顎のない女
ホラー小説は初めてですがこの夏の暑さの中、少しでもヒンヤリして頂けると嬉しいです。
私は伊藤真澄 21歳の大学三回生だ。
この話は二年前 私が19歳の時に遡る。
私は 都内に住んでいて大学へは自転車で通学している。
2013年7月5日 雨の日だった。私は雨ガッパを着て自転車で大学へ行く途中 横断歩道を渡ろうとした時 左折してきたトラックに跳ねられ右足を複雑骨折した。
事故を目撃した人がすぐに救急車を呼んでくれ私は都立中山病院に搬送された。救急処置を施された後 朦朧とした意識の中で看護師さん達のこんな会話が聞こえてきた。
看護師A「困ったわねぇ、病室が空いてないわよ。」
看護師B「仕方ないわね。あの部屋しかないんじゃない?」
看護師A「でもあの部屋は.....」
看護師B「大丈夫よ、もう2年も経ってるんだし、部屋も毎日清掃はしてるしね。」
看護師A「それもそうね。他は全部満室なんだし仕方ないわね」
斯くして私は304号室へ搬送された。
次の朝、目覚めると母がいた。
母「とんだ災難だったわね。でも命に別状なくて良かった。足も少し時間はかかるけど元通りになるそうよ。トラックの運転手、よそ見運転ですって!許せないわね。あなたもこれからは気を付けなくちゃ駄目よ。」
私はギブスで固められ宙吊りになった右足を眺めると憂鬱な気分になった。
私「お母さん、もうすぐ夏休み、友達と沖縄に行く計画してたのに嫌になっちゃう」
母「何言ってるの!大事に至らなかっただけでも有難いと思いなさい。」
友達も何人か見舞いに来てくれあっというまに1日が過ぎ消灯の時間となった。
私は痛み止めの薬のせいか すぐに眠りに付いた。
私は夢を見た。私がベッドで寝ているとパジャマ姿の長い黒髪の若く美しい女性が私のすぐ横まで来ると、じっと私を見ている。
「他の部屋の入院患者の方ですか?」そう聞いても何も答えず、無表情のままじっと私を見ている。
すると女性は私の顎の辺りを両手で触り始めた。
「何なんですか?止めて下さい!」そう言っても女性は一向に止めない。
「本当に止めて下さい!」そう言うと女性はかっと目を見開いた。
すると女性の顔から左下顎全てと上顎の一部がさらさらと砂のように抜け落ちた。恐ろしい顔つきになった。
「キャー‼」そう叫ぶと目が覚めた。
ただの夢よ、私はそう思って誰にも言わなかった。
だが この女は毎日夢の中で現れた。顎をいつも触られ、私が嫌がると顎のない世にも恐ろしい顔に変わる。だから私は何も反抗しない事にした。
ある午後 親友の松川麗子が見舞いに来てくれた。
暫く世間話をした後麗子が言った。
「あれっ!真澄、なんか左顎だけ細くなってない?」
「ええっ!そんな訳ないじやん、気のせいでしょ?」
麗子は「だよね、んな訳ないよね」と言って終わった。
私は眠るのが憂鬱になってきた。しかし眠らないぞという抵抗もかなわず薬のせいで直ぐに眠ってしまう。
夢の中の女はもう触るといった程度ではなく指の腹で私の顎を削ぎ落とすかのような動きをするようになった。
入院してから一週間程過ぎた頃だろうか、また麗子が見舞いに来た。今日は共通の友人の夏木夏奈子も一緒だった。
麗子は私の顔を見て開口一番に言った。
「真澄!どうしたの?左顎が明らかに細くなってるわよ、それに顎の下 黒くアザみたいになってるし」
夏奈子「そうよ真澄、骨折でそんな症状出るわけないし何かあるなら私達に教えて。」
夏奈子はそう言うと私の髪を撫でた。
私も鏡を毎日見て顎がどんどん細くなってるのは感じていた
母も気にかけていたが心配かけまいと夢の事は話さなかった。
私は意を決して全てを話した。
「そうだったの。何故もっと早く話してくれなかったの!私達友達じゃん。でも看護師さんがそんな風に言うって事は何か曰く付きの部屋なんだよね。放っとけない。私は今日ここに泊まって見張るわ。」麗子がそう言うと、夏奈子も言った。
「私はビデオカメラ家から持ってきて一晩中撮影するわ。なんかヒントになるかもしれないしね、私もここに泊まる。」
夏奈子は家からビデオカメラを持ってきて私のベッド回りが写るようにセットした。
「麗子、夏奈子 迷惑かけてごめんね」私が言うと麗子は
「何言ってるのよ、こういう時の友達じゃん、今日は安心して眠りなさいよ。私達が付いてるからね。」と返した。
私は眠りに付いた。夢の中に入ると早速女は現れた。女は最初はゆっくりと私の顎を撫でるように触りながら何かブツブツと呟いていた。だが急に顎のない怖い顔になり眉をつり上げるとゴシゴシと強く擦り始めた。「痛い!!」私は大声を出して目を覚ました。麗子が「止めなさい‼」と言って人の姿をした半透明な物体に掴みかかると物体は軽々と麗子を左手ではね除けた。
麗子は撥ね飛ばされ仰向けに倒れた。
その時物体の頭部は半透明から顎のない頭蓋骨になって麗子を威嚇した。
私は堪らずナースコールをした。半透明な物体は顎のない頭部を私に向けるとすーっと消えた。
麗子と夏奈子は交代で寝ていたらしい。麗子が見張っているときに物体は現れた。
麗子「真澄! 大丈夫?」
私「ええ、あなたこそ大丈夫?」
麗子「ええ ちょっと手を擦りむいただけだよ。しかしあれはヤバイよ、多分悪霊だと思う。やっぱりこの部屋で何年か前に何かあったんだよ。こんな部屋早く出なきゃだめだよ。あんなのに取りつかれたら死んじゃうよ。」
看護師が来たが信じて貰えないと思いその時は何も話さなかった。
看護師が出ていった後私達は夏奈子を起こしビデオを観てみる事にした。
それは しっかりと写っていた。半透明な人の形をした水のような物体が消えたり現れたりしながらゆっくりと私に近づいて来ると私の顎を触り始める。この時低い人の声のような雑音が入っている。
やがて物体の手の部分がゴシゴシと私の顎を強く擦り始め私は大声を出して目覚める。麗子が物体の左腕で撥ね飛ばされ物体が麗子を威嚇する、その顔は顎のない頭蓋骨だが髪が乱れ血走った赤い眼球がちゃんとある。友達に見張って貰った事に腹をたてているのだろう。その目からは強い怒りが感じられる。
気の弱い夏奈子は泣き出してしまった。
低い人の声のような雑音が入った部分をはや回ししてみる。
2倍速、3倍速でも聞き取れない。5倍速にしてみると、
「きれいな あご わたしに ちょうだい」と聞き取れた。
私は身震いした。
私は全てを母に話しその日の内に都内の別の病院に転院した。
麗子と夏奈子が有名な霊能者を呼んでくれお祓いをしてもらった。夢に女は出なくなった。顎もみるみる回復した。
それから三日後、麗子が見舞いに来てくれた。
麗子は話し始めた、
「真澄、私ね 中山病院の304号室の事、ベテランの看護師さんに聞いてみたの、結構口が重かったんだけど真澄の事話したら真実を語ってくれたわ。2年前にね凄く美人な女優の卵さんが304号室に入院して来たらしいの。彼女は左下顎と上顎に骨肉腫ができてて結構 末期だったらしいのね。でも生きる事に望みをかけて手術に踏み切ったらしいの。とても難しい手術だったらしいわ。
結局 思ったより癌が進行してて左下顎全部と左上顎半分くらいを切除したらしいの。一応奇跡的に手術は成功したらしいんだけどね、物を噛めないから流動食を胃に流しこんで やっと生きてる状態だったらしいわ。
流動食を胃に流し込む小さな穴が開いてるだけで彼女の顔の下半分は包帯でぐるぐる巻きだったらしいわ。
人工顎とかの技術も今はあるらしくて彼女はそれに望みを繋いでいたみたいなの。でもねある日 彼女は包帯を全部外して自分の顔を見てしまったらしいの。分かるわよね、彼女がどんなにショックを受けたか。それ以来彼女は面会に来てくれた人にも、家族にも、誰にも会わなくなったらしいわ。
流動食も全く受け付けなくなり、みるみる衰弱して亡くなったらしいわ。
それでね、まだこの話には続きがあるの。
彼女が亡くなった後にね、304号室に胃潰瘍を患った若い女性患者さんが入院してきたらしいの。そんなに悪い病状じゃなくて一月程入院すれば完治するくらいの容態だったらしいわ。
でもね彼女は夜毎魘されるようになり、みるみる左顎だけが細くなっていき最後は睡眠中に急性心不全で亡くなったそうよ。
それから女優の卵さんの幽霊が出ると噂になり304号室は暫く閉鎖されていたそうよ。
そして2年後、あなたが救急車で中山病院に搬送されたのよ。
たまたま病室が満室だったため 2年も立っているしもう大丈夫だろうって事であなたが304号室に入る事になったのよ。
これで全てよ。」
暫く私の顔を見つめた後麗子は続けた。
「あなたも危うく命を落とすところだったのよ、本当に良かったわ」
私「そういう事だったのね。でも女優の卵さん可哀想、ひどい目にはあわされたけど恨む気にはなれない。後に入った胃潰瘍の患者さんはもっと可哀想だね。」
麗子「本当に真澄はお人好しだね、殺されかけたのに」
私「本当に麗子と夏奈子には感謝してるよ。あなた達がいなかったら私 今頃この世にいないわ。本当にありがとう。」
麗子「何あらたまって言ってんのよ。マブダチだし当たり前じゃん。」
それから二ヶ月半程で私はリハビリを終え退院した。
退院から2週間後、私は麗子と夏奈子と一緒に中山病院に許可をもらい304号室に花を手向けた。女優の卵さん成仏して下さいと心の中で祈った。
終わり
どうでしたか?ヒンヤリしてくれました?