第九十六章 サプライズ
アドナキエルとの戦闘後。俺はレオニスのメンテナンスを行っていた。
神呪を纏った状態での合体。俺には何も問題はない。言葉通りレオニスが神呪を制御していたからだ。だがレオニスには異変が見られた。
「やっぱり神呪の力が強まっているわ。お父様、よっぽど人間に恨まれているのね。お母様の時の比じゃないわ」
レオニスは片腕を覆うほどの銀の刺青を見せる。神呪の剣を自身の体を鞘にしている状態だ。以前は手のひらよりも大きいくらいだった。
「痛むか?」
「いいえ。神呪の力は寧ろ心地いいの。見て」
レオニスが銀の刺青を一ヵ所に集めるとそれが盛り上がってくる。そしてそれが手甲に変わった。
「このまま強化していけば全身を覆う強力な鎧にもなるわ。ただこれは表面を覆っているから安全だけど、体の内部にまで影響したら私の内部にある魔王の心臓と反応して魔素が消し去られるかも。集めすぎるのは問題ね」
レオニスの体は施された体と魔王の心臓のバランスで成り立っている。加護と魔素、どちらかが欠けても不調をきたす。
「なるほど。合体自体も控えた方がいいな。それは解消することはできるのか?」
「ええ。お父様も見ていたと思うけどコア付きに神呪の力を使うのが一番いいわね。神呪をコア付きに付与して、コア付きの呪いを進行させると、私の神呪の力が減っていくわ」
先の竜翼クジラでの戦闘だな。チート合戦で出しゃばりと相棒が精神防壁に回らざるを得なかった。そこで俺とレオニスが攻撃に回っていたが、その時に神呪の剣を使っていた。メタだがその描写は描かれていない。尺の都合でカットだ。
「バランスが取れるなら丁度いいな。やはりコア付きは俺とお前で行くのが望ましいな」
「そうね。合体で神呪の回復。コア付きに呪いの付与で消費。体表を覆うほどに溜まってきたら危険という感じね。呪い付与の消費はそれほどでもないから溜めすぎるのは危険。そんな所ね。今の片腕を覆うくらいがちょうどいいかも。表面を動かせるほうが調子がいいもの」
そう言って銀の刺青を体に走らせる。体表を高速で蠢く神呪は確かに調子が良さそうだ。
「こういう使い方もできるしね」
高速で走る神呪がレオニスの左手から射出される。左手から発射された片刃のダガーは蛇腹の柄に繋がっている。言うなれば体表レールガンといった所か。神呪が多くなれば加速できない。だが逆に神呪が多ければ鎧にするには適している。そういう事か。
「制御が出来るなら言う事は無いな。しかし合体だけでこうまで増えるのか」
「もしかしたら神だけじゃなくて私の恨みも込められてるのかもね」
流石にそれは笑えないな。俺は適当に流してレオニスのメンテを終えた。
ーーー
「ジンバ! 風を掴め! 羽ばたくのではない! 翼で風を駆けるのだ!」
俺は翼を生やしたジンバに乗っている。
ジンバとは先のアドナキエルが残した体だ。それが馬となり俺が乗馬している。鞍はないが魔素アンカーで手綱の代わりだ。
人間の結界の帰りに乗り、今はレオニスの加護床を駆けて空に居る。そして翼を生やしたジンバが床を蹴り、ここに至る。
落下する馬体に羽ばたく竜翼。それでは揚力を得られない。
ジンバが俺の言葉通りに翼を広げ風を掴む。揚力を得て浮かび上がる俺達。
「素晴らしいぞジンバ! 今のお前は美しい! 惚れてしまいそうだ!」
ジンバは飛行する。素晴らしい体験だ。今回で得た最高の宝物と言っていい。
俺達は聖王都の北の街に帰還する。
ジンバを、惚れた、美しい、という俺に女性陣の冷たい視線が突き刺さるが構うものか。
俺はジンバを駆り、駆け抜ける。俺とお前ならどこまでも飛んでいけるだろう!
ーーー
「何故だジンバ! 俺を裏切るのか! 俺を捨てるのか!」
俺の絶叫が響く。
ジンバが、ジンバが、美少女と化してしまった。
栗色の髪を二つに分け、それを結び馬の尾のようにしている。着ている服はメイド服のようなものだ。
「王牙様。これ以上あなたに乗られたらわたくしは壊れてしまいます。これからは他の物で代用してください」
「俺達はどこまでも高みを目指すのではなかったのか!」
「いいえ。わたくしはそこまで望んでおりません。わたくしはレオニス様と添い遂げます」
そう言ってレオニスにしなだれかかるジンバ。
「お父様、ジンバはもう私のものなの。諦めて」
絶望に俺は膝をつく。
「レオニス! お前まで俺を裏切るのか!」
レオニスが一笑に付すとジンバが馬に変わる。ジンバのスカート部分が馬体になり、上半身は腕を含めて馬の首になる。完全に馬化したジンバにレオニスが飛び乗る。神呪の手綱で横座りに乗ると俺の方を向く。
「お父様♡ ザマァァァ♡♡♡」
レオニスは俺に人差し指を突き付けウインクをしながら走り去る。
・・・ザマァをするのならそこは舌を出す場面だろう。
まあそこはいい。しかしジンバが美少女になるなど、俺の心が耐えられない。確かに奴の元は聖女たちだ。それはおかしくない。
だが心が通じ合っていると信じていた、言葉がなくとも魔物の疎通で通じていた。あれは俺の幻だったのか。
「旦那!」
俺の救いの声が聞こえて来た。四つ足の機獣。魔素人形の技術で作られたと思わしき肉食獣を思わせる機獣から聞き慣れた声がする。
「リンキン!」
「乗れ!」
俺はその声にその導かれ、機獣の背に乗る。オーガが乗ってもビクともしない。これは素晴らしい!
「王牙! 僕も行くよ!」
もう一つの救いの声はタウラスだ。黒猫が疾走し翼に姿を変えると機獣と合体する。
そして俺達は駆け抜ける。十分に助走が付くと俺達は飛び立った。
ーーー
俺達は大空に居た。
「素晴らしい光景だ」
俺は感嘆のため息を漏らす。
「だろォ。コイツはオーガ用の魔素人形だ。オーガが中に乗り込める程の魔素人形は正直弱すぎて役に立たねぇからな。いっその事騎乗用にって再設計したんだぜ。最高だろォ?」
「最高だ。姿を見ないと思ったらこんなことをしていたのか」
「ああ。やっぱりリンセスに従軍は無理だからな。俺は魔物の進軍よりもこっちに力を入れてたってわけだ。コイツを量産すればオーガだけじゃなくゴブリンも乗せて突撃もできる。聖王都の魔素人形が人間抱えて走っていたのがヒントだぜ。戦闘用にする必要はどこにもねぇ。俺達が戦えばいいだけだしな。俺の息子の亜人ゴブリン達もこれで体力面はカバーできる。最高だろォ!」
「最高過ぎてぐうの音も出ないな。騎乗戦闘も出来るのか?」
「流石にそれは止めてくれ。最初はバイクも考えたんだが耐久性があまりにもなくてな。そもそも道が舗装されてねぇ。それで肉食獣型ってわけだ。基本、戦闘は無しで頼むぜ。状況に依っちゃ蛇女を乗せて回復をばら撒くぐらいだな。見かけたら援護してやってくれよ」
「心得た。やはり持つべきものは同性の友人だな。近頃は娘の世話ばかりだったからな」
「わかるよ。君はいつも人のために駆け回っていたからね」
翼になったタウラスが口を開く。どこに口があるのかわからないが言葉は交わせるようだ。
「その言葉だけでもありがたい。娘の世話をして、やれハーレムだの役得などという聞こえもしない言葉が聞こえた気がしたからな。実際はそんな良いものではない。これだけ心を砕いて真剣に向き合っても最後にはアレだ。親というものは理不尽すぎる。ここまでしてまるで報われん」
「確かに旦那は大変だよな。俺なんかは男所帯で娘は全部息子たちの嫁だからな。これも気を遣うぜ。言葉が通じないからいつか襲われるとでも思ってんのかよ。そんなことする訳ねぇだろってなぁ。まあ、魔物の俺が言っても説得力がねぇけどな」
「そうだな。男所帯もそんなものか。俺も娘たちの心情を知るだけで手一杯だというのに次から次へと難事がやってくる。リンセスが一番手がかからず信用できるな。アリエスとレオニスは力と心のバランスがまだ危うい」
「ああ。そこも感謝してるぜ旦那。うちの嫁は旦那っていう父親代わりが居るっていうのが支えになってるからな」
「リンキン。お前まで父と呼んでくれるなよ」
「言わねぇよ。相当参ってるな旦那。安心しろって俺達の仲だろ」
相変わらず心強い奴だ。
「僕も助かっているよ。アリエスは君という支えが無かったら折れていたからね。僕という伴侶だけじゃアリエスを支えられなかった。本当に感謝している」
「それは俺もだ。タウラス。お前という夫が居てくれて感激だぞ。アリエスに釣り合う男などこの世にお前以外にいないだろうからな。力、存在、考え方、並みの男では釣り合わん。俺ですら無理だろう」
「そこは光栄だね。でも僕達を結び付けてくれたのは君じゃないか王牙。いつも誰かを導いている。そんな君が今でも好きだよ」
「体を狙うのだけはやめて欲しいがな。アリエスの反抗期も終わって、次はレオニスの反抗期か。気が重いな」
「そこはもう大丈夫じゃねぇか? ちょっと見かけたがあの男、スコルピィと一緒に居たが、そういう時期はもう過ぎてると思うぜ? 反抗期は、もっとこう余裕がねぇからな。他人の配慮なんて出来ねぇ。今のレオニスの反抗期は終わってるだろ。レオニスと言えば俺はお兄さん呼びだぜ。うちの嫁がお姉ちゃんだからな。知ってたか?」
「お兄さんか。そのぐらいが一番いいのだろうな。創作でも妹物は多い。手間がかからず責任もないからな」
「重症だな旦那。しばらく付き合ってもいいぜ。アンタは他者に配慮しすぎだ。そりゃいろんなものが寄ってくるさ」
「そこが王牙の魅力だからね。いろんな存在が王牙に救われている。僕も付き合うよ」
はぁ、涙が出そうだ。
「ならばこの空に惹かれていたい。時間の許す限りこの空を駆け抜けていたいな」
「このまま星に惹かれそうだ」
夕暮れで星が見え始めている。
「そうだね。いつか君と永遠に星に誘われるときが楽しみだ」
「なんだ? 旦那とタウラスで旅に出るのか?」
「いや、いつかこの世界が終わりを迎えた時に、この星が消えた時に、ともに行こうとな」
「気の長ぇ話だな。俺はこの世界が無くなるなら最後のその時までここに居てぇな」
「だろうな。お前はそうだリンキン。最後までここに居るだろう。その時旅立てるのは俺達みたいな人でなしだ」
「確かにね。僕達でなければ旅立てない。星渡は人でなしとは上手い例えだ」
「なんだよ俺だけ置いてけぼりか? 酷ぇ奴らだな」
「そういうな。だからこそお前は信用できるのだリンキン」
「そうだね。僕達は君にはなれない。なりたくてもね」
「はー。アンタらはたまにそうだよな。俺にはそうは見えねぇけどな。きっと俺達は最後までここに居るぜ」
そうだな。そうだといいな。
俺達は夜空を避けて帰路に就く。
ーーー
「ダンナ! おかえりなさい!」
そんな俺達を出迎えたのはリンセスだった。ミニスカメイド服のようなものを着ている。
そんなリンセスに連れられると同じような格好をした女性陣が居る。
「王牙っち。どう? あーしらのファンサービスは」
パルテか。
「可愛いじゃろ! これで王牙もイチコロなのじゃ」
ムリエルがその後ろから出てくる。
「わが父。私たちのサプライズです」
アリエスも一緒か。
「ほら、お母様!」
そしてレオニスが連れて来たのは、
「私がこんなものを着て誰が喜ぶ。そうだろう王牙」
シノ。シノがミニスカメイド服を着ている。黒を基調に白の装いだ。腕が出ているのもいいが、その短いスカートの裾から延びる地肌に目が釘付けになる。その下にはオーバーニーソックス。それが白のガーターで止められている。そして手首、足首、首に細い布が巻き付けられている。特に気になったのが首のチョーカーだ。いつもは無防備に晒されたシノの首元に結ばれたリボンが俺の目に留まる。
「凄い。本当にガン見なのですね」
これはジンバか。早速溶け込んでいるようだ。
「なるほど。では頂いていいのだな?」
俺はシノから視線は外さずレオニスに問う。
「お父様。少しは私達も見たら?」
「もう娘はいい。十分だろう。それではもらっていくぞ」
「王牙。なら我はどうじゃ」
「ああ。可愛いな。いいぞ」
俺はシノから視線を外さすに言う。
「せめて視線だけでもこっちに向けんか!」
そんな余裕はない。俺は恥ずかしがっているシノを抱き上げる。
「王牙様。この場はわたくしが」
ジンバが馬になり俺の前に立つ。サプライズなら振り落とされることもないだろう。俺は魔素アンカーをジンバに付けるとシノを抱えて飛び乗る。
一部のブーイングが聞こえるが俺は無視する。
「では行くぞジンバ!」
ーーー
再度俺達は夜空に居た。ジンバの背に揺られ夜空を飛んでいる。
「私達の贈り物はどうだ? 王牙」
「最高のサプライズだ。勿論下は履いているのだろうな?」
「勿論だ。今日は私がお前の贈り物だ。お前の悦ぶ事しかしていない」
それは僥倖だ。
さて、どこか安全な場所へ。この至福の時間をくれた皆に感謝しながらこの贈り物を楽しむとしよう。




