最小恋愛フラグ
案内されたのは、先ほど二人がインターホンを押したのとは敷地を挟んだ反対側。
というとそうでもない距離に聞こえるが、たっぷり二十分は歩かされた。
「何だこれ、むっちゃくちゃ遠いぞ」
「たしかに、広い敷地だな」
どこまでも延々と続くんじゃないかと思える長い長い壁沿いに歩き、ようやくたどり着いた入口の向こうに顔を見せたのは、いくつもの小高い山だった。
ある所からは冷蔵庫が顔をのぞかせ、ふもとには電子レンジが転がり、てっぺんにはどう見てもロケットかミサイルかというような物体が突き刺さった、人工物の作りあげた山の数々。
ジャンクヤードというやつだ。
「うへっ、すげぇ数のゴミだな」
「ゴミとは失敬な! これは立派な資源、宝の山なのだぞ!」
うっかり口を滑らせた真弘の言葉を拾った葉迦杜博士は、たしなめるような口調でそう言って、手近な山から何かを拾い上げる。
「たとえばこれだ。一見ただの電気ポットに見えるがその実」
たたたっ、っと駆け出して少し離れたところにポットを置き、ボタンを押してから今度はえらい勢いで走って戻ってきた。
しゅごごごごごごごごぉぉぉぉぉ……
とんでもない大音量とともに、目がくらむような光で、一瞬全てが白く染まる。
びっくりしすぎて、目玉がこぼれおちるんじゃないかというほどに目を向いた真弘が見たのは、白煙の尾を引きながら一直線に天に昇ってゆく、電気ポットだった。
「というように、簡易型の軍事衛星なのだよ」
「何でポットなんだよ!」
「ポットは優秀だよ。断熱性、密閉性に優れ、なおかつカップラーメンまで作れる」
「いみわかんねぇし。小豆も何で「ふむ」なんて頷いてんだよ」
「いや、こういう発想の転換もあるのかと、少々感動して」
「ねぇよ!」
「さあ、何をやっているのだね? 君たちはいちごうのことで話があったのだろう? 来たまえ」
今飛ばしたポットになどまるで興味がなさそうに、葉迦杜博士は小山の間に埋もれるようにして建っている小屋の入口から、ひょいひょいと手招きをしている。
既に辟易とし始めてはいるものの、ここまで来てあとに引くこともできず、真弘は呼ばれるままに小屋に足を踏み入れると、そこはまるでSF映画から切り取ってきたような、機械が山と詰め込まれた部屋だった。
広さにして二十畳以上はあろうかというスペースだが、手狭に感じるほどに壁という壁を何かの電子機器が埋め尽くし、外のジャンクヤードも顔色なからしむる勢いで雑多にものが置かれていた。ただし、こちらは何に使うのかわからないものばかりだ。
「まあ座りたまえ。ふむ、こりゃひどい、よくここまでコテンパンにできたものだ」
いつの間にか葉迦杜博士はリュックを広げ、中から無造作に頭やら腕やらを引っ張り出しては渋い表情を浮かべている。
「う、うぇ? いつの間に、え?」
背負っていはずのリュックがなくなっていたのに全く気づかなかった真弘は、慌てて周囲を見回すが、隣にいた小豆にもわからなかったらしく、首を振るばかりだ。
「僕たちが見つけた時にはもうその状態で。その、雷にでもうたれたのかも」
「いや、これはただの雷ではない」
じっと首の断面や足首のパーツを見つめていた葉迦杜博士は、おもむろにそう言うと、何かを考え込むように口を一文字に結ぶ。しばらくは抱え上げた顔とにらめっこをするようにじっと黙りこくっていたのが、結論が出たようで、おもむろに口を開く。
「こりゃ、魔術の類だな。電気的なエネルギーだけではない、純粋なエネルギー体による破壊の跡も見られる」
「そんなもの、見ただけでわかるのですか?」
「吾輩を誰だと思うておる、小娘。この程度朝飯前よ。しかしそうかそうか、それならさすがのいちごうも耐えられないか。ふむ、改良の余地が」
「あの」
思わず真弘が声をかけると、これまた意外そうな顔で葉迦杜博士は振りる。
「ん? おお、おお、失敬失敬。つい夢中になってしまったよ。いやいや、まずは礼を言わねばならんな。いちごうをここまで運んでくれたことに」
「その、一郎君のことなんですが」
放っておくとマイペースにどんどん喋りまくると思ったので、ちょっと乱暴だとは思いながらも、会話に割り込みをかける。
「ロボット、なんですか?」
まさかいきなりこんな確信を突く質問をしてしまうとは、自身でも思っていなかった真弘は、聞いた直後に自分が地雷を踏んだことを理解する。小豆が「馬鹿」と口の動きだけで言って、眉間を揉んでいる。
リカバリーのために何を言うべきかと必死に頭を巡らせるが、その間もなく、葉迦杜博士が手にしていた首を作業台において立ち上がる。
ごくりと喉を鳴らすが、口の中はからからで唾も飲めない。無言の迫力に自らの失態を全力で悔いていると、
「すごいだろう?」
「へ?」
「いや、だからすごいだろう、と。こんなにも精巧なロボットを作るって、吾輩はすごいだろうと聞いているんだよ。すごいと思わないかね?」
「え、えぇ、まぁ」
「わははは、そうだろうそうだろう。しかし、その私も完璧ではなかったというわけだ。う~む、満貫寺には魔道を使う魔物までいるのか。これは早急に対策を」
「あの……一郎君は、なおるんですか?」
この場合『治る』だろうか『直る』だろうかなんてことを思いはしたが、どちらでも同じなのでどうでもいい。
「なおる」
「へ?」
「いや、だからなおるかと聞かれたから直ると答えたのだ。吾輩を誰だと思うておる?」
「いえ……」
あっさりした回答に拍子抜けしたが、何となく大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
「ときに葉迦杜博士」
「何だね生徒会長? 君も機械の体がほしいのかね?」
「けっこうです。それよりも、なぜ一郎君はロボットで、学校に通っているのです? 会長として、ある程度のことは知っておきたいのです」
他の人間がこれを言うと興味本位以外の何でもないように思われるが、小豆の場合は百パーセント善意でそう言っているのがわかる。その程度には自分が小豆と一緒にいることに気がついた真弘は、ちょっとだけ悲しくなった。
もう抜け出せない。
「なんだ、そんなことか。実に単純な質問だ。満貫寺だからだよ」
「うちの学校、だから?」
「ああ、満貫寺だからさ。あの学校は色々とあるからな、こういう存在がいても許容されるだろうし、それに」
「それに?」
真弘だ。興味本位であることは否めない。
「あの学校には色々とあるからな。わははは、こういう戦力の一つや二つは配備しておってもいいだろう」
思わせぶりだが、それ以上は語る気はないようで、再び作業台の上に意識を戻す。
「戦力については我々生徒会だけで充分ですが、博士は何か御存じなのですか?」
「充分なんだ」
「まぁまて、ここをこうして、電源は……これでいいわい。ほれ」
突き刺すような小豆の視線も涼しい顔でスルーし、葉迦杜博士が首に何やら施すと、
「やや、どうしたことでしょう? ああ、これはご無沙汰しております、お父さん」
首が喋った。
「うむ、いちごうよ、死んでしまうとは何事じゃ」
どこかで聞いた、というか、見たことのあるやり取りだと思いながら呆然とする真弘の前で、会話は実に淡々と、しかし確信にえぐりこむように続けられる。
「面目次第もありません。気がつけば予備電源も全て馬鹿になってましてね。いやはや、往生しました」
「彼らが見つけなければ本当に往生するところだったぞ。まあ、往生したところで吾輩のところにくればいつでも生き返らせてやるがな、ぬはははは」
「これはこれは、いつもお世話をかけます。帝塚山君に修学院さん」
命というものを深く考えさせられる会話だが、さすがにこれ以上は見ていられない。
「まあ、なんというか、無事でよかったよ。いや、無事でもないのか?」
「まったく、遅刻どころか欠席したと思ったら、まさか死んでいるとはな」
「え? 欠席?」
小豆の一言に慌てた一郎は、きょろきょろと目玉だけで室内を見回す。
「あわわわ、もう六時間目が始まる! これは一大事です、欠席になってしまう!」
「そこかよ!」
「いえ、大事なことです。勉学は学生の本分ですから、疎かにすることはできません」
「僕の前でよくそれが言えたものだね、遅刻王」
父親(というか、制作者か?)の目の前で吐く暴言にしてはなかなかひどかったが、葉迦杜博士は唸るばかり。天才というのはやはり凡人には理解しがたいもののようだ。
「帝塚山君、なんとか私の頭だけでも教室に持っていってもらえませんか?」
「たぶん教室だけじゃなくて世界がひっくり返るからパスだ」
当然だが、この世界にはここまで精巧な人型ロボットを許容する地盤はまだ出来上がっていない。パニックどころか、一郎自身の安全も保証できないというのが実情だ。
それに、
(学校にはよくわからん組織もあるみたいだしな。こういうのは極力秘密の方がいいんだろうし)
「そうだぞ。それに、お前の力を悪用しようとする悪の秘密結社が……はっ、そういうことかぁ!」
相変わらず独走というか暴走というか、火のついたロケット花火もかくやという勢いで飛びだした小豆の姿は、あっという間に見えなくなる。遠くから何やら「点と点が線になったぁ」という叫びが聞こえたが、もちろん無視だ。追いかける気も最初からさらさらなかったので、そちらはなかったことにして、真弘は葉迦杜博士と一郎に向き直る。
「では」
「うむ、いちごうのことは任せておきたまえ。これでもかというほどに強化した、最強のバージョンアップをお見せしよう。表面はルナチタニウム合金、骨格はムーバブル」
「いや、そういうのはいいですから、普通に直してください。たぶんそのままでも充分強いですから。それより、さっきからずっと一郎君のこと、いちごうって呼んでますけど、もしかして」
最初は聞き間違いか発音の問題かと思っていたが、こうも毎回だとさすがに気づく。
「おぉ、これは私が開発した人型ロボットの正式一号機でな」
やっぱりという感じだが、これが一号機というのだから凄いとしか言いようがない。
「アップグレード後は対魔道用の最終決戦兵器だ。期待しておれよ、ぬはははははは」
「ぬははははは」
何故お前も笑う、と突っ込む元気はもうなかったが、一郎に関しては大丈夫そうだと踏ん切りはついた。となれば、真弘が追いかけるのは、今や暴走特急となってどこかに突撃を続けているであろう上司だ。
「じゃ、お願いしますよ。ちゃんと直してくださいよ」
もうこの辺りになると、脳内での漢字変換が「直す」であることに違和感を感じなくなっていた。
高笑いの響く小屋をあとにし、ジャンクヤードを見渡すと、春らしい柔らかな日差しが各種ジャンクを照らしていた。そのさわやかさが、今の真弘には唯一の救いだ。
「さて、正義の味方出動だ……したくねぇ」
最後の一言は、魂が絞り出した本音だ。とは、死んでも小豆に知られてはならない。
六時間目の終了を告げるチャイムを聞きながら、真弘は学校から少し離れた道をのんびりと歩いている。
「間に合ってもろくなことなさそうだしな。君子危うきに近寄らず、だ」
意味があるのかないのかわからないことを言いながら、ぼんやりと空を見上げる。春特有の薄い雲がゆっくりと流れていた。
ただ一つ、確信を持って言えることを胸に秘めて。
今日の放課後は、荒れる。
飛び出していった小豆の勢いが何よりの根拠で、あれほど燃料が投入された小豆が問題を起こさないはずがない。胸を張って言える。
「言いたくねぇけどな。いっそ俺が悪の秘密結社にでもなってあいつ止めるかぁ?」
「本当です?」
どこから聞こえたのかわからない声に、それまでの静けさに慣れていた意識が波打つ。
「本当に、悪の秘密結社に入るつもりです?」
やばい。まず最初に感じたのはそれだった。この展開はまさに死亡フラグ。バキバキと拳を鳴らす小豆が現れて問い詰められるところまでが想像できてしまった。
「いや、その何と言うか出来心と言いますか……もちろん俺の心は正義一色で」
冷や汗をうなじに感じながら、ダメもとで言い訳を考えたところで、目があった。
視線の高さでは小豆とさして変わらないが、こちらを見つめる瞳の色に思わず吸い込まれそうになる。
先ほどまで見上げていた空よりも、なお深い青。
「聞いているですよ。本当の本当に、悪の秘密結社なんかに入るです?」
よくよく思い出せば喋り方も特徴的で、小豆とは全然違う。これを小豆だと思ってしまうほうが難しいのだが、自分がどれだけパニクっていたのかがよくわかる。
「あ、えと……鹿王、さん?」
「はいです。それよりも、本当に悪の秘密結社に入って、悪いことするですか?」
純粋な瞳はどこまでもまっすぐで、心の一番弱いところに突き刺さるようだ。
しかも、両サイドに控えるように立っているのは、満貫寺の制服こそ着ているが、明らかに「友人」と言うよりは「お供」といった感じの、すらりとした長身の女子。本当に同い年なのかどうかすら怪しい。ネコ科の肉食獣を思わせるしなやかな足に息を呑む。
そんな状況でこの子にへたなことを言えば殺されかねないのは、本能で察する。
「え、や、まさか。そもそも悪の秘密結社なんて子供向けの特撮じゃあるまいし、冗談だよ冗談。はははは」
乾いた笑いを浮かべるしかない。
笑いながら、自分の体を改造した組織を思い出したが、当然口になどするはずがない。言ったところで、冗談として受け流すか頭がおかしいと思われるのがオチだ。
紅葉の問答無用な美少女っぷりに、宝石のような瞳や、果ては絹のように艶やかな髪が華を添えている。そんな完璧な美少女を相手に、自分が悪の道に走ろうとしているなどと言える筈がない。むしろ、真実だとしてもこの子にだけは言ってはならない。
「そうですか、冗談ですか……」
(ん?)
情けなく笑う真弘に対して、紅葉が一瞬だけ残念そうな表情を見せたような気がしたが、それを汲み取るほどの時間はなかった。
「それよりも、て、帝塚山、君は、生徒会の人ですよね?」
名前を呼ぶところで声が裏返ったが、真弘はその真意に深く突っ込むことはせず、ただ自分の名前のややこしさを詫びるばかりだ。
そんな紅葉の不憫さに、片方の御付きはハンカチを取り出して「よよよ」と泣き真似をし、もう片方はスカートをまくって、ガーターベルトに装着された実に物騒な何かに手をかけていた。共通しているのは、目が完璧にカタギじゃないことだ。
「そ、そうだけど。それが、どうした?」
ここで選択を誤ると、取り返しがつかなさそうだったので、回答には慎重を期した。
「では、早く行ってあげた方がいいです。会長さんが、修学院さんが、屋上に呼び出されていたですよ」
「マジで?」
当然だが、ここで真弘が案じたのは呼び出された小豆の身ではなく、小豆を呼び出した何者かの方だ。まあ、小豆に殺人を犯させないという意味では小豆を心配したことになるのかもしれないが、それは副次的なものでしかない。
「屋上だな! ありがと、のんびり行ってたら手遅れになるとこだったよ」
「あ、あの」
「ありがとなー。この礼は後日必ず!」
走り去った背中を、紅葉がどんな顔で眺めていたのかを知る由もない。
ただ、あとわずかばかり御付きの女子生徒の忍耐力がなかったら、真弘は二秒で蜂の巣、三秒で挽肉だった、と記すのみにとどめる。