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最凶少女

 結局、真弘はチャイムが鳴り終わるまでに教室に入ることはできなかったが、ラッキーなことに遅刻にはならなかった。聞けば、新学期開始のオリエンテーションがあるとかで、教室からぞろぞろと出てくるクラスメイトと合流することにまんまと成功した。

「初日から遅刻とか、高校デビュー目指しちゃったり目指さなかったり今日から俺は?」

 妙なテンションでにやにやと笑っているのは、入学式のときに席が隣になったから、という理由でちょこっとだけ話した富田宗司だ。ほぼ初対面なのに妙になれなれしかったが、同じ中学から進学した友人がほとんどいない真弘には、それが救いだった。

「っても、俺らはエスカレ組だから、初日って感じしないさね」

 真弘が通うことになった満貫寺高校は小中高から大学まで一貫の学園で、エスカレーター式に進学するものがほとんどという学校だ。ここでいう『エスカレ組』というのはエスカレーター式に進学する者のことで、全生徒の八割ほどを占めている。

 外部からの刺激のない生活は堕落を招く、とか何とかいう理事長の意志で、進学の際にはそれなりに試験を実施し、基準に達しないものは問答無用で追い出されるという何とも過酷なシステムだ。無論、付属への進学は外部のそれよりも随分甘くなってはいるのだが、逆を言えばそれなりの成績でありさえすればきちんと外部からでも入学できる、ということでもある。

 というわけで、真弘は晴れて普通の公立高校から満貫寺高校への入学を果たした、というわけだ。志望理由は簡単。女子の制服が可愛かったからだが、決して口にはしない。してはならない。

 ちなみに、受験直前は栄養ドリンクを飲みながら死ぬほど勉強をしたのだが、それでもギリギリ及第点というのが悲しいところだった。

「なんかな、変なのに捕まってな」

 理由はそれだけではなく、むしろ自分の寝坊なのだが見苦しいまでの言い訳だ。

「ふぅん。うちは自由度が高いぶん変なのも多いかんな。すぐに慣れるさー」

 あっけらかんとした宗司のアドバイスだったが、思い出してぞっとした。

「あんなもん、慣れたくねぇな」

 鉄の門がひしゃげる光景など、夢の中に押し込めてしまいたい。悪夢だが。

「なんだ? よっぽどのもん見たさ? ってか、外部から来たんなら……最低でも四人はびっくり人間が見られるさ」

「四人? なんだよその明確な数字は?」

「うちの学校の人間なら絶対この数字にピンとくんのさ。俺なんかは小学校の時からの付き合いなわけだけど、今だにファーストコンタクトは夢に見てうなされるさね」

「それ、ワーストコンタクトなんじゃねぇのか?」

「うまいこと言うさねぇ。ま、お楽しみお楽しみ。満貫寺名物の三王様さ」

 けらけらと笑う。本当によく笑うやつだと半ば感心しつつ、隣を歩く女子の顔をひとしきりチェックしている間に体育館に到着する。やはりこの入学は成功であったと、つくづく思い知る。

 一見すると普通のセーラー服なのだが、要所要所がきっちりと抑えられていて申し分ない。袖口のワンポイントに襟のカットもシャツの裾のカットも、よく見ればチェックの柄が入っているスカートも、

「合格」

「何がさ? 顔面が崩壊しかけてるさ」

「うっせぇ、余計な御世話だ」

「ねえねえ何の話? 富田の友達ー? 名前なんての? 私は千里山瞳よろしくにゃー」

 話し方のイメージそのまんまの、快活そうなショートカット。くりんとしたまん丸い目は、覗きこめば元気印のハンコが押してありそうなほどだ。

 先ほどの、黒髪ツインテールとは対照的な……と思ったところで再び身震いがしてきたので、勢いよく頭を振って恐怖の記憶を追い出す。

「帝塚山、真弘、です」

「ですなんてつけんでいーさ。それよか何だよ、千里眼? 大事な男同士の時間なのに」

「えー。汗臭い男くさいどぶくさーい。よろしくないにゃぁ、青春してにゃいよ? あ、ちなみに千里眼ってのは私のあだ名ね。苗字が千里で名前が目だから」

 どぶくさいには同意できなかったが、後半には激しく同意した真弘はとりあえず首を縦に振っておく。

「お、お前は俺との友情にどぶの臭いを感じてるさ? 百年の友情も冷めるさ」

「いや、まだ一日未満だし」

「大事なのは時間じゃないさ」

 声に出して三人で笑うが、さほど目立ってしまうことはなかった。まだ集合したばかりの生徒たちは、エスカレーター組が大半を占めるだけあって、高校一年初日だというのに程良いだらけ具合だ。さざ波のようなざわめきに埋め尽くされている。

『ん、ぅんっ!』

 咳払い一つ。

 たったそれだけで、会場が水を打ったように静まり返る。

 物音一つない、時間まで静止したような静寂に、微かなハウリングノイズが染みわたる。

 それまで休み時間のように弛緩しきっていた生徒たちの顔に、心なしか緊張感が添加されているように見受けられる。それは、宗司や瞳も例外ではなく、むしろ今までふざけ合っていたので、それが際立ったいる。

『おはようございます。それではオリエンテーションを開始します。まずは校長先生のご挨拶から』

 それ以上に、真弘は度肝を抜かれて言葉を失った。

 ノーモーションのパンチを不意打ちで叩き込まれたような衝撃が、脳髄を直撃して意識を空のかなたに吹っ飛ばしてしまう。

 壇上でマイクから離れて一礼する、黒髪ツインテールのコンパクトボディ。

 桜の花びらに包まれた、感情表現の乏しい表情。

 鉄の門をひしゃげさせた、華奢で小さな手。

 記憶の中の光景と、目の前の人物の区別がつかなくなる。果たして今自分が見ているのは、現実か記憶か。

「おい帝塚山、どうしたさ? いきなりぼっとして」

 押し殺した、蚊の鳴くような声で宗司が訪ねてくるが、うまく言葉にできそうにない真弘は少しだけ考えて首を横に振るにとどめた。

「言っとくけど、あれがびっくり人間その一、生徒会長。別命、破壊王」

 納得、だった。

「あー、修学院さんにそんなこと言ったらぶっ飛ばされるんだー」

「や、やめるさ。冗談でもそんなこと言うとトラウマさね」

 口調こそおどけてはいるものの、その目はマジだ。

 そのあとも粛々と会は進行され、編入組のためとしか思えないような各種システムの説明や施設利用における注意点、その他学生生活における当たり前ともいえるような諸注意を聞き流している間も、真弘の視線はただ一点に釘づけだった。

 教師の脇にいる数名の生徒のうちの一人。

(生徒会長。破壊王、か。修学院……下の名前、何なんだろな?)

 真弘のオリエンテーションの記憶は、黒髪ツインテールだけだった。


 つつがなく終了したオリエンテーションだったが、真弘が感じたのはやはり違和感としか言いようがなかった。いくらしょっぱなの集会とは言え、体育館が静かすぎた。

 そして何よりも、ピリピリとした緊張感のようなものが絶えず滞留していたのも、今までに感じたことのない感覚だった。少なくとも真弘が通っていた公立の中学では、ああいうイベント事は終始ざわめきが収まらないまま進行したはずだ。強いて言うなら卒業式に近い気もしたが、また別の、圧迫感ともいえる張りつめた空気だった。

 引き続き始まったのは、上級生による部活紹介兼勧誘のパフォーマンスだったのだが、こちらは終始和やかに進行している。今は舞台の上で合唱部が歌を歌っている。

「いろんな部活があるんだな」

「ん? ああ、それがここのウリさね。部活動に規制なし」

「なんだよそれ?」

「あれれ? 帝塚山……言いにくいな……君は、うちのことあんまし知らないのかにゃ?」

「すまん、めんどい苗字で。知らないっていうか、部活の事までは調べてないし」

 というより、真弘がこの学校を選んだのは女子の制服のためのみなので、学校の実情などについては全くと言っていいほど知識がない。入試に面接があればアウトだった。

 もちろん「女子の制服目当てです」と、知り合った初日の女子に言えるほどの勇者でもない真弘は「受験勉強必死だったから」とお茶を濁すのみにとどめた。幸いに疑われた様子もなく、ほっと胸をなでおろす。

 もっと言うなら、学校なんてどこでもよかったので、その程度のことが決め手になったというのもあるのだが、それはさておいた。考えたくもない。

「へー。けっこうそれ目当ての子とか多いのに、珍しいにゃぁ」

「そんなに自由なのか?」

「自由っていうか、はっきり言ってわけわからんクラブの宝庫、珍集団が跳梁跋扈さ」

 たかだか高校生の部活でそれは大袈裟だろうとたかをくくって愛想笑いをしていた真弘だったが、果たしてその発言はJAROも真っ青な勢いで真実一色だった。嘘も大げさも紛らわしいもない。

 最初に自分の耳を疑ったのは『中華部』というネーミングだった。何でも、究極の中華料理を目指して日々料理の研究の身に生きるらしい。『料理』ではなく『中華』であることの意義を懇々と説く姿には狂気すら覚えた。

 まさにそれが皮切りとなって、へんてこなクラブが紹介され始めた。というか、オンパレードだった。

 畜産から稲作までを幅広くカバーして研究する『第一次産業部』に始まり、アニメやゲームに出てくる科学を真剣に実現させる『空想科学部』、ただ猫を愛でるだけの『猫部』、何を紹介するでもなくただビラをまいただけの部活、なんていうのもあった。というか、『地下組織・大衆食堂兎亭』って何だ?

「地表に出てきたらもう地下組織じゃないだろ」

 そんな、漫画の世界に迷い込んだような、わけのわからない部活のラッシュに意識が朦朧とし始めた真弘にとどめを刺したのは、くしくも部活紹介最後の組織だった。

「お、くるさ。わが校最強の問題児。真弘、よく見るさ。あれがびっくり人間二号さ」

 いつの間にか呼び方が「真弘」になっている宗司との距離感が、何故か安心できた。現実離れしすぎるイベントに、手近な現実味が心地よい。

「ってか、俺には何が何やらだ……なんだよ、地下組織、って」

「ほらほら始まるよ。天王寺さんのパフォーマンスだ。逃げる用意しにゃきゃだ」

 言って、瞳はそれまでべったりと尻で座っていたのを、中腰に構え直した。見ると、周囲の大半の生徒が同じように腰を浮かせたりしてフォームを変えている。共通点は、すぐに動き出せるポーズ、ということだ。

 この時点で尻を床につけているのは、真弘をはじめとした編入組ばかりだが、勿論そんなことを知る由もない。そんな、完璧に状況において行かれた真弘がきょとんとしていると、舞台上に一人の女生徒が、実に堂々とした足どりで歩み出た。

 遠目に見てもわかる、とんでもない美人。

 日本人離れしたブロンドの髪に少々切れ長な瞳。顔だちは間違いなく超がつく美人だ。

 しかも、冬服に包まれていてもはっきり分かるほどに凹凸のあるボディはハエ取り紙のように真弘の視線をべったりと吸いつけて離さない。とくに胸元のボリュームが、けしからんことに実にけしからん。

 入学して、よかった。

 初日にして心の声がそう絶叫した真弘は、もちろんこの僅か三分後にその声をなかったことにしたくなるなどとは思っていない。知らぬが仏だ。

『魔法部、部長の天王寺だ』

 まほうぶ? うまく漢字変換できなかった真弘が頭上にはてなマークを浮かべていると、壇上の美人、天王寺というらしい人物の次の一言はさながらプロパガンダ演説のように始まった。

『充分に発達した科学は魔法と区別がつかない、というが、なら果たして、魔法から始めれば十分に発達した科学を手に入れたと同義なのではないだろうか?』

 間違いない。こいつはどんな美人の皮を被っていてもびっくり人間の匂いがする。いや、びっくり人間の匂いしかしない、そう思った真弘は隣にいる宗司や瞳にならって中腰の体制をとる。

「お、さすがは真弘。呑み込みが早いさ」

「うんうん、そうしとくのがお勧めだにゃ」

『シェークスピアに曰く、知識とは天に飛翔するための翼である。魔法の探究に興味がおありなら、ぜひ魔法部へ』

 何とも言いようのない沈黙が澱のように堆積している。はっきり言うと、ネタが滑った芸人の舞台のようだったが、お構いなしにクラブ紹介は進む。

『では、現時点での魔法部の集大成をお見せしよう。この私が解読した魔方陣と、電気エネルギーを触媒に、妖精を召喚する召喚魔法だ』

 高々と掲げられた手には、何やら模様の書かれた紙切れと電源につながっているらしい電極が握られている。

 完璧に電波だ。電波以外の何物でもない。これが電波でなければこの世に電波系など存在しない。そう確信を持った真弘だったが、何故か周囲は固唾をのんで舞台上を見つめて、じりじりと移動を始めている。

『出でよ、妖精さん!』

 ギシャァァァァァァァあああああああああああああああああ

「な、な、な」

 後半は生徒の絶叫に置き換わり、まるで出来レースのようにすべての生徒が一目散に出口を目指して全力でダッシュする。

「うははは、さっすがびっくり人間、期待を裏切らないさ。まさか魔族召喚とは」

「すごいにゃぁ、高校進学で磨きがかかってるにゃぁ、魔女王にも」

「ちょ、ちょ、ちょ、まてまてまて! あれ、あれ、あの、あれ」

 魔女王? また聞き慣れない単語だが、今問題なのは舞台上の天王寺が電極を合わせてスパークさせた瞬間に現れた、謎の黒い生物だ。聞くに堪えない絶叫を放ちながらのたうち回ったそいつは、サイズこそ人間とさほど変わらないが、本能的な嫌悪感をもよおすデザインをしている。宗司が魔族なんて言うのも頷けてしまうキモさだ。

 津波のような人の波にのまれながら、完璧に逃げるタイミングを失った真弘が舞台上を見つめている。何もない虚空から現れたそいつは、最初こそ液体と固体の中間のような不安定な輪郭だったが、見る見るうちに実態を獲得してゆく。

 最終的に、トカゲを二足歩行させてタコとナマコとカタツムリをかけ合わせたような、気持ち悪い形になったところで、

 どごんっ!

 消滅する。

 視界の中で揺れているのは、黒髪ツインテール。

 心奪われるほどに綺麗なフォームの、ハイキック。

『では、これにてオリエンテーションを終了します。この後はそれぞれのクラスに戻って次の指示を待ってください。お疲れさまでした』

 振り抜いた脚には、わずかに黒い霧のようなものがまとわりついていたようだが、それも風に吹かれた様に消え失せる。

 生徒会長の指示に、それまでパニック(半分はそれを装って事態を楽しんでいただけなのだが)だった生徒たちは一気に平静を取り戻し、来た時と同様のだらけた足取りで各々のクラスを目指して歩き始める。中には露骨に「あ~、もうちょい派手になるかと思ったけど、今回は会長早かったなぁ」なんて感想を、笑いながら言い合っている者もいる。

 片や、床に座ったまま目をむいて時を止められている者もちらほらと確認できたが、例外なく編入組なのは言うまでもない。

「ってわけで、まぁまだ半分だけど、これが満貫寺って学校さ」

 まだ、半分?

「っていっても、強烈なほう半分だから安心して大丈夫かにゃ?」

 真弘がその可愛さのために目標にまでした制服のスカートが、目の前でひらりと揺れる。うっかり太ももの際どいところまで見えてしまって、サービスショット全開のシーンだというのに、心を抜かれた真弘はそれどころではない。

 舞台上で不服そうに腕組みをしている超絶美人と、その隣で何事もなかったように機材の片づけを始めている黒髪ツインテール。

 ぽんと肩に手が置かれ、命からがらといった感じで振り向いた真弘の顔はゾンビのようだった。とは、のちに宗司の語るところだった。

「「ようこそ、満貫寺高校へ」にゃ」

 はっきりと確認した。

 間違えた、と。何を、とは敢えて言わないあたりにヘタレっぷりを感じる。

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