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最深部へ

 そんな渡り廊下の光景を、中庭を挟んだ反対側から覗く姿がある。

「これはこれは、一大事でございますね」

 風にたなびくゴスロリメイド服に、学校指定のスリッパというのは何ともアンバランスだが、日中はちゃんと生徒としての体面も保たねばならない。とは、華独特の主張だ。

 双眼鏡の中には、真っ赤になった顔を隠してうずくまる小豆の姿がバッチリ映し出されている。

「あれだけ本気でぶっ飛ばしておいて、よくあんなかわいらしい態度がとれたものでございますね。これですから天然は恐ろしゅうございます」

『ちょっと、何が見えるです? 何があったです?』

 いつぞやと同じイカの着ぐるみに身を包んだ紅葉が、ぴょこぴょこと跳びはねて双眼鏡を奪おうと試みるが、無駄に終わる。ワンテンポ遅れて揺れる触手が悲しい。

 今日は仮面をつけているので顔はわからないが、口元の幼い雰囲気は隠しきれない。

「いやはや、お嬢様、のんびりしている場合ではございませんね。早く魔方陣を完成させませんことには、色々とまずうございますよ」

『まずい、って……はぁ……何が……です? はぁ』

 跳びはねたせいで荒くなった息を整えながら、紅葉も目を細めて華の見つめる先を見る。辛うじて渡り廊下に誰かがいるのはわかったが、細部はさっぱり分からない。

 わかっていないからこそ、こんな冷静な会話ができるのだとわかった上での華の行動なのだが、こいつの場合は純粋に自分が見たいだけという要素も半分はある。

「陣の完成が遅れますと、様々な矛盾が生じます。そうなれば不都合が生じる、とあの魔女も申してございましたので」

『そういえば、そんなことも言ってたですね』

「最悪、心に抱えたジレンマで精神が崩壊してしまわれることあるとかないとか」

『へ?』

「おや、申し上げておりませんでしたか? ですがまぁ、今申しましたのでよろしゅうございますよね」

 双眼鏡を顔につけたままぐるりとイカに向き直る。当然、距離が近すぎて華の視界は紅葉の口元だけでいっぱいになってしまうが、それで十分だった。華はこれだけで飯三杯はいける口だ。鼻血が出そうになるのをぐっとこらえる。

『いいわけないです! この、ばかもの! そういう大事なことは最初にですね』

「まあ、過ぎたことは仕方がございません。人にできるのは前向きの努力だけでございます。さあ、こんなところで油をお売りになっていらっしゃる暇はございませんよ」

 メイド服を翻し、華がアサッテの空を指差す。

『ほんっと、いい性格してるですよ』

「恐縮でございます。それに彼ら、あてずっぽうながら天王寺美緒に辿りついておりますので、早く陣を発動いたしませんことには」

 本館屋上に取り付けられた時計塔の上で演じられたこのコメディは、幸いにして誰に見とがめられることもなかったが、見たものがいたところで冗談以上の何かと捉えられることはなかっただろう。

『むぅ……止むをえんですね……不本意です』

 うなだれるイカと、空を指差すメイドという、奇妙奇天烈極まりない寸劇は幕を閉じ、再び全身タイツの暗躍が始まる。そっちは本当に誰にも見咎められることはなかった。

 ライン引き用の石灰倉庫の裏に、今は使われていないプールの脱衣室の隅に、校庭の隅っこに撃ち捨てられた猫車の中に、そして校舎を飛び出した一色市のいたるところの、あらかじめ決められた位置に仕掛けが施されてゆく。

 万が一その姿を見られたとしても、何をしているのかは全く分からない。そんな巧妙なカムフラージュのもと、計画は着々と進行してゆく。

「私の手の中で踊っているとも知らずに、だがね」

 いそいそと時計塔を後にする二つのシルエットを眺めるのは、薄っすらと笑みを浮かべる切れ長な瞳。たわわに実った二つの果実が、悩ましげに揺れて跳ねる。

「だが、このままでは少々アンフェアだ」

 とても染めたとは思えない髪質の金髪を揺らし、くすりとほくそ笑む。

「ちょっとおせっかいをさせてもらうよ。正義の味方君」

 例外なくいつも通りの、魔女を彷彿とさせる含みのある笑みは、決して意図的なものではない。が、彼女を魔女と言わしめるのも、間違いなくこの笑顔だ。


 ずたぼろの体を引きずって、真弘は階段を上る。

 実際には骨折はおろか、打撲からすり傷まですべて完治しているのだが、気持ちが重い。気乗りがしない時の体というのは、体調が芳しくない時以上に重く感じてしまう。

「はぁ」

 無意識のうちに、何度目とも知れないため息がこぼれる。

 無人の校舎には自分の足音のほかは、窓から差し込む月明りがあるだけだ。その足音も、ゆっくりと遠ざかって消えてしまうので、歩くのをやめると柔らかな光だけが真弘を包みこんだ。

 ポケットから取り出した一枚のメモを眺める。昼間見つけたあれだ。

『今夜十時、新館屋上』

 ただそれだけが書かれたシンプルなものだが、真弘を呼び出すには十分だな仕掛けが施されていた。というのも、

「へったくそな字に、この絵……たぶんゾンビだよな」

 不死者、アンデッド、リビングデッド等々。さまざまな呼び方をされている、世界でもトップクラスに有名なモンスターの絵が、メモの隅っこに添えられていた。その意味するところは言わずもがな、

「俺のこと知ってるって言いたいんだろうけど……あ~ぁ、俺、とうとうゾンビかよ」

 不死身であることを暗に示しているにしても、それを敏感に感じ取るあたり、真弘のネガティブな思考回路がしっかり仕事をしている証拠だろう。

 こんな予想ができてしまう自分にがっかりしながら、再び階段を上り始める。重い足取りはそのままに、今はがっくりと肩を落としてうなだれている。その様はまさにゾンビそのものだ。とは決して言ってはならない。

 引きずるような足取りで昇る階段は永久に続くように思われたが、当然そんなことはなく、何度かの折り返しののちに真弘は鉄製の扉の前にたどり着く。

 普段であれば鍵がかけられた上で鎖と南京錠で厳重に封印されているのだが、今日に限ってはそれはない。昼間の騒動のせいだ。無残に引きちぎられた鎖と南京錠はモンスターが食いちぎったようだが、誰がこれをやったのかなど考えるまでもない。

 敢えて思考を停止状態にし、ノブに手をかける。出来ることなら、ここで鍵がかかっていたせいで屋上に行けなかったという展開が望ましいのだが、現実は無情である。

 錆びたような音とともに扉は外側に向かって開き、春の夜特有の冷気が頬をなぶる。

「よく来てくれたね」

 予想は三パターンあったが、見事にそのうちの一つが的中した。

 ちなみに真弘の予想だが、本命がメイド、対抗が美緒、大穴狙いでまだ見ぬ誰かという期待もあったが、残念なことにそこにいたのは、新天地を開く新キャラではなかった。

「天王寺か。ある意味助かった……わけでもねぇか」

 手紙の字の汚さから考慮していた可能性の一つが、見事に的中したわけだ。

「おや、なにやら酷い言われようだね? 私は君に悪い印象を持たれているのかい?」

「まぁ、否定はしねぇよ」

 夜の風に体を震わせ、自分の腕を抱きしめるようにして暖を取る。どうやら、この辺りの感覚は強化されていないらしく、暑さ寒さなどは以前と変わりなく感じる。不便なような、便利なような、だ。

「どうだい、その体には慣れたかい?」

「おかげさまでな……やっぱ、俺の体のこと知ってんだな。だったら聞きたいんだけど」

「君が死にかけた原因は私だよ。あの夜、君を襲った魔人は私が召喚したものだ。これでいいかい?」

 全てお見通しというわけだ。気に食わないながら、胸の中で何かが弾けてすっとした。

「魔人て、あっさりとんでもないこというんだな」

 しかも、あのクラブ紹介オリエンテーションでの宗司の言った「魔族」というのも、あながち大外れではなかったことも証明される。

「便宜上そう名付けただけだよ。それで、君は私に復讐でもするのかな?」

 にやりとほくそ笑む表情は月明かりに映えてあまりにも扇情的で、うっかり見つめてしまうと今度はテンプテーションの術にでもかかってしまいそうだ。

「いや、もうそれはいいわ。のこのこ首突っ込んだ俺の自業自得でもあるし」

「謙虚だね。私だったら迷わず灰にしてやるところだけどね」

「器がでけぇんだよ」

 よく言うよ、と胸中で突っ込みながら自嘲する。

「で、何で呼び出されてんだ? まさか、お前まで俺の力を手に入れるとか言いだすんじゃねぇよな?」

 自分の存在を知るものが、力としての自分を欲する。当然のような気もするし、何故自分などという戸惑いもあるが、警戒しておくに越したことはない。

「そうだね、君への興味も、ないと言えばうそになるね」

「お前が言うと含みがありすぎて怖いわ」

 これには返事をすることはなく、美緒はゆっくりと口の端を持ち上げる。何をやっても様になるやつだと真弘は感心する。特にこんな、月の明るい夜空をバックに立ったりなんかすると、何も知らないうぶな男子だったら惚れてしまいかねない。

 神というのはとことん不公平で非常識だ。

(ま、常識的で公平だから、こいつの中身がこうなってる、ってのもあるんだけどな)

「私はただ、君に助言を与えたいだけだよ。正義を貫く君の姿に感銘を受けてね」

 踵を返して、全力で床を蹴る。とにかく今は逃げるべきだと脊髄が反応した。

 知っている。この展開は間違いなく死亡フラグだ。迂闊だった、油断していた、軽率だった。どれだけ言葉を連ねても自分の軽薄な行いが招いた結果が死に直結するという事実は変えられない。だとしても、全力でそれに抗うだけだ。なのに、

「えぅっ」

「おいおい、酷いな」

 体が動かない。

 手を伸ばせば何なく掴めるはずの距離に先ほど自分が開けたノブがあるのに、その数十センチが届かない。まるで幾本もの縄で縛りあげられたように体は自由にならない。さらに言うなら、足の裏も接着剤でも塗られたかのように貼りついている。

「どうして逃げるんだい?」

「逃げるにきまってんだろ、胡散臭すぎだ!」

 天王寺がほくそ笑む。とことん人を小馬鹿にしたような態度だが、嫌味には見えない。

「ちょっと結界を張らせてもらったよ。もしかしてと思ったけど、君は想像以上に危機管理には長けているようだね」

「うっせぇ、俺はできることなら騒ぎに巻き込まれたくねぇし、出しゃばった真似して波風立てるのも」

「嘘だね」

 月を背負った美緒は、腕を組んで傲然と言い放った。

「君のその言葉は、嘘だ。それが証拠に、あの生徒会長君が君を引き入れた。今まで誰とも共闘しようとしなかった彼女が、だ」

「それがどうして証拠に」

「彼女の本能的な嗅覚は本物だよ。それが証拠に、今回の件で私に行きついた」

 言葉が出ない。今美緒の口から吐き出された言葉をゆっくり反芻する。

「誤解のないように言っておくが、私は君らに嘘をついてはいないよ。事実、昼間にも言ったとおり、私はあの組織に所属してはいないからね」

「だったらお前に行きつくってのは、どういう意味なんだよ? 関わり、ないんだろ?」

 本人は気づいてはいないが、そう言う真弘の目にはぎらぎらとした光が宿っている。荒削りで、素直ではないせいで生々しい、しかし隠しようのないその意志は紛れもなく、

(正義、か。正直、こんな言葉を私が使うとは思ってもみなかったよ)

 睨むようにまっすぐ見つめる真弘の視線を、美緒は涼しい顔で受け流しながら内心ではほくそ笑む。

「彼女らが今やろうとしているのは、大規模な魔法実験だよ」

「彼女らって……パラダイスのことか」

「正確にはパラ・ダイス。パラのところで切るのが正式名称らしいよ」

「どっちでもいいわ。って、魔法実験? お前じゃあるまいし」

 呆れ気味に溜息をこぼそうとするが、真弘の体はいまだ自由が戻っておらず、先ほどの踵を返した時のポーズのままだ。不思議と、無理をして体を支えている感覚がなく、むしろ走り出そうとした形のまま何かにもたれかかっているような感覚だ。

「まあ聞きたまえ。目的やどのような魔法かを語ることはできないが、そのネタを提供したのは私だ」

 堂々と語る姿に思わず納得しそうになるが、寸前で踏みとどまる。

「はぁ?」

 理解が全く追いつかない。美緒が今言った言葉が、本当に日本語だったかどうかが危ぶまれるレベルで。

「彼女らは今、私の作成した設計図にしたがって確実に魔法陣を完成させつつある。最初はうっかり設計図を盗み出されたのが始まりだったのだがね」

 美緒以外が口にすればただの電波な狂言だが、残念なことにその信憑性については身をもって経験済みだ。だから、今回のこの言葉もすんなり受け入れてしまう。

「ちなみにこれが、彼女らが手に入れた設計図のコピーだ。さて、君らはどうするね?」

 どこか楽しそうな目は、観察者のそれだ。フラスコの中に入れた化学物質の反応を超然的な立場から見守る、そんな目。天王寺美緒にとって、世界のすべては実験なのだと。つくづく思い知る。

「俺には関係ない。会長に言っておくよ。あいつならあっという間に解決だろ」

「卑怯だねぇ」

 ピクリとこめかみが引きつるのがわかった。まるで、それを狙っていたかのような美緒の態度も腹立たしかったが、何よりそんな安っぽい挑発に乗ってしまったのが悔しい。

「何とでも言ってくれ」

 極力平静を装ってそれだけを言う。背を向けたままで身動きできないのが幸いした。

「そうやってまた逃げ出すんだね。この満貫寺を選んだように」

 みしみしと、理性が音を立てて軋む。

 それは、誰一人として知らないはずの、知られてはならないはずの、真弘の過去。忘れたくて、忘れられなくて、なかったことにしたくて、今も真弘を縛りつける。

 そんなはずはない。誰にも、それこそ真弘は宗司にさえ自分のことは語ってはいない。知られているはずがないのだ。なのに、

「彼女を救うことは誰にもできなかったよ。彼女の選んだ道だ」

「うっせぇ!」

 動かない体を無理やり振りまわす。体が引きちぎられるような痛みが全身をかけずり回る。体中の神経という神経を引き裂かれるような痛みに悶えそうになったが、奥歯を噛みしめて声を殺す。

「ほう、まさかあの結界を力で振りほどくとはね。やはり並ではない」

 ただ、代償は大きい。眩暈がするほどの激痛に、体はいうことを聞いてくれない。もしかしたら骨や筋肉にも損傷が及んでいるのかもしれない。が、それでも真弘は気力だけで踏み出し、美緒を睨みつける。

「何で、知ってんだよ、そんなこと。メイドといいお前といい、どいつもこいつも」

 不愉快さだけが胸の中にあふれ、先ほどまで瞳に宿っていた光は、沼の底に沈んだように淀み、濁っている。

 ぼやける目で美緒を睨みつけながら、真弘は記憶の中の少女をそこに重ねていた。


 一年前の、記憶の中。少女は笑っていた。

 まだ。

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