最善生徒会
「どっせぇぇぇぇぇいっ!」
「うわわわ、ちょ、こっち来ないでくださいよぉ!」
一瞬だった。
小豆が気合一発腰を落としたかと思うと、次の瞬間には半円を形作っていた五人が、軒並み壁に叩きつけられてぐったり動かなくなった。一人などは業者が乗ってきたライトバンの、後部ドアを突き破って教材サンプルの中に埋もれている始末だ。
何が起こったのを時系列に記すのは実に困難だが、真弘が目で追えただけでも、全員が一発ずつハイキックか後ろ回し蹴りをもらっていた。しかも、寸分たがわず顔面に。
そして残りの半分が、さらに悲惨な結末を迎えていた。
最初の一人が住吉に足を掴まえられた。それが運のつきだった。
バットのフルスイングよろしく、全力で、人間の体をぶん回したのである。何が起こったかについては推して知るべしだ。ただ、バットにされた奴が一番かわいそうで、吹っ飛ばされて床の上で伸びている連中はまだマシ、というところか。
この間約三秒。
「正義は勝つ」
自信満々のドヤ顔に、揺れるツインテールが妙に爽やかだ。
「うはぁ……相変わらず無茶しますねぇ」
片や一郎は、バットにした一人を優しく地面に下ろしているが、今さらだ。既に意識は最初のフルスイングで吹っ飛ばされている。
「お前に言われたくないな。それよりなんだこいつらは? どういう種類の悪だろう?」
ぶっ飛ばした後とは思えないセリフをさらりと言いながら、まったく悪びれる様子のない小豆。今の動きで乱れた胸元のリボンを直しながら、表情はピクリとも動かない。
「さあ……とりあえず、不法侵入でしょうかね?」
「じゃあそれで」
あっけにとられた真弘が、改めてこいつらに関わってはいけないという瞳や宗司の言葉を反芻して確認していると、ガサリとすぐそばで音が上がる。
ふと、窓のすぐ外、中庭との間の植え込みに目をやると、苦しそうなうめき声をあげながら立ち上がる全身タイツが一つ。
目があった。
「ミッション、了解」
「へ?」
見えないどこかに返事をしたタイツは、固まった真弘の頭上をかすめるように跳躍する。そのまま軽業師のようにカーテンレールを掴まえると、くるりとその場で回転して保健室に飛び込んできた。
タイツの目の前に晒され、呆然と時を止められている紅葉。ベッドの上で半身だけ起こしているが、状況を飲み込めているようにはとても見えない。
「鹿王、さん!」
全身タイツの手が伸び、紅葉の肩にかかろうとしたところでようやく、柔らかなブロンドが揺れる。
「一緒に、きてくだ」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
力の限り絞り出された叫び声が、耳をつんざく。
思い出される、二つの記憶。何の役にも立たなかった自分の、記憶。
小豆の時は、何の役にも立たなかった。
夜の校舎では役に立ったのかどうかもわからなかった。
だから、今回もそうなのかもしれないと思った。すぐ後ろには小豆も控えているし、へたに自分が動いて、逆に紅葉が危害を加えられては元も子もない、そうも思った。
ただそれ以上に、強く思ったことがある。
(ああ、またやっちまってる)
正義感なんて立派なものではない。ただ単にまた『発症』したわけだ。
「もうやだ、こんなトラウマ」
半泣きの声がこぼれたときにはもう、床を蹴っていた。
全力で全身タイツめがけて、力加減も作戦もへったくれもない、タックル。
ズドンッ! という交通事故のような音が校舎中に響いたかと思うと、瞬きする間もなく真弘の肩口は、全身タイツの腰にめり込んでいた。
「え? え? ちょ、は、はなしがちがぶるぇっ!」
何かを言いかけていたが、夢中の真弘はそれを拾うことができなかった。というか、
「わ、わ、うわわわわわ!」
自分の加速が理解できていなかった。先ほどの、体育の時と全く同じだ。
理解を遥かに越えて流れる景色と、想定以上の衝撃に真弘の思考もついていかずに、ただただ吹っ飛んでゆく景色を眺めていた。
絡まってちぎれるカーテン、吹き飛ぶパイプ椅子、外れて吹っ飛ぶ扉、そして廊下を一瞬で突っ切って、迫る……壁。
肩口を相手の腰に押し付けて突進した場合、必然的に頭の位置は相手の背中かその向こう側にあることになる。簡単な話で、その状態で壁に突っ込むと、どうなるか。
「あ、当たる」
めきゃっ! という、実に不快で鈍い音が、鼓膜ではなく骨格に直に響いた。
背中をしたたかに打ちつけた全身タイツは、泡を吹いて項垂れているが、そちらが軽傷に見えてしまったというのは、飛び込んできた小豆の談だ。それどころか、
「死んだな」
惨状を見た、第一声がそれだった。
無理もない。コンクリートの壁に頭から突っ込んで、なおかつそこにこめかみのあたりまで突き刺さって生きていると思うものなど、いない。
事実、小豆の手によって引き抜かれた真弘の頚骨は曲がってはいけない方向に曲がり、目も胡乱で額はぱっくりと割れていた。これで生きていたらゾンビだ。
「ゾンビは生きていないか」
「あわわ、それって同じクラスの……たしか、帝塚山君ですよね? うわぁ、なんかもう、だめっぽいですねぇ」
ひょっこり窓から覗き込んでいる一郎も、その惨状に顔をしかめながら合掌している。
ベッドからいまだ起き上がれないでいる紅葉にいたっては、状況を把握できていないように見受けられる。呆然と、小豆の背中とその手にぶら下げられた、動かない真弘を見つめている。
どう贔屓目に見ても、真弘が死んでいるのは明白だ。生きていられる要素が、ひとつも見当たらない。
そんな真弘をつまみ上げ、わずかばかりの憐憫を向けながらも、どうやって始末しようかと小豆が思案し始めたところで異変が起きた。
「うん?」
どう見ても新鮮な死体でしかない真弘の、指先がピクリと動く。
死後痙攣。そんな言葉が真っ先に小豆の脳裏をよぎったが、それにしては動きが緩慢で、どちらかというと何かを確認するような、意思を感じる動き。それが徐々に大きく、強くなり、動く範囲も指先だけだったのが上腕にまでいたり、
「!」
目の前で、首がめきめきと音を立てて元の角度に戻てゆく。さらに、割れていた額まで見る間に塞がり始め、しかも、
「血が……」
「戻ってますね」
逆再生映像を見せられているかのように、額からあふれ出ていた血液が傷口の再生にあわせて吸い込まれてゆく。
「再生しているのか?」
小豆のその言葉を裏づけるように、真弘の額には傷跡どころか血痕一つ残ってはいない。あるのは、年相応ないくつかのニキビだけだ。
さすがに驚きを隠しきれない小豆の前で、とうとう完全に復活した真弘が声を上げる。
「ってー。何だよ、何で廊下に飛び出すんだよ。あーあったまいてぇ」
「おい!」
「うぉわっ! なんだ! お、あ、え? あれ? 何でお前なんだ?」
猫のように襟首をつまみ上げられている真弘だが、身長差のせいで足の裏は床に届いている。
目の前には黒目がちな丸い目と、揺れるツインテール。きょろきょろと見回すと、先ほど自分がタックルを決めた全身タイツが床に伸びているが、わかったのはそれだけだ。
「お前、自分がどうなったのかわかっていないのか?」
「は? どうって、そりゃまぁ慌ててたけど、まさか戸を突き破るなんて思ってもなかったし、おかげで思いっきり頭打ったしな。あー、まだズキズキする」
言って、少々大げさに頭のてっぺんを手のひらでさする。
「それだけか?」
「なにが?」
「それだけか、って聞いているんだけど」
冷静な小豆の声に、真弘は血の気の引く音を聞いた。
この質問は詰問であり、ここは審判の場であり、目の前にいるのは死刑執行人なのだと。そう理解した真弘は、自分の舌の限界に挑戦する勢いで言葉を並べたてる。
「それだけって……ああ、うあぁぁぁごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 扉を壊してごめんなさい不可抗力なんです正義のためなんです襲われようとしている女子を助けようとしただけなんです悪気なんかなかったんだだから助けてください」
さらに混乱した脳みそは、信じられないことまで垂れ流してしまった。
それは、誰にも語るまいと固く封印していた、忌まわしいトラウマの存在。
「俺は目の前の女子が危機に晒されると後先考えずに飛び出してしまうというトラウマ持ちなんです嘘じゃないんです本当なんですだからほんとに不可抗力なんですこのせいでどれだけ女の子に嫌われてきたことかだから殺さないで!」
嘘のような冗談のような、ギャグ漫画のような……真実だった。
肺の中が空っぽになるまで声を出しつくした、全力の命乞い。
自分とごく一部の知人しか知り得ないトラウマまで吐き出して。
「それはまた……」
名前もない上に本人以外には大きな実害のないこの症状を、真弘はここに来て初めて暴露したわけだ。死への恐怖から。なりふり構わず。
当然のことながら、それが小豆の心にクリティカルヒットして興味を引くなんて、考える余裕などこれっポッチもなかった。
「ゆ、ゆるしてくれるんでずが?」
「こら、半泣きになるな。大丈夫、扉を壊した咎は今は追求しないよ。僕が聞きたいのはあのとんでもない回復力のことだよ。それと……まあいいか」
「は? 回復?」
「そうか、自覚症状なし、というわけか」
合点が言ったというように、一人勝手に納得した小豆は力強く頷いている。
「何言って」
「よしっ! 一般生徒や教師たちも出てき始めたし、ここでは落ち着いて話もできない。生徒会室に行こう。大丈夫、そこなら僕の許可なしには何人たりとも立ち入れないから」
それを死刑宣告なのだと理解した真弘は、がっくりとうなだれてわが身の不遇を呪った。自分に起こったことに全く自覚がないので仕方がないことではあるが、すでに記憶の走馬灯を回しているのは早すぎだと誰か言ってあげてほしい。
ずるずると、真弘を引き摺る音が廊下を遠ざかってゆく。
残されたはずの全身タイツはいつの間にか姿を消していて、遅ればせで職員室から駆けつけた教師が見たのは、壊れた保健室の扉と、壁にあいたなぞの穴だけという始末だった。当事者ゼロ、目撃者ゼロの謎の破壊事件。これが普通の高校なら即座に全校集会にでもなるような大事件だが、ここ満貫寺においてはそうはならない。
教師とて人の子。命は惜しいのだ。
「だから、お前は今から副会長だ、と言ったんだよ」
生徒会室の内装は実にシンプルで、ごく一般的なものだった。
広さは通常の教室の半分ほどで真ん中には折りたたみ式の長机と、それを取り囲むパイプ椅子。そして部屋の周囲をぐるりと取り囲むスチールラックには雑多な資料が整然と並べられている。ありふれた、生徒会室のイメージそのままの部屋。
それが、真弘にはかえって意外だった。
そんな意識の間隙を狙った一言は、なかなかに破壊力抜群だったために、うっかり聞き返してしまった。まあ、聞かなかったことにしてダッシュで逃げ出しても捕まっただけなので、結果に変わりはないのだが。
「はあ?」
気の抜けた返事は、そんな葛藤の結果としての、魂の抜け殻のようなものだが、小豆にとってはそんな過程など知ったことではない。当然のごとく承諾と受け取って続ける。
「というわけで、お前は僕の正義会の一員になったんだよ。今後ともよろしくね。ちなみに、今追いかけているのは街を賑わせている自動販売機連続窃盗事件だ」
逃げ出せないように扉を背にして、後ろ手に鍵を閉めた小豆は、にっこりと微笑んでツインテールを揺らす。
「は?」
「は、じゃなくて。お前はさっき言っただろう? 正義のために行動した、って」
「あ、あー、言ったかな? 言ったような、言ってないような」
「だから、お前にはその資格がある。あ、役員に対してお前は失礼だよね。帝塚山君、下の名前は真弘でよかったよね? というわけで、よろしく、真弘」
いきなり呼び捨てかよ、という突っ込みもあったが、その前に山盛りの突っ込みどころが大渋滞しているせいで言葉にはならずに、思考の藻屑と消えた。
呼び捨て、決定。
「というわけで、今日から正義会としての活動に邁進していこうな」
差し出された手のひらは、常識的かつ好意的に解釈すれば握手を求めているはずなのだが、今の真弘はとてもではないがそんな気分になれそうもない。
「すまん、一個ずつ説明してくれないか? どうやら頭が馬鹿になったみたいなんだ。いや、もともと馬鹿なんだけどさ。それと、ここって生徒会、だよな?」
「自らの愚を知ることは重要だよね。無知の知ってやつだ。よし、一個ずつ説明していこう。まずは生徒会について」
「あ、やっぱ生徒会なんだ」
「生徒会というのはあくまでも世を忍ぶ仮の姿。その実態は正義を貫き、どんな小さな悪も許さず撲滅する正義の会、正義会だよ。というわけで、真弘はその正義の心と超絶身体能力を買われて副会長に就任した、というわけだよ。言ってみれば正義の味方だね」
「うわー、また突っ込みどころだらけな」
「異論はないよね? それじゃあ、目下最大の謎である全身タイツの悪者について」
「すまん、異論しかない」
めまいを抑えるように眉間にしわを寄せ、手近ないすに座ってしばし黙考する。
溢れんばかりの疑問はどれもこれも荒唐無稽で、言葉にするのもはばかられるようなあほらしいものばかりだが、その中でも比較的取っ掛かりやすいものから手をつける。
「あの、さっきから言ってる超絶身体能力だとか回復だとか、なんか俺のこと言ってるっぽいけど、身に覚えがないんだよな。何のことなんだ?」
「うん。もちろん真弘のことだけど、そうか、自覚症状がないんだね」
「いや、わかってるんならもうちょっと説明を」
「任せて、そういうのは得意だから。つまりはこういうことだよ」
フレンドリーな語り口とは裏腹に、相変わらず表情に乏しい。
がらりっ、と金属音。さして広くはない生徒会室で聞くと、その音はことさら凶悪だ。
「いっくよー」
小豆が手にしたのはバールだった。主な用途は自動販売機をこじ開けたりシャッターをこじ開けたり金庫をこじ開けたりと、万能工具の代表格だ。しかも、打撃系武器としてもかなり優秀という、犯罪業界御用達の一品だ。よい子は人に向けてはいけない。
根をはったように力強い足腰。いっぱいまでひねられたせいで、セーラー服の腰からちらりとへそがのぞいている。
「まてまてまてまてまて、はなせばわか、はなせば!」
「百聞は一見に、百見は一触にしかずだよ。つまり、一触は万聞に」
「万聞でよろ」ブオンッ
地軸がずれたのかと思うような衝撃波が生徒会室内を暴れまわり、その発生源であるバールノヨウナモノが一直線に真弘の腕を、捉えた。
「――――――――――っっっ!」
鈍く重い音はまるで交通事故のようだったが、真弘にはその音は届かなかった。声にならない痛みが頼んでもいないのに体の隅々に行き渡り、苦痛に耐えられないと判断した脳が、意識を体の外に投げ捨てようと画策し始める。
見ると、直撃したあたりで、関節が一つ増えたように腕が折れ曲がっていた。
「ぎぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「さあ、ここからだよ」
にこやかな小豆の声には殺意を覚えたが、滾々と湧き出る痛みの前には無力だった。
奥歯を食いしばり、骨折の対処法を必死に思い出そうとしたところで、
「あれ? 痛みが……ひいて、あれ?」
発狂しそうだった痛みが、いつの間にか軽くぶつけた程度に弱まっている。そして、そんなことを思う間にもどんどん弱まった痛みは、ついには残滓のようなものを残して完全に消え去ってしまった。しかも、先ほど完全に折れたはずの腕までもが、痛みが引くのにあわせたように、元通りになっている。
「あ、れ?」
確認するように動かしてみるが、痛みどころか違和感一つない。
「なに、これ?」
「それはこっちが聞きたいよ。治りが早い、なんてレベルじゃないからね。回復魔法でも使ったか? だとしたら天王寺が妥当だけど、あいつはこんなことしそうにないしね」
それには真弘も同意せざるを得ない。あれはどちらかというと白魔法ではなく、黒魔法専門だろう。
「ってか、え? 俺の腕、今折れたよな」
「あの感触だと確実にぼっきり真っ二つ、常人ならリハビリが必要なレベルの骨折だよ」
その感想を、加害者がさらりと言ってしまうのはどうかと思いながら、その診断は正しいはずだと記憶を反芻する。
思い出すだけで背筋がぞわぞわと泡立つが、それだけだ。ただの記憶でしかない。
「そっちの手品とかじゃないのか? 幻覚を見せた、とか」
「そこに正義があるのならそうするけどね。それに僕は壊すほう専門だ」
(言い切りやがった)
どこに正義があるのかはなはだ疑問ながら、説得力たっぷりの切り返しに真弘は言葉を失う。
こうなると、残された可能性はあと一つ。
(改造手術って……マジで、マジなのか?)
じわじわと染み込むように、自分の心が現実を受け入れるのを自覚する。
ただし、下手な説明をするのも余計なトラブルの種をまくことになりかねない。ここは、そういうものだという前提で話を続けるほかない。
「というわけで、そのすさまじいまでの回復力を武器に正義の味方をやってもらうよ」
「だからなんで……って言っても聞いてくれないんだろうな」
「よくわかっているね、そのとおりだよ。僕は正義を行うのに手段は選ばない」
自信満々に、ボリュームとしては少々不足の感が否めない胸を張る。
「頼りになる正義だ」
「だろう? それに……」
誇らしげにふふんと鼻を鳴らして、意味深な視線を真弘に向ける。
「真弘は、こういうのに自分から首を突っ込むタイプのようだしね」
否定はできない。自分の意思とは関係なしとはいえ、入学からのたった二週間足らずでこれだけ事件に巻き込まれ、そのたびに踏み出さなくてもいい一歩を踏み出したのは、紛れもない事実だ。
「たとえそれが、あんなわけわからんトラウマ持ちのPTSD発症でも、か?」
自虐気味に内心で呟いた真弘だったが、ここまで来ると自分がどこまで傷つき辱めら得るのかを見てみたいという、奇妙なサディズムさえ芽生えているから不思議だ。
底の読めない、冷たい視線を浴びならが見つめる小豆の表情はこれっポッチも変わらずに、数秒の時が流れた。そして小豆が開口一番こぼしたのは、
「素晴らしいじゃないか」
「は?」
予想外に過ぎた。
「だから、素晴らしい、って言ったんだ」
どこがだよ? そう言いかけて口にはしなかったが、どうやら顔が正直にクエスチョンマークを浮かべていたらしい。
「原因がなんだったかなど聞くつもりもない。トラウマだか何だか知らないけど、それが思考を飛び越えて実行できるなら、これほど正義の味方としてふさわしい体質はない」
「疑わないのかよ、こんな冗談みたいな体質」
「嘘なのか?」
見ている方がひるむほどの、真っ直ぐな視線。疑いなど一ミリも含んでいない瞳は、見つめるだけで呑みこまれそうなほどに力強い。
「いや、嘘じゃねぇけどよ……でもこんなんただの病気で」
「PTSDだろうとHTTPだろうと、お前のそれは、正義だ」
さすがは生徒会長といったところか。そんな風に思っているところに、とどめがきた。
「もう、正義に言い訳をしなくてもいい」
何の気なしの一言でしかなかったのだが、その一言が真弘には重く、効果的だった。
こうして真弘は、入学二週間にして生徒会役員という名の正義の味方を務める羽目になったのだが、悪態ばかり零すのと裏腹に、ちょっとだけ心が軽くなったのは内緒だ。
それも、破壊王こと小豆の一言で、などとは口が裂けても言えない。
その程度には処世術を身に付けている。学校という社会は実に微妙なパワーバランスで成り立っているのだ。その中で平穏に暮らす方法というのは、意外と難しいのだ。中にはとんでもないパワーでそんなバランスをものともしないのもいるが、あくまで例外だ。
と、自分がまだ例外ではないと信じている真弘は、そんな愚かなことを考えていた。
本当に、愚かだった。