少女とさそりと機動戦艦
砂漠を空中から見下ろした所で、味気無い砂の色の他に見えるものなど何も無いでしょう。全ての生命が涸渇してしまったかのような、空虚な空間。それを「死の大地」などと呼んでは、興味も示さず離れていく者が大勢います。
しかし、直接その砂を踏むわたしの目線からすれば、ここに住む者は意外とたくさんいるのです。砂の中には小さな生物がたくさんいて、砂の水分をなに不自由なく飲んで暮らし、何の気兼ねもなく、私にその水の源を教えてくれるし、穴を掘って暮らす小動物達の多くが、私に食料を分け与えてくれます。厳しい環境の中でも、私と彼らは協力しあい、のんびりとした生活を『ちゅどおおおおおおおおん!!』
「な、なんでしょうか!?」
私は驚いて岩穴から飛び出すと、ものすごい高さに膨れ上がった砂煙の方を見ます。何か、大きなものが落ちてきたようです。あの下にいた、多くの生物が死んでしまい、生き残った者が「あっぶねー」「びっくりしたー」と驚いているのが解ります。
やがて、薄れだした砂塵の奥に浮かび上がったのは、とても大きな大きな機動戦艦でした。
「うわぁー……墜落しちゃったんでしょうか?」
中から人間の声は聞こえてきません。死んでしまったのか、それとも元々無人だったのか。
『どうだろうな、また、ヤツら人間のゴミ棄て場にされちまっただけじゃねぇの?』
「あっ、さそりー」
『よォガキ。怪我ねェか?』
足元から聞こえる、小さな、気取った声。トゲの着いた尻尾だけが、地面から飛び出しているのが見えます。
「さそりはー、あの機動戦艦ゴミだと思いますかー?」
『あ?あれ、戦艦なのか?だったらゴミじゃねーかなぁ……敵に撃ち落とされちまったんじゃねーの?』
「えー?」
船頭を砂に突き刺した戦艦は、お尻を上に向けて静止しました。よく見るとそのお尻の一部に、爆撃された部分が確かに見えます。
「ほんとだー……痛そうですねぇ」
『あ?船がイテェとかあるわけねーだろ?乗ってた兵士は、イテェどころか全滅だろうがよ』
「んー?けど声が聞こえますよ?苦しそうな……それでも何とかしようと頑張ってる、そんな声が」
心臓部の損壊、重度。伝導機能、全ライン不通。両翼、反応無し。
冷静に、戦艦の詳細を確認していく声が微かに聞こえます。
『なんだ?生き残りいンのか?つか、いくらお前でも、こんな遠くから聞こえるもんなのかよ?』
「さそりー、助けに行きましょ!」
『……は?って、おい!?』
地面から生えていた尻尾をむんずと掴み、私は走ります。引っ張り出されたさそりが、砂を吐き出しながらうるさく叫びます。
『おい、ショーキかガキ!?何があるかわっかんねーんだぞ?襲われるかもしんねーんだぞ!?』
「なんでー?なんで襲われるんですか??」
『人間っつーのは、例え相手が女子供でも容赦ねーんだ!あんま人間ナメんなよ!?』
「さそりは女子供じゃないでしょ?だからだいじゃーぶですよ~」
『オレは男で大人だがさそりだ!だいじゃーぶなワケあるぶはぁーっ』
急停止した時に、さそりが手からすっぽ抜けました。尻尾を残し、砂漠にぶすっとささったさそりを引っ張り上げます。
「さそりも戦艦みたいにならないでくださいー。ところで、入り口どこでしょー?」
『……もう、知らねーぞ』
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声の場所を探していると、人の死体が転がった部屋に辿り着きました。どうやらここが操縦室のようです。
『……おい、漏れなく皆死んじまってるじゃねーか。声なんて聞こえねーしよ。ガキ、お前はホントに声なンざ聞こえたのか?』
「……あなた、だいじゃーぶですかー?」
『あ?』
私は、操縦舵の横にある、小さな画面を見つめました。画面は光を点滅させ、答えてくれます。
《――ザッ――何者、でしょうか?》
「私はガキだよー。あなたはー?」
『? おい、お前何言ってんだ?』
さそりは何も聞こえてないみたいですが、私にははっきりと、「彼」の声が聞こえます。さそりは、「彼」と話すことが出来ません。これはめんどくさいです。
「ですのでこの際、さそりは無視して話を進行しまーす」
『っておいっ!?何かはわからんがおいぃっ!?』
《――わ――私は、この「機動戦艦WOZギガディーン66号ーⅣ」の総電磁駆動管轄機関――》
「あー、うん、心臓部ですねー」
《――――あの》
「なんですかー?きどーせんかんだぶるおーぜっとぎがでーんろくじゅうろくごー、の、よん」
《何故――わたしとの――疎通が》
「わたし、いろーんな声が聞こえるし、わかるんですよー」
『って、おい……まさか、マジでこの船と話してんのかよ』
さそりが驚いたような、呆れたように呟きました。
『まぁ……お前が、生まれたときからどんな生物の声も聞けるわ理解できるわな妙なガキだっつーのは知ってたが……』
じーと、画面をのぞきこむと、
『これ、生物ですらねーし!!』
と叫びました。
『――そんな、子供が、何故ここに』
「そりゃこんな所に落ちてきたら不思議で、様子の1つや2つー?」
『いえ――記録によるとこの座標は何1つ無い砂漠――「死の大地」のハズでは』
「いやーそれが……気味が悪いって、捨てられてしまいまして。わたし、ここに住んでるのです」
《……ジジ―……―》
私はおかあさんのお腹から出てきた直後、息が出来ず泣いてしまいました。その後再び目が覚めた時、やっとご挨拶することができたのですが。
「おかあさん、生んでくれて有り難うございました。わたしに、なんと名前をつけて下さりますか?」
次の日から、私の砂漠暮らしは始まりました。おかあさんは、私に名前をつけて下さらないまま。
「けれど……よん、この砂漠に何も無いなんてとんでもない。ここには私を育ててくれたたーくさんの者がいます。私の名前は、このさそりがつけてくれましたー」
『……よんて』
《……―ジッ―》
画面は何も言いません。砂漠に人間が「せいそく」できたことに驚いているのでしょうか。さそりももぐらもくもも、最初はそこを不思議がります。結局、他の皆さんに助けて貰って、生きてきただけなんですけどね。
「だから私は、助けられた分だけ他のかたがたを助ける義務があるのです。だからよんも、私が助けてあげますよ?」
にこっ。私が画面に笑いかけると、画面の奥から、よんが見つめ返しているような気がしました。
『……出たよ、まーたこのガキの悪いクセだ。大体、戦艦が何を頼むことがあるんだよっつー話だなっ』
《――1つ――心残りがあるのです》
「ん?なになに、心残りって、なんですかー??」
『え……あんの?……心残りィ?』
よんは静かに語りました。自分が乗せてきた人達は、東の大国からの侵略を防ぎに戦ったが、自分の力(性能)及ばず墜とされてしまったこと。彼らとは軍隊に入った頃からの付き合いで、大事に扱われてきたこと。せめて彼らの亡骸を、西の故郷の家族の元に、返してやりたいということ。
《しかし――ザッ――もう――本艦は宙に浮くことすら――》
「……わかりましたー。直してあげますね。さそり、きてー」
『うごぉっ!?だから尻尾を掴むな!つか直すって、この戦艦をかよ!?』
駆け出そうとする私の背中に、少し焦ったように、よんが声をかけた。
《――総合損傷率――ザッ――85%以上。修理人、8歳女性一名。必要日時、約6年――――不可能です――お止め、ください》
ぽかん。つまり、よんは「諦めろ」と言っているわけですね。しかし、友達を助けることを諦めたことがないので、私は回答に詰まります。私は、右手にぶら下げたさそりを見ました。
「だって」
『いや、オレは聞こえてねーよ』
「しゅうりにんがはっさいじょせーいちめいだと、6年もかかっちゃうからおやめください、って」
『……6年かぁ。そりゃお前でも大変なんじゃないか?お前が、自分で決めるんだな』
なんだ……よんにやめてと言われても、私が決めてもいいのなら、決まりですね。
「だいじゃーぶですよ、よん。いくら大変でも、私は絶対に友達を助けますから!」
『って即答かよ!? なんで聞いたんだ全く……ま、心配スンナよんとやら。このガキ、見た目よらず出来る子だからさ。それに……』
《――ザッ――?》
さそりは右のはさみを画面に向けて言いました。
『修理人は8歳女性一名だけじゃねェ。「6歳さそり一匹」も加えやがれ』
「行くよー、さそり」
『あっ、ちょ、待てコラガキ!』
まずは、お尻の大きな穴からです。少しでも早く直してあげたくて、私は機内を走っていきました。
《――あり――ガトウ――》
よんのかすかな声が、後ろから聞こえてきました。それから私は毎日さそりと一緒に機内を修理していますが、もう、よんの声が聞こえてくることはありませんでした。
作者「佐久良 響」とのオフ会中に出た「お互いお題出して即興しようぜ!」の意見から2時間後に出来た作品です。佐久良からのお題は「主人公の幼い女の子が機動戦艦と対話するカンジで」……不安だらけな初の試みです、特に「機械と対話」って部分が。。
うまく書けた自信はまるでありませんが、とても新鮮な物書きができましたし、「ガキ」のキャラは個人的に好きなカンジに仕上がったので、後悔はないです!
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