サブストーリー③霞処なぎ エピソード0 — 幼い頃の記憶 —
不器用な怪異たちシリーズ
霞処なぎの幼い日の気配、成長の中で身につけた距離感、そして現在へ。
なぎという人物の“根っこ”に触れる小さな物語です。
— 幼き日の夜のこと —
1. 夜の気配
夜。
布団の中で、霞処なぎは目を開けていた。
天井の木目が、暗闇に溶けている。
時計の針の音が、一定の間隔で響く。
その合間に、
部屋の隅で、何かが“重なった”気がした。
見えたわけじゃない。
音がしたわけでもない。
なんとなく、「いるような気がする」。
なぎは、しばらくそのまま考えてから、
隣の布団に小さく声をかけた。
なぎ(小声):
「……ねえ」
布団が、わずかに動く。
母:
「んー?」
寝ぼけた声。
なぎ:
「さっきね、誰か立ってた気がする」
少しの間。
否定も、驚きも、返ってこなかった。
大人はゆっくり寝返りを打って、
なぎの方を向く。
母:
「そっか」
それだけ言って、
なぎは、一瞬だけ拍子抜けする。
母:
「寒くない?」
なぎ:
「……うん。だいじょうぶ」
母は、
なぎの布団をほんの少しだけ引き寄せた。
布の擦れる音。
それだけで、部屋の空気が落ち着く。
母:
「明日、早いんでしょ」
なぎ:
「……うん」
母:
「じゃあ、寝よっか」
なぎは、もう一度天井を見た。
さっきまで感じていた気配は、
もう気にならなかった。
なぎ(心の中):
「……まぁ、いっか」
目を閉じる。
時計の音が、
いつもの速さに戻っていた。
2. 日々の中で
それは、一度きりじゃなかった。
消したはずの電気がついている朝。
閉めたカーテンが少し開いている夕方。
机の上の物が、妙に整っている日。
なぎは、時々、母に話しかけた。
なぎ:
「なんかね……」
母:
「うん」
最後まで真剣に聞いてくれた。
でも、答えは出さない。
「気のせいだよ」とも言わない。
「怖いね」とも言わない。
代わりに、
「ごはん、できてるよ」
「お風呂、先に入る?」
「今日のおやつはラムネだよ」
「明日、雨みたいだね」
日常の言葉が、
いつも通り差し出される。
なぎは学んでいった。
説明できないことは、
説明しなくていい。
分からないことがあっても、
今日はちゃんと終わる。
3. ひとりの時間
ひとりでも、ひとりじゃない。
なぎは、
ひとりでいる時間が嫌いじゃなかった。
静かな部屋。
冷蔵庫の音。
遠くの車の音。
その中に、
言葉にできない“重なり”があった。
振り返っても、
誰もいない。
それでも、怖くはない。
なぎは、それを
「安心」とも「不思議」とも呼ばなかった。
ただ、
心の中で、「大丈夫」と思っている。
4. 慣れていくということ
成長するにつれて、
なぎは気づいていく。
世界には、
そのままにしておいていいものがある。
無理に名前をつけると、
壊れてしまうものもある。
だから、
深追いしない。
見えた気がしても、確かめない。
聞こえた気がしても、呼び止めない。
なぎ:
「……まぁ、いっか」
その言葉は、
逃げではなかった。
世界と、うまく距離を取るための方法だった。
5. 境界線の上で
なぎは、
見える側でも、見えない側でもない。
信じない。
でも、切り捨てない。
怖がらない。
でも、踏み込まない。
その距離感が、
結果的に世界を静かにしていた。
6. 夕暮れの出来事
数年後のとある帰宅途中。
突然、犬に吠えられた。
理由は分からない。
なぎはしゃがんで、
ゆっくりとした調子で声をかける。
なぎ:
「大丈夫だよ」
犬に。
自分に。
世界に。
空気が、少しだけ落ち着いた。
7. 日常
古びたアパートへ帰り、
鍵を開け、
靴を脱ぐ。
明かりをつける。
いつもと変わらない動作。
なぎ:
「ただいま」
返事はない。
それでいい。
なぎは今日も、
静かに一日を終わらせる。
そのやり方を、
ずっと昔に、
隣の布団のぬくもりから学んだことを、
もう覚えていないまま。
足元に、小さな足音のような柔らかな風がそっと駆け抜けた。
ほんのり砂糖菓子の香りが漂った気がした。
なぎはただ目を閉じ、静かに呟く。
なぎ:
「まぁ、いっか」
次話:【本編】Ep.4 名前を呼ぶ音
2026/03/011 20:00に更新します




