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勇者枠、満席。――クレーム係は異世界に誤配属された  作者: ちわいぬ
第一章

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間章 「予防的沈黙」

神殿附属学舎の講堂は、午前中から静かだった。


静かすぎて、子どもたちの呼吸音が揃って聞こえる。

息を吸う。吐く。

教師の指示がなくても、全員が同じ速度でそれを繰り返している。


前方の壁には、祠の簡略図が掛けられていた。

中央に円。そこから放射状に伸びる線。

結界循環の模式図だ。


白衣ではない。

司祭服でもない。

だが、講壇に立つ男の声は、医師の声と同じ温度をしていた。


「勇者様は、いま療養中です」


子どもたちは頷く。

疑問はない。

疑問を挟む間の呼吸すら、最初から用意されていない。


「弱いからではありません」


男は、そこで一度、言葉を区切った。

区切り方が丁寧すぎて、聞き手に考える余白を与えない。


「結界を安定させるために、過負荷を避けているだけです」


過負荷。

便利な言葉だ。

誰も責めない。誰も悪くしない。


最前列の少女が、手を挙げた。

挙げ方が、よく訓練されている。


「声を出さないと、かわいそうじゃないですか」


男はすぐに答えなかった。

沈黙。

だがその沈黙は、ためらいではない。


教える側が沈黙するとき、それは次の言葉を“正解”にするためだ。


「かわいそう、という感情は大切です」


子どもたちの肩が、わずかに緩む。


「ですが、勇者様の声は、とても強い。

強いからこそ、世界を揺らしてしまうことがあります」


強い。

弱い、とは言わない。


「だから、声を預かるのです」


預かる。

奪うとは言わない。


「勇者様を守るため。

そして、皆さんを守るため」


男は、講堂を見渡した。

子どもたちの目が、一斉にこちらを向く。

視線が揃う。揃いすぎている。


「これは、罰ではありません」


断言。

疑う余地のない調子。


「予防です」


その言葉が出た瞬間、

誰かが小さく息を吸った。


予防。

怪我をする前に包帯を巻く。

病気になる前に薬を飲む。


良いことだ。

良いことのはずだ。


講堂の後方で、別の司祭が布を広げる。

布の中央には、細い刺繍文字。


――沈黙は、信仰である。


男が言う。


「声を抑えられる人は、立派です。

自分の内側で留められる人は、世界を守れます」


子どもたちは、自然に胸に手を当てた。

教えられていない動作だ。

だが、皆が同じことをする。


声を出さない練習。

怒りを飲み込む練習。

不安を喉で止める練習。


それが、美徳として教えられている。


講義の終わりに、男は付け加えた。


「もし、夜に声が出そうになったら」


子どもたちの背筋が伸びる。


「無理に出さなくていい。

明日、医療室に行きなさい。

先生たちが、優しく“調整”します」


調整。

治療ではない。

処罰でもない。


子どもたちは安心した顔で頷く。


講堂を出るとき、誰も喋らなかった。

喋らなくても問題がないからだ。


沈黙は、もう“特別な措置”ではない。

生活習慣になっている。


その日の夜、

隣町の療養院では、

勇者ではない誰かの声が、

出る前に――切られた。

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