第八十九章 パルテ
俺はレオーネによってコアを失った事をシノに話すと、失意のうちにその場を離れた。
そしてウキウキのスコルピィと相対する羽目になる。
「よぉ。お父様。レオニスとの交際は順調だぜ」
コイツめ。嬉しそうな顔をしおって忌々しい。
「王牙。お前との話も順調だ。神が魔物の王でその死をもって世界が変わった。今はそれでいい。だが新しい神を立てる。これは流石に保留だな。どのみち人間は追い払わなきゃならねぇ。人間の結界を超えての侵攻も視野に入れていく必要がある。その踏ん切りは付いたがな」
「そもそもなぜ魔物と人間は敵対するのか教えてもらえないか?」
「そこからかよ。単純な話だ。奴らが人間の結界を超えて侵攻してきた。それまでは俺達魔物で楽しくやってたんだがな。神の加護を持つ人間に敗退続きだ。正直な所追いつめられていたって所が真実だ。今ようやく盛り返して取り返している所だな」
「昔も人間の移住者は居たんだが、ここまで明確に領土を取りに来たのは最近だな。最近と言っても俺達魔物の最近だがな。人間の結界内がよほど居心地が悪いのか、人間で溢れかえっているかは知らねぇが何かがあったんだろうな。あの中は魔物である俺達では知りようがねぇ」
「最初は結界まで人間を追い返せば終わりって空気だったんだが、ここまで人間が危険だとわかった以上、このままで終わらせるわけにはいかねぇな」
「エルフたちは人間の側なのか?」
「あれは人間側というよりも原住民だな。森に巣食う獣だ。人間の一種ではあるだろうが森に棲み森から出てこない。基本的には非干渉だな。たまに小競り合いはあるが森を焼いてまで全滅させなきゃならねぇって種族でもねぇ。魔族みたいにいきなり牙を剥く可能性はあるにはあるが、人間との共闘は考えなくていいだろう。藪をつついて蛇が出るのは確定だからな」
「リンキンとリンセスの子供たち。亜人ゴブリンについて聞きたい」
「あれか。今は安全だがこの先はどうなるか分からないぜ。結局亜人は魔物とは違う。家族と言ってもいつか袂を分かつだろう。その時味方になるか敵になるか」
「王牙。お前が奴らをどう扱おうがお前の思い通りにはならねぇぞ。奴らは生物だ。魔物とは違う。お前がいくら庇護しようと魔物の味方であり続けるかは奴らの選択だ。そしてその親もな。意図して潰しはしねぇが、その時はお前も覚悟を決めろよ。奴らの選択を受け入れる覚悟だ」
「以上だ」
「ああ。亜人と言えば王牙。お前は森に生えたデカイ木の事を知っているか?」
「いや、初耳だな」
「そうか。エルフの森にデカイ木が生えててな。コイツががどうにも妙だ。普通に考えればエルフの仕業なんだろうが、俺達魔物に都合が良すぎるんだ」
「その世界樹はあーしさね」
その言葉に俺とスコルピィは振り返る。そこには白衣の桃色女型オーガ、パルテの姿があった。
「あれは周囲の魔素を吸いあげてこっちの望んだ場所に照射できる一種の魔素兵器。あーしらにとっちゃ魔素収束装置、エルフにとっちゃ魔素クリーナー。エルフにしたら住みやすくて魔素を無くしてくれるありがた~い世界樹ってわけ。あーしらが植えたもんだから安心していいよ」
それに異を唱えたのはスコルピィだった。
「おい。それは本当に安心していいのか? つーかお前だよ元魔王。一番危険なのはお前だぜ。魔物を使ってあちこちに仕掛けを作りやがって。魔物を乗っ取る気じゃねぇだろうな?」
スコルピィが目を剥く。確かに魔物の統括者としては危機感を感じる所だろう。
「ないない。どーせあんたら特に作戦もないんでしょ。備えはあーしに任せておきゃいいのさ。困ったときに頼ってくれればそれで御の字。さっきの世界樹もとっておき~。今はそこらの魔素ジェネレーターに向けてるけど、この偏光機能を使えば次の戦場を魔素で照らす事も可能さね。一回やったらバレて対策されるからここぞって時にね」
ほう。それは頼もしいな。それが本当なら現状魔素ジェネレーターが破壊されても魔素の供給は続けられるという事か。そして攻勢で実質魔素ジェネレーターを立てたのと同じ状態で戦闘を始められるという訳だ。
「モヒカンっちが心配するような事はないって。あーしはもう魔王は廃業。もう人間のためになんて動かないよ。奴らは皆殺しさね。魔王を捨てた今のあーしは自由だ。もう手加減したマッチポンプなんて必要ない。全力で潰しに行くよ。それともモヒカンっちはビビっちゃった? 神の代理みたいに人間と仲良く共存したいんだ?」
パルテがスコルピィを煽る。
「俺はスコルピィだ。問題はそこじゃねぇよ。魔物が勝った後はどうするんだって話だ」
「そんなの決まってる。技術革新さね。魔物であれば何でもできる。スコピーの望みだって叶えてあげるよ。技術屋はこの世界の理を紐解く。世界の改変なんてなくたってこの世界は自在に変えられる。それこそ技術はそれ自体が神なんだ。あーしの手にかかれば神を立てなくてもこの世界を救えるかもしれないよ?」
それは大胆な発想だな。
「お前が神に立とうとは思わないのか?」
俺はそう質問せざるを得ない。
「まさか。神になってどーすんの。何でも思い通りに変えられる世界なんてなんにも無いじゃん。そこにあーしが要る意味があるわけ?」
「自身ではなくその技術を神にか。それでは今の神の加護を纏う連中の集合無意識と同じではないか?」
「その仕組みを人間達から得られれば変わるっしょ。その神というシステムを知るためになら神になるのも悪くないかもね」
ふむ。
「パルテ。ある意味お前が一番危険だな。神の代弁者がお前を魔王に仕立て上げたのも納得がいく。お前であれば世界の改変を使わずともこの世界を変えられただろう。この世界の侵食という意味では素のお前は正に魔王だったのだろうな」
「それを言うなら王牙っち。あんたも相当ヤバいでしょ。あんたならこの世界を滅ぼせるんじゃない? もしもあーしが魔物の統括者だったなら真っ先にあんたを殺すよ? 自覚はあるでしょ?」
流石に俺も言葉が詰まる。それこそまさにシノを失いかけた時、この世界を維持しているであろう神の力の根源を打ち抜こうとしていたからだ。
「やっぱり自覚はあるんだ。それもやろうとしちゃったんだ? それもシノっちの為だよね? ふーん。そうなんだ?」
ぐうの音も出ないが、コイツには隠し事は無理だろうな。
「そうだ。俺の最優先はシノの願いだ。レオニスが生きるこの世界を守る事だ。だがそれでもだ。そのシノが居なくなるのでは本末転倒だろう」
「そうだ、じゃないでしょ。この筋肉だるま。本当にムカつく! 真顔でそんなバカな事を言われちゃ返す言葉もない。でも。これを真顔で言える奴なら安心っしょスコピー」
「パルテ、王牙。俺は人間よりもお前らを始末した方が安全な気がしてきたぜ」
「それやったら人間に勝てないっしょ。味方にいる間は利用しときなよ。それにこれくらいのメンツじゃなきゃ人間には勝てないよ。腹をくくりな魔物の統括者。人間と仲良しごっこがしたいなら神に下りな。そしてあんたが次の魔王だ」
「舐めるな元魔王。そんな事はわかってるんだよ。その上でお前らが人間よりも危険だって言ってんだ。その時も俺は判断には迷わないぜ。魔物の敵になるならいつでも寝首を掻かれる覚悟をしとけ」
スコルピィとパルテの間に緊張すら走らない。この程度はただの挨拶か。
「それにしてもだ王牙。お前の力で人間を一掃とかは出来ねぇのか? 出来るんならこんな面倒ごとはしなくて済むぜ」
これは単純な言葉だけではなく、こちらに探りを入れているな。
「無理だな。世界の改変で人間を滅することはハエを叩くのに家ごと爆破するようなものだ。人間だけでは済まん。この世界が変化する危険性を孕む。魔物自体にも甚大な被害が出るどころではない。それこそ何が起きるか俺自身にも測り知れない。パルテほどの知恵をもってしても制御できない力だ。いや、寧ろ力というのもおこがましい。俺達の世界ではチートと呼ばれ扱えば世界の在り方そのものを変えてしまう。選択肢には入れるな。これを使うという事は勝ち負けという概念自体が崩れる。逆転の一手などという生易しいものではないぞ」
自分で言葉にしていて俺自身の整理もついてきたな。世界の改変を安全に使うという試みはムリエルからの着想だ。それが無ければ俺ですら使おうとは思わなかっただろう。
俺は改変された時限式ロングソードを出す。
「俺が出来るのはこれくらいだ。何にも干渉せず、時間が経てば消えてなくなる。ただの剣の形をしただけの物体だ。人間の施された武器と打ち合うのには使える。その程度のものだ」
俺は二人の反応を見る。スコルピィは特に感想はなさそうだ。だがパルテは驚いているようだ。
「この世界の物に世界の改変を施してはならない。それが俺の結論だ。だが相手がチートを使うのならばそれは例外だ。俺の全てを使って迅速に始末する。コア持ちが出た時は任せろ。その存在が世界を乱す前に息の根を止める。そこは約束しよう。だが人間との戦いでは世界の改変は実質使えん。それは理解してもらえたか?」
スコルピィは目を閉じ考えているな。だがパルテは目を輝かせている。
「王牙っち。あんた本当に面白いね。そんな使い方単純すぎてあーしじゃ思いつかなかったよ。確かにムリエルっちが使ってるのは見てたけど、そんな単純な事だったんだ。生み出して世界に順応させる。分解じゃなくて消失か。意味を持たせて意味を消失させる。・・・駄目だ。技術屋のあーしじゃ無理だね。理解できないし、したくない。確かにこの力は吟遊詩人の領域さね。物語の力。やっぱあーしは手を出さなくて正解だ。この世界の理はあーし。世界の理の外は王牙っちあんたが担当すればいい」
そしてさらに目を輝かせるパルテが俺に迫る。
「ねぇ。やっぱり王牙っちはあーしの理想だよ。筋肉ダルマの姿を捨ててイケメンになってみない? 見た目さえクリアすれば王牙っちはあーしの理想の王子様になれるかもしれないよ? 世界の改変なしでこの世界を手に入れてみない?」
コイツは本当に元魔王だな。
「それについては無理だ。今の俺は、お前が理想だと語る俺の姿はシノが形作ったものだ。シノが居なければ存続できない。仮に俺がお前の誘いに乗ったとしても、それはお前の理想の王子様か?」
「ホントーにムカつく筋肉ダルマだねあんたはさ! その正論パンチが本当にムカつく! その通りさね! あんたがシノを裏切ってあーしに着いたら殺してたよ! 結局そうなってた! あーしが欲しいものはいつだって手に入らない! 知ってたさ!」
俺は言葉を返す。
「欲しいものが手に入らないんじゃない。作り上げてこなかっただけだ。シノはそれをしていたぞ。どのような言葉や力よりもシノの言葉『私の好きなお前でいろ』、『私の愛したお前でいろ』この言葉が俺を救ってくれた。だからこそ俺はシノの理想の男に仕上がったのだろう。それが俺の望みでもあるからな」
「あーーー!!! 本当にムカつく! 殺したい! 今すぐぐちゃぐちゃに殺したい! シノはいつだってあーしが欲しいものを持ってた! いつもそれで澄まし顔で当たり前な顔をして! あーしが手に入らない物をさも当然の権利のように享受して! あーしが本当に欲しかったのは男なんかじゃない! シノの手に入れたものがあーしが望んだ本当に欲しかったものなんだ!」
パルテは声を荒げて髪を振り乱す。だがそれは意外にもすぐに収まった。
「でもやっとわかった。シノは手に入れたんじゃない。自分で作ってたんだ。あーしが作れない物を。やっとやっと理解できた。どうしてこんなにシノが恋しいのか。シノはあーしが生み出せないものを持ってたからか。あーしがどんなに作っても満たされない。その理由が」
パルテの目が俺を向く。
「王牙っち。やっぱさっきの無し。あんたはシノの傍に居て。そしてシノに見せつけてやる。あーしの作った最高の男を」
「何かまた道を間違えてないか?」
「大丈夫。大丈夫。別にホントに作るわけじゃないよ。作り方はわかったから後は素材を探して育てるだけ。癪だけどシノっちの真似事から始めないとね。データが足りてなさすぎる」
いや、確実におかしな方向に進んでいそうだがそれは言葉にすべきではないだろう。それもまた必要なプロセスなのだろうからな。




