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第九十一章 真・オニアック教二人掛け王牙像

 それはいつもの懺悔室から始まった。

 懺悔室と言っても場所は聖王都の北の街。要塞化途中のいつもの街だ。そこから少し離れた場所でアリエスの懺悔を聞いている。

 内容は簡単だ。レオニスがアリエスを御姉様と呼んだことで前世の人間であった頃の記憶が刺激されたらしい。聖女であった頃のアリエス。その頃の名は知る由もないが、そこでアリエスは聖女候補生の学園のようなものに通っていたらしい。そこで新しい形の聖女として期待され、それこそ御姉様と呼ばれるような存在であったようだ。

 本来であれば輝かしき功績をあげて新型聖女としてデビューし、人間の領域を盤石に出来る真の聖女になっていたことだろう。だが現実はそうはなっていない。父と共に辺境へと流された。それが何故かを思い出したようだった。

 詳しい内容は本人も憶えていない。だが朧気にその心情だけはその魂に刻まれていたようだ。


「懺悔します。わが父。私は、私は、人間が憎かった。私は聖女としてあるまじき、人間に憎しみを抱いていました。私を導いてくれた存在も、私を御姉様と慕う聖女候補達も、私を守ってくれた実父でさえ、私は許せなかった。私は、人間を救いたいなどと、全て偽りです。私は見返したかった。全てを。全ての人間を。私を見下した全ての人間を」

「聖女として人々を守る存在になりたい。それに嘘偽りはありませんでした。ですがそれがいつの間にか輝かしきものではなく、どす黒い欲望を伴うものになっていきました。聖女としての理念だけではその場所では成り上がる事が出来ませんでした。正しき心を持ったままでは聖女になる事すら許されなかった。私は聖女になるために私の中の聖女を捨てなければならなかった」

「だから私は、私の中の聖女を守った。私が信じる聖女を貫いた。それが今の私の姿です。私は理解されず、辺境に追いやられ、その時の家族ですらも巻き込んだ」

「そして、そして、追放され、全てが終わった後で、私の中の聖女は消え、私は私が否定した、聖女を捨てた醜い聖女として成り上がることを決意したのです。それがわが父と出会った時の聖女の私です。わが父はその時の私を褒めてくださいました。あれこそが聖女だと。人類の為に身を引き裂かれても立ち上がる本物の聖女だと。ですがアレは、あの時の私は私がもっとも唾棄すべき聖女の姿だったのです」


 その言葉を俺の中で噛み砕く。

 アリエスのが望む正しき聖女の姿。それは人間の社会では受け入れられなかったのだろう。

 あまりにも模範的で真っすぐで曲がらない。その生真面目さと聖女としての適正の高さが人間の社会では摩擦を生む。

 もしもアリエスが自身を曲げれば人間の社会に溶け込めただろう。

 だがアリエスはその選択をしなかった。自身が信じる聖女像を貫いた。

 そして追放された。

 アリエスが信じた聖女像は脆くも崩れ、自信が忌避していた人間社会に都合のいい聖女像で返り咲こうとした。

 浅ましく聖女としての功績をどん欲に求める聖女。俺と戦ったのはそんな時のアリエスだったのだろうな。

 

「私がここに来たのはあなたを討つため? いいえ、違います。私は堕ちたくてここに来ました。私を見捨てた人間達を見返すために。ここでなら私は私で居られると人間達に示したかったのです。ですが結果はあなたが知る通り。私は人間を殺せず、ここでも中途半端な紛い物になってしまいました」

「ですがそんな私を救ってくださったのはあなたです。わが父。魔物になれない私を導いてくださった。信じてくれた。私はただそれだけで救われたのです。私が魔物としての原動力を失い、魔物でいられなくなったのはあなたに救われたからです」

「私は天に召されたくなかった。私を救ってくれたあなたが神の御許へ送らせないと言ってくれた。ですがその理由が人類の希望を見出す聖女になれ、と。わが父、あなたでさえ私を聖女として縛り上げた。この時の私の感情をあなたは推し量る事が出来ますか? ですから私はそれに乗ったのです。心にもない人類に希望を見出す聖女という鎖を身に纏って」


 アリエスは最初から魔物として大成するためにここに来た。

 俺はそれを自身を討つほどの強大な魔物、つまり俺を討つために魔物に堕ちたと勘違いしていた。

 だがアリエスは人間を殺せなかった。自身の信じる聖女像を貫くには、自分が庇護していた人間を殺すという選択肢は取れなかったのだろう。

 アリエスが貫こうとした正しい聖女像と、俺の中の聖女像が合致していた。だからこそ俺はアリエスが魔物に堕ちた後でも聖女であると判断した。

 最初はまた人間に転生し俺の前に立ちはだかると思っていた。

 だがアリエスの真の願いは魔物として生きる事だった。それを俺は感じていた。だからこそ自身を変えてでもここに残れるように俺のインナースペースでの自身の改変を経て、神との繋がりを消す提案をした。

 だがその時の俺の言葉が悪かったのだろうな。

 俺はアリエスを説得するために「どれだけ変わってもお前が聖女である」と伝えたかった。だがそれはアリエスの欲しい言葉ではなかったのだろう。本当に欲しかった言葉は「聖女を捨てここで魔物として生きろ」という言葉だったのだろうな。

 それを俺が口にしなかった。だからこそアリエスは聖女であろうと自身を戒めた。捨て去る筈だった聖女という衣をもう一度その身に纏ったのだろうな。


「私はあなたを騙していました。あなたのインナースペースに入った時も私は何も変わっていません。ただタウラスと戦って一つになっただけ。彼に写る私の姿が私という存在を気付かせてくれただけ。そして私はあなたを騙す事に決めました」

「私は最初から魔女だったのです。聖女ではなかった。ここに来たその時から。聖女としての振る舞いはあなたがそれを望んだから。ただそれだけに過ぎません」


 そう。アリエスは何も変わっていなかった。俺のインナースペースを経ても尚、人間を殺す事が出来なかった。


「ここで懺悔は終わりです。ここからは告白します。王牙。あなたに」

「王牙。あなたを愛しています。どのような存在よりもあなたを愛しています。聖女でもない、魔女でもない、私を見てくれたあなたに全てを捧げたい。そして受け止めて欲しい。私を受け取ってくれますか?」


 そしてアリエスは祈るような姿で俺を見つめる。

 これは正直予想外だ。

 アリエスに聖女を強いていたのは俺なのか? そんなことは露ほども思っていなかった。

 そしてアリエスの思い。これも嘘には思えない。流石に即答は出来かねるな。

「アリエス。答えを紡ぐ時間をくれ。情報量が多すぎる。即答は出来ん。しばし待て」

 アリエスはいつものように頷くと俺から視線を外す。それでもその手は祈るように組み合わされていた。

 さて、これはどう答えるのが正解か。そもそも正解などあるのか?

 散々頭を捻って出てきた答えを慎重に言葉にする。


「まずはそうだな。その答えだ。俺がお前の告白を受け入れないことはもうわかっているな?」

 アリエスは頷く。俺がシノとの縁を切るとは思っていないだろう。

「ならば俺を騙していた事か。これについては正直に言おう。騙されていた。お前が聖女として俺を殺しに来た、そしていつか人類の側に戻り俺を討つ聖女になると確信していた。最初の邂逅も俺の剣をその身に受けそれでも立ち向かう姿は強烈な程に聖女という存在を俺に刻み付けた。だが今は理解できる。あれは聖女でなくアリエス。お前なのだと。俺を圧倒して魅了した聖女という存在はアリエスお前そのものだ。決して聖女という形などではない。お前の姿だった」

「お前が初めて人に止めを刺した時にこう言った。私に幻滅したのではないかと。それも正直に答えよう。そんな事は無い。あの時も言ったがお前はもう魔物側になくてはならない存在だった。お前が居なければ俺はここには居ないだろう。お前が魔物の側に立つと宣言してくれた時は心底頼もしかった。それは今でもだ」

「そしてお前は聖女でなくても人と信じた存在を守ろうとした。ここに来て、友人を守る姿は正に俺が想像していた聖女と言える。だがそれは俺が押し付けた聖女像ではなく、アリエス、お前という存在だという事も気付いている。俺が惚れこんだ聖女像。それはアリエスお前そのものだ。俺が信仰を感じるほどの気高い魂だ」

「俺も告白しよう。アリエス、お前のその存在に、魂に、俺は惚れこんだ。それは紛れもない事実だ」


「これで答えになるか? これ以上を望むのなら言ってくれ。その全てに応えよう」


 アリエスは泣いていた。その涙が何を意味するのか俺にもわからないが、それでもアリエスは泣くことを拒否することはなかった。


ーーー


「浮気現場はもう終わったかい?」

 アリエスが泣き止むのを見計らって人の姿のタウラスがやってきた。

「タウラス、これは、私が、勝手に言い出した事、私は」

 アリエスが言葉を紡ぐ前にタウラスはそれを制止した。

「いいんだアリエス。それでいい。君の気持はわかっていた。だから僕は君が好きになったんだ」

 そしてタウラスは後ろからアリエスを抱きしめる。

「それでいいんだ。僕も同じだから。僕も王牙を愛している。アリエス、君が王牙を愛するのは当然なんだ。僕達は似た者同士だから」

 そして二人は俺の方に向き直る。

「さあ、二人で王牙と愛し合おう!」

 ブフォォォ!!!

「まて! それはなんだ。それは却下だ。何があっても同意する気はないぞ」

「いいから座ってくれないか? 僕に任せて」

 不安要素は山ほどあるが、ここはタウラスを信じるか。

 俺はその場に胡座をかくと俺の膝に二人が座る。

「ほらアリエスも」

 そういって俺の体に身を預けるタウラス。アリエスも戸惑っていたがそれに習って俺に体を預ける。

「僕たちは同じ人を好きになって、同じ人に愛を求めた。そしてそれは得られただろう?」

「はい。今も、愛を感じています。痛いくらいに、悲しいくらいに」

 アリエスが言葉を返す。その言葉の意味が俺にはわからない。

「それでいいんだ。足りない部分は僕たちの愛で補おう。アリエス。君を愛している。君の全ての思いを愛している。王牙への思いでさえ、僕には愛おしいんだ」

 二人の手が恋人つなぎに変わる。

「私は、私でいいのですか?」

「勿論さ。その全てを僕は愛している。王牙、勿論君もだよね?」

「無論だ。俺が惚れこんだ聖女という存在はアリエスお前自身の事だ。それはもう疑い様がない。お前自身が否定しても俺が肯定する。お前は俺が信じた聖女そのものだ」

 即答した俺にアリエスが泣き顔を隠すように埋める。

 俺がタウラスに視線をやると、タウラスはアリエスを熱く見つめていた。

 ・・・この場面で情欲を含めた視線とは。だがそれでいいのだろう。この二人は夫婦なのだ。

「王牙。このまま三人で・・・」

「却下だ。アリエスを穢すな。俺を父と呼んでくれたアリエスに不義理を働く気は毛頭ない。この場の誰が望んでもだ」

 タウラスが熱い視線で誘惑してくるが俺はそれを無視する。

 コイツはコイツで悪魔と呼ばれた男だけの事はある。このぐらいでないとアリエスの夫は務まらないのだが、果たして本当にそれが正解か。それもまた正解などないのだろうがな。

「わが父。今でもまだ、そう呼んでもいいのですか?」

「勿論だ。俺のお前へ気持ちは何も変わっていない。ただはっきりさせただけだ。俺が惚れこんだのは聖女ではなくお前だとな。これからも頼りにしてもいいか?」

「はい。勿論です。私は魔物を守護する魔女。人を捨て、聖女を捨て、人に仇成す事を選択した者。その全てをわが父に打ち明けた以上、もう何も迷いはありません」

 今までの状態でも迷いを抱えていたのだ。それが無くなったアリエスは更に強くなるだろう。

 もう俺を超えるのは時間の問題だな。

 俺はアリエスの頭を撫でながら、そしてリクエストしてくるタウラスの頭も撫でながら人間との本格的な戦いが来るような予感を感じていた。


ーーー


 その後、俺とアリエスは模擬戦をしていた。

 施された武器の仕様変更に伴ってアリエスが黒武器を使えるようになったからだ。神の加護を無効化できないが魔物にも使える施された武器。それが黒武器だ。

 アリエスはそれを鎧に使っている。足甲に使い、体術で俺を攻撃してくる。要所で蛇足に戻りその先端で突きを入れてくることもある。施された武器を使った、破壊できない鎧。人間であれば装着した生身が無事では済まないが魔物は違う。


「わが父。一つ疑問があります」

「なんだ?」

 俺達は戦闘しながら会話を交わす。

「何故あなたは魔物なのですか? あなたが人間であったなら私は忠誠を誓い真の聖女となっていたでしょう。あなたが魔物でさえなかったら全てが上手くいっていた。なのになぜ魔物を選んだのですか?」

「人では俺の生き方は出来ないからだ。それはお前も知る通りだ。人であれば正しき道を進めたか? 俺はそうは思わない。魔物であったからこそ今の俺が居るのだ」

 そう。俺は魔物であるからこそ正しき道を歩めている。

 アリエスも納得したようでその先は続けない。

 もしかしたら俺達は似た者同士なのかもしれないな。人の身では生きられない。

 なるべくして、そして自身で選んで魔物に堕ちたのだからな。

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