ばっちこいアブノーマル!!
以前の話が、予想以上にたくさんの方に読んで頂けたので、ちょっと調子に乗ってみました。
すみません!
相変わらずアホな内容です、
楽しんで読んで頂ければ幸いです!
9月9日、お兄様の容姿説明をほんの少しだけ変えました。
アンジェが魔王城に来るようになって。
一ヶ月ぐらい経った頃。
数多ある部屋の一つに、二人の少女がいた。
一人は、三歳くらいの大きな黒い瞳と、柔らかい漆黒の髪を二つに結った、可愛らしい女の子。
もう一人は、燃えるような赤い長い髪をカールさせ、ルビーのような瞳を持つ、十五歳くらいの少女。
年上の少女が、幼い少女に何かを教えている。
「いい?足を肩よりちょってだけ広めに開いて〜…そうそう!で、ちょっと腰を下げる!」
「ふらふらするぅ」
「耐えるのっ!で、両手は膝の上…上手上手!それから、相手を思い切り睨みつけるっ!」
「こう?」
キッと唇を尖らして、言われた通り睨みつけるが、少女は違う。と首をふる。
「…その顔は、今度兄様にしてあげて?きっと鼻血出して悶えるから」
「?」
「もっと、眉をグッと寄せて。鼻の上に皺つくって。下唇をすこ〜し突き出して。あ"ぁんっ!?…って感じで」
「あぁん!?」
「ん〜、まぁそれでいいや。で、声を低めに、こう言うの。繰り返してね?」
赤髪の少女は、すぅと息を吸うとドスのきいた声をだした。
「舐めとったるぁ、いてまうぞ!?こるぁっ!!」
「あめとったぁ、いてまうぞ!!こらぁっ!!」
「違う違う。こらぁじゃなくて、こるぁっ!舌巻いて」
「こるあ〜っ」
「こるぁぁっるぁぁ」
「こらぁっるぅあっ」
「るぁぁっ」
「らあぁ」
「るぁぁあ"がっ!」
ゴッと鈍い音が響き。赤髪の少女の頭が揺れた。
「〜っ!?したかんらぁっ!!」
「な・に・を!アホな事してんだ?」
「あ!まおーサマ!」
黒髪の少女が、満面の笑顔で赤髪の少女の後ろに立つ青年を呼ぶ。
漆黒の髪と瞳、服も黒一色の魔王は片手に靴を持ちながら、愛しい少女に微笑みかける。
「アンジェ。おいで」
パタパタと愛らしい足音を立て、魔王に駆け寄る少女を愛しそうに抱きあげてから、赤い頭を抑えてしゃがみこんでいる少女を見下ろす。
「シャルール。お前は何をアンジェに教えていたんだ?」
「兄様、それ革靴じゃない…まぢ痛いっ」
赤い目に涙を浮かべ、恨めしそうに魔王を見上げる。
美少女+涙目+上目遣い=最強。
というわけで、常人なら鼻血ものの公式も、魔王(兄)にしてみれば、鼻でフッとすれば終わりである。
「ざまーみろ、だ。アンジェに近寄るな。馬鹿が移る」
「バカってうつるの?」
「そうだ、だから近寄っちゃいけないぞ?」
「でも…シャルといるとたのしいよ?」
「!?」
アンジェが少し潤んだ目で、魔王を見上げる。
もう一度言おう。
美少女+涙目+上目遣い=最強。
アンジェに限り、この公式は魔王にも当てはまる。
根性で鼻血が出るのを抑えた魔王だが、ギュッとアンジェを抱きしめた。
「あぁ〜…可愛い」
「そんなアンジェは私に夢中〜♪」
勝ち誇ったように、ニヤニヤと笑いながら魔王を見る。
魔王は悔しそうに、シャルールを睨んだ。
「黙れ小娘。何で釣ったか知らんがアンジェは渡さんぞ」
「人徳ってやつですわ〜兄様は鏡をよくご覧になった方がよろしくってよ?その顔、獅子でさえ逃げだしそうなほど怖いわ。アンジェに嫌われますわよ?」
「っ!?嫌われなどせぬわっ!!」
バチバチと火花を散らす二人。
魔王の手にも自然と力が入り、アンジェを強く強く強く強く……馬鹿力で抱きしめる。
見た目は細いが、しっかりと筋肉のついた腕に強く抱きしめられ、アンジェは顔をしかめた。
「…っいたいよぅっ」
「ぅおらぁぁぁっ!!!」
ドゴォォンッと派手な音と共に現れたのは、銀色の髪に青い瞳の優しげな顔つきの青年。
青年は見事な飛び蹴りを魔王の背中に命中させた。
「ぐっ!」
あまりの衝撃にガクリと膝をつく魔王。
「…っ何を、する。シオン!!」
「じゃかぁぁしぃっ!お前はアンを抱き潰す気かっ!?」
シオンは、いつのまにか腕の中に保護したアンジェの頭を優しく撫でる。
「ケホッ…おにぃさま?」
「大丈夫か?苦しかったな?かわいそうに」
シオンは、優しい手つきでアンジェを抱きしめる。
ギュッと強く抱きしめているにも関わらず、アンジェは全く苦しそうにしていない。
アンジェが産まれた時から傍にいるのだから、扱いに慣れていて当然なのだが、魔王にしてみれば面白くない。
「返せ。次は大丈夫だ」
「五月蝿い。近寄るな」
「俺のだぞ」
「僕のだよ」
まるでおもちゃを取り合う子供のように、睨みあい火花を散らす、誰もが見惚れる美青年二人。
その対象は見た目三歳の少女という、非常に残念な光景。
「あぁっ!!」
そんないろいろと気まずい空気を壊したのは、灼熱の炎。シャルール。
らんら…いや、キラキラと輝く瞳は、獲物を狙…恋する乙女。
そんな痛……熱い視線を受けたシオンは、背筋を這った悪寒に全身鳥肌を立てていた。
ギギギ、と錆びた鉄のような動きで、振り返るとキラキラの恋する瞳が、シオンを捕えていた。
「シ、オン様?…シオンさまぁぁっ!!」
「げっ!?」
ガバァと、猪が如く突っ込んで来たシャルールを思わず避ける。
ガシャーーンッ!!
本当に猪のようにまっすぐ突っ込んだシャルールは、部屋の調度品を粉砕した。
「あぁんっ!酷いですぅ!受けとめて下さいよぅ!」
「死ねってか、おい」
いたぁいっと、見た目だけは白く細い綺麗な腕をさする。
「…お前より、壁の方が悲惨な事になってるが?」
無傷のシャルールに対して、シャルールが突っ込んだ一角は置かれていた机と花瓶は砕け、壁までもがえぐれていた。
額に青筋をたてる魔王と、ウンザリとしたため息を吐くシオン。
すごぉいっと、キラキラとした瞳をシャルールに向けるアンジェの目元を、シオンはそっと覆った。
「見ちゃダメだよ。」
「壁の修理代は、お前の小遣いから引いとくからな」
「えぇ〜!兄様の鬼畜!シオン様素敵!」
「「……」」
「きちくってなに?」
「「知らなくていい」」
「鬼畜っていうのわね〜」
「「教えなくていいっ!!」」
見事にハモった二人に、アンジェが嬉しそうに笑った。
「お兄さまとまおーサマ、仲良しだねっ」
「そりゃ、将来二重の意味で兄弟になるんだもの〜♪」
「…二重?」
シオンの頬が引き攣る。
嫌な予感しかしないんだが。
「アンジェちゃんと兄様♪私とシオン様♪結婚式はダブル挙式にしましょうね!」
やはり。と深い深いため息をついた。
「……おい、あの妄想爆女どうにかしてくれる?」
「無理だ。妹をよろしく頼む」
「どっかのゴリラでも当てがっとけば、僕にはムリ」
魔王も妹に関しては、ほぼ諦めてる?見た目は綺麗なんだが、中身が残念過ぎる。
それでも、こんなんでも妹だ。
ゴリラを当てがうのは気が引ける。
「……一応妹なんだが?」
「あんな妹で同情する」
「いや〜ん!辛辣なシオン様も素敵〜!愛情の裏返しね!?大丈夫っ私、貴方のためならSにもMにもなれるわっ!!ばっちこいアブノーマル!!」
前言撤回。ゴリラが可哀相である。
「あぶのーまるってなぁに?」
「聞いちゃダメだ、耳が腐るぞ」
「喋るな、痴女」
「喋るな……ハッ緊縛プ」
「「本当に、黙れぇぇっ!!」」
「用意しましょうか?さるぐつ」
「やかましぃっ!!」
「おさるさん?」
「アンジェ、お兄ちゃんとおうちに帰ろうか?」
「私達の愛の巣ねっ!?」
「あぁ、一山超えたあたりに打ち捨てられた古い小屋があるから、そこに一人で住めば?」
「いや〜ん、放置プレイ!?興奮しちゃうっ」
「ハハハ。いいね。永遠に放置しといてやるよ」
「大丈夫っミイラになっても愛してるから♪」
「……ほんとに、どう育ったらこうなるんだ…」
頭が痛い、とコメカミを揉む魔王。
「…ところでアンジェ。シャルールと何をしてたんだ?」
「えっとね?アンジェが、だれかにいじわるされたときに、どうしたらいいか、おしえてくれたのよ?」
「…ちなみに、どうするって?」
「え〜とね、イスにすわるみたいなかっこうで、あいてをにらむの!こうだよっ」
キュッと眉を寄せて、下唇を突き出す。
精一杯、二人を睨んでみせるが、全く怖くない。
寧ろ、可愛いすぎる。
こんな顔で睨まれたら、襲われてしまうんじゃないだろうか。
などと、余計な心配をする魔王とシオンを余所にアンジェは続ける。
「で、こういうの!『あめとったぁ、いてまうぞ!こらぁっ!』」
「「……」」
「『らぁ』が、じょうずにいえないの」
「うん、すぐに忘れな?」
「上手に言えなくていいぞっ」
ニコリと笑うシオン。
どこか懇願しているような魔王。
アンジェは首を傾げた。
「なんで?」
「アンジェにいじわるする奴は、お兄ちゃんがボコボコにするからだよ」
「そうだぞっ!俺が守ってやる」
しばらく考えこんでいたアンジェだったが、「そっか」と満面の笑みを浮かべた。
「おにいさまたち、つよいもんね!」
無垢な笑顔に撃沈して、心の中で激しくのたうつ二人には気づかずに、ふと足元をみたアンジェは首を傾げた。
「?おにいさま、おくつは?」
「え?」
「かたっぽしかないよ?」
アンジェの言う通り、片方は艶めく革靴を履いているが、片方は紺色の靴下だった。
それを見たシオンは、あぁ。と、魔王を見る。
「おい。靴返せ。」
「あぁ、忘れてた。ほれ」
何気ないやり取りをした瞬間、ピシャーン!と雷にうたれたような効果音が響いた。
それまで黙ってシオンに見惚れていたシャルールが、目を見開いている。
「!?に、兄様…もしかして、私の頭をシオン様の靴で殴ったのっ!?」
珍しくうろたえた様子のシャルールに、魔王が首を傾げる。
「そうだが…何か問題でも?」
靴で妹の頭を叩く事自体が問題なのだが、そんなことは日常茶飯事のこの兄妹。
いまさら気にすることではない。
なのに、シャルールは衝撃を受けている。
「大アリよっ!!」
涙目の妹に、さすがの魔王もたじろいだ。
好きな男の靴で殴られるのは嫌だったのか、少し慌てる魔王に対し、シオンの目は冷めきっていた。
シオンは可愛い妹の耳を無言塞ぐ。
「シオン様の靴って分かっていたなら、殴られた感触を記憶に叩き込んでいたのにぃっ!!」
やはり、変態は変態である。
うわぁん!
と突っ伏して歎く残念な妹に、魔王は痛む頭を抑えた。
「…シオン。アンジェを返せ。癒しが足りない」
「断る。自分の妹でも見とけ」
「アレが癒しになるとでも?」
「世界が地獄と化しても、ありえないな」
「ならアンジェを…」
「しつこい」
「そうだっ!!」
淡々とした二人のやり取りを遮ったのは、またしてもシャルール。
何か、ろくでもないことを思いついたらしく、満面の笑みで顔を勢いよく上げた。
うんざりした様子で、シャルールに目をやる二人。
「もう一度、叩いてもらえばいいのよっ!」
赤い瞳をギラ…キラキラさせ、シャルールは兄を見つめる。
魔王はそんなシャルールと視線が合わないように、そっと目を逸らした。
「ん?…待って…今、シオン様の靴は、シオン様の足にある……って事は、兄様に殴ってもらうのはムリ……」
何かブツブツと呟くシャルール。
気づいてくれたか、と安堵の息を魔王は漏らしたが、シャルールの思考回路は、ネジが一本外れてるどころか、一本もついていないらしい。
「…て事は……シオン様に、直接踏んでもらえばいい…?」
やや俯いて考えていた顔を、ゆっくりと上げる。
瞳どころか、顔全体をキラキラさせて、シオンを見つめた。
シオンと魔王は、ゾワリと一瞬にして全身に鳥肌が立った。
異様な雰囲気に、本能が恐怖を感じたのか、アンジェも兄にギュッと抱き着いた。
腕の中の怯える妹を、守るように抱き抱えるシオン。
それを守るように身構える魔王。
シャルールはゆらりと立ち上がると、キュピーンと瞳を輝かせる。
「シオン様ぁぁっ!私を踏んでぇぇっ!!」
「「来んなぁぁぁっ!!」」
その日、魔王城の一部が半壊した。
そして、ようやく見つかった魔王の婚約者は、魔王城でよほど怖い目にあったらしく、兄シオンの腕の中で大泣きしながら帰り、兄妹共に暫く魔王城には近寄ることは無かった。
それ故に、婚約者にベタぼれの魔王の仕事が滞り、部下達が土下座してアンジェを迎えに行ったのは、また別のお話。
ちなみに、シオンにゾッコン(過ぎてストーカーの域に達している)の魔王の妹姫シャルールは、いったい何を言われたのか、
「人間界の華道と茶道と香道を極めてくる!」
と、大荷物と共に魔王城を旅立った。
『灼熱のシャルール』の異名を持つシャルールが、城から去ったことで、城の損害率が格段に減ったのは言うまでもなかった。
あと、余談ではあるが、シャルールは一つ問題を残していた。
アンジェが城で、知らない人に話かけられると、足を開いて、腰を屈め、左手を膝につき、右手は掌を上に斜め前へと突き出すポーズをとり、
『おひけぇなすって!あっしはまおーサマのこんにゃくしゃ、アンジェともうしやす!いごおみしりおきを!』
…と、非常に変わった挨拶をするようになったのだ。
いったいいつから教えていたのか、すっかり癖になったその挨拶は中々やめられず、皆を困らせたらしい。
シャルールがアンジェに教えたことの一つ。
「まおーサマ!!シャルゥに、まおーサマがよろこぶことおしえてもらったよ!」
「・・・ろくでもない事な気がするが、いったい何を教えてもらったんだ?」
「んふふ、ちょっとまってね!」
「?」
「(モゴモゴ)」
「・・・何をしてるんだ?」
「まっへ・・・あと、すこし(モゴモゴ)」
「?」
「・・・でひたっ!!」
「・・・何ができたんだ?」
「みて!さくらんぼのくきを、したでむすべたのっ!」
「!!」
「じょうずでしょ?いっぱいれんしゅうしたのよ!」
「シ・シャルールゥゥゥゥ!!」
この後、シャルールがこってり怒られたのは、言うまでもないです。
そして、アンジェはこれをシオンにも見せちゃうのです。
そのあとどうなったかは、ご想像にお任せします。