子に握らせた後「必ず返せよ!!」と言って馬を降り赤備えの鎧武者へ渡した。
「ケチな野郎じゃのう。」
赤備えの鎧武者はそう言った後懐から巾着袋を取り出し「少し汚れてしまったが返すぞ。」と言うと「いらぬ、お主にくれてやるわ。脱出が適ったらまず母上に会いに行こうと思っておる。乳飲児の育て方を教えてもらわねばな。」と大男は言い返した。
その言葉に「そちらの合戦も大変そうじゃな。」
と赤備えの鎧武者はニンマリ笑った。
「さて、戦じゃ!数に劣る戦いを得意とする真田の戦法、とくと味あわれよ!」
と言って馬を走らせて遠ざかっていった。
大男はその姿が見えなくなるまで見送って
「あれこそが日の本一の兵ですぞ。」
と赤子に話しかけた。
赤子はどの様な夢を見ているのか時折笑顔を見せてスヤスヤ眠っている。
赤子を起こさない様に大事そうに抱えると大男は馬を走らせた。
「大阪城に、最後の挨拶をして参りましょうぞ。」
大男のその言葉に赤子は「アーイー。」と寝言で答えた。