番外編 遅すぎたクリスマス。
遅ればせながら、メリークリスマス!
「お兄さまぁぁぁっ!!」
ドーンッと執務室の扉に体当たりして入ってきたのは、『彼女が歩けば、何かが壊れる』と恐れられている魔王の妹姫シャルール。
ちなみに、扉はかろうじてくっついてはいるが、半分以上大破している。
「・・・入るときはノックくらいしろ、シャルール」
無残な扉にため息をつきながら、飛び込んできた妹を窘めた魔王は、隣で青い顔をして修理費を計算しているダンガードにチラリと目をやった。
「扉って邪魔ですわよね。ってそんなことより!一大事ですことよっお兄様!」
お前の思考回路の方が一大事だ。と、思ったが口に出さないのは、言っても無駄なことがわかっているからである。
魔王は再び書類に目を落とし、手を動かしながら妹の"一大事"を聞くことにした。
「どうした?」
「もうっ!仕事なんかにかまけている場合じゃございませんわっ!!今日が何の日かご存知!?」
はて、何かあったか。と考えるが思い当たらず、ダンガードに目をやるも、彼にも検討がつかないらしく首を傾げている。
「まぁ、気づかないのも仕方ないですわね。人間界の催しですもの!」
自慢げに豊満な胸を反らすシャルールに、冷たい視線を送る。魔界の事で手一杯なのに、そんなの気づくわけないだろう。
「な、ん、と!今日は『クリスマス』ですわっ!!」
「くりすます?」
おうむ返しに返す魔王に対し、ダンガードの肩がピクリと動いた。どうやら、どういった内容か知っているらしい。急に慌ててシャルールの前に出る。
「姫!!只今陛下は執務中でして!人間界の行事になどかまけている場合ではないのです!今年は雪の被害も多くてですねっ」
「そう!雪よ!!ホワイトクリスマスなのよぅっ!!」
ダンガードの言葉は全く耳に入っていないらしく、自分にとって重要な箇所だけをピックアップして食いついてくる。グイッと前に出たシャルールに、気弱なダンガードは思わず後ずさる。
なぜなら、その目はギラギラと肉食獣のように怪しい光をしていたから。
「で?なんなのだ?その『くりすます』とやらは」
半分興味、半分義務とばかりに、問うた魔王にシャルールはムフフと、嫌な含み笑いを漏らす。
「お兄様。今日はクリスマス。またの名を『性なる夜』ですわっ!!」
「・・・『性なる、夜』だと?」
あぁっ!とダンガードが悲痛な声を漏らした。
魔王の眉がピクリとあがった。完全に興味を引いてしまったらしい。
「へ、陛下っ!!本日は仕事が立て込んでまして――」
「詳しく話せ、シャルール」
言葉を遮られたダンガードが、もぅ駄目だ。と床にへたりこんだ。
そんな宰相を尻目に二人の会話は続く。
「なんでも、『クリスマス』は恋人達の日らしいですわ!夜には赤い衣装を纏って、恋人は『サンタ』なる者に変装して、『性なる夜』を過ごすんですのよっ!!」
「『性なる、夜』・・・」
ゴクリと息を飲む魔王に、ダンガードが慌てる。
「陛下!?ダメですよっ!!アンジェ様はまだ子供ですよっ!?」
「わ、わかってる!」
「あら、子供にもサンタはくるそうよ?」
「なにっ!?」
「ぅおいっ!姫!?」
「子供には枕下にプレゼントを置いて去るんですって〜」
「・・・アンジェは子供だが、俺は恋人でサンタで・・・性なる夜を・・・」
「ぅおぉいっ!!何物騒な事をブツブツ言ってるんですかぁぁっ!!?」
「ハッ!こうしちゃいられないわっ!赤いドレスにピンクのリボンを用意して!!私がシオン様のプレゼントになって『性なる夜』を過ごすのよぉ〜!!」
「姫っ!?それしちゃ駄目ですって!!間違いなく血染めの夜になっちゃいますから!!」
オーホッホッホッと高笑いと共に去っていったシャルールをア然と見つめていた、ダンガードだが室内で動く気配を感じ、慌てて扉の前に陣取った。
「・・・どこ行く気ですか?」
「・・・退け、ダッド」
「仕事が残ってますよ」
「『くりすます』は、仕事休みにしよう」
「『クリスマス』は神の誕生日を祝う日です。魔界では無用でしょう」
「では名前を変えよう。『サンタ記念日』だ」
「名前を変えても駄目です」
ジリジリと互いに距離を詰める魔王とダンガード。
「アンジェが俺を待ってるんだ。退け」
「待ってません。だいたい、『クリスマス』は――」
「あっ風が」
「はぁ?何を―ぉぉぉぉぉっ!?」
呆れながらも視線を室内にやると、ダンガードの机の上に綺麗にまとめて置いてあった書類が、いつの間にか開いた窓から吹き込んだ風によって部屋中を飛び交っていた。
それに気を取られてる隙に、魔王は部屋を飛び出した。
「あぁぁっ!!?陛下!!陛下ぁぁぁぁっ!!」
色んな意味で力尽きたダンガードは、ア然と立ち尽くして、ポツリとつぶやいた。
「だから、『クリスマス』は昨日だったんですってば・・・」
そんな声は馬鹿兄妹に届くはずもなく、突っ走った二人を誰にも止める事は出来ないまま、夜は更けていった・・・
〜〜〜〜〜シオン〜〜〜〜〜
夜も更け、一日の疲れを可愛い妹の添い寝で癒したシオンは、後ろ髪を引かれながらもアンジェの部屋を後にして自分の部屋に向かって歩いていた。
(何か寒気がするなぁ)
冬だから寒いのは当たり前なんだが、それとは違う寒気で先ほどから悪寒が止まらない。
腕を摩りながら、部屋のドアノブに手をかけ、今夜は早く寝ようと思いながらドアを開けて
――カチャ
閉めた。
――パタン
(・・・変なのがいた)
一瞬見えた部屋の中に赤い変なのがいた。
暫く考えた後出した結論は、まだ疲れてるんだ。アンジェを見て癒してこよう。という残念なものだった。
さっそく踵を返し、アンジェの部屋に向かおうとした。
「あぁぁんっ!ひどいですわっシオン様っ!!」
バタンと開いたドアから出てきたのは、赤いドレスを来たシャルール。
胸元は腰あたりまで切り込みが入り、背中も丸出しな上にスカートは異常に短い。
ピンク色の幅広のリボンで、全身を巻き付けている。
それに極寒の視線を送りながら、シオンは冷たい笑顔を浮かべた。
「姫君、いったい何をしておられるんですか?」
「あぁぁ〜んっその冷たい視線がス・テ・キ★シオン様にプレゼントですっ!どうぞ、受け取って下さいましっ!!」
「丁重にお断りします。どうぞお帰り下さい。」
そう言ってシオンが指差したのは、窓である。
ちなみに、外は吹雪。
「そぅ、今夜は吹雪。吹き荒れるブリザードのように、激しい『性なる夜』を過ごしましょうっ」
「断る」
「あぁんっ!シャルールさむぅいっ(>_<)シオン様んっ温めてくださいましっ!!」
「暖炉に突っ込んでやろうか?」
最初こそ丁寧な物腰だったシオンだが、シャルールが喋れば喋るほど額に青筋が浮かび、口調も荒くなる。
「んまっ!何て激しいっ!私、蝋燭やら何やら用意してきましたが、シオン様には必要ありませんでしたわねっ!さぁっシャルールの身体に一生消えない刻印を残してくださいませっ!!」
「・・・お〜ぃ。誰か通訳呼んでこい」
「ぃやんっ二人の愛の語らいに他者を呼ぶなんて不粋な事なさらないでっ!」
「・・・魔王様は何してんだよ、コイツ放置しちゃだめだろ」
「あら、お兄様なら『くりすます』を過ごすために、アンジェのところですわ。なんたって今日は『恋人達の性なる夜』ですものっ!!」
「・・・そ、それを言うなら『聖なる夜』だヴォケェェェッ!!!しかも『クリスマス』は昨日だアホンダラァァァッ!!!」
「あぁぁんっ!どちらに行くのっシオンさまぁぁんっ!!」
〜〜〜アンジェの部屋〜〜〜
カチャリ。
と厳重に閉められた窓の鍵が静かに開いた。
そぅっと開いた窓から入って来たのは赤い服・・・はなかったので、赤いマントを体に巻き付けた魔王。
そろりそろりと足を忍ばせ、近づいたベッドに眠るのは天使の寝顔のアンジェ。
すぅすぅと可愛らしい寝息を立てて眠るアンジェに、思わず顔が綻ぶ。
アンジェの腕には魔王があげた黒いテディベアと、シオンがあげたピンクのウサギが抱きしめられている。
魔王の希望としては、あんな事やらそんな事がしたいのだが、この清らかな寝顔を見れば、そんな邪な考えなど綺麗に霧散してしまう。
ただ純粋にそばにいるだけでいい。
そう思い、プレゼントを枕元に置くと、一晩中アンジェの眺めて『聖なる夜』を過ごすために、アンジェのベッド脇に膝をついて、うっとりと寝顔を見つめた。
魔王は図らずも、己で正しい『聖なる夜』を見いだしたのだ。
ぐっすりと眠るアンジェを、ただ見つめていると、魔王の思いが届いたのか、アンジェの瞼がピクリと震えて、漆黒の瞳がユックリと開かれた。
「・・・ん、まおーさま?」
「・・・起こしてしまったか?すまない」
もぞもぞと体を起こしたアンジェの艶やかな黒髪を、優しく撫でる。
「・・・まおーさまのおてて、つめたい・・・アンジェのおふとん、ほかほかよ?」
そう言って、布団をペロンと開けて、隣をポンポンと叩いた。
「・・・アンジェ?」
「いっちょに、ねんねしよ?」
「っ!!?い、いいのか?」
先ほど霧散したはずの邪な気持ちが、ムクムクと集まってきて、おもわずゴクリと息を飲む。
何か葛藤する魔王に、アンジェはコテンと首をかたむける。
「まおーさま?」
「あ、あぁ。じゃぁ、い、一緒に寝るか?」
「うん」
異常にドキドキする心臓を必死で抑えながら、ゆっくりとアンジェの布団に入ろうとした魔王だったが
「何しとんじゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
という怒号と共に鋭い跳び蹴りが飛んできて、完全に油断していた魔王はもろにそれを受けて、見事に吹き飛んだ。
「アンジェ!!無事かっ!!?」
「・・・おにーさま?」
ビックリして完全に目が覚めたのか、大きな瞳を更に見開いているアンジェを守るように抱きしめ、吹き飛んだ魔王を睨みつける。
「何してんのかなっ!?このド変態ッ!!!」
「変態じゃないっ!サンタだっ!!」
呻きながらも、何とか復活した魔王は、せっかくの『クリスマス』を邪魔したシオンを睨みつけた。
「そうですわっ!貴方のサンタですわっシオン様っ!」
シオンの後を追いかけてきたプレゼントシャルールも、魔王同様に『サンタ』であることを主張する。
「・・・さんたさん?」
それを聞いたアンジェは、再びコテンと首を傾げる。
シオンは、大きな大きなため息をつくと、アンジェに「ちょっと目をつぶって、待ってなね」と防音の魔法をかけてから、ゆらりと立ち上がり。
魔王とシャルールに向き合った。
「・・・だから」
「「?」」
何をする気か分からず、ハテナマークを浮かべる変態二人に、シオンは全力の攻撃魔法を繰り出した。
「『クリスマス』は昨日だっつってんだろぉぉがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!この変態兄妹ぃぃぃぃぃっ!!!!!」
「・・・もう、いい?おにーさま」
「あぁ、もういいよ」
ギュッと閉じていた目を開いてから、アンジェは首を傾げた。
「あれ?まおーさまと、しゃるぅは?」
「『クリスマス』を間違えてる事に気づいて帰ったよ」
「あ、やっぱりまちがえてたんだぁ。さんたさん、きのうきたもんね!・・・おにーさま、ちゅかれてる?」
「あぁ・・・今ので一気に疲れた」
明らかにグッタリしているシオンに、アンジェは心配そうに顔を覗きこむ。
「アンジェといっちょに、おねんねする?」
「・・・それ、魔王様にも言った?」
「?うん」
「そう・・・一緒に寝ようか?」
「うん!」
そうして、変態兄妹の被害者兄妹は、主に片方だけだが、互いを慰めるように抱きしめあって眠ったのだった。
その後の変態二人。
兄「・・・おい」
妹「・・・なによ?」
兄「クリスマス、昨日じゃないか」
妹「ね。でも、シオン様に会えただけで幸せぇぇっ」
兄「ふ・・・」
妹「麩?」
兄「ふざけんじゃねぇぇぇっこのアホシャル!!」
妹「いったぁぃっ!何すんのよっ!馬鹿魔王!」
兄「お前のせいでアンジェに嫌われたらどうすんだっ!!」
妹「知るかっ!ざまぁっ!!」
兄「シバくっ!!」
妹「やってみなさいよっ!!」
こうして、兄妹喧嘩は勃発する。