第五話 見惚れる横顔。
休日に起きた出来事が、ずっと頭の中を埋め尽くしていた。
寝る前。
起きた後。
朝食を食べている時。
通学路。
授業中。
どこで何をしていても、あの声と顔を思い出す。
白石さん。
背が伸びていた。
声も大人びていた。
短かった髪は長くなり、ポニーテールにしていた。
あの真っ直ぐな瞳が、思い出すたび鼓動を早くさせる。
告白したのは小六の頃。
最後に会ったのは小学校の卒業式。
中学は彼女と一緒にはなれなかった。
(綺麗だったな……)
月日が経っても変わらないあの瞳。
あの時は驚きのあまり緊張していたのに、それでも横顔に見惚れてしまった。
華奢な見た目なのに、転びそうになった俺を支えてくれた。
困っている人がいたら、自分から助けに行こうとするあの強さ。
昔から、そういうところに惹かれていた。
――土曜日。
その日が待ち遠しかった。
もっと話せるかな。
こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。
(……せめて、連絡先交換をしたい)
熱くなった頬を隠すように机へ顔を押し付けながら、その日をどう過ごすか考え込む。
その日までの数日間。
学校では、和谷たちとの会話を聞き流しながら彼女を思い出し。
家に帰れば、どんな話をしようか考え込み。
スマホの検索履歴は、
『好きな人 会話 やり方』
『再会した人との話題』
『可愛い服』
『女の子 自然な仕草』
など、絶対に他人には見せられない内容で埋め尽くされていた。
そして土曜日。
朝一番に風呂へ入る。
いつも以上に丁寧に髪を洗い、肌も整える。
少しでも清潔感を出したかった。
化粧も、今日はいつもより時間をかけた。
明るめの色を使い、何度も鏡を確認する。
茶髪のウィッグを丁寧に整え、いつもの白いリボンの髪留めを付ける。
足首まである白いスカート。
首元が隠れる黒シャツ。
その上から薄手のカーディガンを羽織る。
鏡の前で何度も前髪を整えた。
「はぁぁ……緊張する」
鏡に映る自分を見る。
そこにいるのは、不安そうな顔をした"カナエ"。
だけど今の不安は、女装がバレたくないからじゃない。
「……可愛いかな」
彼女が好きな、"可愛い女の子"になりたかった。
もし可愛いって思ってくれたら。
――また会ってくれるだろうか。
考えれば考えるほど不安になる。
深呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着かせる。
折りたたみ傘を丁寧に鞄へ入れた。
玄関へ向かい、黒いマスクを付ける。
そうすれば、そこにいるのは。
彼女とは他人の、
――カナエだ。
足取りは慎重に。
彼女と会えるであろうコンビニへ向かう。
なるべく早めに着いておこうと思った。
彼女を待たせたくない気持ちもあったが、それ以上に、自分の心を落ち着かせたかった。
コンビニから漏れる揚げ物の匂い。
入口で揺れる色とりどりの旗。
手鏡を取り出し、前髪を整える。
アホ毛スティックを使いたい気持ちはある。
でも、シャンプーで落ちにくい時があるからあまり使いたくなかった。
落ち着かない手を押さえ込んでいると、不意に視界が陰る。
「あの、あの時の折りたたみ傘を貸した人ですよね」
「はいッ!!」
待ち望んでいた声に、反射的に返事をしてしまった。
(声変じゃなかったよな……?)
勢いで返事をしたせいで、自分がどんな声を出したのか分からない。
「待たせてすいません」
「いえ!私が早めに着いただけなので」
鞄から折りたたみ傘を取り出す。
「あの……傘、本当にありがとうございました。お陰で助かりました」
目を合わせて言いたいのに、視線を向けようとするたび逸らしてしまう。
「急な雨って困りますよね」
桜夜が傘を受け取ろうと手を伸ばす。
(少し日焼けした綺麗な手だな……)
その手に見惚れてしまう。
そして、本来の目的――傘を返すことが終わってしまった。
沈黙。
何か話さなきゃ。
そう思うのに、言葉が出てこない。
「それじゃあ――」
「あの!」
気付けば、声が出ていた。
ここから先なんて何も考えていない。
ただ。
ここで終わりにしたくなかった。
「よ、よかったらお礼を……!」
「傘を貸しただけなのに、そこまで気を使わなくても大丈夫ですよ」
(うっ……)
やっぱり断られるかもしれない。
頭の片隅ではずっとそう思っていた。
「いえ! お礼したいです」
ここで引いたら、もう会えなくなる気がした。
でも、あまりグイグイ行ったら困らせてしまう。
二つの気持ちが頭の中でぶつかり合う。
お礼になること。
お礼になること。
「コ、コンビニで甘いものでも……」
本当ならカフェとかに誘うべきなんだろう。
でも、この辺の店なんて全然知らない。
困らせただろうか。
恐る恐る視線を向ける。
桜夜はきょとんとした顔をしていた。
けれど次の瞬間。
「せっかくだから、頂きます」
笑顔でそう言った。
目が合った瞬間、叶太は慌てて視線を逸らす。
(……よかった)
安心した。
でも、同時に顔が熱い。
マスクをしていなかったら、絶対バレていた。
「あ、その……この後、用事とかありませんでした?」
先に聞くべきことを忘れていた。
「特に急ぐ予定はないので」
「よ、よかったです」
熱くなった頬を冷やしたくて、逃げるようにコンビニへ入る。
冷房の効いた店内。
それでも熱は全然引かなかった。
「……何が好きですか?」
「プリンが好きです」
「美味しいですよね」
(明日からプリン食べ比べしよう)
そんなことまで考えてしまう。
スイーツコーナーを眺めながら、プリンを確認する。
「柔らかめが好きですか?」
「固めのプリンの噛みごたえが好きです」
桜夜はそう言ってプリンを手に取った。
「えっと、何か飲みますか?」
「私は……」
(自分の分考えてなかった……)
マスクを外すのは怖い。
骨格を隠しているから、なるべく外したくない。
でも。
せっかくだから、一緒にイートインスペースで過ごしたい。
悩んだ末に。
「これにします」
ストロー付きの飲むヨーグルトみかん味を手に取った。
これならマスクの隙間から飲める。
「よかったら、それ一緒に食べませんか」
「そうしましょうか」
心の中でガッツポーズをする。
(時止められたら、絶対叫びながら暴れてたな……)
会計を済ませ、イートインスペースへ向かう。
カウンター席。
隣同士。
距離が近い。
近すぎる。
髪綺麗だな。
プリンを食べるたび、桜夜の目元が少し緩む。
その表情が可愛くて、胸がぎゅっとなる。
心臓の音がうるさい。
聞こえてしまいそうなくらい速い。
隣にいるだけなのに。
なんでこんなに好きが止まらないんだろう。
もっと近付きたい。
もっと話したい。
もっと知りたい。
「あの、名前聞いてもいいですか?」
「白石桜夜、です」
「私は……カ、カナエです」
(はぁぁ危なかった……!)
嬉しさで、危うく“叶太”って言いそうになった。
今の自分は"カナエ"。
何度も心の中で言い聞かせる。
ちゃんと抑えていないと、好きが溢れて全部バレてしまいそうだった。




