茨姫
これは昔々の物語。
ある所にこんな伝説がありました。
曰く、古の姫君が茨の城の奥で眠りについて、目覚めさせる者を待っている__と。
真しやかに囁かれている伝説の真偽は誰も知りません。
しかし、蠢く茨ばかりに覆われている所があるのは本当です。
そんな伝説をおもしろがった人がいます。
それはこの辺りの国で最も多くの土地を収めている所の第三皇子です。
「ね、ね、コレ面白いと思わない!?」
「あぁ、また皇子のご病気が……」
第三皇子は嬉々として自分の第一従者に話し掛けます。
皆様もお気づきでしょうが、この第三皇子は大変な変わり者として知られております。
東に宝を守っている竜がいると聞きつければその地に単身突入します。
西に恐ろしい魔女がいると聞きつければスキップしながら突入します。
そう、皇子は____根っからの超神秘現象熱狂者。
継承位が低いと言っても、皇族である皇子を守るべく、従者は身を挺すのです。
ちなみにそこにあるのは、恩義・尊敬一割、若年者への父性愛一割、自己保身八割の比率だそうです。
皆、自分の身は可愛いですものね。
それはさて置き、皇子は嬉々として従者に洋紙を渡しました。
洋紙には皇子の大好きそうなモノ__俗に言う噂話、現代っぽく言えば都市伝説でしょうか__が書かれていました。
そのことに気付いて第一従者は内心毒づきました。
(おいおい……誰が皇子にこんなの報告したんだよ! これはキ●ガイに刃物じゃねぇ。キ●ガイにサブマシンガン……いや、キ●ガイに核兵器だっつーの!!)
……なんて、世界観ぶち壊しな事を叫んでいました。
まぁ、首が掛かっている従者の立場からすれば、どれであっても変わりませんね。
何かあったら、死にますし。
そんな下々の考え等酌む必要のない皇子はとても愉しそうです。
「ねぇ、調べに__」
「なりませぬ」
「ちょっとソコ行くだけだよ?」
「ちょっとソコって……貴方様の近場は隣国でもない国の山奥を指すんですか?」
「テヘペロ☆」
第一従者は深々と溜め息を吐きたいのを堪えて、懇願しました。
「皇太子様の結婚式が行われるのですよ! ご兄弟であられる貴方様が欠席してはなりません」
「うぅぅぅ……でも、是非行きたいんだよね」
「それに御見合いも兼ねているのですから、必ず。必ず! 出席して下さい」
「はーーーーい」
あんまりに気のない皇子の返事に第一従者は危機感を覚えました。
何せこの皇子様は斜め136度ぐらいで人様の予想を越えて行く変人です。
おまけに無駄に権力や人脈やお金を持っているのです。
加えて城抜けの常習犯ですから、第一従者は意を決しました。
「この度の結婚式をサボタージュされた場合、私にはとある許可を国王様から戴いております」
「ん?」
「貴方様のコレクションを全て、粉砕して跡形もなく燃やします」
冗談だと笑い飛ばすには、第一従者の顔が本気でした。
にっこりと突きつけられた脅迫に、皇子様は食って掛かりました。
「俺のトーテムポールや人魚らしき木乃伊達を燃やすと言うのか!? おまえは悪魔か!!」
「皇子……無機物に名前をつけるのはどうかと思います」
「い、いいだろ!!」
こうして、皇子様は泣く泣く噂の見聞への旅立ちを諦めたのです。
しかし、皇子様はどうしても、どーしても知りたくて、第一従者に命じました。
「是非とも噂を確かめて来て欲しいのだが……」
「仕方ありません……私は無理ですが、他の者に頼んでみましょう」
そう言ってようやく皇子様は納得したのでした。
「どうしてこうなった」
よれた革袋に幾ばくかの旅費と水・食料を持った少年は城門を見上げながらそう、呟きました。
少年こと元第四従者は、第三皇子の従者として今年から勤め始めた少年でした。
と、言いましても、皇子様は基本的に旅から旅へと世界中を飛び回っていました。
実際に皇子に少年が挨拶したのは、一ヶ月程前のことです。
見目美しく、また高圧的であったりすることのない、下々にも第三皇子はお優しい方でした。
第四従者は自分の幸運にとても感謝いたしました。
行儀見習いとして貴族の子息令嬢が城に勤めておりますが、雑用その他は基本平民が勤める事が多いのです。
意地の悪い第二王妃様はよく平民をイビっているのを噂話として第四従者は小耳を挟んだ事があります。
後宮へ洗濯物を受け取りに言った時、聴いたそうなので信憑性は高いことでしょう。
それに比べれば、第三皇子はとても理想的な主人でした。
そう……あの時までは。
第一従者に呼び出されて、第四従者は内心緊張しながら第三皇子の私室に通されました。
「あの……お、僕は何か問題でもありましたか?」
「いや、君は何一つ悪くない」
不安一杯の第四従者に、第一従者は慰めるように言いました。
そう、ただ運が悪かっただけ、と第一従者が心の中で付け加えました。
「ただ、君に頼みたい事があるのだよ」
「は、はぁ?」
依頼の形式ですが、実体は命令ですよね。
分かります。
そうこうしているうちに荷物を持たされて、城門に放り出されたのです。
「では、よろしく頼むよ」
この日より第四従者は皇子の命により『チキチキ☆茨の森の調査』すべく、クビになったのでした。
「回想シーン無駄に長くねぇ?」
メタ発言はやめてください。
ぶちコロ……げふんげふん。
えー、元第四従者こと少年は皇子の命令通り茨の城の噂のある町にやってきました。
途中寄り道したり、ユニコーンに追いかけ回されたり、青いおっさんに迫られたりと、色々な事がありましたが、割愛いたします。
『茨姫』には関係ないですしおすし。
「何と言うか……すっげーな」
町のメイン通りを歩きながら少年は呟きました。
何たって、右を見れば『茨の城まじゅう』に『茨の籠』、左を見れば『茨の城ハンカチ』に『茨の城プラモデル』。
そう、____茨の城は、観光地と化しておりました!!
皆様考えてみてください。
ちょっとうねうねしている茨が古っぽい城に巻き付いているのです。
おまけに茨は切っても翌日には回復しております。
きっと、此処以外には決して無さそうな、否絶対にありえない茨のお城。
こんな鄙びた町を確実に特徴付けてくれること、間違いありません。
守銭奴な町長が色々尽力した結果、今では立派な観光地となりました。
茨の城に合わせた観光産業で、以前よりも町は裕福になったのです。
「『茨の城アトラクション』の参加者の受付は鈴腹邸で受付でーーす!」
「ねーねー、おっさん」
「なんだね少年」
「『茨の城アトラクション』って何?」
「それはね____」
案内役のおじさん曰く、茨の城へ挑戦者受付とのことらしいです。
この茨の城は城の奥へ行けば行く程、茨が侵入者を排除しようと動くようです。
『茨の城アトラクション』で受付をすることで、怪我や遭難した挑戦者を回収できるようにするんだとか。
雪山とかの救助策と一緒だと思って下さればいいかと。
因に茨の城内に入るのは『茨の城アトラクション』の他には『茨の城ツアー』しかないそうです。
「おい、これでいいのか、ファンタジー……」
ぐったりとしながらもツッコミを入れた少年は、無事『茨の城アトラクション』に受付を果たしたのでした。
城内は、そこらかしこに茨が這い巡り、時折しゅるりと動いておりました。
それは獣が、見知らぬ生き物が自らの敵か、あるいは獲物になるか、検分しているように少年には思えました。
どんどんと奥へ進む程に茨が茂ります。
城門を抜けて中庭へ到るまでは、案内人曰く、安全とのこと。
「しかし城内に入った瞬間、茨に襲われるので、挑戦者の皆さん、頑張ってくださいね」
「城内に入って最高、どこまで行ったんだ?」
「精々、王の間までですよ」
「そうか」
少年が皇子の命令で発見しなければならないのは『古の姫君』です。
ようは、王の間よりも更に奥へと行かなければならないということなのです。
(だめだったら、適当に報告して、とんずらこくか)
建前の為に少年は城内へと乗り込みました。
茨に覆われた階段を駆け抜け、上へ上へと駆け上ります。
少年は行く手を阻む茨を時に飛び越え、時に切り捨てました。
そして少年はとうとう件の城の最奥____古の姫君が眠る部屋へとやって来たのです。
「長かった……本当に、長かった」
数々の少年の危機一髪情報はさして面白くないのでカットであります。
ただ読者の皆様にお教えできるのは、『イン●ィ・ジョーンズ』宛らの活躍でした。
所で普通に利用していた筈のお城の中で、どうして吊り橋が在るんでしょうね。
全くもって不思議な事です。
閑話休題。
少年はそっと扉を開け放ちました。
扉は鈍い音を立てながら、少年を迎え入れました。
部屋全体は百年の歳月を確かに重ねているのでしょう。
床は綿埃に塗れて少年の足跡を残しました。
少年は部屋の半分を占める寝台へと近付いて____。
「え………………え?」
大変、困惑しました。
寝台の上は少年の予想は斜め上に突き抜けた人物達がいたからです。
それはとある世界のとある地域ではセラーセやらグレイプヴァイン・ストレッチと呼ばれているものです。
読者の皆様方に分かり易く説明するならば、卍固めでしょうか。
金髪の大変見目麗しい少女がローブで全身包んだ美女に仕掛けたまま、眠っていたのです。
平和そうな寝息を零している少女に対して、白目を剥いて顔面崩壊の美女。
カオスであります。
「………………おれ、つかれてるんだよ」
少年はそう結論付けて、部屋から出て行こうとした時です。
「ちょ! ちょっとちょっと!! 少年! 助けてよ!」
「見知らぬ女性の肌を無闇に触るのは失礼に当たります」
「紳士か!? そんな事よりも命の聞きなのたすけくれさい!!」
目をくわっと見開いて首を無理矢理ねじ曲げて叫ぶ美女っぽいローブ。
さすがに無視したままだと拙いかと少年は今一度ローブの前に達ました。
ローブから詳しく話しを聞くためです。
曰く、ローブはなんとこの茨の原因となった魔女なのだとか。
昔、この城の王が姫を授かった時に姫に祝福を与えるべく国中の魔女を集めて宴を催したのです。
しかしこのローブだけは招待されず、怒って姫に死の呪いを与えたのです。
その呪いを成就させない為に、姫は眠りについたのです。
「……なーつか、そうなったのって自業自得じゃねー?」
「うわーーん!! だって仲間外れはいけないんだよ!? イジメ、だめ絶対!!」
「それでなんで、そんな恰好に?」
「ぐすん……五十年くらい経った後、どうなったかな〜って見に来たら、寝てるとは思えない早業でこうなったのよ」
つまりは姫に近付いたら腕を取られて引込まれ、卍固めの刑に処せられたわけなのです。
とても御伽噺のお姫様とは思えない寝相です。
「助けろって言われてもなぁ……」
「この姫にぶちゅーっとキスすればいいから! ね? ね?」
「俺、ファーストキスは将来結婚する子に捧げるんだ」
「純情か!? いや、硬派!? つーか重い!!」
「見捨ててもいい?」
「ごめんなさい」
この魔女、ツッコミスキルが高いですね。
「ところで、呪い解いちゃうとこの茨ってどうなるの?」
「無くなると思うけど」
「じゃー無理です☆」
「え?」
魔女はポカンと口を開きました。
少年は第三王子の依頼でこの城の事を調べに来ました。
眉唾系ならともかく、今回は本物の超神秘現象です。
勝手に解いてなくしてしまえば、第三王子の依頼が達成できません。
それどこか、一生遊んで暮らせる報奨金を逃してしまうのです。
「三ヶ月後には絶対助けるか、バイビー★」
「ちょーーーー!!?」
魔女の叫び声を聞きながら、少年は華麗にウィンクして走り去りました。
目的地は勿論、第三王子の居る所です。
それからの事をほんの少しだけ話すと致しましょう。
少年は無事本国へと帰り着いたものの、第三王子は既に出国して次なる超神秘現象を求めて旅立っておりました。
第三王子を待つ間は、再び城で従者職に従事しました。
新年のパーティで第三王子にお目通りを果たして、茨の城に案内するまでに実に半年も経過しておりました。
無事に王子が呪いを解き放ち、古の姫君をお嫁に向かえたのでした。
そしてこの物語の主人公になっていた少年は____。
「なんで俺の部屋に居るの?」
「約束を破った腹いせ☆」
「……あんまり我が侭が過ぎると奥様に習った卍固めかけるからね」
「はーい」
魔女と同棲していました。
これがきっと皆、幸せなハッピーエンドなのでしょう。
めでたし、めでたし。
.