サブストーリー① 指ハート幽霊
深夜二時の廃ビル探索配信。
ノイズとともに現れたのは、これまでの心霊現象の常識を覆す「ポーズ」を決める幽霊だった。
1. 記録された記憶
深夜二時。廃ビルの探索配信だ。
画面は暗く、懐中電灯の光が揺れ、時折マイクに乗るザーッというノイズが走る。
赤い録画ランプだけがぽつりと光っている。
配信者:
『何も出ねーな……いやマジで何も……』
そう呟いた直後、画面の端に“手”が滑り込んだ。
ゆっくり。驚くほど、ゆっくり。
マイクが「コツッ…」と鳴る。
コメント欄が一斉に騒ぎ出す。
「え?」
「今の何」
「手じゃね?」
配信者はまだ文句を続けている。
振り返る前に、その手は――
指♡。
偶然の重なりが、ちょうど指ハートのような形を作っていた。
配信者:
『いやなんで指ハートなんだよ!?』
2. 混乱する配信者
慌ててカメラを向け直すが、手は微動だにしない。
威嚇もしない。
消えもしない。
ただ、首をかしげるような仕草をしているだけだ。
配信者:
『いやいや、どういう感情!? なんで首かしげんの!?俺に同意求めてる!?』
コメント欄は爆発する。
「間が完璧」
「プロの間」
「芸人か?」
「ツッコミ待ちやめろ」
配信者はツッコむしかない。
視聴者の笑い声が、スマホの小さな光とともに画面を満たす。廃ビルの冷気が、わずかに震えるように感じられた。
3. バズの始まり
配信はすぐに切り抜かれ、編集され、音楽とテロップが付けられた。
ノイズが走る画面、ゆっくり出てくる動き、謎の溜め、指ハート、首かしげ、配信者の絶叫。
「指ハート幽霊爆誕」という字幕が踊る。
配信者:
『……なんで俺より有名になってるんだよ……』
元の配信者は困惑しつつも、再生数の伸びを見てさらに混乱する。
だが視聴者は笑っていた。
怖がるより先に笑ってしまう、その空気が新しい文化を生み出していく。
4. 再来
翌日、別の配信者が同じ廃ビルにやって来る。
配信者:
『例の幽霊、マジでいるらしいっすよ。俺も行きます』
と軽口を叩きながら。
同じ時間帯、同じ暗がり。
懐中電灯の光が壁を撫で、画面のノイズが少しだけ厚みを増す。
奥で、また蛍光灯の残光のようにぼんやり白い輪郭が、ゆっくりと現れる。
指先が寄り合い、…指♡。
配信者:
『いや公式かよ!!?』
コメント欄はさらに盛り上がる。
「本人来た」
「再現度高い」
「公式だ」
「本家降臨」
配信者は何を見せられているのか分からないまま、視聴者の反応に飲み込まれていく。
しかし、幽霊は昨日と同じ形をしなかった。
まるで、様子を見ているかのように。
すると、視聴者が「まだ?」と息を呑むような空気を作り、溜めが生まれる。
やがて一拍遅れて…指♡。
コメントは歓声と笑いで弾ける。
「タイミングズラすな!!」
「ズラし芸www」
5. 有名になった幽霊
数日後、真似動画とスタンプが量産される。
配信の切り抜きはミームとなり、指ハート幽霊はネットの小さなアイドルになった。
「今日も出てた」
「会える幽霊」
「指ハート助かる」
配信者たちは困惑する。
なぜ自分たちより幽霊の方が人気なのか。
幽霊は相変わらず、ゆっくり出て、妙な間で止まり、手を上げて、消える。
消えるときには廃ビルの冷気が足元をさらりと撫で、古い窓枠がかすかに鳴る。その不思議な温度が人々を惹きつけた。
6. 今日もどこかで、ゆっくりと
配信のコメントにはいつも同じような冗談が並ぶ。
「この幽霊、絶対驚かすの下手だよな」
「いや、下手とかいうレベルじゃねぇ……」
ノイズ。溜め。指♡。絶叫。
深夜二時。今日もまた、廃ビルでゆっくりと手が上がる。
指先が寄り合い、形ができる。
視聴者が笑い、スマホの光が一斉に瞬く。
…指♡。
今日はなぜか、口角が上がっている気がする。
そして、スマホのカメラ越しに、はっきりと”こちら側”を見ていた。
次話:ep.2 座敷童子とスマホ




