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第九十三章 泉のほとり

 泉のほとりに俺達は来ていた。

 森の中にある泉。そこに魔素を流し込み生物を軒並み追い払う。飲料には使わない水だ。ガッツリと魔素を染み込ませて安全性を図る。正直浄化だのなんだのがどこまで有効なのかわからない。生物は死滅させる勢いの方が人体には安全だろう。

 レオニスは泉に加護の床を張って水浴びをしている。盾の中ではそれこそ浄化だけだったからな。あれは清潔にはなるが気が滅入る。どれだけ清潔でも服を着続けるのはな。意味はなくても着替えるという行為は必要だろう。

「あの、お父様? あんまりジロジロ見られるのは嫌なのだけど?」

 レオニスが体の前面を俺から背ける。今のレオニスは衣服を身に纏ってはいない。

「安全のためだ。正直今が一番危険ともいえる。人間の結界内という隔離された状況だ。神の代弁者の目すら欺くレオーネがこの機会を狙わない筈がない。たとえ魔素の目を開いていても目視を軽視していい理由にはならない」

「それはわかるけど、デリカシーがなさ過ぎじゃない?」

「今更なんだ。俺がその体に取り込まれていた時にすべて把握している。メンテにしても今は服を着たままでいいが当初は全裸だっただろう。その時の記憶は共有されていないのか?」

「それはレオの体でしょう? 今は私の、レオニスの体なの!」

「ならばまた精神を繋ぐか? 俺の意識でレオの体を動かせば問題あるまい。つまりそういう事だ。俺の事は置物か警備ロボットだとでも思っておけ」

 なんだ? 何か意識するほどの事があるのか?

「・・・お父様は今でも私と繋げるのよね。今でも私の全てを把握できるの?」

「出来る。やらんがな。創作の一つにこういうのがある。心を暴くのは体を穢すよりも醜い行為だ。レオニス、お前がお前のものだと思っている領域に俺は足を踏み入れない。俺がそれをすればお前にはわかるだろう。それでは信用には足りないか?」

「・・・お父様はそれを暴こうとは思わないの?」

「思わない。それはお前との信用を壊してまでする行為か? もしも行うとすればお前の身に危険が及ぶ場合だ。お前の魂が消えたとしてもお前の記憶は俺の中に残る。俺は死んだ娘の思い出で涙するよりも、お前が助かるのであれば迷わずお前を暴く。憎まれ敵対するとしてもだ。それが嫌ならば自身の身を守れ。今俺がここに居て目視するのはそういう事だ。理解できたか?」

「む。理解は出来た。理解は出来たけど納得できない。お父様は私の体に、いいえ、私の存在に興味がないの?」

 なんだ? やけに突っかかるな。

「何か悩みでもあるのか? 俺に見られたとてそれは不義理にもならないだろう。親と風呂に入ったとして嫉妬する男が居るのならやめておけ。俺が首を撥ねるかもしれんぞ」

 スコルピィ、というか彼氏という存在への操か? 異性への対応で戸惑っているのだろうか?

「悩みは、あるの。でもそれが私の中で、形になってないの。聞いてくれる?」

 俺が返事をするとレオニスは水から上がり俺の所に来る。俺が胡座を組むとその膝にレオニスが乗ってくる。

「ねぇ、お父様。私は美少女だって本当に思ってる?」

「無論だ。可愛さで言えば俺の記憶でお前を抜くものはない。これは親バカではないだろう。他者から見てもそうだと思うぞ」

「じゃあ、今の私は可愛い?」

 一糸纏わぬ姿で上目遣いをしてくるレオニス。その両手は俺の膝に置かれ丁度その腕で胸が隠れる姿勢だ。

「問題ない。俺でなければどんな男でも落ちるだろう。何処に自信がないのだ?」

 レオニスは目を伏せる。その姿一つとっても魅力的だが、そこで俺はピンときた。

「ムリエルだな。奴の童貞落としのテクニックは魔物に効くとは思えんぞ。人間用だ。だがお前を愛する存在であればその心意気だけで満たされるはずだ。テクニックよりもその関係性、信用や信頼を築く方が重要だ。好きな相手であれば何をしても楽しい。嫌いな相手であれば何をしても楽しくないだろう」

「ムリエルがそういうことをしていたの?」

 驚くレオニス。

「なんだ、ムリエルではないのか。そうか、では語るべきではないな。お前もあまりムリエルの過去は聞かないでくれ。奴が立ち直るのに時間がかかった。今ののじゃロリスタイルは意図して自身を変えたものだ。素のムリエルはレオニス、お前に近い。だからこそ打ち明けていると思ったが、違うのなら聞かなかったことにしてくれ」

「わかったわ。でも素のムリエルが私に似ているっていうのは薄々感じていたわ。でも、だからこそ、どこか見せられない部分が在るのも感じてた。そっか、ムリエルでも語れないほどの事があったのね」

「お前の想像の何倍もな」

「でも、そっか、今の私はその時のムリエルに似てるの?」

「ちょうどこんな感じだった。だがこれ以上は語るまい。奴が言わないのであれば暴くのもやめてくれ。いくら娘とは言え俺の友人を傷つけるとなると黙ってはいられないぞ」

「ん。わかった。わかっちゃった。私もムリエルをわかっちゃった」

 何か腑に落ちたようだ。しかしレオニスにも打ち明けていないとすると、やはりまだ傷は癒えていないと見るのが妥当か。

「ねぇ、お父様。私がお父様を異性として好きって言ったらどうする?」

「光栄だな。出会いが違えばそれもあり得ただろう。俺の望んだ美少女像だ。確実に落ちていたな」

「じゃあ、今は?」

「確か俺は振られていたはずだが。筋肉だるまの彼氏はお断りという言葉を聞いた気がしたが」

「茶化さないで」

「悪いが一度振られた女と付き合う気はない。残念だが他を当たってくれ」

「む。じゃあそれを言わなかったら?」

「愛する妻が居る。他を当たってくれ」

「じゃあ妻が居なかったら!」

「美少女とは触れられないからこそ美少女なのだ。つまり・・・」

「じゃあ触れられるから! もう美少女じゃないから!」

「美少女でなくなったら付き合う事もないだろう」

「もう!!! 意地悪しないで!!! 私と付き合って!!! 私と愛し合って!!!」

「もう愛し合っているだろう。この関係性以上に何を望む」

「じゃあ抱いて!!! 交わって!!!」

「それこそいつも繋がっているだろう。心と体が一つになっているのだ。合体ももうしているぞ。これ以上の交わりはないな」

「むぅぅぅ!!! 私の事嫌いなの!!!」

「嫌いじゃないからこうしているんだろう」

「お父様なんて大っ嫌い!!!」

「それは悲しいぞ愛娘よ。一体どうした。一度落ち着け。まずは服を着ろ。そんな格好だからおかしな方向に考えが行くのだ」

 プリプリと怒りながらレオニスが服を手にする。

 スコルピィとの邂逅は良い方向に向かっているようだな。いままで見られなかったレオニスの一面が見えてきた。確かにもう美少女ではない。触れられる愛娘になってきたな。


ーーー


「スコルピィと楽しい時間を過ごせたの」

 しばらくして服を着直して頭を冷やしたレオニスが語り出す。

「スコルピィは私のことを何でも知っていて、他にもいろんなことを知っていて、凄く頼もしかったの」

 ふむ。

「でもなんだか私以上に私を知っているような感じがして不安になってきたの」

 ふむふむ。

「お父様もそうでしょう? 私以上に私を知っている。それがなんだか怖くなって」

 ふむふむふむ。

「私は何なの? なんで私以上に私を知っている人が居るの? 私が知っている私って何? 私はただの人間で、巻き込まれただけで、ただの被害者でしょう? それでも、ただ生きたい。その一心でここまで来たわ。でも、どうして、私はそこまで生きたいんだろう? 私は私がわからなくなってきた」

 ふ~む。

「お父様? 聞いてる? これで茶化したら本気で怒るわよ」

 聞いてはいる。俺は悩まし気な溜息と共に口を開く。

「ふむぅぅぅ。はっきり言おう。難しいのだお前は。相当にややこしい。ムリエルを超えるほどに難事だ」

 俺の答えにレオニスは目を丸くする。そんな答えが返ってくるとは思ってもいない顔だ。それはそうだろう。

「レオニス。お前を取り巻く環境はお前が考える以上に難しい。この情報をお前に語るのが正しいのか。それを悩むほどには難しい状況だ。俺でさえうなり声しか出ない状況だ。お前以上にお前を知る存在が居るというのは正しい。お前が不安や恐怖を感じるのは当然のことだ。思春期特有の妄想などではない。確かにお前はそういう状況にある」

 俺はレオニスの顔を見る。やはり意外そうだ。むしろただの妄想で気のせいであった方が良かっただろう。

「これは難しいのだ。不意に知りたくもない情報を手に入れるかもしれない。だからといって全てを語って情報を共有するという状況でもない。だから、今は語れない。お前は自身がそういう状況にある事だけは把握しておいてくれ。その恐怖や不安はそこから来るものだ。だが俺達はいつでもお前の味方だ。必要な時に必要な情報が必要だと感じたら、その時にまた話そう。今はまだその時ではない。俺はそう判断する。そしていつかも行った通りだ。俺は、俺達はお前の味方で居たい。それも本心だ。今はこれで納めてくれるか?」

 レオニスの顔を見ると陰りが見える。そのような話が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。やはり早すぎたか。


「私は巻き込まれただけじゃないのね?」

「そうだ」

「私がここに居るのは必然なの?」

「それすらも判断がつかん状態だ。偶然なのか誰かの必然なのか。それでまた状況が変わる」

「そっか。私は部外者じゃなかったんだ。私もこの物語の一員。ただの巻き込まれただけの人間じゃない。私はここに居るべくしてここに居るのね?」

「その可能性が高い」

「なんだ。そうだったんだ。お父様。私は私でいていいのよね?」

「当然だ。それがどのようなものであれ、お前はお前でいて欲しい。そうだな。俺を救ってくれたシノの言葉『私の好きなお前でいろ』『私の愛したお前でいろ』これをそのまま送ろう。パートナーと家族では意味合いが変わってしまうが、根本的なものは変わらない。・・・そうだな、変えるとすれば『思うがままに成長するお前でいろ』と言う所だ」

 レオニスの顔が晴れやかになる。どうやら上手く伝わったようだ。


「ねぇお父様。さっきの言葉をもう一度言ってもいい?」

「なんだ?」

「私は、レオニスは、あなた、王牙が好き。これ以上はないくらいに。これは伝わっていますか? 私の気持ち。あなたに」

 なるほど。これは真面目に応える必要があるな。

「伝わった。ならば正直に返そう。俺も嬉しい。お前のような者に想ってもらえるのは光栄だ。そこに嘘偽りはない」

「じゃあ、私と、添い遂げてくれますか? 私と王牙でこれからずっと一緒に夫婦のように仲睦まじく暮らしてくれますか?」

「それは魅力的な提案だが断らせてもらおう。お前が愛してくれた王牙という存在はシノという妻が居てこそ成り立っているものだ。それが無くてはお前の愛した王牙ではない。そのような者をお前の伴侶として認めることは俺が出来ない。だからこそ、俺はお前の伴侶にはなれない」

 レオニスが涙を流す。それが大粒になり、顔を両手で覆い、下を向いていた顔が上を向き、そしてついに両手を放して大きな声で泣き続ける。

 俺はその場にいた。俺はレオニスを振った男ではなく、家族としてここに残った。それが俺の選択だ。


ーーー


「そんなにシノの事が好きなの?」

 未だに涙声のレオニスがこちらを向く。

「もう無くてはならない存在だ。居ないという選択肢は取れない」

「私もそんな風に思われる女性になりたいな」

「ならばそのまま真似ればいい。最高の手本だろう。お前を娘として迎え入れるほどの女だ。その一件だけを見ても惚れるなという方が難しい」

「あんなに意地悪な継母な見た目なのにね。・・・お母様は」

 レオニスは笑う。本当の悩みとはこちらだったか。自身の存在よりも色恋事。

 俺も人の事は言えないか。世界よりも自身の存在よりも大切なものがある。それは何も変わらない。

「でもスッキリしちゃった。これでスコルピィとも向き合えるかも」

「奴とはうまくいっているのか?」

「ええ。スコルピィはなんだか私を通して別の誰かを見ていたみたいだったから、凄く優しいの。それを壊すのも怖かったけど、だけど、だけど、それは気に入らないわ。それを壊して私に惚れさせてみせる。それが出来ないようじゃ、彼とも向き合えないもの」

 そう語るレオニスは眩しく見えた。

「頼もしいな。俺でも惚れそうだ」

「もう遅いわよお父様。私は筋肉だるまな彼氏はお断りなの。せいぜいお母様とお幸せに。私はもっと幸せな家族を作るんだから!」


ーーー


 そしてレオニスは眠りにつく。

 俺には眠りは必要ない。魔素を流し、魔素の目を開き、世界の改変の禁止をウェイト状態で待機させる。相棒を聖剣に変え出しゃばりの精神防壁を張る。

 そして旗織り。フラグを与える物を意味する腰の脇差に手をかける。

 どうみてもコレはフラグだ。ここで俺が死ぬかレオニスが攫われるか。何かの前兆だろう。

 ならばそのフラグを破壊するまでだ。何が起きようとフラグを起動させる存在はその魂の一片も残さず殺し尽くす。

 まあ、ここはゲームでもアニメでも小説でもない現実。ただの杞憂だ。

 それでも備えることに意味はあるだろう。少なくとも俺の心の安寧ために。そこに殺意の全てを注ぎ込む。

 神も世界も殺せるほどの殺意を俺は垂れ流す。これを向ける相手が居ないという事は幸せなのだろうか?

 以前の俺ならそうは思わなかった。やはり俺はシノに変えられてしまったのだろうな。だがそれも心地よい。

 俺はシノが愛する夫でいい。今はそれでいい。



Tips補足

ムリエルのレオニスと似た行動は「第五十六章 魔王種」の後半を参照。

元皇女兼皇帝のムリエルはそれら全てを捨てて人間として生きている。

かつて頂点に居た存在が人の姿と生き方を求めた、と言う所に王牙はレオニスとの類似点を見出した。


ちなみにムリエルは力を失っていない。そのインナースペースは王牙に匹敵し、世界の改変を扱う能力は王牙よりも卓越している。

つまり世界を崩壊させられる力を持っている。

それだけの力を持ちながらもこの世界に生き、この世界を守るという姿勢が王牙と共感した。

それについては「第五十四章 王牙戦記」を参照。

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