間章 奉声(教材)
講堂は、昼でも薄暗かった。
高い天井。
壁に描かれた紋章。
中央に置かれた祠の模型。
光は、意図的に抑えられている。
前列には、若い見習いたちが座っている。
制服は新しい。
布が硬く、動くたびに擦れる音がする。
緊張が、その音に混ざっている。
壇上に立つのは、年配の祠守だった。
背筋は伸び、声はよく通る。
よく通るが、張らない。
“揺れない声”だ。
「――奉声とは、犠牲ではありません」
最初の一言で、室内の空気が定まる。
見習いたちは、一斉に背筋を伸ばした。
この言葉は、試験に出る。
覚えるべき言葉だ。
祠守は、ゆっくりと手を動かし、
祠の模型に触れた。
「結界循環は、神の秩序です。
しかし秩序は、固定しなければ崩れる」
模型の中心部を指す。
「初代在来勇者は、
その秩序を定着させるために、
自らの声を奉げました」
“自ら”。
その語が、自然に置かれる。
見習いの一人が、無意識に喉元へ手をやった。
すぐに、気づいて手を下ろす。
周囲の視線がある。
「声は、世界に刺さります。
正しく使えば、治癒が通る。
誤れば、揺れを生む」
祠守の声は、一定だった。
語尾も、呼吸も、揺れない。
「だからこそ、
声を制御できる者が必要になる」
黒板に、簡潔な図が描かれる。
円。
循環。
中央に、点。
「奉声は、
世界を救うために選ばれた、
最も合理的な判断でした」
合理的。
その言葉に、誰も異を唱えない。
祠守は続ける。
「重要なのは、
奉声が一度きりの奇跡ではない、という点です」
見習いたちが、筆を走らせる。
「判断の型として、
現在も活かされています」
活かす。
生かす、ではない。
「声が揺れを生むとき、
誰かがその揺れを引き受ける。
それができる者がいるから、
多数は声を出せる」
一人の見習いが、恐る恐る手を挙げた。
「……奉声された方は、
その後、どうなったのですか」
講堂の空気が、ほんの一瞬だけ張る。
だが祠守は、即座に答えた。
「安置されています」
それ以上でも、それ以下でもない。
「大切なのは、
その後の世界です」
祠守は、穏やかに微笑んだ。
「治癒は通り、
裂け目は閉じ、
国は存続した」
黒板の図に、数字が書き込まれる。
治癒率。
死亡率。
安定指数。
成果が、並ぶ。
「奉声は、
悲劇として語るべきものではありません」
祠守は、はっきりと言った。
「奉声は、
世界を選んだという事実です」
世界を選んだ。
誰が、とは言わない。
見習いたちは、静かに頷いた。
理解したからではない。
理解する必要がない形で、教えられている。
講義の終わりに、
全員が立ち上がる。
祠の模型に向かって、
短い黙祷。
誰も声を出さない。
声を出さないことが、敬意になる。
沈黙が、正しさになる。
講堂を出るとき、
一人の見習いが、友人に小さく囁いた。
「……もし、また必要になったら」
友人は、すぐに答えた。
「そのときのための制度だろ」
二人は、それ以上話さなかった。
話す必要がない。
奉声は、
もう“過去の出来事”ではない。
教材として、
儀式として、
言葉として。
今日も、
誰にも気づかれない場所で、
静かに再生産されている。




