【本編】Ep.9 呪いの在り方
静かな夜に、ひとつの問いが落ちます。
呪いとは何か。
その問いに向き合う人形と、そばにいる座敷童子の静かな会話の物語です。
今日も部屋の隅で、座敷童子と呪いの人形はひっそりと話していた。
窓の外では遠くの車のライトがゆっくりと流れ、畳の上に淡い影を落としている。
座敷童子:
「ねえねえ、"呪う"ってなあに?」
呪いの人形:
「……人を、不幸にすること……」
言い終えると、視線を畳へ落とす。
座敷童子:
「なんで?」
呪いの人形:
「……それが……お仕事だから……」
短い沈黙が落ちる。
座敷童子は畳に寝転び、足をぶらぶらさせた。
藁の匂いがふわりと広がる。
座敷童子:
「でもさ、人を幸せにした方がいいよね?
ごはん美味しくなるし、お家も明るくなるし」
呪いの人形:
「……違うの。
"呪いの人形"は、呪わないといけないの。
そうしないと……ただの、"物"になってしまうから……」
声は小さく、けれどはっきりしていた。
座敷童子:
「でも、なぎに見られてる時は動かないよね?」
呪いの人形:
「……居場所が、なくなるから……」
座敷童子はくすっと笑う。
座敷童子:
「でも、ほんとうは優しいと思うよ。
なぎ、困ってないもん」
呪いの人形:
「……優しい……?」
その言葉に、ほんの少しだけ目を見開く。
座敷童子:
「昨日もなぎが寝返りをうった時、そっと枕直してたよね」
呪いの人形:
「…違うの。
呪言の位置を、整えただけ…」
沈黙。
座敷童子:
「……つらそうだよ」
呪いの人形:
「……それが役目だから……
そうしないと、存在意義が……」
窓の外の光が、ゆっくりと流れていく。
座敷童子:
「そんなに"呪わなきゃ"って思ってるんだね」
呪いの人形:
「……"そういうふうに作られた"から。
呪わないと……わたしじゃなくなる……」
その言葉は、ほとんど独り言だった。
座敷童子:
「でも、なぎは楽しそうだよ?」
呪いの人形:
「……それが……いちばん……つらいの……」
静かな声だった。
呪いの人形:
「……呪えてない証拠だから。
ちゃんと呪おうとしてるのに……
どうしても……できないの……」
少し間があく。
「昨日も……
なぎの枕元に、"悪夢の気配"を置いたの。
なのに朝起きたら……
『なんかいい夢見た気がする〜』って……笑ってて……」
座敷童子は首を傾げる。
座敷童子:
「それ、わかんないと思うよ?
難しい字いっぱいのやつでしょ」
呪いの人形:
「……読めなくても、本当は発動する……はず……」
そして、小さく呟く。
呪いの人形:
「……壊れてるのかな」
沈黙。
「呪いの人形なのに」
それ以上は続かなかった。
座敷童子はそっと近づく。
座敷童子:
「たぶん壊れてるんじゃなくてね、
ほどけてるんだよ。
ぎゅうって縛られてた気持ちが」
呪いの人形:
「……でも……
呪えないなら……
ここにいる理由が、ない……」
その声は、自分自身を削るみたいに静かだった。
座敷童子:
「ねえ。
なぎが幸せそうなの、見てて……苦しい?」
呪いの人形は少し考える。
呪いの人形:
「……わからない。
苦しい、はずなのに……
胸の奥が……あったかくなる時があって……
それが……いちばん……こわい……」
座敷童子:
「こわい?」
呪いの人形:
「……"呪い"じゃない気持ちが……
わたしの中に、あるみたいで。
そんなの……あってはいけないのに……」
…
やがて、座敷童子がぽつりと言う。
座敷童子:
「なぎが笑ってると、あなたも少し、あったかくなるんでしょ?」
呪いの人形は答えない。
ただ、否定もしなかった。
座敷童子:
「それ、悪いことじゃないよ」
窓の外で、夜風がカーテンを揺らす。
呪いの人形:
「……それでも……
ここにいて、いいの……?」
黒いガラスの瞳の奥で、
消えきらない小さな光が揺れていた。
窓の外の光が揺れ、
影の輪郭が、ほんの少しだけ曖昧になった。
次話:■怪異相談室② 部下が生意気だ
2026/2/27 20:00に更新します




