【本編】Ep.5 灯りの外から来たもの
座敷童子と人形のいる家に、外から“誰か”が訪れます。
静かな夜に起きた、小さな来訪の物語です。
1. 境目の夜
その夜は、いつもより少しだけ静かだった。
時計の秒針が進む音が、
いつもよりはっきり聞こえる。
なぎは眠っている。
スマホの画面は暗く、充電ランプだけが小さく赤く光っていた。
スマホから流れる緩やかな調べが心地よい空間を満たす。
座敷童子は畳の縁に座り、
人形は、いつもの場所で“動かない”。
けれど――
空気がわずかに歪む。
風ではない。
音でもない。
座敷童子:
「……あれ?」
座敷童子が顔を上げる。
白い袖が、ふわりと揺れた。
人形の影が、床の上で一拍遅れて揺れる。
呪いの人形:
「……来る」
その瞬間。
鈴のような細い余韻が窓の隙間からすっと入り込んできた。
そして金色の光が、
ゆっくりと床を撫でるように揺らめ、部屋の隅にかすかな炎のようなものが灯った。
それは炎でも電気でもない。
昔の行灯のように、
頼りなく、けれど確かに“そこにある”光。
光の中心に、輪郭だけの存在が立っていた。
声が、空間に直接落ちる。
神様:
「……む。
ここは……ずいぶん、あたたかい家じゃのう」
座敷童子は一瞬、身構え、
次に首をかしげた。
座敷童子:
「……あなたは、だれ?」
神様は、少し嬉しそうに光を揺らす。
神様:
「おお。見えるか。
久しぶりじゃな、こうして“童”に見られるのは」
呪いの人形は、動かない。
けれど、空気が一段、冷えた。
呪いの人形:
「……神、さま……?」
神様はその声に、ぴたりと動きを止めた。
神様:
「……ほう。
布と呪いで編まれた身か。
これはまた、ややこしいのがおるのう」
座敷童子は、すっと人形の前に立つ。
座敷童子:
「……この子、いい子だよ」
神様:
「ほう?」
座敷童子:
「こわがらせない。
動かないって、決めてる」
神様は、しばらく黙ったまま、
二人を見比べる。
光が、ゆっくりと揺れる。
神様:
「……なるほど。
“選んで留まる”か」
その言葉に、
人形の胸の奥で、何かが小さく鳴った。
呪いの人形:
「……だめ、ですか……?」
神様は、ふっと笑った。
神様:
「だめなら、
ワシはとっくに追い出しに来とるわい」
神様は優しい目をしながら、少し微笑んでいる。
座敷童子の目が丸くなる。
座敷童子:
「……じゃあ……?」
神様:
「様子を見に来ただけじゃ」
神様は、部屋をぐるりと見渡す。
眠るなぎ、
静かな家具、
残された生活の匂い。
神様:
「……人の気配が、ちゃんと根を張っとる。
不思議じゃのう」
人形が、かすかに首を傾ける。
呪いの人形:
「……あの人……
気づいて、ますか……?」
神様:
「うむ。
“知っておる”というより……
“気にせぬ”のじゃな」
座敷童子が、少し誇らしげに胸を張る。
座敷童子:
「いい人でしょ」
神様:
「うむ。
だから、ここは――」
光が、少しだけ強くなる。
神様:
「どこよりも”あたたかい”」
その言葉が落ちた瞬間、
部屋の温度が、元に戻った。
神様は、名残惜しそうに揺れながら言う。
神様:
「童よ。
人形よ」
二人を見る。
神様:
「ここに“在る”なら、
勝手に消えるでないぞ」
座敷童子:
「……うん」
呪いの人形:
「……はい」
神様は満足そうに頷く。
神様:
「では、ワシはまた願いを人々の届けに行くとしよう。
またお前たちのところに顔を出しに来るでな」
座敷童子:
「うん。おじいちゃん。またね」
呪いの人形:
「…はい…」
光が、ふっと薄れる。
去り際、
なぎの方を一瞬だけ見て、
小さく呟いた。
神様:
「……あやつ、
何も知らぬ顔で、
ずいぶん守っとるな」
次の瞬間、
金色の灯りは、
夜の外へ溶けていった。
2. あとに残ったもの
静けさが戻る。
座敷童子は、しばらくその場に立ったまま、
ぽつりと呟く。
座敷童子:
「……神様って……
思ったより、普通だね」
呪いの人形:
「……こわく、なかった……」
二人は、そっとなぎの方を見る。
なぎは無意識に寝返りを打ち、
毛布がずれる。
なぎ:
「……寒い……」
座敷童子はそっと毛布をかけ直した。
なぎは再び、スヤスヤと眠りについた。
その瞬間、
部屋の空気が、ほんの少しだけあたたかくなった。
座敷童子と人形は、顔を見合わせる。
座敷童子:
「……ね」
呪いの人形:
「……うん」
二人は、何も言わず、
いつもの場所に戻った。
動かない選択。
そばにいる選択。
その夜、家の外で、
金色の光がひとつ、
満足そうに、
静かに揺ながら消えていった。
次話:【本編】Ep.6 好奇心の先には
2026/3/16 20:00に更新します




