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最大トラブル

「また君たちかね? あまり夜遅くに何度も人の部屋を訪ねるというのは、あまり感心しないよ。特にうら若き乙女の部屋ならなおさらだ」

「誰があなたの部屋でございますか? ここはれっきとした学校の施設、ひいては鹿王家の所有物でございますよ。そして」

こほん、とわざとらしく咳払いをして続ける。

「金輪際、乙女などという戯言を努々ぬかしやがりませんようお気を付けくださいませ。あなた様は決して乙女などではございません。断じて」

 ゴシックロリータを連想させるメイド服に、仮面舞踏会の様な仮面をつけてはいるが、この場においては意味を持たない変装だ。

「メイド君も大変だね、足しげくこんな場所に通わされて。それとここは私の部屋だ」

「それがお嬢様のためとあらば、私にとっては朝飯前でございます」

 楚々と立ちつく姿は一輪の花を連想させるが、それが仮面をつけて深夜の校舎にあるとなれば何やらオカルト的なものを感じてしまう。

「しかも今日はそのお嬢様までおいでとは。よほど本気らしいね、君たちも」

 読書灯だけのついた薄暗い部屋の中、本に落とされていた美緒の視線が向けられたのは、その一輪の花の隣。こちらも花が咲いているような美しさを感じさせたが、隣の楚々とした雰囲気とはまた違う、華やかさを振りまいている。

 ただし、それは顔に関してだけで、シルエットは全く花とはいいがたい。何せ、イカの着ぐるみだ。実に良くできていて、魚介類特有の瞳の感じや、うねうねとランダムに動く触手が無駄にリアルだ。

 そのイカの胴体の真ん中に開いた窓から、切実な視線を投げかける。

「話していた件、考えてもらえないですか?」

 メイド服の華と比べて体格も小柄で、声も幼いので、それこそ姉妹か、下手をすれば親子に見えなくもないが、こちらも仮面をつけているのでそのアンバランスさが現実感を損なわせる。仮面というものの持つ力に、美緒はほくそ笑む。

「考えたよ。オーケーだ。先日の借りもあるし、帳消しになるのならやむなしだ」

「マジでございますか?」

 えらくそっけなく言い放ち、再び興味なさそうに本に意識を戻した美緒。対して、驚きを隠しきれない華は仮面を引きむしるように外して素顔を晒す。それもそのはずで、ここ数週間足しげく通い詰めていたにもかかわらず、頑として要望を突っぱねられ続けていたので、どうせ今日もダメだろうと半ば以上諦めていたからだ。

 そこにきて、昨日までが嘘のような快諾である。

「何か、企んでいらっしゃいますね?」

 疑わざるを得ない。そういう性分だ。そうしなければ、守れるものも守れなくなってしまう。信ずるより疑え、騙されるよりも騙せ。権謀術数にまみれた世界で紅葉を守り抜くために身につけた、半ば本能となりかけている教訓が鎌首をもたげる。

「失敬だね君も。まあ、確かにここまで百八十度言うことが変われば私でも信じないな」

「だったら」

「簡単なことさ。面白そうだからだよ」

 視線を本に落としたまま、美緒の口元がゆがむ。

「おもしろ、そう、って」

「ふふ。いいじゃないか。しかもこの件にはあの正義の味方君まで絡んでいるときている。となれば、賽の目一つでどんなことでも起こりそう、そんな気がしたのさ」

 パタリと音を立てて本を閉じ、立ち上がる。

「今日、この目で確認してきたよ。なかなかどうしていいじゃないか。ね」

 魔女の名に恥じぬ笑みは怖いほどに綺麗で、傲慢さに溢れている。

「なにやら乗ってはいけない誘いのような気もしてきたですが、こちらとしては願ったりかなったりなのですよ」

「まぁ、実際に叶ったりなのかどうかはわかりませんが」

 余計なことを言うな、という目で睨みつける紅葉の視線を華麗に受け流し、華は続ける。

「私どもといたしましては、ただお嬢様のご意志に従うのみです」

「じゃ、決まったね。ふふ、面白くなってきた。大好きだよ、面白いことは、ふふ」

 さすがにこの時点で紅葉も、何となく頼む相手間違えたな、という気がしまくっていたが今さらだ。乗りかかった船から降りる方法は、どうやらないらしい。

「人生は不安定な航海、とはよく言ったものだ。そうは思わないかい、正義の味方君?」

 かくして、満貫寺高校全土を巻き込むことになる一大犯罪の幕は、深夜の部室城の一室で静かに切って落とされたのである。

 当事者の大半をカヤの外に残したまま、ゆっくりと船は走り出す。


「じゃ、あれが最後のびっくり人間だったわけだ」

 窓から見下ろしているのは昼休みの中庭。思い思いの場所で昼食を広げる生徒達に交じって、明らかに浮きまくっている一団が視界に入ってくる。というか、否応なく視界を占拠する。

「ま、他の三人とは明らかに色は違うけど、あれも立派にびっくり人間さ」

 小豆の制裁を恐れ、コンビニへの遠征回数を減らすことにした宗司が、購買部で購入したパックのオレンジジュースに口をつけている。

「たしかにな。学校の昼休みに優雅にお茶会なんて、びっくりだわな」

 ぼんやりと男二人で廊下に並んで窓の外を見下ろす様というのも間抜けだと思いながら、窓枠に肘を乗せて体重を預ける。見下ろす先にあるのは、真っ白なパラソルと、そこを出たり入ったりする数名のメイド服。何やら終始忙しくティーポットやカップを運んでいる。

「なんせ、この学校の唯一の出資者であり、最高意思決定権保有者の孫ってんだから、そりゃ超ド級の金持ちだろうとは思うさ。しかし」

 半ばあきれにも似た宗司の視線から、意図をくみ取る。

「ああ、ありゃすげぇな。もう、別世界の生き物だ」

 住む世界が違うというのが、ただの修辞表現ではないと思わざるを得ない。

「しかし、あの鹿王と面識があるとは、真弘の手の早さはもはやびっくり人間の域さね。噂じゃ、あの天王寺にまで手を出したとか」

「ばっ! そんなんデマに決まってんだろ! それに、その話はすんな! 絶対だ!」

「何でさ? 何かまずいさ? お前が天王寺を狙ってるって」

「しーーーーーー!」

 人差し指を鼻先に立てて黙らせる。ポーズの親しみやすさと裏腹に、必死さがこぼれ出している。

「ほう、いい度胸だね、真弘。やっぱり天王寺と」

 背後からの声は、振り返らなくても小豆のものであることが分かる。耳ではなく、恐怖に怯えた本能がそう告げている。

「いや、何言ってんだよ小豆。そもそも俺はあいつに襲撃されて、危うく殺されかけて」

「吊り橋効果ということもある。やはりもう一度、念入りに記憶を消しておいた方がいいようだね。正義の味方が悪に心を奪われるなどあってはならな」

「まてまてまて! 何故襟が掴まれて、お前は頭突きの準備に入っている!」

「決まっているじゃないか、僕の頭突きで君の記憶を叩きだすのさ」

 頭を振りかぶり、流し眼でギロリと獲物を確認し、あとは全力で叩きつけるだけとなったところで、

「かいちょ~ぉ、大変にゃよぉ! こんなとこで油売ってる場合じゃにゃいにょだー」

 噛み気味に叫んで駆け寄ってきたのは、瞳だ。

 舌っ足らずな喋りでも、必死さはちゃんと伝わるから不思議だ。

「千里山さん、どうしたんだ?」

 『大変』の一言にちゃんと反応するあたり、さすがは正義の味方だが、とにかく真弘は命拾いをした。一気に汗が吹き出し、腰から下の力が抜けて、その場にへたりこむ。

 真弘のそんな様子にいつもなら茶々の一つも入れる筈の瞳が、この時ばかりは目もくれずに小豆に飛びついたのだから、よほどの一大事なのだろうと男二人も息をのむ。

「す、住吉君が、住吉君がうご、動かなくって、いき、いき、息も、して」

「落ち着いて。住吉がどうしたんだい? 遅刻以外に何をしでかしたんだ?」

 そう言えば、昨日の美緒による電撃事件のどさくさで忘れていたが、昼休みに来たはずの一郎の姿を、あれ以来全く見ていないことを思い出す。遅刻こそすれ、登校した後は比較的おとなしく教室にいる男だと思っていたので、意外ではあった。

 パニック映画のワンシーンのようにあわあわと慌てる瞳を、背中をさすってなだめる姿は実に生徒会長然としている。こういう姿を見ると、頼れる会長なのだと実感できる。

「息をしてなくて! しん、しん、で! 裏庭、で!」

 辛うじて聞き取れた内容に真弘が驚く間もなく、廊下に嵐が吹き荒れた。

 瞳のセリフをそこまで聞いて、小豆は床を蹴った。といえばただのスタートダッシュにしか聞こえないが、そこは小豆の脚力である。爆発でも起こったような勢いで体は飛びだし、巻き起こった風圧で女子のスカートは捲れまくり。狂喜乱舞と阿鼻叫喚を一枚の絵にかいたような光景が繰り広げられる。

「うわ、さすがは会長さ。生徒のピンチには問答無用さね」

「相手が誰であれ、な」

 そこは素直にえらいと思う。住吉一郎といえば、小豆にとっては仇敵もいいところのはずだ。それこそ思春期真っ最中の女子なら、不幸を笑っても心配などしないと言われてもおかしくないほどだ。

 なのに小豆は、躊躇も逡巡もなく、ただ己の正義に従って駆け出した。

「で、真弘も心配で仕方がないくせに照れが邪魔をして燻っている、ってわけさね」

「ちょ、なに心読んだ風なこと言ってんだよ! ちげぇわ!」

「叫ぶのは図星だからさ。くふ、真弘も怖い外見の割にまだまださ」

 先ほどの小豆の代わりにと、瞳の肩をさすっている宗司が意地悪くほほ笑む。口角をいっぱいにつり上げる笑い方は、童話に出てくるチェシャ猫を連想させる

「外見怖いゆーな。それに、俺が行くのはまたあとでごちゃごちゃ言われてぶっ飛ばされるのが嫌だからで、心配なんかしてねぇからな!」

「はーいはい、さっさと行くさ。千里眼が落ち着いたら俺らも行ってやるさ」

「こんでもいい!」

 悪態をつきながら、結局真弘は走り出していた。どこに行けばいいのかなど考える必要もなかった。とにかく悲鳴を追いかけていけばよかったのだから。

「正義がそれでいいのかよ?」

 苦笑交じりにそういう自分の顔が、どこか楽しそうだと言われても、もちろん真弘は否定しただろうが。

 ともかくも、そこらじゅうで「見た」「見てない」という修羅場の炎が燃え盛る廊下を駆け抜ける。爆風スカートめくりの主犯と同じ組織に所属する人間としてはいささか心苦しかったが、それでも校舎を抜け、裏庭へと抜ける通路に足を踏み入れる。

 自転車通学の生徒が駐輪場からの近道として利用するその通路は、登校時間以外は人通りも少なく、校内の数少ない静かなスポットでもあった。

「おーい、会長~ぉ。何かいた……か」

 薄暗い校舎裏を抜け、角からひょっこりと顔を出した真弘が最初に見たのは、まさに惨状としか言いようのない光景だった。

「おい、あずき……」

 最初に目に入ったのは、呆然と立ち尽くす小豆の、小さな背中とツインテール。

 その向こう側に、隕石でも落ちたのかと思うようなクレーターと、その中心から生えた、人間のものとしか思えない下半身。

「犬神家ごっこ?」

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