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花と種

 アラィバイァネス――その名の花の、種を手に入れる。それだけが俺の目的だ。そのためだけにこんな訳の分からない異世界に足を踏み入れたのだ、目的のブツを手に入れたら、こんな世界とはおさらばだ。


 魔女気取りで百二十歳まで生きた曾祖母の書庫で、俺はその情報を手に入れた。手を触れればホコリと化してぼろぼろと崩れ落ちそうな、古い赤い革張りの本――その中に記してあったのだ。この異世界に来るための手段と、猛毒の種、アラィバイァネス。


 その種をたったひと粒手に入れて、すり鉢でごりごりすり潰し、手ごろな飲み物にでも入れて憎き相手に飲ませれば、それで一発だ。相手はその場で心臓をやられてばたんきゅう、警察や医者がいくら調べても見当たる原因は『心臓発作』、毒の証拠は見つからない……それほどアラィバイァネスは、俺の世界ではまだまだ未知の存在なのだ。


 曾祖母もついに一昨年おととし死んだ。俺は例の一冊の内容を頭に叩き込み、この異世界に来る前に本に火をつけて燃やし尽くした。俺がうまいこと猛毒の種を手に入れてあいつを殺しても、証拠などひとつも残らない。


 もちろん、異世界に来るにはかなりのリスクがある。本の内容に従ってこしらえた『世界と異世界のあいだのほころび』もかなり不安定、もとの世界に帰る前にほころびが消える危険性もゼロではない。


 仮にそうなれば、俺にとってはこの世界は毒性のある食い物ばかり、長く生きてはいられない。だが来ずにはいられなかった、殺意を抑えきれなかった。俺の女房どころか、俺の娘まで奪っていった、『女房の再婚相手』への殺意を。


 だいたい女房も女房だ。『あんたみたいな飲んだくれ、もううんざりよ』――はん、尻軽女がよく言いやがる。そうだ、首尾よく猛毒の種が手に入ったら、俺の元女房にも毒入りワインをふるまうか。あんな男をパパと呼ぶ、幼い娘には『特別なスパイス入り』のオレンジジュースをふるまおう……!!


 にやにや笑いを浮かべながら、俺は『アラィバイァネスの花園』と書かれた看板を読み、金属製のアーチをくぐった。例の本を読み込んで、この世界の言葉の読み書きから日常会話もお手のものだ。飲んだくれだってやるときゃやるんだよ、なあ尻軽女の元女房さん?


 虹色のバラみたいな花が満開の花園で、俺は肌の薄青い生き物に話しかけた。種がひと粒欲しいと言うと、どんくさいのか、生き物はつっとんがった耳を揺らして困ったような顔をした。


「――は? 種ですか、アラィバイァネスの……?」

「そうだ、俺はそれでわざわざこの世界に来たんだよ! このバカでかい虹色のバラみたいな花の種、そいつは俺の世界じゃ猛毒なんだ! 俺はそいつを持って帰って、憎い奴らに飲ませてやるんだ、完全犯罪を狙ってんだよ!!」

「……わざわざ、そんな……」


 そんなくだらないことのために、はるばる別の世界から? そう言いたげな顔しやがって、そいつはぽつぽつ説明しだした。


「あのう……種はもうないんです。アラィバイァネスは、もう種をつけないように進化を……」

「――なんだって? 種がない、種をつけない? てめぇ、適当なフカシこいてるとぶっとばすぞ!!」

「いえいえ、本当のことなんですよ! わたしたちこの世界の住民は、この花を愛でて株分けで増やして、改良に改良を重ねてここまで美しくしたんです。そうしたら、意思のあるアラィバイァネスたちは『この生き物たちが株分けで増やしてくれるんなら、頑張って種をつけなくても良いか』と思ったらしく、種なしに進化したんです……!!」


 俺は口をあんぐり開けた。返す言葉も見つからず、そいつをぶっとばすのも忘れて、ふらふらとゲートから外へ出た。ころころと鈴を転がすような笑い声が、花園の奥から響いてきた。


 そうして、もとの世界に戻ろうとして……俺は口をますます開けた。『世界と異世界のあいだのほころび』が、今にもかすれて消えそうに――ああ、消えた! なんてこった、俺の無理やりこじ開けた不安定な『時空の歪み』は――かすれて揺らいで消えちまった!


 相当な用意をして、えらいこと時間をかけて無理やり開けた時空の歪み、人間の俺の力では二度とは再現出来やしない!


 俺はなすすべもなく、ただただまわりを見渡した。そのとたん情けない音で腹が鳴る。そうだ、考えてみりゃ『完全犯罪』に気をとられて朝から何も食ってなかった。目の前には美味そうな木の実や果物が……しかもほとんどが俺には毒ときてやがる!


 ちくしょう――『人に向けた悪意は、いずれ自分に返ってくる』か。俺の世界の先人たちも、なかなかうまいこと言ったもんだぜ!


 ああ、いろんなショックで本で得た知識がふっ飛んじまった! どれだったか、数少ない『俺でも食える食べ物』は……どんな色の木の実だった、どんな形の果物だった!?


 ちきしょう、これじゃあまるっきり『ひとりロシアンルーレット』だ……致死率99パーセントの!!


 ――ああ、もう良い、どうでも良い! くそくらえだ、どうにでもならあ!!


 俺は手近な木の実をもぎとって、やけくそで大きく口を開け『おそらく毒』の実にかぶりついた。ああ、美味い……甘い汁気が口いっぱいに、これは当たりだったのか……ざまあみろ、俺はこればっかり食って生きるぞ、この異世界で生き抜いてやる!!


 目の前があまりの美味さにかすみ、夢みたいにけたけた笑う元女房、俺の娘、女房の新しい夫の姿が目に見えて……、


 視界がすうっと暗くなり、あとは――永遠の闇、闇、やみ。


(完)

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