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不器用な怪異たちシリーズ  作者: 瀬戸 陽子


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【本編】Ep.1 日常に紛れた、ちいさな気配

静かな朝。いつも通りの日常の中で、少しだけ何かが違う。

霞処なぎの部屋に現れた、小さな変化と気配の記録。

— 霞処なぎと座敷童子の朝 —


1.朝の始まり


ピピピピッ!ピピピピッ!


スマホのアラームが鳴り響き、ぼんやりと天井が映る。

霞処かすみどなぎは目を閉じたまま、ゆっくりと背伸びをしてから起き上がる。


いつも通り、静かな朝。


食パンをトースターに入れる。カチリとレバーが下がる音が部屋に響く。

ケトルに水を入れてスイッチを押す。じわじわと湧き始める音が、少しずつ台所を満たしていく。


棚からマグカップを取り出し、インスタントコーヒーの粉をスプーンで落とす。


なぎ:

「……ふぁ」


まだ眠そうな声が漏れる。

昨夜から、何となく「誰か」がいるような気がするけれど、気のせいだろう。


トースターが軽く跳ねる。焼けたパンの香りがふわりと広がる。

なぎはパンを皿に移し、湯気の立つコーヒーをそっと置いた。


そのとき、部屋の隅でカーテンが、誰かに触れられたようにふわりと揺れた。

その動きが、部屋の中に微かな波紋を広げるように感じられる。


窓は閉まっている。風の通り道もない。


「あれ?」

なぎは首をかしげる。いつもなら感じない、少しだけ引っかかる空気の変化。けれど、それを深く考えず、目の前の作業に戻った。

まぁ、ただの気のせいだろう。


テーブルの隅に、ラムネの袋が置かれている。少しだけ軽くなっていることに気づく。


なぎ:

「……こんなに食べたっけ?」


その時、部屋の隅で風が踊る。


座敷童子:

「……おいしかったよ」


聞こえるはずのない声に、なぎは不思議と肩の力が抜けた。

まるでそれが日常の一部であるかのように、心がふっと軽くなる。


なぎ:

「……まぁ、いっか」


スマホを片手にコーヒーを一口。何となく心地よい空気が漂っている。

それは、なぎがまだ気づかない、日常に紛れ込んだ小さな変化。


ケトルの余熱が部屋の空気をじわじわと温める。

その温度に溶けるように、小さな気配がそっと息をひそめた。

ラムネの甘い香りが、ほんのりと残っている。


---


2.誰もいない部屋


玄関の扉が静かに閉まると、部屋は再び静けさを取り戻す。

座敷童子は、なぎが座っていた椅子の近くにそっと降り立つ。


なぎが飲み残したコーヒーの香りが、まだほんのりと漂っている。


座敷童子:

「あったかい、ね」


静かに響く小さな音が、長い時間の後に突然現れたかのように耳に残る。

テーブルの上のペンをちょんと触れて整える。


座敷童子:

「こっちの方が、きれい」


ふとラムネの袋を見つけ、軽く一粒を摘んでにっこりと笑う。

「おいしい…金平糖とは違う…」

金平糖とは違う、初めて感じる味。


カーテンがふわりと揺れる。窓は閉まっている。

座敷童子は、なぎが出て行った玄関の方を見つめる。


座敷童子:

「いってらっしゃい」


声は届かない。だが、部屋の空気はほんのりと温かくなった。

まるで、なぎにもう一度言葉を届けるように、空気が優しく包み込んでくれるようだった。


---


3.なぎの帰宅


なぎが飲み残したコーヒーのカップに、そっと手を伸ばしてみる。

触れた気がしたけれど、すぐにすり抜けてしまった。


座敷童子:

「……むずかしい」


何かが微妙に違っている。気のせいかもしれないが、その感覚にしばらく引っかかっているようだった。

すぐに飽きて部屋を歩き回る。初めて見るものはたくさんあったのに、気づけば玄関の方ばかり見ていた。


やがて夕方の光がゆっくりと薄れ、部屋の中に静けさが落ちていた。座敷童子は玄関の方をじっと見つめる。なぎが出ていってから、どれくらい時間が経ったのか分からない。


座敷童子:

「……かえってくるよね」


やけに重く感じるこの静けさ。小さな声でつぶやくと、部屋の静けさが一層深くなる。返事はない。胸の奥が、ほんの少しだけきゅっと縮む。


冷たい空気が静かに部屋を包み込む。わからないけれど、ただ、「待っていたい」気持ちが胸の中でふわっと膨らんでいく。


座敷童子は玄関の前にそっと座り込んだ。部屋は静かだ。朝のコーヒーの香りがまだほんのりと残っている。


座敷童子:

「……ここ、あったかいのに」


それでも胸の奥は少しだけ冷たい。ほんの少しだけ風が通り抜け、その風が座敷童子の不安を一瞬だけ撫でるように感じられた。


カチャリ。玄関の鍵が回る音。座敷童子はびくりと肩を揺らす。


なぎ:

「ただいま……」


その声が落ちた瞬間、胸の奥の冷たさがふっと溶けた。


座敷童子:

「……おかえりなさい…」


声は届かない。だが、部屋の空気は確かに柔らかくなった。


---


4.暖かな残響


なぎは帰宅すると、スマホをキッチンの棚に置き、音楽配信アプリを開く。

軽やかなギターの音が部屋に広がる。


なぎ:

「よし、作るか」


座敷童子はその音にびくっとしてから、すぐに目を輝かせた。


座敷童子:

「うわーっ!きれいな音!」


その音が部屋の隅で微かに震える。目を丸くして嬉しそうに手をぱちぱちと鳴らす。音楽が流れるたび、部屋の空気が少しずつ温かく、軽やかになる。


---


5.音楽の中で


なぎは鼻歌を混ぜながらお米を研ぎ、手際よく野菜を切り始める。

トントントン……ジュワァッ……カチャッ……

生活音と音楽が混ざり合い、部屋はいつもより賑やかだ。


座敷童子はその音の渦に吸い寄せられるように、なぎの近くへ寄っていく。


座敷童子:

「……たのしい」


軽やかなリズムに身体が揺れている。なぎがフライパンを振った瞬間、視界の端に白い袖がふわりと揺れた。


なぎ:

「…ん?何かあったような。」


一瞬のまばたき後、なぎの目の端に白い影がふわりと揺れ、その影は薄い霧のように瞬間的に消える。目をこすってみると、何もない。そんな気がしただけだろうか。


座敷童子はなぎのすぐ後ろで固まっている。


座敷童子:

「……み、みえた?」


なぎ:

「……うん、やっぱり気のせいだよね。少し疲れてるのかな。」


なぎはそれ以上気にせず、料理を皿に盛りつける。赤、緑、黄色と色鮮やかに切られた野菜たち、オイスターの香りが漂う。ギターの奏でる軽やかな音で、座敷童子が立てる小さな物音は全部かき消されていた。


なぎ:

「いただきます」


座敷童子:

「……いただきます。おいしそう。」


座敷童子もなぎの横でちょこんと座り、そっと手を合わせて呟く。もちろん、なぎには聞こえない。


小さな夜の部屋は、音楽と生活音と不思議な小さな気配で満たされていく。


次話:サブストーリー① 指ハート幽霊

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