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ぼくは、思い出しながら話しを続けていた。人の秘密を話してしまうという、罪悪感を抱きながら。
あの日、ぼくはムシャムシャしていた。いわゆるガキ大将のようなやつに父さんを馬鹿にされたからだ。いや、馬鹿にされて何もできなかった自分に怒っていたのだろう。恥ずかしい自分を父さんに見せまいとして、放課後教室に残った。もしかすると、誰かが慰めてくれるのを期待していたのかもしれない。
モチロン、ぼくは泣いていた。できるだけ声を立てないように。でも涙はなかなか止まらなかったのだ。気がつくと、ティッシュが無くなっていた。困ったぼくは、トイレットペーパーを取りに行くことにした。トイレ掃除をしていたから、どこにトイレには予備のトイレットペーパーがあることを知っていた。
取りに行く途中、女の子が教室に一人でいるところが見えた。そっと教室を覗くと、泣いているようだった。ぼくよりも背が高い、少し気の強そうな子だった。
「もう、こんな学校やめたい。」
そう言った。少なくともそう言ったように聞こえた。それくらい小さな声だった。
何だって、ぼくのほうが辛いのに、ぼくだって止めたいのに、我慢してるのに、そんな思いが頭を満たした。
「ねぇ、じゃあ、やめたら?」
だから、あんなことを言ってしまった。幼い子どもの、ただの理不尽な怒りを表現するためのものだった。
彼女は、ビックリしたようにこちらを見た。その顔は涙でぐちゃぐちゃで、本当に、本当に悲しそうな顔をしていて、ぼくは怯んでしまった。
やってしまった、素直にそう思った。彼女は、ぼくよりも傷ついているとわかった。
「待って、トイレットペーパー取ってくる。」
ぼくはあのときもそう言って一旦逃げた。
でも、トイレまで走った。帰り道も走った。そうしないと、彼女が消えてしまいそうな、そんな予感がしていた。
「はい」
そう言って彼女にトイレットペーパーを渡すと、彼女は涙を拭き、鼻をかんだ。
「さっきは、ごめん」
そう言おうと何回も思った。でも、バカみたいに大きなプライドがそれを許さなかった。
「ありっ、グスっ、がとう。」
彼女がなそう言ったのをぼくは聞き逃さなかった。
ぼくは安心して、彼女のそばで何も言わず座っていた。
窓の外には、どんよりとした空が広がっていた。
「その子は、お母さんが誰かに殺されちゃったって言ってた。ぼくの耳が正しければだけど。」
ぼくはいつの間にか話すことに夢中になっていた。はっとして山岸さんを見ると、彼女は俯いて、身体をふるわせていた。
「大丈夫?ごめん、こんな話するんじゃなかった。ホントに大丈夫?」
ぼくは彼女の顔を下から覗き込む。
彼女は泣いていた。でも、同時に笑っているようにも見えた。
ゴメン、そう言って彼女は涙を拭った。
ぼくは焦りながらポケットティッシュをカバンから取り出す。彼女はそれを受け取るために、一瞬だけ、顔を挙げた。
ハッとする、という表現がピッタリだろう。その泣き顔が、あの女の子と同じ、完全に同じだったのだ。
「山岸さん…」
ぼくは、何か言うべきだった。謝罪の言葉を、慰めの言葉を。
彼女は突然立ち、1000円札を机にサッと置くと、走って店を出て行った。
店にいる人から非難、とまでは言わないでも白い目で見られているのがわかった。でも、全く気にならなかった。
でも、ぼくは彼女を追いかけようとはしなかった。何を話せばいいのか、まったくわからなかったのだ。
ぼくは、あの時のことをまた思い出していた。
彼女が一通り話しを終えたとき、太陽は傾き始めていた。
ぼくの怒りはもうどこかに消えていた。
彼女慰めようとは思わなかった。どれだけ言ったところで、ぼくは他人なのだ。ぼくなら何も言われたくないな、そう思ったのだ。
「ねぇ、何も言わないの?何も思わないの?」
彼女はそんなぼくを不思議に思ったみたいだった。
何を言っても傷つけそうで、ぼくはお母さんがぼくにしてくれていたように、彼女のキレイな髪をなでた。
彼女は驚いた目をして、すぐに俯いてしまった。
長い間、そうしていたと思う。ぼくには少なくともそう感じられた。手が疲れてきた、そう思い始めたとき、彼女は顔を上げた。
「ありがとう。」
彼女はさっと荷物を取り、部屋から出て行こうとした。
「ホントにありがとう。」
彼女は部屋をでる前に、一度振り向いて言った。
その時見た笑顔は、夕日に照らされて美しかった。
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