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なぜ、こんな場所にいるのだろう、塾に行くはずだったのに。みんな、今頃勉強していると思うと、焦りが募る。
そこは、全国チェーンのファミレスだった。こんな場所に来たのは何年ぶりだったろうか。中はクーラーが効いていて、少し肌寒かった。
テーブルには6人、女の子が2人、ぼくも含めて男子が4人座っている。
モチロン全員制服。見たところ、3年はぼくとさっきの彼女だけのようだ。
「こんばんは、私は3年2組の山岸咲輝です。今日は集まってくれてありがとう。とりあえず、みんな自己紹介しようか。」
ハキハキと喋るけれど、さっきとは少し印象が違う。もっと威圧感のある感じだったような気がするが。
肩を叩かれてハッとする。3年は2人、次はぼくの番だ。
机を見回すと、あまりいい雰囲気ではなかった。笑っているのは彼女だけ、あとは緊張しているのがわかる。
「初めまして、上村です。3年6組です。」
遠慮気味に拍手が起こる。これくらいなら無い方がいい。
それから2年、1年が続いた。2年が3人、1年は1人だけだ。女の子が1人。気が小さそうな、守りたくなるような娘だ。
一通り終わると、また山岸さんが話し始めた。
「今日は、特に話し合うことはありません。交流会ってことで。あ、何か頼みたい人は頼んでもいいよ。自分で払ってね。」
これと言って食べたいものもなかったので、ぼくはずっと水を飲んでいた。10分も経たない内に、2年の男子たちは打ち解けたようだった。山岸さんは1年の女の子に話しかけているが、彼女はまだ先輩と話すことに緊張しているようだ。
結局ぼくは誰とも話さないまま、解散となった。
「怜治くん」
さっさと帰ろうとすると、下の名で呼び止められた。振り返ると、山岸さんがむくれたような顔で立っていた。
「な、なに?」反射的に聞く。
「今日、何にも話してなかったじゃない。あれじゃあ皆緊張しちゃうよ。」
もっとな意見ではあるが、緊張していたのはあの1年生だけだった、そしてその原因は山岸さん本人にあったと思う。
が、そんなことは口には出さず、これから気をつけるとだけ言って、その場を離れようとした。
「あ、怜治くん、帰り歩きだっけ。途中まで一緒に行こう。」
断る理由はなかったけれど、権限もなさそうだった。
「あっついねー」
手で顔を扇ぎながら言う。その行動に意味はあるのだろうか。真似をしてみても、ちっとも涼しくない。
もう、1学期も半分以上過ぎた。高校3年の夏、考えれば考えるほど億劫だった。
日はまだ高く、ぼくの着ているカッターシャツにも汗が滲んだ。
「でも、怜治くんが入ってくれて本当によかった。3年生1人だけだったら、すごいプレッシャーだったし。」
何に対する「でも」か気になるが、こういうことは聞かないほうがいい。
「そんなに変わらないよ。」とだけ呟いた。
「ううん、そんなことない。頼りにしてる。」
そう言って微笑む彼女は、可愛く見えた。
女の子に期待されるのは、あまり悪い気持ちがしないものだ。そんなぼくに心の中で苦笑した。
そういえば、もともと彼女はキレイだ。背中の真ん中ほどまである長い髪はサラサラしていて、触り心地が良さそうだし、大きな二重のまぶたの目が特徴的な顔は、まだ人間らしい少女が描かれている少女漫画に出てきそうだ。
しかし、彼女が付き合っているという話は聞かない。どういうことだろう。
彼女はさっきから通り過ぎる車のほうを見ている。
その気持ちはどこにあるのだろう、ぼくには知る由もなかった。




