最狂変人
「あずき、珍しく冗談言うのはいいんだが、タイミングわりぃわ」
しかし、そんな冗談を言いたくなる気持ちもやむなしなその光景は、まさしく名作推理作品のワンシーンを彷彿とさせる。それほど見事に、突き刺さっていた。
「まさか、これが……」
瞳の言葉からは、裏庭で一郎がえらい目にあっているのだろうことはわかったが、まさここまでとは、真弘の想像のはるか斜め上だ。。
「だろうな。スリッパに名前が書いてある」
「うわ、ご丁寧な話だな……って、このスリッパ焦げてねぇか?」
よく見ると、スリッパだけではなく制服の裾にもかすかに焦げたような跡が見受けられたが、状況のインパクトにそうした冷静な観察がおろそかになってしまう。
それは小豆も同じようで、いつもならもうちょっと慎重なはずが、
「とりあえず引っこ抜いてみようか」
と、おもむろに歩み寄り、無造作に天に向かって突き出された足に手を伸ばす。
「にしても、何でこんなとこに突き刺さって」
「うわぁ!」
「ど、ど、どしたぁ!」
小豆の悲鳴という予想外すぎる展開に、真弘は完璧にビビりきって大きく飛び退る。何せ、あの小豆の悲鳴である。天地がひっくり返る方がまだ落ち着いていられる。
「ビリって、ビリってきた!」
「ビリって何だよ? 毒か、毒なのか?」
「いや、どちらかというと静電気のような、痺れる感じがしたんだけど」
と、その小豆の一言に真弘の中で思考の糸がどこかにつながる。
周囲に堆積している空気の匂いや、じっとしているだけでも産毛がピリピリとするような感覚が、ごく最近の記憶の中から掘り起こされ、線でつながる。
「もしかして、雷でも落ちたのか? いや」
決め手になったのは、一郎(ほぼ間違いない)の下半身を中心に形作られたクレーターだ。これと同じものをほんの二十四時間ほど前に目にしている。不良三人組と一緒に。
となると犯人は、
「雷だな。ってか、電撃魔法って言った方がいいのか?」
さすがに言い切ってしまうには証拠が少なすぎたが、昨日の今日でこれを見せられた真弘の中では、半ば確定事項として犯人の顔がよぎる。
「で、お前は魔女のパンツを思い出している、というわけだ。いい度胸だよ、ほんと」
「何を言っとるんだお前は!」
「いや、これは大事な話だよ! いい機会だ、はっきりさせよう。真弘はあれか? ああいうぼんきゅっぼんで不敵なのが好みなのか? それとも」
「まてまてまてまて! 思いっきり脱線しとる!」
「していないよ、今これ以上に大事な問題なんて」
「あるだろ! 目の前に、明らかに、でっかい問題が!」
詰め寄る小豆のプレッシャーに壁際まで追い詰められた真弘は、苦し紛れに犬神家状態の下半身を指差し、絶叫する。
それが合図になったかどうかはわからないが、それまでじっと動かなかった足がゆらゆらと揺れ、どさりと音を立てて倒れてしまった。残念なことに、その動きに生きた人間の意志を感じることはできなかったが、上半身が引っこ抜かれたおかげで誰の下半身であったかが明らかになった。
間違いなく、住吉一郎その人だ。
「こりゃ……もう」
その続きは言葉にできなかった。何となく、してはいけない気がした。
開ききった瞳孔に、微動だにしない手足。固まった表情は人形とはまた違う生々しさだが、生気を感じることはできない。
こういうときに冷静な行動ができるあたりも、生徒会長たる資格とでも言うのだろうか。小豆は落ち着いた足取りで近づき、
「真弘は先生を。僕は念のために脈やこきゅうのかくに」
駆け寄り、感電しないようにハンカチを持った小豆の手が一郎の肩に触れた瞬間、
「……」と、小豆。
「。」と、真弘。
首がもげた。ぼろっ、と。
言葉はなかったが、絶句というコミュニケーションがこれほど重く、また深い理解につながるとは思ってもみなかった。
「も、もげ、もげ、もげ、くびくびくびくび」
もう駄目だった。
「先生を呼んでくる前にまずは首をくっつけなければいけなくなった。技術室からボンドを取ってきて」
ふっきれたのか、恐ろしいほどの冷静さを発揮した小豆だったが、何やら一周してしまった感がなくもない、とは真弘の主観だ。
「ん?」
「どしたんだよ、小豆? ってか、人体はボンドじゃ」
「これ、見ろ」
無造作に手を伸ばし、無残にも転がっている一郎の頭に手をかけた小豆。
「ちょ、まてまて! お前いくらなんでもそれは人道に反する」
「いいから!」
思わず目をそむけた真弘の顔を鷲掴みにし、力ずくで目を開かせる。
小豆の力に抵抗できるはずもなく、むき出しになった眼球の前に晒されたのはもげた首の断面で、そこには
「うあぁぁぁぁぁ、あ、あ……あ?」
真弘の考えるグロくてえぐいものは一切なく、あるのは金属質な輝きやビニールにまかれた配線類。奥の方にLEDのような明かりもちらちらと見えている。
何であるかはわからないが少なくともこれが人体の、というか、生物の中身ではないことは明らかだった。
「機械?」
「だな。どう見ても人類ではありえない。とんでもない奴だとは思っていたが、まさかロボットだったとは。驚きだ」
小豆はもげた首と、それが元々ついていた胴体を交互にみて、「ふむ」と一息。
「どうするべきだと思う?」
さすがの小豆もこれの対処を即座に考える、というわけにはいかないらしい。表情もいつもの自信満々のものではなく、陰りと迷いが塗りこめられている。
「まぁ、普通に考えたら……普通に考えたら……普通って、なんだ?」
「普通ということは、とりあえず正義であるということで」
かくして、昼休み終了のチャイムが響くまでこの無駄な問答は延々続けられることとなったのだが、結局まともな解答には至らなかった、という残念な結果だけをここに記す。
遠くに六時間目のはじまるチャイムを聞きながら、真弘と小豆がたどり着いたのは、一軒の住宅。これと言って特筆する要素のない、ごく普通の建売住宅だ。田舎にありがちな無駄に広い庭が門の向こうでは、きれいに手入れされた緑が、午後の日を浴びて輝いている。
「ここで、あってんだよな?」
チャイムを押す前にもう一度確認した表札には『葉迦杜』とある。
「そのはずだ。職員室のデータベースで検索してきたので間違いはない。この名前だ」
「昨日の今日でよくデータ復旧できたな。天王寺の魔法のせいでデータ全部とんだんじゃなかったのか?」
「どうやら外部サーバーにバックアップがあったんだけど、そちらでヒットがあった」
一郎の扱いに苦慮した二人が最終的に到達したのは、「一郎の保護者に報告する」という、実にオーソドックスな方法だった。さすがに、いきなり職員室に壊れたロボットを持って言って、「クラスメイトが壊れました、実はロボットでした」なんて言ったところで、こちらの頭が壊れていると思われるのが関の山だ。
それならまだいいが、へたをすれば一郎の立場やなんかも危うくなるかもしれない。そこまで考えたのは小豆で、真弘は単純に「学校で死んだら普通は親に言うよな」ぐらいの感覚だった。
ともあれ、方向性は決まったのだが、そこで新たな問題が浮上した。
クラスの誰一人として、一郎の自宅を知るものがいなかったのだ。しかも校内連絡網には何故か一郎の自宅は、住所も電話番号も記載されておらず、間の悪いことにポケットから引っ張り出した一郎の生徒手帳は黒焦げという有様だった。
万策尽きたかに思われたときに実力を発揮したのが小豆だった。
自信たっぷりにほほ笑み、五時間目も始まっている校舎をずんずんと歩いて向かった先は職員室だった。
「結果オーライとはいえ、教頭泣いてたぞ」
「正義のためだよ。教師の体裁とクラスメイトの安否。秤にかけるまでもない」
その意見には全力で同意する真弘だったが、だからといって教職員専用の端末を半ば力ずくで立ち上げ、無断でデータベースを閲覧するのはいかがかと思わなくもない。
背中に背負った特大リュックサックの中で、一郎の体がガチャリと音を立てる。死体を背負っているようで不気味だったが、真弘は必死になって『背負っているのは機械だ』と自分に言い聞かせ続けた。
「というわけで」
ぴん……ぽーん
チャイムの音がかすかに家の中から漏れ聞こえ、しばらくの間をおいてインターホンがつながる。
『はい、どちらさまでしょう?』
落ち着いた雰囲気の女性の声。警戒心を前面に出しているが、日中のこんな時間の、予期せぬ来訪者に対してはごく普通の対応だ。
「私たち、満貫寺高校生徒会のものですが、住吉一郎君の件で伺いました」
こちらはいつも通りの堂々とした態度に、実に丁寧な物腰という、生徒会長として百点の対応を小豆が見せる。日頃の独善じみた物言いがないだけでこんなにも印象が違うものかと、感心してしまう。
そんな真弘の関心をよそに、小豆の表情は少々険しい。返事がないのだ。ただ、インターホンそのものはつながっているらしく、微かなノイズが聞こえたままだ。
通常の会話ではありえないほどの間が空いたので、もう一度呼びかけるべきかと小豆が動く。
「あの」
と、それを見計らったかのように、
『裏の方へお回りいただけますか? はなれの方に主人がおりますので』
『主人』という物言いに、一介の、しかも自分の息子が通っている高校の生徒にこんな言い方をするものだろうかと首をひねったが、不毛な思考だと考えるのをやめる。
「おー! 何だ君たちは? 何かの押し売りか? それとも宗教か? だったら吾輩にそんなものは無用だぞ。なぜなら吾輩は科学以外を崇拝する気はないからなわはははは」
「どわぁ!」
いきなり背後から、でかい声で話しかけられた。
腰が抜けるほどびっくりしたが、小豆も同じように驚かされたようで、臨戦態勢を取って構えている。
「お? ん? 見たところ満貫寺の学生のようだが?」
そこにいたのは、漫画から飛び出してきたような、絵にかいたような科学者。それも、頭にマッドを付けたくなるサイエンティストだった。
ぼさぼさの頭にとんでもなくレンズの分厚い黒ぶち眼鏡。よれよれの白衣の裾はぼろぼろで、所々に焦げたような汚れがある。
「あなたは?」
警戒心バリバリの小豆が、先ほどのインターホン越しの会話が嘘のような口調になる。
「吾輩か? おかしなこと言う、君たちの方が吾輩を訪ねてきたというのに、その上で尋ねるのかな?」
どこかすっとぼけた口調だが、本人はどこまでも真面目なようだ。
「私たちは、満貫寺高校の生徒会です。今日は、その……住吉一郎君のことで」
珍しく会話の勢いに押されている小豆が、何とかいつもどおりに自己紹介をする。
「おー! あの悪名高い生徒会か。わははは、しかしいいぞ、吾輩は自らの信念にまっすぐなものは大好きだ。それになに? 今、住吉といったか? イチゴウのことか?」
(やっぱ悪名高いんだ、小豆のやつ)
「いちごう?」という疑問符は浮かんだが、だみ声なのでそう聞こえたのだろうと、話を続ける。
「その一郎君なんですが、その……何と言いますか、ですね」
どう説明したものかと真弘が言いあぐねていると、
「おたくの息子さんが、壊れました」
「をいっ! お前、ものには言い方ってもんがだな」
「なんと! あの、あのいちごうが壊れたと? なんとなんとなんと! 一大事だ! して、いちごうはいずこに?」
(またいちごうって言ったな)
「息子さんはこちらです。で、どうしたものかと」
ガバっとリュックの口を開け、真弘の体ごとマッドサイエンティストに差し出す。
間近で見るとますますマッドな感じが伝わって怖かったが、男の目はリュックの中をしげしげと見つめている。
かと思うと、おもむろに「うむ」と頷き、
「あいわかった。今回は特別に、この葉迦杜丞一郎博士のラボにご招待しよう!」
そう言って、こちらの返答も待たずにマッドサイエンティストは意気揚々と歩きだす。
どんどん遠ざかる白衣の背中を呆然と見送りながら真弘は、隣で同じように呆けている小豆に視線を向ける。
「葉迦杜、丞一郎だってさ。行くのか? 住吉じゃないのか?」
本音としては九対一で行きたくない。
「しかないだろうね。これを見ても驚かないってことは、どうやら僕たちよりも真相を知っているだろうからね。あっ」
「なんだよ? この期に及んでなんだよ?」
既に歩き出していた小豆が、足を止めずに言う。
「親御さんに会うのだから、手土産の菓子折でも持ってくるべきだったな」
こいつは間違いなく大物だ、と痛感しながらリュックを背負い直す。
遅刻王の修理のために破壊王が歩くというシュールな光景に、真弘はそろそろ自分が普通の高校生活を送れないことを実感し始める。もちろん、遅すぎるのだが。