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 願ったりかなったりの光景が目の前に展開されていた。

 程良く晴れた穏やかな日差しに、自分たち以外には誰もいない屋上。

 自分と、自分を取り囲む十数名の全身タイツ。そして、そいつらを統率するように正面に仁王立ちしている一人の女性。どういう趣向なのか、その女だけは黒を基調としたゴシックロリータなメイド服に、なにやら仮面らしきものをつけている。

「とうとうお出まし、だね。」

 メイド衣装とは趣向の異なる、口元から上を覆うような鳥の嘴のようなデザインのマスクだが、そのミスマッチ加減が程良く相手の存在を謎めかせている。

「まるでこうなることが予想できていた、というような口調でございますね」

「予想も何も、僕にはお前たちが悪の秘密結社なのは最初からわかっていたよ」

「これだから、何でも力で解決なさる御仁は、恐ろしゅうございます」

「僕に正義がある限り、真実は僕とともにあるよ」

 レーザーでも出そうな勢いで指を突き出し、自信満々に胸を張る。が、残念なことにその辺のボリュームに関しては完敗だ。相対する先では、隠しても隠しきれない盛り上がりが、モノトーンの衣装に華を添えている。

「名乗ってもらおうか。お前たちは何者だ?」

 気分は特撮ヒーローそのものだ。ギロリと、周囲の全身タイツを睨みつける。

 残念なことに、コンパクトなボディに黒髪ツインテールでは自身が想定している半分も迫力は醸し出せていないのだが、それを言わないのもオヤクソクだ。

「うふふ、そういうノリ、嫌いではございませんわ。ではこうしましょうか、聞きたければ実力で聞いてごらんなさい、と」

「ベストな回答だね」

 たがいに想定しているものは同じようで、どうやらここから先は説明は不要のようだ。

「さあ、コテンパンになさい!」

 こちらもどうやら乗ってきたようで、わざとらしく腰をくねらせたかと思うと、どこから取り出したのか、鞭を振りまわしている。

「い、いでぇっ!」

 ただその扱いは決して巧くはなく、というか下手くそで、振りまわした先端が手近にいた全身タイツの顔面を直撃して、ノックアウトしている。まずは一人目。

「上等だよ。では……まかり通るよ」

 まさに、その言葉の通りになった。

 まかり通った、としか思えないあとに残されたのは、死屍累々。転落防止の柵に、避雷針に校内放送用のスピーカーに、果ては貯水タンクにまでぶら下がった全身タイツ達は、誰一人として意識がないという惨状だ。

「地獄だ」

 最後の一人がもろにボディを蹴りあげられ、くの字に折れたところに現れた真弘には、その一言しかなかった。

「真弘、遅い! 正義はすでに実行済みだぞ」

「どう見てもそのセリフと状況が一致しないのは、毎度のことながらすげぇわ」

「そうか?」

 わずかに口角をつり上げて、ほほ笑む。

 この何気ない仕草が真弘には意外であり、驚きだった。

 出会った当初は、氷のような無表情で自らの主義を貫くのみだった小豆。そこに何か超越したものすら感じた真弘だったが、今の小豆はそれが薄れている。

 そして、その分どこか、

「楽しそうだな」

「僕はただ、僕の正義を信じているだけだよ」

 そういう顔にも、以前にはなかった表情が浮かんでいる。

 こういう状況だからなのか、それとも別の要因が小豆を変えたのかは定かではないが、小豆の見せた笑みに、真弘は何を言うつもりもなかった。

 ただ「こんな顔で笑うやつだったんだな」と、思うだけだ。

「あとはお前だけだよ、メイド。聞かせてもらおうか、君たちの組織のことや、目的を」

 怪我どころか汚れ一つ食らっていない小豆は、スカートをなびかせて一歩を踏み出す。

 屋上の風は春先とはいえまだ肌寒いのに、この場所だけは熱気に満たされているようで、じっとりと背中が汗ばんでシャツが張り付いている。

 まさか小豆の体温ではあるまいと思いながら、否定しきれない真弘は苦笑する。

「あれ? あんた」

 と、思いもよらない再開にうっかり口が滑ってしまう。

(しまった、こんなこと言うと小豆に勘づかれる)

「ご無沙汰しております。お元気そうでなによりでございます」

 恭しく頭を垂れたメイドは、仮面越しの視線なのに、微笑んでいるのをわからせると言う妙技を見せた。

「知り合いか?」

「あ、いや、ちょっと、な」

「その話は後でじっくり聞かせてもらうよ。というか、まさか……」

 メイド服に向けられていた鋭い視線が、くるりと真弘に向き直る。

「真弘もあいつらの構成員だった、なんてオチじゃないよな?」

 ぶんぶんと音がするほどの勢いで、真弘が首を振る。

「めっそうもない! 断じてそのようなことはございません!」

 仮にそうだとしても、ここでそうだと言えば待っているのは間違いなく死だ。何があっても首を縦に振るわけがない。

「ご安心を。彼と我々は無関係でございますよ……まだ」

「まだ?」

「は、話を続けろ」

 真弘の動揺がよほどおかしかったのか、仮面の下の口元だけでくすりと微笑み、メイド服は続ける。

「しかし、予想していたとはいえ、そのはるか斜め上を行く奮闘ぶりでございますね。さすがに感動すら覚えますわ」

「悪党に感動されても嬉しくないよ」

 互いに余裕しゃくしゃくな表情だが、メイドの方からはさらにまだ奥の手があるとでも言いたげな、底の見えない余裕が垣間見えている。そのせいか、小豆も一歩を踏み出せずにいるようだ。

「ようございます、約束通り正体を明かしましょう。私たちは『秘密結社パラ・ダイス』。世界征服にも人類抹殺にも興味はございませんが、歴とした悪の組織でございます」

 自称悪の組織。そういえばあの夜もそんなことを言っていたなと、再び思いだす。というか意識的に忘れていたのだが、真弘はとりあえず事態を静観することにした。

「というわけで、先ほどは『まだ』と申しましたが、私たちが必要としておりますのはそちらの殿方」

 優雅さを感じさせる動きで、白い手袋をした指先が動く。艶めかしさを感じさせる色っぽい動きだが、不思議と下品ではない。そんな指先が、迷わずに真弘に向けられる。

「残念ながら、うちの副会長は」

「そちらの、不死身の殿方でございます」

 いつも通り自信満々な小豆の口が止まり、息のつまる音まで聞こえる。

「さあ、こちらにおいでくださいませ。あなた様が必要なのでございます」

「真弘? 命が惜しければ正直に」

「し、し、知らん! 俺は断じてその組織の人間なんかじゃない! それに、もしそうだとしたらあっちもあんな物言いするわけないだろう!」

 嘘は言っていない。何ともこざかしい言い回しをしたものだと、自分の小物っぷりが情けなくなるが、命あっての物種だといつかの夜のような言い訳を、心の中で連呼する。

「ならどうしてあいつが真弘の不死身を」

「そうそう、会長様にもお伝えしなければならないことがございまして」

「なんだ? 今忙しい」

 表情の変化が乏しい割には、小豆の言葉はやけに刺々しく怒気を孕んでいる。

 そんな、満貫寺の生徒なら土下座して命乞いをするような状況をものともせずに、メイドはスカートを翻してフェンスに歩み寄る。

「あちらに見えます銀色の自動車ですが、爆薬が仕込んでございましてですね」

 指差した先にあるのは。トヨタクレスタ。保険が下りて新車になったという、教頭のいわくつきの車なのは有名だ。が、今はそのことはさておく。

「このボタンを押して」

 エプロンのポケットからシャーペンのようなものを取り出し、その頭に親指をかける。

「三分後に爆発いたします。では」

 カチッ

「貴様、卑怯だ!」

「悪の組織ですので。さあ、いかがなさいます? 真偽のほどはさておき、もしも私が嘘をついておりません場合、ここで私と問答しておりましたら三分などあっという間。この下校時刻にあんな場所で爆弾が爆発すれば、おわかりですね?」

 「くっ」という呻き声に近い声をあげた小豆だったが、決断までは一瞬だった。

「真弘! 僕があれを処理する間、ここは任せた!」

 言いながら足はすでにフェンスを乗り越え、風にスカートを捲りあげられるのも気にせずに立ち上がる。淡いピンクが目に鮮やかだ。

「おい、何するつもり」

「真弘、僕は信じているぞ!」

 それだけ言って、飛び降りた。

「ちょっ! おい、あずきっ!」

 フェンスに駆けより、突き破るような勢いで顔を押し付ける。

 目の間に繰り広げられているのは、雑技団顔負けの軽業だった。

 飛び降りたと同時に一瞬だけ屋上の縁石に手をかけ、落下速度を殺しながら次の階へ。再び加速したところで一つ下の階の窓枠に、その次は壁に雨樋を止めている金具にといった具合に、次々に手足を引っ掛けてうまく勢いを殺しながら、あっという間に地面にたどり着いてしまう。

 この間約数秒。

「すげぇ……」

 スーパーマン、さもなくば野生のサル。どちらにしても人間の域を超えた身体能力であるのは間違いないが、それにしても目の前で起こったことが信じられない。

「ほんとうに、想定の遥か斜め上を行かれる方ですわね。これですから恐ろしい」

 同じくフェンスから地上を覗きこんでいるメイドも、口元には素直な驚きが浮かんでいる。想定外の度が過ぎたのだということがよくわかる。

「彼女に関しては何が起こってもおかしくはございませんので、この際無視いたします」

「同意だ」

「というわけで、あなた様のお話に移りましょう。改めまして、ご機嫌麗しゅう」

 再び、先ほどよりもさらに礼をつくした動作で頭を垂れる。その姿はメイドというよりも、どこぞの貴族のようだ。

「ああ。おかげで色々と大変なことになってるけどな。主に、あの正義の味方のせいで」

「あのような子供っぽいピンクの下着がお好み、ということで?」

「そっちじゃねぇだろ。何でおれの周りは、パンツ見せる女ばっかなんだ」

(まぁ、いやな気はしないけどな)

「ですが、それも今日まで。これより、秘密結社パラ・ダイスの秘密の計画のために、御身をささげていただきます」

 微動だにしない立ち姿を風が撫でると、草原で風になびく花を連想させる。仮面が甚だ違和感を与えるが、それもまたアクセントだと思えるから不思議だ。

 『パラダイス』という悪党らしからぬ名前に、言い知れないいかがわしさを感じ取った真弘は、わざとらしく顔をゆがめる。

「秘密結社の、秘密の計画、ね。悪の臭いがプンプンだな」

「かぐわしゅうございましょう? 特にあなた様のように、ご自身の弱さを意味嫌いながらもそれを言い訳に何もなさらない方には」

『どいて! 生徒会長命令だ! グラウンド中央を開けろ、早く!』

 どこで手に入れたのか、拡声器越しの小豆の声がここまで響いてくる。見ると、宙に浮いたクレスタが水平移動していくところだった。当然、小豆が持ちあげているのだが、拡声器を持っているので、車は片手で支えているわけだ。真弘には、もはや言葉はない。

「なんのことを」

「中学三年の秋、でございますよね」

 ずきりと、真弘の胸に痛みに似た感覚が走る。

 思い出したくもない、不愉快な記憶の波がざわめく。

「私どもといたしましてはあのような行為そのものは許容致しかねますが、その結果あなたの中に芽生えたであろうもの、これは、評価に値いたします」

「やめろ」

 どす黒く、自分の腹の底が塗り固められていくのが見えるようだった。吐き気に似た不快感がこみ上げる。自分の中がゲロと、それと同じ成分でできた記憶だけになる。

「結局はだれも救えなかった。結局は、あなた様が一人疎まれることになった。正しいことなど、この世においては無価値なのだと悟られた。すばらし」

「やめろ! 何知ってんのかしらねぇけど、黙れ」 

 踏みつけたアスファルトが、放射状にひび割れる。

「その御顔でございますよ。それこそ我が組織に相応しゅうございます」

『ほらそこぉー! もっと離れて!』

 相変わらず拡声器越しの声が聞こえたかと思うと、

『どぉっせぇぇぇぇい!』

 どぉぉぉぉぉ…………っずずずずずず……

 衝撃波に似た振動が空気を伝わり、続いて地響きが足元を揺さぶっている。

「三分、でございますね。彼女は立派に正義の味方でございますね、忌々しいほどに。というわけで、私の持ち時間は終了でございます」

 先ほど同様に恭しく礼をすると、あろうことか小豆と同じように、フェンスを乗り越える。翻るスカートから見えるのは艶めかし太ももに、白のガーターベルト。

「あなた様は、我々とともにあったほうがよろしいのでは? 私どものご主人様も、そうお考えでございます」

 それだけを振り返りもせずに言って、ふわりとスカートを膨らませて飛び降りる。

「まあいずれ、あなた様は我々のものになりますがね」

 もう飛び降り行為自体に異常性を覚えることもなかったが、真弘の目はじっとメイドのいなくなったフェンスを見つめて、離せなかった。

 いや、実際にはフェンスなんて見てはいない。ただ自分の中にあふれかえった、もう忘れていた、忘れたことしたはずの記憶を踏みつぶす作業を続けているだけだ。

「不愉快だ」

 トラウマと対面させられた不快感に、目の前がくらくらした。

 再び踏みしめた床が、もう一度放射状に砕け散る。先ほどよりも深く、広く。

 背後の空に、狼煙のように爆煙が立ち上っていたが、どうでもいいことだ。


「で、お前は散々挑発して、挙句に心の傷を抉ってきたですか」

「それはもう、錆びたナイフで生肉を切りつけるようにごりごりと」

 窓一つないその部屋だが、間接照明の柔らかい明かりに照らされているおかげで暗さや閉塞感は感じない。むしろ部屋の広さが錯覚されて、実際以上に広く感じる。

 そういう設計になっているのだが、部屋の主にとってその程度のことは当たり前だ。そういう環境で育ってきたからなのだが、おかげでその贅沢さには気づいていない。

「まったく! お前はどれだけアホです? それでもしこちらに寝返ってしまえば、誰が我々の抑止力として」

「しかし、お嬢様としては願ったりかなったりでございましょう?」

「そ、そりゃもちろんあの人がすぐ傍にいてくれれば、そりゃ、うれし(ごにょごにょ)」

 小さな体をさらに小さくして、もごもごと言い淀む顔はもう真っ赤だ。うなじや耳まで真っ赤なのだが、残念なことに今日はイルカのコスプレをしているので、そこは見えない。手を動かすと胸ビレがパタパタと動くのが可愛らしい。

 コスプレ衣装が海産物縛りなのに、特に理由はない。

「そうすればお嬢様の稚拙な、もとい、純情かれんな乙女の恋心もじょうじゅ」

「お前の本音が見え隠れするのが腹立たしいですよ」

「恐縮でございます」

 ささやかな膨らみを上下させて、小さくため息をこぼす。隣に静々と寄り添っているメイド服姿とは物心つく前からの付き合いだが、いまだに距離感をつかみかねることがある。

「それはさておき、本筋の計画のほうは順調でございましょうか? 私といたしましては、お嬢様があのお方のことばかり考えて忘我の境地に至り、挙句の果てにろくすっぽ指示も出さずに呆けていらっしゃったのではないかと気が気ではございませんでした」

「垣間見えるどころか、とうとう本音を直球で言葉にしだしたですね。その豪胆さだけは買ってやるです」

「恐縮でございます」

 しかも、あながちその指摘が間違いでなかったのがなおのこと腹立たしい。ちょっと夢うつつになっていたところを、部下の一人に指摘されなければ、華が帰ってくるまでの時間を夢と妄想に費やしてしまったかもしれないとは口が裂けても言えない。それはそれで悪くもなかったのだが。

「ともかく、発動に向けてのキーはそろったですが、魔法陣の発動まではユ努々油断するなです。生徒会長とキングストーン、この二人が敵である限りは」

 無数の靴音が閉じられた空間に響く。

 紅葉の眼前に広がる、体育館ほどの広さの空間。そこを埋め尽くすほどの全身タイツが、一糸乱れぬ動きで踵を合わせていた。

 それを睥睨する、イルカの着ぐるみ。表面処理に関しては本物と見分けがつかないほどの艶やかさと生々しさだ。

 秘密結社パラ・ダイスの計画は、いよいよ最終段階に突入する。

「で、お嬢様、本日の下着も勝負下着で?」

「おまえ、あとでちょっと屋上来いや、です」

 クライマックスに向けて、まずは悪の組織から、加速を始める。

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