【本編】Ep.8 呪いとは
呪いとは何か。
「呪えない」ことに揺れる人形と、それを見守る座敷童子・幽霊・神様。
新月の夜に不器用な怪異たちの静かな優しさが重なる一幕です。
丑三つ時。
遠くで犬の遠吠えが響く。
夜気は冷たく、窓の桟に月光が細く差している。
呪いの人形は、畳の中央にメモ帳を広げる。
紙の端がわずかに波打ち、静かな紙擦れの音がする。
呪いの人形は目を閉じて集中力を高める。
…息遣いだけが、部屋の静寂を震わせる。
座敷童子はそばでラムネをもぐもぐ。
小袋の小さな音が、夜の静けさにぽつりと混ざる。
幽霊は興味深々の様子でふわふわ。
薄い影が畳に落ちる。
呪いの人形:
「…今日こそは……本気だから…」
眼光が鋭く尖る。月明かりがその瞳に冷たく反射する。
神様:
「ほぅ…」
ただ静かに人形を見つめていた。
壁の古い時計が、遠くで一度だけ時を刻む。
呪いの人形:
「…今日は朔の日。
きっと、成功する…」
…
「…止めないの?」
無意識に出た言葉。
座敷童子:
「何で?」
呪いの人形:
「…何でって…不幸にするんだよ…」
座敷童子:
「ん~…だって、優しいし」
呪いの人形:
「…それは誤解…」
深く息を吐き出す。空気が少し張りつめる。
窓の外を通り過ぎる風が、障子をかすかに震わせた。
人形はペンを取る。さらり、とインクの匂いが広がる。書かれた文字は重い。
『凶』
呪いの人形:
「まずは軽度の不運から……」
低く、呪文を唱える。
「我、禍津気を招来せんと欲す」
畳が一瞬だけ冷える。空気の温度が落ち、息が白く見えるような気配がした。
…沈黙。
ぽと。
棚の隅から、何かが落ちる。小さな物音が、張りつめた空気を割る。
座敷童子:
「あ、ほこり!」
神様:
「”穢れ”が落ちたか…」
幽霊:
指♡!(いいね!)
呪いの人形:
「……違う…(´・︵・`)⤵
今のは“前兆”…」
再度、集中。窓の外の街灯が遠くで瞬き、部屋の影が伸び縮みする。
今度は長文で言葉を紡ぐ。
「我、禍津気を欲する者なり。幸を絶ち、凶を興し、不幸の気を世に散らさん」
空気が重くなる。窓が、微かに震えた。畳の目が冷たく沈むように感じられる。
全員、固唾をのんで見守る。
…その瞬間。
目の前が真っ暗になる。
部屋は闇に沈んだ。
闇の中で、遠くの街の光が薄く滲む。
座敷童子:
「おお〜」
神様:
「常備灯が切れたのじゃな」
幽霊:
指♡?(成功?)
呪いの人形:
「……違う……違うの……」
肩が小さく震える。
息の音だけが、暗闇に響く。
「もっとこう……胸がきゅ~ってする感じの……」
座敷童子は首を傾げる。
暗がりの中で、ラムネの小袋が小さく光る。
「胸が”きゅ~っ”てなるのは
好きっていうことだね」
幽霊:
指♡指♡(わくわく)
呪いの人形:
「…違う…(´;ω;`)」
呪いの人形は立ち上がる。床板に伝わる足音が、静けさを切り裂く。
「……強度を上げる」
空気が、ぐっと冷える。息が白く、窓の桟に霜のようなものが浮かんだ気がした。
『式神招来』
筆圧が強く、インクがにじむ。紙に落ちる音が、まるで鼓動のように聞こえる。
幽霊が少し後ろに下がる。窓の外の風が、屋根を撫でる音を立てる。
唱える。
呪いの人形:
「隠世に潜む黒き魂よ、禍津気をまといて来たれ。
我、呪を紡ぎて其を式と成す。
いま、我が影のもとに顕現せよ」
………長い沈黙。
にゃぁ~ん…
窓の傍で式神(?)が答える。
猫の声は、夜の静寂に溶けるように柔らかかった。
座敷童子:
「かわいい」
呪いの人形:
「……どうして……」
声が、少し掠れる。月光が人形の頬を淡く照らす。
「…わたしの呪いは…」
神様は静かに言う。
神様:
「人形よ、呪うときに……迷うておるな」
呪いの人形:
「迷ってない」
即答。けれど、指先が震えている。紙の端が微かに震え、インクが波打つ。
「…ちゃんと……不幸になれって思ってる……」
幽霊が、そっと近づく。ふわりとした冷気が指先に触れる。
座敷童子:
「ねえ。本当に“不幸にしたい”の?」
ぽつりと呟いた。
沈黙。長い沈黙。部屋の隅で、古い柱時計がまた一度だけ時を刻む。
呪いの人形:
「……しないと……」
小さな声。声は夜に溶けていく。
「呪いの人形じゃ、なくなる…」
神様は目を細める。
神様:
「“呪えない呪いの人形”は、何になる?」
人形は答えない。
人形の目から流れた透明な液体が、淡い光を受けて、
畳の上に落ちてじわりと広がる。
幽霊が、ゆっくりと指を動かす。
すっ……小さな、小さな指♡。
応援でも、評価でもない。
ただ、そこに寄り添った形。
指先が畳の繊維をかすめる音が、静かに響く。
座敷童子:
「呪えないってことは…
今は、呪わなくていいってことじゃないかな?」
神様:
「ふむ…存在意義は、時に“使われないことで守られる”」
呪いの人形:
「……わからない」
でも、その声は少しだけ弱い。
窓の外で風が鳴り、遠くの街灯がまた一度瞬いた。
畳の冷えは、もう消えていた。
部屋には、夜の湿り気とインクの匂いだけが残る。
呪いの人形は、そっとペンを置く。
紙の上に残った黒が、月光に淡く滲む。
座敷童子はそっと人形の手に触れた。
触れた瞬間、指先に伝わる温度差が小さな安心を運んだ。
「……明日も、やる」
神様:
「うむ」
座敷童子:
「次はもっとすごいの考えよ〜」
にっこりと笑いかけながら答える。
窓の外の夜は、静かに息をしているようだった。
幽霊:
指♡(うんうん)
呪いの人形は、小さくうなずいた。
呪えない。
でも、消えない。
夜は静かに続いていた。
次話:【本編】Ep.9 呪いの在り方
2026/03/25 20:00に更新します




