最大戦速
走り出した真弘の背中を見送りながら、歪んでしまった純白のエプロンを正す。
「手のかかるクソガキでございます。まったく、面倒臭いことこのうえございません。何故にお嬢様はあのようなヘタレがよろしいのか、理解に苦しんでしまいます」
与えられた使命、つまり真弘がうじうじと腐っているようであれば、計画通り動くように尻に火をつけるという役割は充分に果たされた。使命感のかけらでも持っていてくれればいいのだがと心の中で思いかけて、
「無理でございましょうね」
ボソリとこぼす。その言葉には一切の情けはない。
ちなみに、先ほど浴びせかけた罵倒の数々は全て本心で、何ならあれでも手加減してやったほどだ。感情と仕事を切りわけることこそがプロなのだと、自分に言い聞かせる。
仮面を外し、金属に覆われてこわばった眉間を揉みながら、鞭を拾い上げる。
「私でしたら、いつ何時でもお嬢様を超音速で至高の花園にお連れ申しあげると常々申し上げておりますのにあは~んもぅっ……こほん、暴走いたしました」
まるで他人をたしなめるように、自身の頬をペチリと軽くはたく。
「さて、どれほどの願いが叶うことやら、でございますが……」
鞭の張りを確認し、一度だけ振り返る。
さきほど自分が設置した「それ」を確認するために。
「まあ、何とかなりましょう」
人の目に留まらない光が、ゆっくりと広がってゆく。
すぐそばにある自動販売機用のコンセントが、電気的負荷に小さく放電する。
それで十分だった。
線香花火のようなちっぽけな火花が散ったのを確認して、華は歩き出した。
「ドミノの最初の牌は倒しましたよ、お嬢様」。
華からの報告を受けていたパラ・ダイス本部は最大限の人員を配置し、最高レベルの警戒で防衛網を展開していた。
想定されるコースすべてにバリケードを張って監視すると同時に、今夜の基地として機能している満貫寺の正門前には、機動隊の正式装備でもあるポリカーボネート製の盾を構えた全身タイツがこれでもかと配備されている。ちなみにこの盾、ものは機動隊の物と同じだが、その真ん中には秘密結社パラ・ダイスのシンボルでもある、目の模様に地球を模したサイコロの図柄が描かれているという凝りようだ。
ちなみに、本来ならまだ勤務しているはずの教職員は理事長権限で一人残らず追い出しているというのだから、その組織力の大きさは計り知れない。
「なぁ、どう考えてもこれやりすぎだろ」
「あぁ。ここだけで何人いるんだよ?」
「百はいるな。学校の中も十重二十重だ。警視庁とでも喧嘩できるぜ」
そんな一色即発に思える体制もあくまで大局的な見方をすればだ。個々の部署の中を見てみると、まだその濃度が薄いところばかりだ。
「おい、無駄口叩いてるなよ。俺達はあくまで悪の秘密結社だからな、和気あいあいとしてるとこなんかボスに見られたらそれこそ左遷だぞ」
背後で人員配置の指揮を執っていた男が寄って来て、一喝する。
「あ、課長、すんません」
「課長ではなくここでは部隊長と呼べ」
そう言った男は、全身タイツのせいで筋骨隆々の肉体美が必要以上に強調されている。腕回りなど、ちょっと細い女子高生のウェスト程もある。
「あ、さーせん。でも、かちょ……部隊長、ほんとにこんな防衛網必要なんですか? しかも、今回の作戦って目的も何も知らされてませんし」
注意された三人のうち一人がそんなことを言うと、他の二人だけではなく周囲にいた数名も、うんうんと頷く。
「ん~、それがな、俺も何も聞かされとらんのだ。ただ指示あるまでここを防衛しろ、と。正義の味方が来る、とだけ」
課長、もとい部隊長は、指揮官権限者にしか与えられないライン入りタイツの、ラインをなぞるようにして腕を組む。このライン入り、実はジャージのようでダサいと不評なのは、パラ・ダイス社員たちの間では公然の秘密だ。
「まーじっすか? せーぎの味方って、ほんとにそんなんいるんすか?」
「じゃ、じゃ、とうとう俺達も晴れて悪の秘密結社っすね。っても、誰にも自慢できないっすけど」
「だもんなー。言うと思いっきり減俸だもんな」
秘密結社でありながら、株式会社でもあるパラ・ダイスの秘密厳守は徹底しており、表の組織のそれとは比較にならない厳格さだ。特に、その存在そのものの秘匿性に関しては最高レベルの社外秘であり、違反者には死んだ方がましな厳罰が下るとさえいわれている。
「あくまでもそう言われているだけだ。ほら、無駄口叩いてないでさっさと持ち場に」
『うあぁぁぁぁ何だこいつ!』
部隊間の連絡用に配備されている無線機が、耳がバカになるような絶叫を吐き出す。晴れ渡った夜空に、悲痛な声がこだまする。
恐怖がそのまま音になったような声音は、それまでの弛緩しきっていた空気を一気に引き絞り、その場にいた誰もがごくりと生唾を飲む。
『た、たす、たすけ!』『くっ、くるな! くるなぁぁぁ!』『いがぁぁぁぁぁぁぁ』
次々に届けられる音声は、間違いなく付近に展開している部隊のもので、聞き覚えのある声に動揺を隠しきれずにうろたえる者も現れている。
「部隊長……これ、かなり近くじゃないっすか?」
音声の明瞭さから、さほど遠くはないと踏んだ通信担当の声が、他の隊員同様に呆けてしまった部隊長のスイッチを入れる。
「気ぃ引き締めろ!」
返事の代わりに響いた靴音が、全員の緊張感がピークに達したことを教える。
その靴音が夜の空気にしみ込んで消えるよりも早く、かすかなエンジン音が部隊長の耳を打った。不安定に上下する回転数は、運転手の精神状態が極限であることを教えていたが、その原因を想像できない部隊長は、隊員たちに最大級の警戒をするようにという指示をジェスチャーで飛ばす。
その間にもエンジン音は近づき、目の前の夜闇がヘッドライトに切り取られた瞬間、
「赤?」
誰かがそう言ったのを、部隊長は確かに聞いた。そして同時に、「ああ、確かに」と思ったのを後になって回想する。
「「「うわぁぁぁぁぁ!」」」
いくつもの悲鳴がこだまし、その悲鳴を飲み込むほどの轟音が爆発する。つい先ほどまで無線機の向こう側だった世界が、その場に現れたのだと言うことを誰もが直感した。その象徴となったのは、正門に突き刺さった真っ赤な墓石。それがコーラの自動販売機だととっさに理解したものが何人いたか怪しい。
あり得ないことだが、このコーラの自動販売機はとんでもない速度で数十メートルの距離を横切って飛び、正門に突き刺さったというわけだ。
この一瞬で、正門守備部隊の敗北は決定していた。あとはどれだけ時間を稼ぐかだけだが、それも虚しい抵抗だ。
「「「ひあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
「に、退避! 退避だぁぁ!」
部隊長の声を待たずに、百近い全身タイツが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。そこに、さらに追い打ちをかけるように突っ込む、コントロールを失ったトラック。
今度こそ、その場にいた全員が耳が潰れたと思うような凄まじい音と衝撃をぶちまけて、トラックは鋼鉄製の正門とコーラの自販機を轢き殺し、自らのフロントを完全に大破させ、学校の敷地内に踏み込んだところで停止する。バーストしたタイヤにひしゃげたホイール、ねじれたボディが衝撃の凄まじさを物語っているが、最後の悲劇はそこで炸裂した。
「たぁぁぃ」
部隊長のだみ声も、最後の一音「ひ」は惜しくも間に合わず、しかし誰もその言葉を待たずに既に全力でトラックから遠ざかっていた。
昼になったのかと思うような閃光と、うっかり目を開けていられない熱風がその場にある全てを飲み込むように広がった。その衝撃に、その場にいた全員が腰を抜かしてへたりこむ。ただ一人を除いて。
もはや、誰もがこの状況に「地獄」の二文字以外を考えられなくなっていた。
ガソリンが萌える真っ赤な炎と、立ち上る黒煙に呆然と立ち尽くすパラ・ダイス社員たちだったが、その中を悠然と歩を進めるシルエットが一つ。
燃え盛る炎を背景に浮かび上がった姿は、信じられないほどに幼い、長い髪を両サイドでくくった少女。もちろんその場にいた全員が、たちの悪い冗談か何かの見間違いかと思ったのも無理からぬ話だ。
「お、おまえら! 何してる! と、捕え……」
気力だけで立ち上がり、歯を食いしばった部隊長の言葉もそこまでだった。
目があってしまったから。
あるレベル以上の武道家ともなれば、互いの纏う空気のようなものだけで相手の力量を推し量ることができるようになるというが、まさにそれだった。なまじっか強かったせいで、部隊長にはわかってしまった。
絶対に無理だ、と。
だから指示も出せなかった。出さなかった。みすみす部下を殺すことはできない。
もはや戦意を喪失し、炎の照り返しを受けて呆けるだけとなった防衛部隊を尻目に、少女、小豆は躊躇いのない足取りで校舎に向かう。まるで、自分はこれから登校するだけだとでもいうような、軽い足取りで。
「呆れるね。まさかここまでやるとは。会長君の存在はやはり最後の最後までネックだったか。おそれいるよ」
正門で起こった、ハリウッド映画もかくやという爆発炎上の演出を眺めてほくそ笑む。
そんなもの使わなくても充分見えるのに、美緒は敢えて首からぶら下げた双眼鏡を覗き込む。そうして、呆然とするパラ・ダイス社員と小豆の表情をつぶさに観察している。
「というか、あの会長君にここまでさせる副会長君が凄い、というべきなのかな?」
双眼鏡が切り取った丸い視界の中で、眉一つ動かさない小豆の美貌が、炎のオレンジに照らされて輝く。
「というわけで、意外と早くタイムリミットが来てしまいそうでね。コマがそろってしまう前に、ケリをつけなければだ」
双眼鏡を顔にあてたままで振り返ると、倍率調整をしていない上に光量が先ほどと全く違うせいでほとんど何も見えない。円形に切り取られた暗闇があるだけだ。
「電話で呼び出されたと思ったら、これは一体どういうことになっているんです? なにやら街全体から魔法のエネルギーのようなものも検知されていますし」
修理が終わったばかりの体を確かめるように、一郎はコキコキと首を鳴らす。
「それが検知できるとは……噂通り、対魔道用に改造されたんだね、君は。嬉しい限りだよ」
「僕は嬉しくありませんよ。も~、これでまた穏やかな学園生活から一歩遠のきましたよ。で、何が起こっているんです?」
特別興味があったわけではないが、一郎は尋ねる。何となくここはそういう会話をしておくところなのだろうと、妙な気を利かせて。
「君も面白い奴だな。妙なところで人間くさいと言うか。と、これは失礼に当たったかな? 気分を害したら申し訳ない」
「いえ、気にしません」
「それはどうも。では、さすがに何の説明もなく力を振るうのも気が引けると言うわけで、簡単に説明をさせてもらおうか」
そう言うとどこか誇らしげに口の端をつり上げ、自信たっぷりの口調で説明を始める。
「今から行うのは、現時点での総決算。町全体を利用した超々大規模な魔法陣を完成させ、そこから得られるほぼ無尽蔵の魔法エネルギーを利用して魔法を使うとどの程度の効果が得られるのか、というものだ」
「あっさり言いますが、またとんでもないことを考えたものですね」
「褒め言葉と受け取っておくよ。というわけで、その魔法を受け止める的として、君が抜擢されたわけだ。さすがの私も殺人を犯すわけにはいかず、かと言って無機物を相手に威力を誇っても虚しいだけだからね」
「難儀な人ですね。できれば僕も無機物として扱っていただければよいのですが」
そうは言うものの、どこか諦め口調なうえに、がっくりと肩が落ちている。抵抗が無駄だということをちゃんと熟知している程度には、面識があるらしい。
「もちろん、そんな要求は受け入れられない」
そう言った美緒は、ブラウスの胸ポケットから一枚の紙切れを取り出す。
「観念したまえ」
手にした紙を勢いよく空に向かって掲げると、そこに描かれていた幾何学的な模様がほの赤い光を放ち、美緒の体を包み込む。
「はぁ……やっぱり聞き入れてはもらえませんか。難儀ですねぇ」
炎のオレンジと美緒の作りだした赤。二つの光を浴びながら、ただでさえ垂れ目の目尻をさらに垂れさせて、一郎は溜息をこぼす。
「いっくよぉー!」
そんな一郎など全く無視して、甲高い声が元気いっぱいに炸裂する。
「戦闘開始ー!」
その声を合図に、それまで美緒を包みこんでいた光は粒子になってはじけ飛び、蛍の乱舞のように屋上中にばらまかれる。その中から現れた、
「負けないんだからね!」
幼い少女が満面の笑みで一郎を指差している。いや、指しているのは指ではなく、手にしている何やら派手な棒だ。色とりどりの宝石で過剰なまでに装飾されたそれは、日曜朝の魔女っ子番組に出てくるようなカラーリングだ。というか、魔女っ子の武器そのものだ。
形がバールであることを除いて。
「変身とは……さすがに、これには驚きです」
「ふっふーん、どうだ、すごいでしょう? これがあたしの本領発揮、魔法少女モードだ! って言っても、この辺り一帯に敷いた魔法陣が魔力を供給している間だけっていうタイムリミットがあるから、その間にあんたを倒せばあたしの勝ち、それ以外はあんたの勝ち」
高々と宣言し、キメキメのポーズをとってはいるが、顔だちは紛れもなく美緒だ。ただしかなり幼く小さくなっており、それに合わせてボディラインも修正されている。
「たしかに、生体反応は天王寺さんですが、たまげましたね。びっくりの逆変身ですね」
「ぎゃくってどーゆーことだよ?」
「普通、変身するとナイスバディになりませんか?」
そんな一郎らしからぬ真っ当なな意見に、クツクツと笑う様はまぎれもなく天王寺美緒その人だ。中身が天王寺の魔女っ子。真弘が見れば、絶望のため息をこぼすこと間違いなしだ。
「驚くのはこれからなんだからね! 速攻ー!」
飛びあがり、靴のかかと同士をこつんとぶつける。するとエナメル塗装のようなツヤツヤの靴がキラキラと星をばらまき、靴底からは光の帯が噴出される。
「くらえぇ~!」
ジェット機のエンジンのように光を噴き出し、それを推進力にして美緒は夜空を一気に急上昇する。月を背負い、ヒラヒラのフリルがついたスカートをはためかせている姿は、まぎれもなく魔女っ子そのものだ。
「マジカルバールの力、受けてみろぉ!」
色とりどりの装飾を施された純白のバールが輝き、一転して急降下を始めた美緒の目の前の空中に、何やら幾何学模様が描かれる。
「くらえ!」
光を帯びて空中に描かれた魔法陣から放たれたのは極太の炎の渦。真っ赤に燃え盛る炎が屋上一体を昼間のように照らし、意志を持っているかのようなオレンジ色の帯が、うねりながら一郎に襲いかかる。
「なんの!」
炎がオレンジ色から純白に姿を変えたのは、呑みこまれれば人間なら骨も残さないような高温であることを示している。が、気合一発、一郎は拳を炎に叩きつけて霧散させる。
花火のようにはじけた炎が、爆風となって夜空に舞いあがる。
「まだまだぁ!」
この程度は予想済みとでも言うように、爆風に煽られながら器用に姿勢を保った美緒が次に描いたのは、少々立体的な魔法陣。そこから現れる、無数のコウモリ。
「これならどうだぁ!」
甲高い叫び声は実に楽しそうだ。その声を合図に、視界を埋め尽くすほどのコウモリの大群が一斉に一郎に襲い掛かる。
「んもう、今度は質量をもった疑似物質ですか? こういうのも面倒なんですよね」
「一発で見抜くとは、さすがだね。伊達に対魔道兵器をやってるわけじゃなさそうね」
「兵器じゃないんですがねぇ」
のらりくらりと会話をこなしながら、一郎の手は確実に迫りくるコウモリを撃墜する。それでも数百のコウモリを全て撃墜するというのは生半ではなく、弾幕のような拳をくぐりぬけたコウモリによって、一郎の着ている制服は徐々にズタズタになってゆく。
「あ~ぁ、止むをえませんか。会長さんには内緒にしておいてくださいよ」
力なくそう言ったかと思うと、目の前の数匹をはたき落とした一郎は一気に後方に飛び退り、手近に設置されてあるベンチを手にし、
「えぇーい!」
これまた迫力に欠ける声をあげ、思い切りベンチをフルスイングする。
ブオンッ! という物騒極まりない音をあげて振るわれたベンチは、迫りくるコウモリを一網打尽にはたき落とす。地面に落ちたものは動かなくなると同時に砂のようになって崩れ落ち、先ほどの炎によって作り出された上昇気流に乗って消えてゆく。
「まだまだぁ!」
再び光を放つバールは、今度は美緒を中心とした空間に大きな円を三重に描き、それぞれが九十度に交わるように球状の空間を作り出す。
「くぅらぁえ~!」
ひときわまばゆくバールの先端が輝くと、美緒を包み込む球体もそれに合わせて輝き始め、その光が一気に膨れ上がる。
圧縮されたエネルギーが球状の空間の中にあふれ、限界を迎えたところで、
「こ、これはさすがに」
「はじけろぉ!」
一気に爆発する。
先ほどの炎の時とは比べ物にならない、膨大な量の熱と爆風が屋上に吹き荒れ、屋上緑化の芝生も給水塔も、果ては階段室も吹き飛ばして荒れ狂う。魔法陣から吸い上げたほぼ無尽蔵のエネルギーにものをいわせた、大出力魔法。
「本当なら拠点制圧や戦局の一発逆転用魔法だったらしいけど、あんたが相手ならこのぐらいしないとね」
美緒を取り囲む魔法陣が光の粒子になって消滅する。あとに残されたのは、爆撃でも受けたかのように荒れ果て、崩壊した屋上。転落防止用のフェンスは軒並み歪み、外側に向かって倒れ、アスファルトはひび割れて抉れている。
一か所、一郎の足元を除いて。
「ぷはぁ、驚きました。なんて破壊力ですか、もぅ。あ~ぁ、会長さんに怒られます、一緒に謝ってくださいよ?」
顔を守るようにして両腕をクロスしていた一郎は、もはやぼろ布同然となった制服の袖を破り捨てながら、げんなりといった様子で呼びかける。
「く~、けっこう本気だったのになぁ」
「でしょうねぇ、こちらも膝ががくがくです」
嘘ではなかった。凄まじい衝撃に耐えはしたものの、一郎の体はそこかしこがオーバーヒートし始め、ギシギシと異常な動作音をあげている。脳内には無数のアラート表示が警告音を響かせ、これ以上の負荷はやばいからとっとと逃げ出せとしきりに急かしている。
「それじゃ、たぶんこれが最後だから、これに耐えたらあんたの勝ち、ぶっ飛ばしたらあたしの勝ち」
「え~、まだやるんですか? やですねぇ」
「じゃ、いくからね!」
宣言とともに、宙に浮かんだまま美緒はバールを両手で握り、こちらを見上げる一郎に向ける。照準を合わせるようにぴたりと先端を固定し、目を閉じて意識を集中する。
「手加減して、くれませんよね?」
「あったりまえじゃん」
軽やかに絶望的な宣言をする。
と、それまで荒れ狂っていた屋上の空気が途端に静けさを取り戻す。
しんと静まり返った屋上は先ほどまでの猛攻が嘘のようで、月の光が降り注ぐ音まで聞こえてきそうなほどだ。地上の喧騒も、今は遠く感じられる。
「じゃ、いくから。パンツ見んなよぉ」
まるで散歩にでも行くような軽い口調で告げ、ゆっくり深呼吸をする美緒。
と、それまでとは比べ物にならない明るさでバールの先端が光り輝き、真夏の太陽のような明るさで崩壊した屋上を照らす。
「いぃっけぇぇぇ! メガ・フレ・アッーーーー!」
光の粒子が弾けるような満面の笑みとともに、バールの先端から凄まじい太さの光の奔流が生み出され、一直線に一郎に向かって放たれた。
それと同時に、光の模様が一色市をぐるりと取り囲む。極大破壊力の攻撃魔法が要求したのは、町全体を取り囲むほどの魔法陣の供給限界に匹敵する量の魔力。それが一本の流れになっているのだから、その破壊力たるや、常識の範疇を遥かに超える。へたをすれば、魔法陣と同じサイズの街を消し炭にできるほどだ。
それを、
「壊したら、お父さんに申し訳が立ちません!」
一郎は両手を差し出し、真っ向から受け止める。
普通の人間なら接触と同時に消滅してしまうほどのエネルギーを手の平で受け止めると、凄まじい衝撃が足元を伝って、屋上のみならず校舎全体を振動させる。街一つが消し飛ぶエネルギーなのだから当然だが、それでも一郎がひるむことはなく、
「えぇ~い!」
相変わらず覇気に欠ける声で圧し返す。
「こんのぉぉぉぉ! 負けないんだからぁ!」
片や美緒も、魔法陣からのエネルギーに自らの持つ魔力を上乗せして、最後のひと押しとばかりに気合を込めて叫ぶ。それに呼応して、一郎も叫ぶ。
「「おりゃぁぁぁぁぁ!」」
限界を超えて圧縮された膨大なのエネルギーは、いよいよ限界を迎えてはじけ飛び、光となって町全体を包み込む。