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第1話

 東京駅まで出て、予定時間の新幹線に乗り込む。

 

 電車やバスでの移動を立派にこなせるようになったのは同期達のおかげだ。

 幼いころから外出というものをしたことがない自分を彼らはいつも連れ出してくれた。しばらくは共に行動できないと思うと残念で仕方がない。

 

 指定の席を見つけると、キャリーバッグとカバンを棚の上へ。

 腰を下ろして携帯を手に取り、液晶画面を開ける。乗り換え案内でこのあとの列車を再確認。

 

 名古屋までは1時間半強、そこからは私鉄特急で1時間ほど。目的地への到着時刻は午後5時というところか。

 

 列車は静かに発車し、ホームに別れを告げる。

 このあと待っていることを思うと、車内での時間が妙に落ち着かなくて困ったものだ。

 

 

 

 私鉄特急からホームに降りるが、体はまだ揺れている気がする。これだけ長時間乗車すれば無理もない。

 ふわふわと浮いているような感覚の中、改札口に向かい、駅舎を出る。

 

 通達された住所と道順は暗記済み。

 駅周辺のさびれたオフィス街を西へ。人影はまばらになる。

 10分ほど歩いただろうか、目的地が見えてきた。

 

 見た感じ少し古びた小さなビル。会社が入っているかのように見せている。

 ようやく到着か。健康に悪そうな疲労感と緊張感が込み上げてきた。手が汗ばんで気持ち悪い。

 

 


 尾行がないことを最終確認すると、ドアを開け建物に入る。

 1階のロビー兼オフィスにはスーツ姿の男が2人。どちらも仕事をしている姿を見せているが、その正体は衛兵だろう。

 

 彼らは見慣れない顔を見つけると、1人だけ立ち上がりこちらに来た。

 こちらを睨むような表情と、威圧感のようなものに少し怖気づく。

 男は目の前に来るとこちらを一瞥し、低い声で言った。


「MG42」


 少し間をおいて返答する。


「・・・電動ノコギリ」


 問題なしと認識されたようで、男の表情が微妙にゆるんだ気がした。

 とりあえず第一関門はクリア。


 MG42と電動ノコギリ。

 これは一応対になっている語句で、今回自分の身分を証明するために使われた、いわゆる合言葉である。

 ほかにも言葉の候補があり、すべて覚えておくように命じられた。が、結局この男が使った合言葉は候補の中の一つの「MG42」と「電動ノコギリ」だったわけである。第2次大戦中にナチスドイツ軍が使用した機関銃の名称と、そのニックネームらしいが。


「名前と所属を」


「士官学校情報科所属、 秋山秋輔、(あきやましゅうすけ)上等兵です」


 敬礼。


 男も遅れて敬礼。


江見えみ2等軍曹です。少々お待ちを」


 そういうと携帯電話を取り出し誰かと連絡を取り始める。


「到着されました、後を頼みます」

 

 淡々とそれだけ言うと電話を切って、自分の机に戻っていった。

 

 


 しばらくすると、奥の階段から20代くらいの若い女性が降りてきた。目鼻立ちがはっきりしていて、とても綺麗な顔をしている。黒いスーツ姿。


「こちらへ」


「はい」


 ついてくるよう指示され、導かれるままついていく。


「3階に上がりますね」


「はい」


 薄暗い階段、コツコツと靴の音だけが響く。


「さっきの人、怖かったでしょ?」


「え?・・・はい」


「強面ですけどすごくいい人なんですよ、江見軍曹」


「・・・そうなんですか」


「話してみるとすごく面白い人で、見た目とギャップがすごいんですよ」


「ああ・・・」

 

 江見軍曹のフォローを入れているのか、怖がらないように自分にフォローを入れてくれているのか。


「いつもあの人はあんな感じなんで、気にしないでください」


「はい・・・」


「ここらへんに来るのは初めて?」


「はい」


「慣れたら住みやすいところだからね」


「いい雰囲気のところです」


「でしょ?」

 

 江見軍曹と違って、この人は陽気なOLみたいだ。嫌というわけじゃない。むしろ明るくていい。憲兵には見えないな。


「あ、今あなたが思ったこと当ててあげましょうか?」


「え?」


「私のこと、憲兵に見えないないな~とか、ぽくないな~って思ったでしょ?」


「・・・ええ、まあ」


 まさかバレるとは。鋭すぎる。


「すごくよく言われるんですよ。あなたに憲兵は似合わないって。言われすぎて相手の表情見ただけでわかるようになっちゃった。へへへ・・・」


「・・・見るからに憲兵でも、少し困りますけどね」


「確かに!」

 

 彼女がクスッと笑う。 


 そんな会話をしているうちに3階へ到着。

 この階はいくつかの部屋があるようで、廊下の両側に扉が並んでいた。

 各部屋人がいるようで、声や物音が聞こえる。

 

 案内されたのは廊下の一番奥の部屋。

 扉を開けられ、室内に通される。




「失礼します」


 中にはごく普通の応接セットがあり、ソファには男が1人座っていた。この人もスーツ姿。


 自分が部屋に入ると立ち上がり、顔をこちらへ向けた。

 これまた強面の、カッとにらみのきいた表情である。

 否応なしに身が引き締まる。

 

 しかし比較的小柄で、背は自分と変わらない。

 40代前半といったところだろうか。


「・・・士官学校情報科所属、秋山秋輔上等兵であります」


 本日2回目の敬礼。


藤堂とうどうだ」

 

 短い藤堂の挨拶に、隣にいた彼女が付け加える。


「今回の任務の責任者、藤堂中佐です」


 中佐は敬礼ではなく右手を差し出す。

 握手を求められていると解釈すると、敬礼を解いてこちらも両手を出した。

 

 握手を終えると座るよう促される。

 一礼し、手で示されたソファに座る。

 自分が座ると憲兵に見えない彼女も座った。


「早速ですまないが、任務の説明をさせてもらう」

 

 そう言うと中佐は机上の書類を示した。

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