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最遅少年

 翌日も半日授業だったのがせめてもの救いだった。

 昨日のオリエンテーションで一通りの事務的なイベントはひと段落ついたとはいえ、実質初日なんて教師との顔合わせみたいなもので、どの授業も配布物や教科書の確認程度に時間を費やすだけだった。

「だからって、初日から寝てるとはなかなか剛の者さ」

「やるにゃぁ帝塚山君。大物の匂いだね」

「寝不足なんだよ。ってか、寝てなくて」

 睡眠時間はゼロ時間。まあ、改造手術を受けていた間の意識がないのでその時間を眠っていた(死んでいた?)と考えてもよさそうだが、そのことはなかったことにしたい。

 あの後、手術室を脱出した真弘はメイドの指示する通りに施設の廊下を歩いた。ひたすらに殺風景で、軍事施設か何かを彷彿とさせたのは時折恐ろしく分厚い鉄の扉を目にしたからだ。防火扉というよりは、映画などで見るシェルターの扉のようだった。

 十分ほど歩いたところで言われた通りの出口に到達したのだが、そこからとんでもなく長い階段を上がるはめになり、ゴールの扉にたどり着いた時には膝が笑っていた。

(しかも、出口のとこに腕時計が置いてあったんだよな)

 その腕時計は入学祝にと祖父母が買ってくれたGショックで、かなり気に入っている。返ってこなかったらどうしようかと思ったが、今もしっかり腕に装着されているので一安心だ。

 扉のすぐ手前で自分をじっと見つめている文字盤では、短い針が四の位置にいたのだが、そこに現実味はなかった。

(で、扉開けたらまだ薄暗くて、朝だってわかって、家帰って……)

 何故か扉のすぐ向こう側には真弘の自転車が置いてあり、ご丁寧に暗証番号式のキーロックまでセットされていた。悪の秘密結社ともなれば、チェーンキーのロック解除ぐらいお手の物らしい。しかも、今朝になってもう一度その場所に行ってみたところ、入り口の扉どころか、その痕跡までもがきれいさっぱりなくなって、自動販売機が設置されていたというのだから、笑うほかない。

 ベッドの上で眠れないままごろごろとしている間に夜が明けた、というわけだ。眠ろうにも興奮した脳が次々にいろんなことを考えてしまい、しかもそのことごとくが悪いほうへ悪いほうへと舵を切ろうとした。典型的なマイナス思考。

「何浮かない顔してるさ? 寝不足って言うより、失恋って感じの顔さ」

「それだったらどんだけいいか」

 いや、よくはない。よくはないのだが、だからといってこっちで良いかといわれるとそそれもまた別問題だ。何せ改造手術だ。特撮の登場人物にでもなった気分だったが、手放しで喜べないのは、自分がつまらない大人になりかかっているからなのだろうかと、さらに自身に追い討ちをかけてみる。

 無意識のうちに、左腕を見つめている。

「どうしたの? もしかしてあれ? ぢっとてをみる、ってやつ? 詩人?」

「コリャますます失恋路線が濃厚さね。はっ! 右手に振られたから今度は左手とか」

「下ネタじゃねぇか。だから失恋じゃないっつってんだろ?」

「大丈夫! 下ネタも華麗にスルーするスキルを持ってる大人の瞳さんだよ」

「それもどうか思うが……そうじゃなくて……そうだな、例えば、例えばだけど」

 出会って二日とは思えない距離感に、真弘の口は存外軽く動いた。

「夜寝てる間にUFOにさらわれて、知らない間に機械埋め込まれたり洗脳されたりしたらどうするかな、とか」

 言いきった直後、二人のきょとんとした眼を見て激しく後悔した。

 出会って二日である。なのに何をとち狂ったのか、こんなたとえ話を本気でしてしまうなんて、失態もいいところだ。これを機にクラスから孤立しても文句が言えないレベルの電波、ないし中二秒病を発信したわけだ。事実はどうアレ、そうとしか思われない。

 見る見る顔が赤くなっていくのがわかったが、意外にも反応は良好だった。

「まさかそんなこと考えてて根不足したさ?」

「帝塚山君って子供っぽいとこあるんだ。人は見かけによらないにゃぁ」

 どうやら、驚いたのは最初の一瞬だけだったらしい。

 さらりと笑って流してくれたばかりか、宗司にいたっては真剣にUFOに拉致されるところからシミュレートし始めている。今はどうやら手術台で頭を空けられているらしく、「ぱか」という効果音まで入れている。

「や、そんなマジにならなくても」

「洗脳はいやだけど、機械埋め込まれるのは悪くないかもしれんさ」

「そのせいで超能力に目覚めたり? どっきどきのドラマが始まりそうだにゃぁ」

 互いの顔を指差しあった宗司と瞳は、実に屈託のない笑みを浮かべる。

 ほっとすると同時に、思った以上に自分がマイナス思考に偏る根暗な奴の気がしてきて、ちょっとだけへこんでしまった。これではモテモテ高校ライフをはじめられるはずもない。モテる男は前向きなのだ、と自身を鼓舞するように頷く。

「だよなー。すっげぇちからに目覚めるかも知れねぇもんな」

「爆弾埋め込まれて地球侵略の足がかりにされる可能性もあるけど、気にしないさ」

 笑顔が凍りつく。何の他意もないはずなのに、ここまでピンポイントに心を抉られると、こいつもあの悪の組織とやらの一員じゃないのかと勘ぐってしまいそうになる。

「そのときは、間違いなく破壊王にぶっ飛ばされるにゃあ。爆弾ごと宇宙の果てまで」

「うわ、ありそうで怖いさ」

 授業も終わり、教室に残っているのは真弘たちのほかには、女子のグループが一つだけなので、笑い声はよく響く。春先の暖かな日差しも相まって、まるで数年来の付き合いがあるように錯覚してしまう。

 つられて笑みをこぼしていた真弘が、ふと思い出したように疑問を口にする。

「あのびっくり人間って、中学のときからああなのか? それにあと二人って?」

 四人のびっくり人間の内二人を見た現時点ですでに食傷気味だが、逆に興味も尽きることはない。むしろ、毒食わば皿までの気分だ。

「ん? ああ、最初はもうちょっとおとなしかったさ。や、魔女王の天王寺のほうは最初っから全力だった気がするけど、会長はどうだったさ?」

「ん~? 一年の二学期だか三学期だったかにゃ? いきなり生徒会室乗っ取って、先生とかと攻防戦があって、それからかにゃ?」

「ああ、生徒会室戦争さね。二学期さな、あれは。文化祭終わって代休明けだったさ」

「そうだそうだ。学校着たらいきなり体育の先生が窓の外で怒鳴ってたんだもん。アレはびっくりだったにゃ」

「戦争?」

 穏やかではない響きだったが、冗談を言い合うように笑う二人はさらりと続ける。

「はかい……あんときはまだそんなあだ名はなかったけど、修学院がブチ切れて生徒会を乗っ取った事件があったさ」

「なんで?」

「さあ……千里眼は覚えてるさ?」

 ただでさえ細い目をなくなりそうなほどに細めた宗司は、首をかしげながら瞳を見る。「うわ、目がにゃいっ!」

「あるさ! って、んなことより乗っ取り事件の原因さ。しょーもない理由だった気が」

「あれでしょ? 生徒会室で書記だったかがタバコ吸ってるとこ見つけて、小豆ちゃんの正義が爆発しちゃったんじゃなかったかにゃ?」

「お、そうだそうだ。それで、見て見ぬふりしてた役員もまとめてぶっ飛ばして追い出したさ。ちなみに全員全治一ヶ月」

 あれにぶっ飛ばされればそうなるわな、と納得せざるを得ない。何せ、鉄の門がひしゃげるパワーである。むしろその程度で済んだのは幸いとしか思えない。ただそれより、

(下の名前、小豆っていうのか。まあ、外見はしっくりくるな。外見は)

 なんてことをぼんやりと考える。

「で、選挙を間近に控えながら、初の腕力による政権交代が実現された、ってわけさ」

「ひでぇな、そこに正義はあるのかよ」

「勝てば官軍だにゃ」

 苦笑交じりだが、どこまで本気かわからない瞳の言葉には、多分の真実が含まれている。その後は正式な選挙も実施されるにはされたのだが、立候補は当然のごとく小豆のみであり、ほぼ満場一致の得票数で当選したのは言うまでもない。さらに言うなら、ほかの役職についても立候補者がおらず、予備選挙の準備を進める職員室に乗り込んで、

「一人で全部やります」

 と言ってのけたのは、すでに伝説となっている。

「な? びっくり人間さ」

「びっくり通り越して感動するわ。でも、それって中学のときの話だろ?」

 昨日出会ったときは、自身のことを生徒会長と自称していた気がする。

「そんなんが中学からあがってくるって聞いて生徒会続ける根性があるやつ、いないさ」

 これも否応なしの納得だった。誰だって命は惜しい。数瞬の沈黙の後に、真弘はゆっくりと頷いた。

 からり

 と扉の開く音がして、教室の空気が止まる。

 三人ともが教師による追い出しか何かだろうと、めんどくさそうな視線を向ける。女子のグループも同様のようで、こちらは駅前のドーナツ屋にでも移動しようかとかばんに手をかけているものまでいた。

「やあ、また遅刻をしてしまいました」

 開いた扉から教室を覗き込むのは、真弘たちと同じ制服に身を包んだ男子生徒だ。どこかぼんやりとした表情に照れ笑いを浮かべながら、ぽりぽりと頭を掻いている。

 見るからに優男といった様子の垂れ目に、真弘は見覚えがあるような気がしたが、今気になったのはそっちではなかった。

「遅刻?」

「おお、びっくり人間パートスリーさ。その名も遅刻王、住吉。これで帝塚山は満貫寺の三王を全部見たことになるさね」

「はぁ」

 拍子抜けもいいところだった。

 目の前に現れたのは、どこにでもいそうな、どちらかというとぱっとしない印象の男子生徒。眠そうな垂れ目も、照れたようにはにかむ口元も、何もかもが世間の標準値の中に納まってしまうレベルだ。そして、その名前と先ほどの発言から想像できてしまう、びっくり人間の理由。

「なんか、ほかの二人がアレだっただけに、ちょっと期待はずれって言うか」

「あのこ、小豆ちゃんとけんかできる唯一の人間ね」

「うそだろ!」

 うっかりボリュームが上がってしまい、帰り支度を始めていた女子グループの視線を浴びてしまう。すごすごと座りなおしながら、もう一度件の遅刻王とやらに目を向ける。

 どこをどう見てもそんな要素など微塵もない。ともすれば自分でも喧嘩になれば勝てるんじゃないか、そんな気さえする見るからに優男だ。喧嘩だ暴力だというものとは縁遠い平和な日常を送ってきたヘタレでさえそう思う。

「まあ、信じられないのもわかるけど、そのうちいやでも目にするさ」

 さすがにこればかりは鵜呑みにできないと、半信半疑になってしまう。

 喧嘩なんてしなさそうどころか、休みの日には縁側で猫を抱いています、といった風貌だ。住吉の家に縁側があるかどうかは別として。

「あれ? すみよし?」

「はい?」

 思いのほか大きな声が出たようで、途方にくれていた遅刻王、住吉と目が合った。

 おっとりとした目元のまま、小さく首をかしげている。

「あのぉ……どちらさんで?」

 そりゃそうだろう。編入組みの自分を相手が知っているはずがない。それでも住吉は、自分が忘れているだけなのだろうかと必死になって記憶のゴミ箱を穿り返している。

「あ、ごめん。俺、編入組の帝塚山」

「道理で思い出せないわけだ。はじめまして」

 律儀にぺこりとお辞儀をする姿は、やはりびっくり人間という言葉に結びつかない。

「いや、人違いだよ人違い。つい最近同じ名前を聞いたからちょっとびっくりしたけど、んなわけないよな。ごめんごめん」

 昨日の朝、遅刻ぎりぎりで登校した正門前。暴走族がしきりに呼び出していた人物も、確かスミヨシだったと記憶している。が、それはこじつけ、想像力が豊か過ぎるというものだ。この優男と、暴走族に接点がない。あるはずがない。いくらびっくり人間だとしても、この男と、まさか、暴走族が……

「『狩流覇血悪かるぱっちょ』って暴走族、知ってる?」

 聞いてしまった。あるはずがないと思いながら、知ってどうにかなるものでもないとわかっていながら。

「はい。聞いたことはありますよ」

「だよな、聞いたことがある、程度だよな。いや、ごめんごめ」

「たしか、先日河川敷まで追いかけられたのがそんな名前だった気がしますが、あいにく名前を聞く前に皆さん川に沈めてしまいましたので、ちょっと定かでは」

 笑顔が音を立てて引きつる。ガラスが割れるような音が自分の体の中からするのは初めてだった。

「もしかしてお知り合いとかですか? だったら申し訳ない、とっさのことであわててしまいまして。何せ、猫が飛び出してきたので、猫が轢かれないようにと夢中になっていたらいつの間にか……」

 びっくり人間三人目。

「というわけで、納得したかにゃ?」

 「うん」と小さな子供のようにうなずく。

 タイミングを計ったように、頭上のスピーカーが短いノイズをこぼし、録音されたピアノのピンポンパンポーンというお馴染みの音が流れる。

『あー、一年、住吉。住吉(すみよし)一郎(いちろう)。学校に来ているなら職員室まで来なさい』

 『来ているなら』とするあたりに、高校生活二日目にしてすでにこの人物の人となりが、学校側にも知れ渡っているのだろうと感じさせる。

「というわけで、すみません。行かなきゃいけないみたいですので」

 特に悪びれる様子もなく、呼ばれたから行くだけという様に、住吉は教室を後にした。

「ま、そういうわけで、君は二日目にして早くも満貫寺高校を無事に卒業するための、必要最低限にして実に重要な要素を知った、というわけさ。真弘」

「要素、って?」

 探偵漫画の主人公が謎解きをするような、軽快な口調とともに宗司がほくそ笑む。

「実に簡単。あの三人には極力かかわらないことさ」

 あんまりといえばあんまりな物言いだったが、隣では瞳でさえもがうんうんと感慨深げにうなずいている。どちらかというと瞳は、そういう偏見じみた発言を止めにかかるタイプだと思っていただけに、この反応はリアリティを感じずにはいられない。

 だから、素直な言葉が口をついて出た。

「みたいだな」

 すでに三分の二を知った時点でうすうす感じていただけに、特に疑問はなかった。

 もちろん言われなくてもそうするつもりだし、そうなるものだと思っていた。

 そして後に真弘は実感する。このときの自分はどこまでもあほだったのだ、と。

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