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最高落差

「ようやく肉体強化の影響も出始めたようでございますね」

「それを恍惚とした表情で眺めるお前の変態性に一抹の不安を覚えるですが」

「何をおっしゃいます。与えられた苦難にぶつかり、苦悩し、それを乗り越える者の強さほど美しく輝くものはございません」

「本音は?」

「ざまぁでございます。私めの手であのようなゾンビと大差のない体にされて、悶えて悶えて救いのない無限地獄に落ちてゆくがよろしゅうございます。時間をかけてじっくりと不幸の泥沼に落ちゆくあの姿に私は、私はじゅるり……はっ」

「もう、いいです。聞いた私がバカだったです」

「こほん……あれで本当によろしいのでございますか、お嬢様?」

 昼休みの喧騒を見下ろしているのは、本来なら立ち入り禁止のはずの新館屋上。数年前に飛び降り自殺の未遂が出たとかで、それ以来硬く封印されてフェンスで覆われているのだが、そんなものが通用するのは一般生徒までだ。オーナー(厳密には最大出資者であり直接経営には手を出してはいないが)の孫ともなれば、そんなルールはないに等しい。何なら今すぐに自分の都合のいいように変えさせることも朝飯前だ。

「あれでいいのですよ。正義の不在は、悪の衰退を招くですからね。悪の秘密結社としてやっと望ましいスタイルになったですよ」

 屋上緑化のために植えられ、今でも整備だけはされている芝生の上に腰を下ろして、紅葉が言う。穏やかな表情なのはこの場所が好きだからだ。喧騒から隔離されたようで、けれど手を伸ばせばそこに日常がある。そんな夢と現の狭間のようなこの場所が。

 屋上に吹く風は春とはいえまだまだ肌寒いが、それでも風の運んでくる匂いが好きだ。

 隣では、なぜか制服ではなくメイド服に身を包んだ華が控えている。あくまでメイドとしての立場をわきまえ、立ったままなのがいじらしい。

「しかし、なぜ彼なのでございます? もっと適任がいたように思いますが……いっそ生徒会長でも」

「アレはだめです。見たいです? あんな何でもかんでも暴力で解決するヒーロー?」

「……でございますね」

「それにあれは、自らが正義の味方をやることを望んではいないですよ」

(そこまでわかっていらっしゃるのに、なぜご自身のことは……)

「まったく。何であんなタイミングで奴らは現れるですかね。危うく計画が失敗するところでしたよ」

「さすがの私も肝を冷やしました。あのタイミングで現れるなんて、まるで三十分番組のヒーローのようでございましたね」

 『あのタイミング』というのは、先ほど保健室前で起きた騒動のことだが、もちろん首謀者が誰かなどは言うに及ばずだ。結果的にはおおよそ計画通りと言って差し支えはなかったものの、華は内心では失敗も覚悟していたほどだ。その場合は紅葉からのきついお仕置きが待っているのだが、それはそれで実は楽しみであることは絶対に秘密だ。

「それに、お前も原因の一つですよ。勝手に改造しゅじゅちゅまでやってしまって。成功したから良いようなものの、です」

「お嬢様、改造すずつでございます。まあ、面白半分ではございましたが、あまりにもお嬢様の熱視線があつうございましたので、てっきりそうなさるものだとばかり」

 そこに過剰なまでの嫉妬と、それを燃料とした憎悪が込められているのは華だけが知る裏事情だ。

「口のへらないメイドです」

 ありていに言うと一目ぼれだった。

 一学期初日に校門前を埋め尽くした族の一団を、物見遊山で見に行ったところで出くわしたのが、あの破壊王を身を挺して守ろうとする一人の男子生徒の姿だった。

 というのはあくまでも紅葉の主観なので、実際はしり込みしていたかどうかなどは問題ではない。肝心なのは、その姿に紅葉は男気を感じ、ときめいたという事実だ。

「しかも、お前もあの人に守られてるですよ。となれば、内面的な資格は十分なのです」

「そんなものでしょうか? 疑問符は消えませんが、いくら阿呆らしいとはいえお嬢様がそうおっしゃるのであれば、私にできるのは黙って従うことだけでございます」

「どの口がそれを言うですかね?」

ジト目でねめあげるが、華はただ涼しい顔で受け流すだけだ。健全な主従関係とは、少々いいがたい気がしなくもない。

「まあいいですよ。結果オーライで」

「そうでございましょ?」

「ほんと、お前は一回頭を打つべきです」

「いたみいります」

 しばし沈黙。

「で、彼の能力はいかがなものです? パラ・ダイスの抑止力となりうるです?」

「それはもう、自信作でございますから。ほぼ不死身の再生力に肉体強化。しかもキングストーンまで内蔵とくれば、わが組織にもアレにかなうものは存在いたしません」

「そうかそうか。それはよくやったです」

 再び、間。次いで、息を吸う小さな音。

「ばかです! 勝てなくしてどうするです! 本末転倒もはなはだしいですよ!」

「ですが、見とうございますか、悪に屈するヒーローなどというものを。正義の味方というのは勝ってなんぼでございましょう。本当にお嬢様は足りない御方でございます」

「お前はつくづく馬鹿ですね。わたし達が何の組織か言ってみろです」

「秘密組織、株式会社パラ・ダイス。裏社会に知らぬものなきアングラ社会の雄にして悪事の遂行をその存在意義とする悪のそしき……はっ!」

「思い出したですか、馬鹿メイド?」

「まさか、こんなブービートラップが仕込まれていようとは、想定外でございました」

「お前の脳みそが想定外ですよ。ま、何にせよ私達もしっかりと悪事にいそしまなければいけないということですよ。健全な悪あってこその健全な世界です」

「いままでも散々、生徒会長や天王寺美緒に邪魔されて悪者らしいことができてございませんからね」

「忌々しいやつらですよ。とくに邪魔なのはあの会長です。何です、アレは?」

 人形のように整った顔が忌々しげに歪む。声音が幼いのでいかんせん迫力不足ではあるが、なかなか堂に入った仕草だ。

「むしろ、今後もあちらのほうが引き続き障害になりそうな気もするのでございますが」

 華のそんな言葉も届かないほどに、紅葉は向かい側の校舎の一角、生徒会室が収められているあたりを睨み付けている。

「しかし、これで」

 立ち上がり、気持ちを切り替えて表情を作り直した紅葉は、高らかに言い放った。

「秘密結社パラ・ダイス、本格始動なのですよ」

 答えるように、風が吹く。

 芝生を撫で、紅葉と華の頬を撫で、ついでに膝上丈の紅葉のスカートをめくって。

「お嬢様、今日はいつものではなく、勝負パンツでございましたか。おいたわしや」

 外見だけでは中学生どころか小学生にも見られかねない紅葉だが、ピンクのレースはまだ早いとは口が裂けても言ってはならない。乙女であることと発育は、関係ないのだ。

 見る間に、耳もうなじも真っ赤にして顔を伏せてしまう。そして、

「こんな世界、征服してやるですよー!」

 やけくそな叫び声は高らかに、春の空に飲み込まれて消えた。


「世界はね、悪に満ちていると思うんだ。でも同様に、正義にも満ちていると思うんだ」

 昼休みにお弁当をつつきながら、唐突にそんなことを言い出すのは小豆だ。というか、小豆以外にこんな突拍子もないことを平然と言うやつなんていない。

「で、なんで会長は俺の机で飯食ってんだよ?」

「小豆でいいよ。真弘が逃げ出すのを防ぐためだよ。思い出してごらんよこの二週間を」

 食べかけの焼きそばパンをくわえて胸に手を当てる。

 生徒会に強制参加させられてからの二週間は、波乱に満ち溢れた時間で埋め尽くされていた。その前の二週間については思い出したくもない。

 東で不良が喧嘩と聞けば行って両者をぶちのめし、西で運動部がグラウンドの利用でもめていると聞けば行って両者をぶちのめし、南でタバコを吸っているやつがいると聞けばタバコもろともそいつをぶちのめした。

「ああ、ひたすらあんたが人を殴っている二週間だったよ」

「正義に犠牲はつきものだよ」

 これを一切悪びれることなく、世の真理であるかのように言うのだから質が悪い。

「しかし、問題なのはそういう小さな問題よりも、あの全身タイツだな」

 恐ろしい勢いで飯を頬張りながら、それでも口の中にものがある状態ではしゃべらないという律儀さを発揮する小豆が、このときだけは箸を止めた。

「ほかの小競り合いとか、諸問題とは違う、なんと言うか……」

「なんというか?」

 かじりかけた焼きそばパンをいったんとめて聞き入る。できれば早く食べたい。ソースの香りが鼻腔をくすぐる。

「組織的な悪意、というか、そういうものを感じないか?」

「何だよそれ、悪の秘密結社でもいるのかよ」

 そう言って、この二週間ほどで全身タイツの連中に遭遇した件を思い出してみる。

 回数にして三回。週に一~二回程度のペースだ。そのどれも取るに足りないもので、うち一軒などはほうっておいてもよかったんじゃないかと思えてしまうほどだ。

 最初は真弘が生徒会に無理矢理組み込まれた翌日。

 焼却炉近くでごみをあさる不審者がいるという連絡を受けて駆けつけると、四名ほどの全身タイツが、資材ごみをあさっていた

「あれ、よかったのかよ? 何してるのかの確認もなしにぶっとばしてたけど?」

「あの外見は間違いなく悪だよ。問答無用だ」

 実に危険な思想に、ため息が漏れる。

 二度目は翌週の金曜日。職員用の駐車場で教頭のトヨタセルシオにいたずらをしているやつがいるというので言ってみたところ、ボンネットの中に上半身を突っ込んでいる全身タイツがいた。

「あれ、後ろから思いっきり蹴ったせいで車までぶっ壊れただろ。教頭泣いてたぞ」

「不可抗力だよ。あの程度で壊れる車が悪い。それに、そのための自動車保険だよ」

 保険が降りたかどうかは定かではないが、一時期自転車で通っていた教頭は、最近ようやく車での通勤を再開していた。同じ車種を買うあたり、かなり愛着があるらしい。

「で、昨日。自動販売機の下から小銭を拾ってるけつを蹴り上げたんだよな」

 真弘はその場に居合わせなかったが、呼び出されて行ってみると白目をむいて倒れている全身タイツが一人いた。

「見るからに怪しい行為だったのでな。せっかく自販機連続窃盗事件解決かと思ったのに全く関係がなかった」

「まあ、あのかっこで自販機の下のぞいてりゃ怪しいのは認めるが、声かけるよりも先に蹴るのはどうかと思うぞ」

「いちいち口上を述べている間に悪が行われては本末転倒だからな」

 焼きそばパンの残りを一気に頬張って、ごっくんする。一番好きなのはカレーパンだが、購買に売っていないとなれば仕方がない。初めて聞いたときには心を打ち抜かれた気分だったが、今は何とか立ち直った。購買への投書は欠かさない。

「で、暴力による恐怖が支配する世紀末を俺に見せてどうしようってんだ?」

「真弘はなぜ毎日毎日毎回毎回逃げ出すんだ? もう少し正義会としての自覚を。おっと、正義会というのは一般生徒には内緒だった、生徒会役員としてのだね」

「ほざけ、あんだけ何でもかんでも拳骨で解決するさまを見せられりゃ、逃げ出したくもなるわ。一回も成功してないけどな。あと、正義会の件はたぶんばれまくってるぞ」

「僕から逃げようなんて百年早いよ。悪党を追いかけ続けてあらゆる逃走パターンに対応できるようになっているからね。まさか、ばれるわけがない。情報操作は完璧だよ」

「とうとう悪党認定だよ。それと、暴力で口封じすることを情報操作とは言わないからな」

 ぼやきながら、テトラパックの牛乳に手を伸ばす。

「くっそー、コンビニ手前の自販機なくなったせいで抹茶オレ買えなかったさ。おぉ、今日もラブラブさ。やるねぇ、真弘も」

 背中から「余計なことを言うな」というオーラを放射しながら一応振り返ると、そこには予想通りの人物が、ビニール袋をぶら下げて立っていた。

「購買、まだいいのあったのか?」

 宗司は「うんにゃ」と、首を振りながら否定する。その割には何やらにやけているなと思っていると、

「だから今日は遠征してきたさ」

 やけに得意げにビニール袋の模様を見せ付ける。

「あ、てめ、脱走してコンビに行ってきやがったのか! くっそ、それならカレーパン頼んどけばよかった!」

 口の中に残ったソースの香りも決して悪くはないが、やはりカレーパンにかなうパンなどない。みすみすそのチャンスを逃してしまったことが、とにかく悔しかった。

「おー、やっと帰ってきたにゃ。どれどれ?」

 どこから湧いたのか、背後にいきなり現れた瞳が、コンビニのロゴ入りビニール袋の中を物色しながら顔をほころばせている。

「ふむ。富田よ、おぬしもなかなかわかってきたではにゃいか。ほめてつかわそう」

 言いながら袋から取り出したのは、ピンクの文字でロゴが描かれた、白いカップ。

「あ、それは俺が食うつもりのイチゴ牛乳プリンさ! それだけは」

 名前を聞くだけで胸焼けしそうな一品だが、その実さっぱりとした口当たりにさわやかな後味という、満貫寺周辺で絶大な人気を誇るスイーツである。満貫寺を含む一色市でしか流通していないという曰くつきでもある。

「べー、すでに遅いにゃ。あらららふたが開いて瞳さんに食べてほしそうにプリンがゆれてるにゃー。これは食べてあげるのが愛というものだにゃ~」

 喜色満面とはまさにこのことで、とろけそうな笑顔で瞳がカップを覗き込んでいる。

 実にほほえましい光景だ。

 ただ一つの要素を除いて。

「くー! 俺がどれだけ苦労したと思ってるさ。ゲリラのように、隠密のよう」

「へぇ。それは大変だったね」

 宗司の顔が凍りつく。文字通り微動だにせずに、時が止まったように表情は動かない。おそらく思考も動いていないだろう。もしかしたら走馬灯が回っているかもしれない。

「僕の前で堂々と悪事を告白とは、覚悟はできているよね?」

 ちなみに、校則で下校時刻前の外出を禁止しているのは言うまでもない。

 広辞苑のような特大サイズの弁当箱から顔を上げた小豆は、鉄仮面のような無表情でじっと宗司と、その手にぶら下がったコンビニロゴ入りのビニール袋を見つめている。

「瞳さん、フェードアウトにゃ~」

 密集する人垣をすり抜けるように遠ざかり、そのまま教室端っこの集団に合流する。

「さて、俺も。今までありがとう宗司。卒業写真にはちゃんと載せてもらえるように」

「待って、お願い、助けて、見捨てないでほしいさ。死ぬのはいやさ」

 これほど悲痛な叫びを聞いたことがあっただろうか。教室にいた誰もが視線を伏せ、唇をかみ締めて胸の痛みに耐え、クラスメイトの冥福を祈らずにいられない。

「断腸の思いとは、まさにこのことだな」

「真弘、俺たちは親友さ! な、だから」

「もちろん親友だ……永遠にな」

「いやさぁぁぁぁぁ」

 悲鳴がこだまし、特大弁当箱が机に置かれ、

「そうさ! 真弘は俺が脱走するのを知っていたさ。ということは、それを容認した真弘にも責任が、いや、むしろ生徒会なのにそれをとがめなかった真弘の罪のほうが背任分上乗せで重いさ」

「てめぇ! 言うに事欠いて何言ってやがる! 親友を売るのか」

「親友も命あってのものだねさ。こうなったら地獄の釜の底まで付き合ってもらうさ」

「さあ、覚悟はいいか? ふたりとも」

「ちくしょぉぉぉぉ!」

 叫ばずにはいられない。

「だいじょうぶ。二度としないと誓うのなら、正義の鉄拳一発で許してあげるよ」

 本来はずっと小柄な小豆の姿が、このときだけは見上げるような巨漢に見えたのは錯覚だとしても、押しつぶされるようなプレッシャーは紛れもなく本物だ。真弘はこの三週間で何度となく見てきたのだ。この圧力に心をへし折られ、次の瞬間に正義の鉄拳と証する殺人パンチで体をへし折られたものたちを。

 その分リアルに、記憶の中の被害者と自分が重なる。

 教室の中には、いるだけで胃に穴が開くような緊張感が充満していて、気の弱い女子生徒の中には貧血でへたり込むものまでいる始末だ。

「やあ、今日は間に合いました。二時間も授業が受けられます」

 そんな空気に、唐突に穴が開いた。

 昼休みに登校してきて『間に合った』と大真面目で言うのはもちろん住吉一郎以外にありえない。だれもが「またかよ」と思う登校姿だが、このときばかりはクラスの全員が心の中で大賛辞を贈っていた。

「住吉一郎! また性懲りもなく!」

 条件反射的に、小豆の意識が一郎に向けられる。

「あ、修学院さん、おはようございます。あれ? どうして違うクラスなのにここに」

「僕の目の前で堂々と遅刻とは! 今日という今日こそ」

「今さ!」

「応よ!」

 もちろん、このチャンスを逃すような愚は犯さない。

 完璧なコンビネーションで教室を飛び出し、示し合わせたかのように二手に分かれた真弘と宗司は、互いを振り返ることなく力いっぱい床をけった。とはいっても、さすがに最近は力の加減がわかり始めた真弘は、床を傷めない程度の力に調整をして。

「友よ、きっとまた会うさ!」

 遠ざかる宗司のノリノリのせりふは、昼休みで賑わっている廊下で聞くには恥ずかしかったが、本人が楽しそうなのでよしとした。ただ、

(それ、死亡フラグだぞ、宗司)

 と声には出さずに突っ込んでおいた。

「おりゃ!」

 改造手術のおかげで頑丈になった体にものを言わせて、一気に踊り場までの数段を飛び降りて階下へと駆け抜ける。

 踊り場の窓からこぼれる春の日差しが、頬に心地よい温もりを感じさせた。

 昼休みの喧騒が漣のように届く階段を駆け抜ける。油断はできない、相手はあの小豆だ。どこで待ち伏せていてもおかしくはないのだから。

「というわけで、俺は万全の対策を採るわけだ」

 一階と二階の間の踊り場に差し掛かった真弘は、唐突に窓を開け放ち、窓の外に飛び出す。これまた体の頑丈さに物を言わせて飛び降りたのだが、タイミングが悪かった。

「おわっ!」

「な、なな、なん」

「うわぁぁぁぁぁああああ、あ、あ?」

 ケツの下に感じる、人間としか思えない感触。どうやらヒップアタックを食らわせてしまったらしいことに気がついた真弘は、とにかく頭を下げた。

「あああ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさ……あれ?」

 その中で目の前の三人に見覚えがあることに気がついた。

「えーっと……ども」

 スリッパの色は二年生の緑色。入学一ヶ月で部活にも所属していない真弘が知り合う上級生というのは限られており、その大半は、

「おい、おまえ、あの暴力馬鹿のつれだよな?」

 小豆の正義活動の過程で知り合う、できれば知り合いたくない類の先輩方だ。

 もちろんこの三名も、そういうことなのだろう。というか、そのはずだ。周囲に漂うヤニくさい空気と、足元に落ちてい短い吸殻がそれを物語っている。

「えーっと、暴力馬鹿といいますと……」

「あ、おれぶっとばされる前に見た。こいつ、あの馬鹿の後ろにいた!」

 どうやら言い逃れもできないらしい。万事休す。

「いやいや、このことはもちろん黙ってますし、今日はちょっと急いでて」

 薄暗い、いかにもといった感じの校舎裏。足元には目の前の三人(伸びているのも入れると四人だが)のものではない吸殻も、そこかしこに落ちている。

 じめっとした空気が否応なく真弘の危機感をあおる。さすがに本気で殴り合いの喧嘩となれば、ある程度自分の身体能力を把握し始めている真弘にとっては、三人程度なら赤子の手をひねるようなものだ。が、できれば穏便に済ませたい。

(なんていうと、あいつにぶん殴られそうだけどな。ま、逃げるのが得策だよな)

 じりじりと包囲の輪を狭める三人に、真弘は逃げ出せるように身構えながら後ずさる。

「ちょうどいいところに。君達を成敗させてもらおう」

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