最高圧電撃
視線だけで退路を確認していると、そんな声とともに一つのシルエットが現れた。日が差し込む校舎の向こう側から現れたので、その瞬間は逆光で誰だかわからなかった一同だったが、誰しもが同様に最悪の事態を想定した。
「げっ!」
声に出したのは真弘だけ。その他三人は完璧に恐怖におびえて声も出ない有様だ。よほどこっぴどくやられた連中のようだ。
「ん? 何をそんなにおびえているんだい?」
一切の迷いがない足取りや、見るものをひるませる存在感は小豆のそれと比してもなんら遜色はないが、明らかに違う箇所があった。
圧倒的なまでの、完成されたプロポーション。
歩くたびに揺れる胸はブラウスのボタンをはじけ飛びそうに押し上げ、第二ボタンがあけられているせいでグランドキャニオンのような谷間がさらけ出されている。
一同の目が釘付けになる。先ほどとは違った意味合いで。
「すげぇ」
誰かが言うと、真弘を含めた三人は無言で首を縦に振る。
以前、彼女のプロポーションを評して『神の造形』と証したのは中学時代の美術部部長だが、その言葉は実に言いえて妙だった。
ただし、神は造形に力を費やしたぶん、その代償をしっかりと差し引いていたらしい。主に脳みそから。
「さて、では諸君、私の実験に付き合ってくれたまえ。大丈夫だ、今回のは魔法陣を使った簡単な攻撃魔法だ」
残念きわまる発言が、同姓から羨望と嫉妬の視線を集めてやまない唇からこぼれる。はっきり言って中二病を患っているとしか思えない。かなり重度に。
ただし、これが天王寺美緒による発言ではなく、ここが満貫寺高校でなければの話だ。
「まて、まてまてまてまて、話せばわかる! な、タバコもやめる、だから」
必死になって拝むように手を合わせた不良その一は、有言実行とでもいうようにポケットから取り出したセブンスターの箱を投げ捨てる。が、実に大きな勘違いだった。
「タバコ? ああ、そんなものは関係ないよ。そういう倫理的な話は門外漢でね。そういうのは生徒会長君にでも言ってくれたまえ」
正義や悪、そんな価値観は意味をなさないとでもいう、ある意味独善の頂点のような発言に、不良の手はタバコを投げたそのままに固まる。
「では、びりびり、っと」
言いながら、美緒の手の中には一枚の紙切れが現れ、風に揺れる。
そっけない、抑揚のない一言とは裏腹に、世界の全てが振動しているような轟音が裏庭に溢れかえり、一筋の光がほとばしった。
「!」
四人の視界が、白一色に染まる。
雷に匹敵する大電力が、一本の柱となって地面に突き刺さった。
電撃魔法とのことだが、まさに魔法の名にふさわしい大出力だ。
その衝撃は周囲の窓ガラスを軒並み砕き、職員室で起動中だったすべてのパソコンのデータが吹っ飛び、超々高電圧に耐え切れなくなったブレーカーが落ちたせいですべての教室の電気が消えた。
四人の目の前数十センチのところで、クレーターのように穿たれた大穴が空を見上げている。ぴりぴりと肌がひりつくのは、帯電した空気が四散しきっていないからで、産毛が総立ちになっている。
ついでにいうなら、真弘は鳥肌も総立ちだった。
(なんだ……こいつ?)
少し遅れて、頭上で木っ端微塵に砕けた窓ガラスが雪のように舞い落ち、きらきらと輝いて地面に落ちてくる。校舎から少し距離があったのが幸いしたが、それでも物騒な音を立てて砕けるガラス片には、恐怖を禁じえない
直撃していれば間違いなく死人が出たレベルなのを、改めて突きつけるように。
「ん、成功だな」
満足そうに胸を張り、周囲を睥睨した美緒は望んだとおりの結果に頷く。
焦げ臭い空気に鼻腔をくすぐられ、真弘がようやく言葉を見つける。
「成功じゃねぇ!」
「ん? 君は生徒会の副会長君だね。どうしてだい? これだけ立派に魔法が発動して」
「死にかけたぞ!」
へたり込むことも忘れて目をむいていた不良が、追従するように首を縦に動かす。
「おかしなことを言うね、君は。結果として無傷なのだから大成功だよ」
「あたってたら……どうするつもりだったんだ?」
ごくりと、すぐ隣の不良がのどを鳴らす。どうなっていたのかなんて聞かなくてもわかる。問題は、美緒の「つもり」だ。その答え如何によっては笑えない可能性もある。
「むろん、速攻で回復魔法だ。うまくすれば事なきを得る。ほら、そのための回復魔法の陣もこのとおり、れ? れれ? どこにいった?」
どうやら、笑えない可能性大だったらしい。というか、むしろこの結果が奇跡の産物であることが想像に難くない。
「おい、あのな、いくらなんでも刃傷沙汰、っていうか殺生はどうかと」
「天王寺美緒、今のはお前の仕業だな! あ、しかも真弘までこんなところにぃぃぃ!」
頭上から振ってきた声に思わず視線を向けると、太陽を覆い隠す黒い影が一つ飛び込んできて、そのまま、
どすんっ
地響きと土煙を上げて目の前に降り立った。
言うまでもない。今度こそ小豆だ。
「今度は何をした? 学校中が停電になったうえに窓ガラスまで!」
「なに、偉大なる実験に犠牲はつきものさ」
どっかで聞いた物言いだと思いながら、真弘はじっと二人のやり取りを観察することにした。純粋に面白そうだったからというのもあるが、それ以上にここで働いたのは本能だ。生存本能という、実に単純な。
「それに、彼だったらこの程度の電撃、痛くもかゆくもないだろうし影響もないだろう」
「いや、痛くもかゆくもあるぞ」
「もちろんだ、これは正義のためなら命も惜しまずに差し出す優秀なメンバーだからな」
「まてまて、おかしいおかしい。そういうのはまず自分が率先して」
「ほう、さすがに生徒会長君が自らスカウトした人材だけはあるね、頼もしい限りだ」
「もしもーし」
真弘の声は残念なほどに二人に届かない。いや、届いたことなど今までにもなかったなと、改めて思い出してちょっとだけ泣きたくなった。
「何をたくらんでいるのかは知らないけど、僕達正義の生徒会、略して正義会の前にお前のような悪の魔法使いは無力なんだよ」
「ふんっ、正義だの悪だのと、私はそんな茶番に付き合っているほど暇じゃないんだよ」
ノリノリのきめきめで、自衛隊の勧誘ポスターのようなポーズをとった小豆の口元が吊り上がる。愛嬌のある黒目がきらりと輝いたかと思うと、
「というわけで真弘、アレは僕たちの敵だよ」
「なんでそうなる!」
思わず突っ込むために立ち上がったが、小豆の表情は曇り一つ見せない。それどころか、謎の根拠に裏打ちされて自信に満ち溢れている始末だ。
「アレが正義に見えるか?」
本人の意思そのものにまっすぐ伸びた指の先では、これまた自信たっぷりに美緒がほくそ笑み、まるで小豆に見せ付けるようにたわわな二つの水蜜桃を押し上げている。
体型以外はまるでコピーのように共通点たっぷりの二人。
「まあ、正義には、見えねぇかな」
率直な感想を口にする。実際、美緒の姿は正義の魔法使いというより、二つ名のとおりの魔女といった具合だ。とくにその不遜な表情など、まんまだ。
「はは、相変わらず君は二元論で動くのだな。まあ、君の言う正義ではないことは否定しないよ」
「だったら悪だ! 力を正義のために使おうとしない者は特に!」
「それも悪くはないね。君を相手にすれば、それこそ手加減なしに魔法実験が可能だ。ただ、君の隣にいるその彼にも、同じことが言えるかな?」
「何のことだ? わけのわからないことを言ってないで、かかってこい!」
先に突っかけたのは小豆だった。
力いっぱい地面を蹴りつけ、湿った土を巻き上げて弾丸のように加速する。一連の動作を追っていなければ、瞬間移動したように見えるほどの大加速は、コマ落としのように小豆の体を美緒の懐にねじ込ませ、
「長年の決着だよ。さあ、おとなしく出頭を」
「ざーんねん」
屈伸の要領でひざを跳ね上げ、体格に似合った小さな手のひらが美緒の腕に届くその瞬間、ほくそ笑んだのは美緒のほうだった。
どこかから取り出した紙切れが一枚、二人の間に割って入るように揺らめき、
「ぅわっ!」
するりと、美緒の体が手のひらをすり抜けるようにして、上方に跳ね上がる。
飛びやがった。跳躍の方ではなく、明らかに重力を無視して浮いている。ここまで来るともう魔法の実在云々という議論よりも、魔女という二つ名の信憑性について議論せざるを得ない。もちろん、本当に魔女だったのでどうしよう、といった具合に。
「さて、君に関わるのはさすがに得策ではないのでね、このあたりで退散させてもらうよ。くれぐれも追わないでくれよ」
見上げる五人の目の前で、相変わらず不適で不遜な笑みを浮かべたままの美緒は、すいすいと空中を歩いていってしまう。まるでそこにガラス板でもあるかのような、空中散歩。
さすがにこれには度肝を抜かれたのか、あの小豆でさえもが呆然とその姿を見送るだけだ。不良一~三号に関してはもう、魂が抜けたようにあほ面を晒すだけだ。
「待っ」
かろうじてそれだけを言いかけた小豆に、足を止めた美緒が振り返る。
「そうそう、君の正義を貫くというのなら、もう少し敵を見る目を養わないとね。輝くものすべて金に非ず。同様に、悪事をなすものすべて悪にあらず、だ」
「なんだと?」
文字通り見下ろしている美緒の口元は意地悪く歪み、対照的に小豆の目元には明確な敵意が浮かんでいる。わかりやすすぎるコントラストだ。
「文字通りの意味だ、他意はないよ。それと……」
ちらりと視線が真弘に移される。
思わず身構えはしたものの、何ができるわけではないことなど先刻承知の上だ。
「ふふ、君には興味がある。またどこかで」
「ふざけるな! これは僕のだ! 誰が渡すものか!」
「え? や、あの、小豆さん?」
唐突な言葉に真弘の青春センサーは不覚にも反応してしまう。夜寝る前に思い出して、枕に顔をうずめて悶え苦しむレベルの不覚だ。
「ほほう、それは愛の告白と受け取ればいいのかな?」
「な、なな、な」
見る間に耳まで真っ赤にした小豆が、自らの失言を悔いる間もなく美緒は続ける。
「では、今回彼が下からパンツをガン見していることについては、黙っておいたほうがいいね。ちなみに今日は気合を入れてオキニなので、しっかり目に焼き付けたまえ」
「言ってんじゃねぇ!」
思わず絶叫して、慌てて口をふさぐ。これでは認めているようなものだと思ったが、後の祭り。それまで美緒に固定されていた小豆の視線が、ものすごい勢いで真弘をロックオンする。視線だけで人が殺せると言われても信じられる。
高笑いと共に去っていく美緒の背中を追う、という選択肢も用意されてはいたのだが、いささか目の前の問題が重大すぎて、微動だにできなかった。
「まぁーひぃーろ~く~ん」
いつもの無表情だが、その仮面の向こう側にある何かが、今ははっきりと透けて見えていた。
殺意だ。
「ちょっと、打ち合わせをしようか。今後の生徒会の方針について」
「いや、そうだな、そういうのはまた後日ゆっくりまったりと時間のあるときに。ほら、魔女王がにげてしまうぞ」
「いやいや、何事も先手必勝、手遅れになる前に早急にだね」
「いやいやいやいや、小豆さん、ちょっと待ちましょう? ね? 殺人は罪なんですよ」
「大丈夫、ちょっと記憶を失ってもらうだけだよ。部分的に、ピンポイントに」
「ちょっ! 一体何を? 記憶って」
「さぁ、大丈夫だ。正義に犠牲はつきものだ」
昼休みの裏庭に、悲痛きわまる絶叫がこだまする。人間の悲哀と、愚かさと、矮小さを詰め込んだような、みじめな絶叫。
その叫びにこだまするように、近くでもう一度、電撃の柱がほとばしる。
後日談ではあるが、この光景を見ていた不良三人はその後数日欠席したかと思うと、唐突に髪を黒く染め直して登校し、ただ一言「不良、やめるわぁ」と魂の抜け落ちたような声で呟いたと言う。
これもまた、ある種の正義である、といえばご都合主義だろうか。