何も知らないのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第15弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「見られているのは、君のほう。」の後の話です。
「今度貴族邸の警備があります」
「そんなことまでするの?」
「貴族の夜会の警備の依頼が、防衛騎士団にくるんです」
ええ……?
オルガは食事の手を止めて、ノインを見つめる。
彼が帰宅してから一緒に夕食をとるのだが、尋ねれば答えてくれるし、こうして仕事の話もしてくれる。
なにからなにまで、今までに見たことのないタイプの男性である。
「本来は秋の社交シーズンに多いんですけど、まあ、規模はそれより小さなものなので」
なんだろう。なんか、嫌そう……。
(珍しい……)
することがなくて仕事ばかりしていたというノインにしては、あからさまな態度だ。
「じゃあノインは、けっこう近くできらきらしたお嬢さんとか見てたってこと?」
ドレスは脱がせにくいだの、転ぶと虫みたいにジタバタする……なんて言っていた気がするのはもしかして。
ノインにしては珍しく、露骨に不快そうな顔をした。
「そうですね。変なあだ名をつけられて大迷惑です」
「変なあだ名?」
「…………」
黙っちゃった。めずらしい。
しばらくして、ノインが小さく息を吐く。
「『氷の雄鹿』と、令嬢たちに呼ばれていたみたいですね」
「…………すごいね」
こおりのおじか?
「都会の人は変なあだ名をつけるのが好きなんですよ」
「た、大変だね。他にもある……? もしかして」
「………………魔物討伐騎士団に行くと、『蟲殺しの剣』と呼ばれます」
すっごい嫌そう……。
(むしごろしのけん……? そっちもすごいな)
「氷の雄鹿かぁ。ノインが冷たそうってこと?」
「さあ? 気を引こうとしてくるのであまり行きたくはないんですけど、手当てが出るので」
「そうなんだ。危険なことがあるってことだよね?」
「……まあ」
微妙な表情をしているので、オルガはうかがうように見てしまう。
「……べつに貴族のお嬢さんに目移りしたって、怒らないよ?」
自分は美人でもないし、着飾ったお嬢さんたちはどうあっても目に入ってしまうものだ。
「いえ、厄介なのは貴族令嬢たちのほうなんです」
「?」
「拾ってもらおうと目の前でわざと物を落とす、こちらに支えてもらおうとわざと倒れ込んでくる、助け起こしてもらおうとわざと転びますし……挙句、噴水にわざと落ちたこともあるので」
「……………………」
うんざりした顔してる……。
「わ、わざとってことはないんじゃない?」
「複数の令嬢が、扇子やハンカチを何度も落としていきます」
「…………」
そ、それは。
「俺はだいたい広間に配置されるんですが」
「うん」
「怪しい動きをする人物を取り押さえるためなんですが、見かねた小隊長が配置換えをしてくれたんです」
そこまで……。
手元に視線を落とし、その時のことを思い出しているのかノインは頭痛でも堪えるように顔をしかめている。
「噴水のある庭方面になったんですが、あまり効果がなくて……噴水にいきなり落ちたのを見た時は、怒りでおかしくなりそうでした」
「怒り?」
いい加減にしろってことかな?
「貴族のドレスは大概重いんですけど、水を吸うとかなりの重量になるんです」
「……?」
「浮かべないから、溺れたんですよ」
聞いた途端にオルガの血の気が引いた。
「ドレスはボタンが細かくついているので、脱がせて救出するのが大変だったんです」
「だ、大丈夫だったの?」
「俺が責任をとらされるところでした」
ゾッとしてオルガはスープを口に運ぼうとしていた匙を落としそうになった。
「令嬢の命に別状がなかったのであまり大ごとにはならなくて済みましたけど、軽率すぎて頭にきました」
「ノイン……」
「助けた令嬢からは命の恩人だと勝手に言われて迫られるし、父親は責任をとって結婚しろと言ってくるし……」
「…………」
「平民だとわかったら引き下がってくれたので助かりました」
ほっと息を吐き出し、オルガは「ん?」と訝しむ。
(?? なんで安心、したのかな?)
んん?
「た、大変だったね」
「仕事ですから」
「…………」
騎士の仕事として人命救助をしたのに、脅迫まがいのことをされるとは災難すぎる。
「そんなにモテモテだったのに、求婚されたことないの?」
「縁談は山ほどきていたみたいですが、全部断ってます」
やっぱり!
はっきり言われてしまうと、納得はするものの、もやもやはしてしまう。
(……? もやもや?)
「近衛騎士団や魔物討伐騎士団からもきていたみたいですが、うちの騎士団内からもあったので困りました」
「ええっ!?」
よりによって近衛騎士団からも!?
「ど、どうして!?」
「うーん。俺を利用したいから、ですかね」
ど、どいつもこいつも!
「どこかの貴族の養子にすれば、俺と結婚する障害もなくなります。血統主義者がなにを言っているのかとは思いますけどね」
「で、でも、ノインのいる騎士団はどうして?」
「俺が別の騎士団に行くのを防ぐのと、利用したいからですかね」
なんなのそれは!
ノインが平然と言っているだけに、オルガは胸が余計にむかむかしてくる。
「一度、騎士団を辞めかけたんですよね、しつこくて」
「ええええええ!?」
「娘と結婚しろと命令されたので、じゃあ辞めますと言いました」
はっきりし過ぎでは……。
「俺は君以外はどうでもいいですし……そもそも、俺が剣をうまく使えるのは単に発散方法の一つとして剣を振っていたからなんです」
「? 発散?」
ストレス?
(あ、そ、そっか。ノインは王都に一人で暮らしてたわけだし……それに、縁談がたくさんきてたし)
自分の知らない色々なことがあるのだと考えていたら。
「性的欲求の発散です」
「……………………」
……なんて?
「君と早く結婚したかったですし、触りたかったですし、キスがしたかったですし、いやらしいことしたかったので」
「ちょちょちょちょ!」
はっきり言い過ぎなんだけど!
真っ赤になるオルガとは違い、平然とした顔で食事をしているノインは「ん?」と不思議そうだ。
「そ、そんなことで?」
「向いていたのもあるんでしょうけど……イライラすると剣の練習ばかりしていましたから」
強くないですよ、とケロっと言っていた意味が分かった気がする……!
することがなくて休日を返上して仕事をしていた。
イライラして発散のために剣の練習をしていた。
結果としてお金を稼ぎ、剣の腕が上がってしまっただけ、ということだろう。
「それで、わざと負けたりしてるの?」
「一度全部勝ったら昇進を打診されたんです。条件付きで」
「じょ、条件?」
「団長の姪と結婚しろと言われたので断りました」
ま、また!?
(なんでみんなノインを結婚させたがるの!? ま、まあ確かに見た目もいいし、強いし、…………あれ、悪くないから婿にしたいってこと?)
将来性もあるのだから、たしかに……。
(でもノインは仕事は真面目にしてるけど、ほかのことに極端に興味が薄いしな……)
それよりも。
「……いやらしいこと、ってなに? 前も言ってたけど」
「触ること、キスすること以外の、あまり口にするのが憚られること全般です」
聞くんじゃなかった。
***
扉を叩く音が聞こえて、オルガはそちらに向かう。
「ただいま」
扉を開けたそこに、見慣れない格好のノインがいた。
ドアを閉めて手早く、肩の片方だけで留められている外套をはずす。
目を見開き、オルガは「わあ」と声を洩らす。
「周りをぐるぐるしなくても逃げませんよ」
「本物の騎士様だ……!」
「俺は正真正銘、騎士です」
礼装姿を見たいかも、と言ったら着替えずに帰ってきてくれるなんて。
黒に近い濃紺の制服と、革靴に、手袋までしている。腰にあるのは儀礼用の剣ではあるが、実践にも使えるものだろう。
上等な生地で作ってあるとわかる制服は左胸部分に徽章がある。落ち着いた色合いをしているし、なによりノインの体の輪郭をいつもよりはっきりさせていた。
「かっこいい……!」
「あ、ありがとう」
照れているノインを見て、嬉しくはなる。
でも。
(他のお嬢さんたちはこの姿のノインを見て、結婚したいって思ったんだろうな)
少しだけ、胸にもやもやしたものが広がってしまった。
*****
或日。
「おい、賭けようぜ」
「よし。オレは目の前で転ぶ。銀一枚」
「うーん。じゃあ僕は物を落とす、かな。ハンカチとか扇を落とすんじゃない?」
「フーン……おれは、声をかけてくる、だな? ほら、前に相談があるって言って、ひと気のないところに連れ込まれそうになってただろ?」
「あったねえ。でもまあ、まーた噴水にわざと落ちるってのは勘弁願いたいな」
夜会の警備の時はこの賭けが彼らの娯楽だ。
「本命は転倒。対抗は手袋落とし。大穴は扇子破損」
そう言いながら帳面を開くナーヴに、「真面目に警備しろ」と小隊長がいない場では隊を仕切るサグムが声をかける。
が、帳面を没収しない。
三人は配置についているノインを視界の端で確認する。
「あいつあの無表情どうにかしろよ……」
「配置が扉の前だから機嫌が悪そうだ」
「ちょっとは愛想良くすればいいのにね」
いちいち婚約者と言うのが面倒になったので、ノインの所属する小隊のメンバーはオルガのことを「ノインの嫁」と呼んでいる。
「礼装姿だとより注目されるんだよね……あの変なあだ名でまだ呼ばれてるらしいじゃない」
「来るぞ」
ナーヴの言葉に、ジョスとコニーが視線を走らせる。
一人の令嬢がノインの前を通る瞬間、わずかに足元をもつらせた。
スッ、とノインが半歩後退し、距離を空ける。
「あーあ、転べなかったじゃないか。悔しそうに離れていくね」
「抱き着こうとするとか、勇気ありすぎだろ……」
「次が来るぞ」
ノインの前を通りかかった令嬢が手袋を落とした。
「……? あいつ無視してるぞ?」
「前に拾ってお礼がしたいと迫られたからだろうな」
「そういや気分が悪いって言われて、休憩室に連れ込まれそうになったっけ……いいなあ、羨ましい」
コニーの発言に、はあ? と、ジョスとナーヴが呆れる。
帳面を見て、ナーヴが少し考え込んでいた。
「ノインの女ねぇ……情報が少なすぎるんだよな。胸が大きいことと、話しやすいとかじゃ、情報の価値が低すぎる」
*
賭けが成立しなかったナーヴは警備が終了してからノインと共に周辺の不審者確認をしていた。
人払いも終えているし、確認作業が終わればこのまま帰宅することになる。
夜の巡回を得意とする年下の騎士は、黙々と邸周辺を確認する手際の良さが素晴らしい。
「おまえの嫁さんが次に騎士団に来るの、いつ?」
話しかけると、ノインがナーヴに視線だけ遣る。
「もう来させません」
「あ? なんで」
「あなたみたいな人がいるので」
「べつに情報売ったりしないって。騎士は剣だけじゃねーんだ。ここ、頭を使うやつもいるからな」
トントン、と人差し指でこめかみを叩くナーヴから、ノインは視線を外す。
「交渉ですか」
「先に話せば黙っておいてやるぜ? できる限りは協力してやる」
「脅しですね」
「でもおまえは乗るだろ? 頼りになる先輩で良かったな」
「わかりました。他言無用でお願いします」
そうこなくては、とナーヴが笑みを浮かべる。
「巨乳なんだろ?」
「そこまではないです。わりとありますが」
「? 同じじゃないのか?」
「娼館にいる女と比べないでください」
連れて行こうとしたことを相変わらずネチネチと……。
「そんで? なんで隠すんだ?」
「……悪意に利用されやすいタイプだからです」
「ああ?」
「話すとすぐわかります。異常に話しやすいので」
「? コミュニケーション能力が高いってことか?」
「そういうのとは違います。相手を全肯定するというか……否定しないんです」
「?」
「他人が善意で接してくることが前提なんです。悩みとか愚痴を話すと、一切否定せずに肯定されてしまうので、心地良いと感じる人は多いはずです」
「商売女じゃあるまいし、なんの損得もなしに?」
「それをやってしまうんです。波風も立てないし、相手を責めもしない。本人が多少不快でも笑って流してしまうというか……。
自分のほうを削ってしまう癖がついているんです。
生活能力も高くて男を立てようとする思考をしているので、つけ込みやすい」
「…………べつにいいだろ」
むしろ、伴侶にはもってこいじゃないか?
「自己評価が低いので、自分が悪いんだとすぐに変換してしまうんです。騙しやすいカモってことですね」
「……それで?」
「彼女は、貴族の男なら愛人にしやすく、平民の男のヒモにとって標的になりやすいタイプなんです」
「……………………」
唖然、としたナーヴは「あ?」と再度訊き返した。
「そういうおまえも、同類ってことだろ?」
「違います」
はっきりと言い、ノインは無表情のまま、告げる。
「俺は彼女が彼女のままでいることが大事なんです。好きな女をぼろぼろにするような男には成り下がりません。
息苦しくさせたり、変質させることを望んでいませんし」
「…………」
「あなただって、俺の話を聞いてこう思いませんでしたか? 妻にするには便利な女だ、と」
「……あー、なるほど」
「彼女は善良なので、あなたみたいな人とは接触させたくないんです」
「餌食になって早死にしそうなタイプってことかよ」
「そうです」
ノインが指で弾いて、コインをナーヴに渡す。
「あなたはお金に嘘はつきません。俺の善良な妻の情報は、価値などなかったはずです」
「イカレてんなぁ、おまえ」
「彼女はどこにでもいるふつうの女の子です。
善い人間が、善いままで報われるのを嫌がる者が多すぎるんです」
「ふつうねえ……」
「俺は彼女のしたいことをさせてあげ、息をしやすい環境を整えるだけなので、大層なことはしていません。
一緒に幸せになろうと努力はしていますけど」
「努力? ハハッ、おまえに一番似合わねえ言葉だな」
「そうですか? 俺のことを少しは否定するようになったので、多少は前進していると思ってますが」
「全肯定するんじゃないのかよ?」
「俺だけが違うってことに思えませんか?」
「は~、惚気か」
ナーヴは金貨を空へと持ち上げ、かざす。
「おまえの嫁は平凡でつまらなくて、情報に価値がないってことだな?
大変だな。おまえみたいなヤツに惚れられて」
「嫌われたら大泣きしそうです」
「はあ? おまえが泣くとかありえないっての」
「…………」
「微笑むな! 怖いマジで!」
脅さなくてもやってやるって!
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ノインがオルガに対して過保護にする理由が明らかに……。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
もしなにか感じるところがあれば、そっと教えてもらえたらさらに嬉しいです。




