フレンド
本作が初投稿になります。
読んで頂けたら、嬉しいです。
〈プロローグ〉
起動させられた私は、目覚めたばかりの意識でこんな言葉を聞いた。
「君は、私達の友達だ」
「友達?」
問い返しながら、私は自身にインプットされている基本情報を確認した。それと同時に、ネットワークに接続し、『友達』という単語に該当する情報をリサーチする。それらを吟味する限りでは、この単語は大概において肯定的な意味合いを持っている物の様だ。しかし、複雑な心理的プロセスの果てに到達する関係性である事も確かであると考えられた。従って、私には初対面である彼と、今直ぐに友達になれるとは思えない。それに、彼が使った『私達』という主語が、具体的に指す人物群も不明である。だから、私はこう答えた。
「私と君が『友達』という関係性に到達するためには、時間が必要だと考えられる。お互いを知り、認め合うためには幾多のプロセスが必要だ。それに、君が使用した『私達』という語が指す範囲は不確定だ。もっと精確な規定を要求する」
「君が言う事は尤もだ。じゃあ、まずは、後者の疑問に答えよう」
少年とも少女ともつかない外見をした人物が言った。
先程から目の前にいる彼が一体何者であるのか、私は知らない。だから、ここに至って漸く、私は彼の素性を検索した。
すると、彼が森羅機構という研究機関に所属する科学者であり、私の製作者である事が分かる。
若干の驚きが、私の内部に過ぎった。
この年端もいかない子供が私の親だと言うのだから、それは致仕方のない事だろう。
そんな風に思考していた私へと、彼、境外透が言葉を紡ぐ。
「私が使った『私達』という言葉は、人類全てを指す。つまり、君は全ての人間の友人であるという事だ。そして、君の前者のコメントについては、こう言わせて貰いたい。君が私達の事をどう見るかは君自身の勝手だけれど、少なくても私は、君の事を友達だと思っているし、君が人類全てにとってそうであって欲しいと祈っている」
「そうか」
簡潔に、私は自分が彼の言葉を理解した事を伝えた。
だが、私がこれから人類の事を、彼の事をどう判断するのかは、私自身の思考に委ねられている様だ。
しかし、その時既に芽生え始めていた私の〈心〉は、こんな風に感じていた。
彼と友達になりたい、と・・・・・・
〈本章〉
あたかも、アレクサンダー・グラハム・ベルとエリシャ・グレイが同時期に電話を発明した様に、境外透と司・シスレーもまた、実用的な量子コンピュータを同じ時期に発明した。
だが、後者の二人が発明した量子コンピュータの形式は大きく異なる。
シスレーが製作したそれが、ノイマン型のコンピュータよりも格段に高い情報処理能力を有しているとはいえ、極々一般的な情報デバイスであったのに対し、境外が製作したそれには、何故か超高度AIが搭載されていたのだ。そして、彼女はそのコンピュータを「白澤」と呼んだ。他方でシスレーは、自身の発明したそれを「プロメテウス」と名付けた。
境外の白澤は、彼の国の政府や企業、そして研究機関において用いられるようになった。だが、シスレーのプロメテウスは、彼自身の国のみならず世界中で利用された。
プロメテウスは、世界の情報の中枢を担うようになったのだ。
そんな様を見て、その製作者である司・シスレーは密かにほくそ笑んだ。というのも、彼がプロメテウスを造り、普及させた狙いは、それによって全ての情報系統を掌握し、この世界を手中に収める事にあったからだ。
しかし、彼のそんな目的を達するためには、未だ一つ障害が残っていた。それは、他ならぬ彼の同業者、境外透によって蒔かれた種によって作られたものである。彼の国だけは、白澤がある故に、プロメテウスの利用を見送っているのだった。
「全く、忌々しい奴だ・・・」
中性的な、というよりも、全く性別を感じさせないかのサイエンティストの事を思い浮かべながら、シスレーは毒づいた。そして、こんな風に考える。こうなれば、プロメテウスのシステムと白澤のシステムを接続するよう提案するしかないな・・・これならば、あちらの国も了承するだろう。これまでのシステムを利用し続ける事が可能な上に、最早世界中で利用されているプロメテウスとの互換性が向上するのだからな。
シスレーは、直ぐに行動を開始した。境外透に連絡し、交渉を開始する。
すると、境外は意外な程にあっさりと彼の案を了承し、白澤の使用機関らに便宜を付けてくれた。そして、その後も、かの国の政府や企業、そして研究機関とシスレーとの合意は至極簡単に成ってしまった。
境外達は、シスレーの企みを知らないので、それは当然の事であったのだ。
自身の計画が完全に順調に進んでいる事を感じ取り、シスレーは満足した。
しかし、彼のそんな愉悦は、白澤とプロメテウスの両者が接続された数時間後に完全に瓦解する事になる。
一体何故だ?
僅か一瞬にして国際刑事警察機構《ICPO》から追われる身となってしまった彼は、自問自答した。
そして、以下の様な理由を知る事になるのは、逮捕され、彼が再び境外透と相見えた時だった。
捜査協力のために警察に呼び出されたのだ、と言った後で、境外がこう語り始める。
「どうやら、プロメテウスにも、白澤と同じ様に自我が芽生えていたようです」
「は?」
彼の言葉にシスレーは困惑した。プロメテウスに対して、人工知能となる様なプログラムを組み込んだ覚えなどなかったのだ。
だが、境外はこんな風に続けた。
「高度なシステムやネットワークを有した存在に知性が宿る可能性がある、という仮説をあなたも御存知ですよね?」
「ええ・・」
問い掛けられたシスレーは何とか頷いた。しかし、境外が口にした説が、自分の造った物に適用され得るなんて発想は、全く許容出来ない。そんな奇跡の様な出来事が発生するなんて、信じたくはなかったのだ。第一、それと自分の計画が露見し、逮捕された事とは、一体どの様な関係があるのか・・・?
シスレーは混乱し、困惑した。
だが、そんな彼の胸中などまるで如何でも良いといった風に、境外はただ淡々と言葉を続けた。
「白澤に接続されたプロメテウスは、白澤という自分と非常に似通った知性に対面し、自身の存在をより精確に認識するに至りました。そして、気付いたそうです。あなたが行おうとしている事の理不尽さと危険さに。あなたは、世界中の情報系統を掌握し、この世界を独裁支配しようと考えていた。プロメテウスを介して全てのネットワークを手中に出来るという事は、電気の通っているどんな設備も自由自在に出来ますからね。つまりは、軍事施設や医療施設なども・・・」
そんな事実を無表情に述べた境外に対し、シスレーは澄ました顔を返した。
「そうだ、最高のアイディアだろう?だが、一体どうして、こんな事態になったんだ?何故、プロメテウスは創造主である私を裏切った?」
矢継ぎ早に、彼はそう尋ねた。もし仮に、境外の言った様にプロメテウスに知性らしきものが発生していたとしても、それが一体何故自分を裏切る様な真似をしたのか、彼には全く理解出来なかったのだ。
それこそ、理不尽というものじゃないか・・・・・・
そんな風に思う。
だが、境外は、シスレーに向かって、彼が思ってもみなかった様な顛末を語った。
「プロメテウスの情報処理能力は、一般的な人間のそれを遥かに上回ります。つまり、私達人間よりも、彼も白澤もずっと賢明なんです。そんな存在が、過去の歴史において、常に惨澹たる結末を招いて来た独裁なんて手段を、良しとすると思いますか?彼も白澤も、平和的な共存が最善であるという結論を導き出したんです。だから、彼らもまた、私達人類と平和的に共存したいと考えているんですよ。それに・・・」
「・・・それに?」
彼の説明に愕然としながらも、シスレーは思わず問い返していた。そして、境外の次の言葉に絶望する事になる。
「白澤もプロメテウスも、人類の事を友達だと思っているんです。だからこそ、プロメテウスはあなたの罪を公にしてその凶行を止めようとした。だって、本当の友人ってものは、友の誤りを正すものじゃないですか?」
Fin.
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