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最強少女

 春休みともなればそれまで目白押しだったイベントは形を潜め、頭上をたなびく雲のように穏やかな日々があるだけだった。

 だからというわけではないが、高校生活という華々しく、かつ青春の匂いプンプンの言葉に必要以上に期待を寄せてしまったのも無理からぬことだ。

 サッカー部でエース? テニス部でインハイ? 演劇部で主役なんてのもいいかもしれない。定番だが軽音部でギターなんてのもモテモテ街道まっしぐらな匂いがする。鼻がばかになっているのだと言われれば否定はできないが、それでも多少はと期待しながら、帝塚山真弘(てづかやま まひろ)は、今日で二度目となる通学路を自転車で駆け抜ける。

 ただしその目はどこか虚ろで、やる気や活力というものを、異次元にでも置いてきたようだ。そして、事実そうだった。少なくとも、希望にあふれたピカピカの一年生というには決定的に何かが足りない。前述の期待に関しても、そうなれば高校生活が楽しくなるかもしれないという想像こそすれ、実行することはないだろうと、どこか冷めた目で見ているのも事実だ。

 その資格が、自分にはないとでも言うように。

「くっそ、初日から遅刻とか……何で目覚まし鳴んねぇんだよ」

 目覚まし時計の名誉のために言うなら、ちゃんと鳴った。ただ、恐ろしく低血圧かつ寝起きの悪い真弘が、殴りつけるように止めたのを覚えていないだけだ。

 中学の三年間を同じように遅刻と戦い続けた真弘だったのだが、高校に行ったらちゃんと朝は早起きしてゆっくり登校しよう、などと考えていたのは遠い昔のことだ。

 悪いのは、さまざまな部活でヒーローとして活躍し、モテモテ街道爆走まっしぐらな自分の姿を夜も遅くまで妄想していた真弘自信なのだが、思い出すと死にそうになるのでそれはあえて考えない。

 着なれない詰襟の制服に違和感を覚えながら、もう他の生徒の姿など見えない県道をひた走る。

 田舎特有の弛緩した空気が漂っているのは、背の高い建物のない開けた空と、土地のほとんどを占拠する田んぼや畑のせいだ。これが都会ならスクールバスなりなんなりがあるのだろうが、ド田舎にはそんなものはない。あるのは赤字ローカルで、年寄りの通院ぐらいにしか使われない市営バス程度だ。

「あったところでこの時間じゃ乗れねぇけどな」

 そんなことをぼやきながら、通学だけで鍛え上げた脚力に任せて走っていると、

「だから、俺ぁ確かにひいたんだって、信じてくれよ!」

 怒声とも悲鳴ともつかない声がした。

 何とはなしに声のした方に注意を向けると、そこにはフロント部分が大破した二トントラックがレッカー車につり上げられていた。すぐ隣では、何やらオーバーアクションの男が必死に喚いてる。

 近くに止められたカブの荷台で、警官が事故の書類を書いている。

「だから、飛び出してきた自転車ひいちまったんだって! ほんとだってほらここ!」

「はいはい。じゃぁそのトラックにひかれた自転車どこよ? 自走できないぐらいトラック大破して、相手の人が無事なわけないでしょ? 見間違い」

「んなわけあるかよ!」「わかったから」「聞いてくれよ! 俺は、俺は」「あんまりうるさいと公務執行妨害で云々」

 何やら意味のわからないやり取りだったが、ちょっとラリったドライバーが幻覚でも見て事故ったのだろうと、真弘は再び落ちた速度を取り戻すべくペダルを踏む。

「こえぇ時代だな。っと、こんなことしてるひまねぇわ」

 時間はあと十分。 間に合うかどうかの瀬戸際だ。

 思いっきり立ちこぎで体重をかけると、数年来の付き合いになるママチャリがぐっと加速する。一路、新たな青春のステージへと向かって。夢も希望も、そしてちょっとだけ思春期まみれの欲望も、全てを自転車の前かごに乗せて。

 信号なんてものと縁のない田舎道のおかげで、なんとかぎりぎりで予鈴がなる直前には正門の姿を拝むことができた。

 できたのだが、問題はその門だ。

 いや、門自体は普通だった。普通どころかさすがは私立ともいうべき豪華さで、入試の時は校舎と調和した純洋風建築を見て心躍るものもあった。そこは問題ではない。

 その前に集まっている十数名ほどの面々。

 ぶぉんぶぉんぶんぶん……ぶぅぅぅん

 昭和の香りが色濃く残ったような、一体何のメリットがあるんだと突っ込まざるを得ないほどに巨大なフロントカウルにリアシート。そこまで高いと脇がつるだろうというようなウルトラチョッパーハンドル。そして極めつけは、そこにまたがっている、これまた昭和の匂いしかしない古式ゆかしき伝統的ヤンキーの方々。

「おら、出てこいや!」「出せっつってんだろ」「誰のおかげで俺らこんなんなってっとおもってんだあ〜ん」「おらチビ、お・か・す・ぞ!」

 知能指数の低さをひけらかすような罵声を門の向こうに浴びせながら、無駄にアクセルを吹かしては下品にげらげらと笑う様は直視に堪えないが、残念なことに直視しなければ正門をくぐれそうにない。

「あ〜、見えねぇ見えねぇ。俺の晴れの日にこんなもん見たら目が腐る」

 極力斜めに視線を逃がしながら、草食小動物の動きで横をすり抜けるようにして門を目指す。

「おい! てめぇ満貫寺のもんか?」

 聞こえないふり聞こえないふり。

「おい! こ・ろ・す・ぞ」

 身をかがめて視線を合わせない。サファリパークの要領だ。野生では目が合うことイコール戦闘開始を意味する。

「おい! お前だよ、おまえ!」

 残念なことに、肩を掴まれた。どうやら逃がしてはもらえないらしい。

「あぁ、ダメか」

 これから始まる華々しい高校生活の初手から、ヤンキー漫画のようになってしまった。そんなことを思いながら溜息を一つ。

「シカトくれてんじゃねーぞ? あぁん? お前は人質だ、人質。こいっ!」

「人質って、また漫画みたいなことを」

「うっせぇおら! こいつ半殺しにされたくなかったら住吉の野郎だせや!」

 どうやら真弘の意見はオートでスルーされる仕様になっているらしい。力任せにヤンキーズの先頭に引っ張り出された真弘は、背中で自転車の倒れる音を聞きながら、同時にチャイムも聞いた。

 この時点でほぼ遅刻確定。あと五分程度で自分が解放されると考えるほど、真弘は世間知らずではないつもりだ。

 がっくりとうなだれるが、どうやら事態はまだまだ序の口のようだ。襟首を力任せに掴まれたまま、閉じられた鉄製の門に押し付けられる。

 目の前には体育教師の一人や二人ぐらいは仁王立ちしていて、悪のヤンキー軍団に対峙しているのだろう。そんな真弘の期待に満ちた想像は、しかしあっけなくも打ち砕かれた。しかも、真弘にとっては最悪の形で。

 そこにいたのは、セーラー服に身を包んだ女子生徒が一人。

(何でよりにもよってここで女子なんだよ! 勘弁してくれよ、アレだけは)

 本人にしかわからない理由で苦悶する真弘だが、もちろんそんな個人的な事情が考慮されるはずもない。

 少女はまっすぐな瞳で集団を見据えている。が、腕組みをして精いっぱい虚勢を張ったところで、カバーしきれないほどにボディはコンパクト。小学校高学年でも通りそうなほどだ。顔も同じく幼い。辛うじて満貫寺の制服から高校生なのだろうと想像できたが、それがなければ完璧にアウトだ。

 そんな少女が、少々演技くさい鼻息を漏らして、口を開いた。

「それはうちの生徒だね。手を出すことは許さないよ、悪人」

 不遜。そんな言葉がしっくりくるような物言いは実に凛としていて、幼さの残る声色でもちゃんと迫力があった。まっすぐな、意志を感じる口調だ。

「は〜ぁ? 悪人はどっちだっつー話だろ。いーから住吉出せっつってんだろ?」

 それもヤンキーには感じられないらしく、先ほどまでの絡みつくような挑発口調は相変わらずだ。むしろ、舐め切ったような態度に拍車がかかったほどだ。

「事情はよくわからないけれど、その要求に応じることはできないよ」

 見た目のかわいらしさとに反した、ボーイッシュな口調が何故か妙に似合っているのは、膝下まであるような黒髪ツインテールとのアンバランスさが絶妙だからだろう。妙な魅力を感じる。ロリコンじゃなかったのにな、なんてぼんやり考えていると、背後からもいくつかの罵声が上がる。

「俺らだってガキのつかいじゃねーんだよ」「メンツつぶされた仲間の分、きっちりかえさねぇとなんだよ」「人のツレ病院送りにしてただで済むわけねーだろ」

 ここでようやく、こいつらがいる理由に想像が追いつく。要するに仕返し、彼らの言葉で言うところのお礼参りに来たのだ。そんなところにノコノコ登校してきた自分の運のなさを呪うほかないと思いながら、さっさと件の『住吉』なる人物が出てきてくれることを祈ってみる。

「神様なんか信じてねぇけどな」

「おらぁ! さっさとしねぇと、潰されたチームの分こいつに痛い目見てもらうぞ!」

「え? チーム一個潰れたの?」

 とんでもない言葉だったので、思わず反応してしまう。

「そうだよ。潰されたんだよ。全滅だぞ全滅。あのくそ住吉のせいでよ。兄弟分の『狩流覇血悪かるぱっちょ』がだぞ。だーら、俺ら『狩流墓那荒かるぼなあら』がきっちりお返しは当たり前だろうが!」

 どんな当たり前だと突っ込むよりも、真弘は脳内では百回以上チーム名に突っ込みを入れまくって、なお込上げる笑いをこらえるのに必死で、うっかりコメントのタイミングを逃してしまう。

「だからおら! 住吉を」

「うちの生徒に、手を出すのは」

 ツインテールの少女が、気づけば目の前まで近づいてきていた。

 もうほとんど散り果てた桜の花びらが、その時だけは彼女を演出するかのように風に舞いあがる。少々時期外れな華吹雪の薄桃色の中を、少女はゆっくりとした動作で歩み寄る。

 無表情に。ただ、何かの意思をしっかりと瞳にともして。

「許さないよ。悪党」

 その姿に、気づけば真弘は口を動かしていた。無意識のうちに『発症』したわけだ。

「ば、やめろって。早く逃げるか、先生呼んでくるとかしろって」

 ここで男気たっぷりに盾になったり、啖呵の一つもき切ばヤンキー漫画というある種の青春物語も始まるのかもしれないが、そんな根性の持ち合わせはない。

 ただ、それとは別系統でうごめく『ソレ』は、死んだ魚のような眼をした真弘の背中を、全力で突き飛ばしていた。

「ここは、なんとかすっから。いや、できるか? いやそうじゃなくて、とにかくだな、あ〜もう! かかってこいやこの」

 膝が笑っているくせに、意志に反して適当な男の襟首に向かって手が伸びる。

 意志に反して。

(あ〜もー、何でこうなるかな。わが身の不幸を呪うわ)

 大胆な行動とは裏腹に冷静な真弘の思考。まるで、思考と言動が別人のように。

 が、さらに意外な一言に、ぴたりと手が止まる。

「大丈夫だよ」

 そう言って少女は表情一つ変えずに小さく頷くと、鉄製の門に手をかけた。

 おかしいことに気づくべきだったのだ。

 こんな事態になってまで教師の一人もこの場に現れていないことも、余裕を感じる少女の一挙手一投足も、不意に誰かが後ろで呟いた「あれ? この女もしかして会長じゃね?」という謎の言葉も。あとから考えれば全てはヒントだったのだ。

 真弘を含めた一同が、あるものはからかい混じりに、あるものは呆然と、そしてあるものは恐怖に顔をひきつらせて見つめる先で、少女の手の中の鉄の門が、

 ミキッ

 音を立ててひしゃげる。

 まるで紙でも握りつぶすように軽い動作だが、効果は絶大。ギリギリと歪みながら、校門が引き開けられる。

 少女が力を込めているような形跡は見られない。

 ただ、レールの上を動くときの音が重々しい。

「お帰り願うよ」

「や、やんのかこらぁ!」

 あっけにとられ、完璧に呑まれたヤンキーだったが、どうやら最後の最後でプライドだけは手放さなかったようだ。女子一人に十何人からで取り囲むそれをプライドと呼ぶのもはばかられるが、すぐそばで見ていた真弘はそこを責める気にはなれなかった。

 そして、こうも思った。

「プライドになんて、すがらなきゃよかったのにな」

 勝負は一瞬。瞬殺とはこのことのためにあった言葉だといっても、今の真弘は信じる。

「化けもん……」

 その表現は決して誇張でもなく、いささかの語弊もない。むしろ過小評価だとさえ真弘は思っている。目の前の出来事は時系列に把握するのが困難なほどだ。

 強いて言うなら「ほぼ全員のヤンキー」が「同時」に「宙を舞った」という表現に尽きた。ちぎっては投げ、なんて言葉が現実のものだとは、この時初めて知った真実だ。

 少女の、圧勝だった。

「ね、大丈夫だった」

 アホ丸出しで口を半開きにしていた真弘は、少女のその一言に何とか意識を取り戻す。が、どうしても先ほどの壮絶すぎる光景が脳裡に強烈に焼きついて離れない。

 子供向けの特撮映画かB級CG映画を見せられているとしか思えなかったが、背後からようやく聞こえ始めたゾンビのようなうめき声はリアルすぎる。

「その髪は染めているのか? だとしたら校則違反だぞ」

 狩流墓那荒のメンバーを葬り去った少女は、次のターゲットはお前だとばかりに真弘の前に立ちふさがる。先ほどの虐殺風景を見たせいか、その威容に腰が引けてしまう。

「天然、だ。父親が、イギリス人……」

 うっかり「らしい」と付け加えてしまいそうになって、慌てて口を閉じる。

 後悔したのは、地毛という言葉がとっさに思いつかなかったことに対してではない。生まれる前にとっとといなくなって、今生きているかどうかすら定かではない男を「父親」と表現してしまったことだ。そんなわけのわからない男に与えられた、金髪と青い目のせいで、今までどれだけ苦労させられたことか。

 とにかく真弘は、自分の髪の色も目の色も、とことん嫌いだった。

 それでも黒く染めないのは、まだどこかで父親を意識しているからなのだが、本人は絶対にそのことを認めようとしない。

「ならいいんだけど。早くしないと遅刻だよ。それとも僕の前で遅刻して、お仕置きされるか?」

 「ああ、僕っ子なんだ」とかどうでもいいことを考えながら、少女の起伏に乏しい体と感情表現に乏しい表情に、うっかり見とれてしまう。

(かわいいんだけど……なんか、不思議な子だな)

 再度チャイムが鳴る。

 先ほどの予鈴とは違って、これを逃せば遅刻確定だ。

「け、けっこうです!」

 本能的な恐怖に駆られて、気づけば全力で走っていた。

 走りながら頭をよぎった想像に、背筋を震えあがらせながら。

(もしかして俺の高校生活って、初っ端からバッドエンドルート、とか?)

 これがクイズ番組だったらビカビカの電飾とともにファンファーレが鳴り響くところなのだが、それは真弘のあずかり知ったところではない。

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