第八十八章 咆哮
聖王都の北の町。橋頭保となるべくして生まれたような街は魔物の要塞のような体を成していた。
今の所は人間の結界方向に建てられた壁だ。魔物に効果のある加護のレーザーは物理的な物にはそれほど効果がない。壁があるだけでも不意打ちを防げるだろう。
それ以外にもいろいろとある様だが、俺達戦闘員はどちらかというと邪魔になるのを避け訓練や索敵に従事している。
俺達オーガは壊すのは得意だが組み立てとなるとな。この大きい体が邪魔なうえに牛頭馬頭の指の冴えを超える事は出来ないだろう。
その魔物の統括者を名乗る魔物。撫で髪モヒカンの中型白ゴブリンがやってきた。
細い花束を携えて気障な格好だ。花束は俺へのものではないだろう。こちらに来るのは挨拶だろうな。
「よぉ。赤鬼野郎。後で寄らせてもうぜ」
だろうな。予想は当たったようだ。
「もういいのか」
「ああ。ある程度目途はついた。それよりも今はレオニスだ。待たせちまったからな」
花束を嗅ぐように息を吸う統括者。魔物にそれは意味がないと思うが、魔物の王以前の生存者という事は元々人間に近い存在だったのだろうな。
「お前がそこまで気に掛けるとは意外だな。まだレオニスに疑いの目を向けているのか?」
「違ぇよ。今は仕事じゃねぇよ。そんな態度で会いに行くわけねぇだろうが。俺はいつでも女性には真摯なんだ」
嘘ではないが、裏もないのは考えにくいな。
その疑いが顔に出ていたのだろう。統括者が言葉を返す。
「王牙。お前が考えているような事は考えてねぇよ。ただ、レオニスには真摯に向き合いてぇんだ。邪魔をするなよ」
確かにレオニスに危害を加えるようには見えないな。コイツならば安全か。
俺は納得して言葉を返す。
「そうか。ならば何も言うまい。レオニスの望みはここでの生活だ。生きる道と愛を語れる相手だ。親、友、仲間、そういったものはもう得ている。その次のピースにお前が嵌ろうというのなら何も言うまい」
俺の言葉に統括者が応じる。
「ああ。任せろ。だが、いいのか? 娘なんだろ?」
「良いも悪いもあるか。男女の関係に正解はない。こればかりは傷つくことも視野に入れる必要があるだろう」
それには統括者も一言がある様子だ。
語気を荒げて俺に詰め寄る。
「おい。俺がレオニスを傷つけるとでも思ってんのかよ。俺がレオニスを守るんだ。そこを履き違えるんじゃねぇ赤鬼野郎」
「あの短時間の出会いでそこまで言えるのか? 魔物の統括者よ」
「確証はねぇ。だが俺の魂が告げている。レオニスは俺が守るべき存在だってな」
嘘ではないな。真っ直ぐだ。
男女の営みだ。どうなるかはわからんがレオニスに悪い影響はないだろう。
「なら止めるべきではないな。また会おう。魔物の統括者よ」
俺が会話を打ち切ろうとすると魔物の統括者が後を続けたい様に立ち止まった。
どうも言いづらそうだが何かあるのか?
何かを呟いた後、統括者はこちらを向いた。
「そうだな。やっぱりお前だ。・・・王牙。一つ頼みごとをしてもいいか?」
珍しいと思ったが、そういえばコイツは公私を分ける奴だったな。魔物の統括者としての判断とは違うという事か。
「聞こう」
「俺に新しい名前をくれないか? これはレオニスと決めようと思っていたが、王牙、お前に決めて欲しい」
名前か。リブラの次はサソリ。ならば、
「コル・スコルピィでどうだ? レオニスと同じ心臓を意味する。人間を殺せるほどの毒を持つ毒虫だが、魔物の中心としても申し分ない存在だ。どうだ?」
「気に入ったぜ。レオニスと同じってのもいい。俺は今からスコルピィ。コル・スコルピィだ」
「ああ。レオニスとうまくいったらその名で行くといい。振られてもやけ酒になら付き合おう」
「ふざけんな! ぜってぇお前をお父様って呼んでやるからな! 首を洗って待ってやがれよ!」
元気な奴だ。奴は魔物の王による破壊以前の生存者と聞いたが、それでもなおあのように在れるのだな。
ーーー
「王牙殿」
その声に振り返ると角無しオーガの燕尾服と細身ドレスが待ち構えていた。
この二人はそう。俺は知っている。
「久しいな。流石に驚いたぞ」
「いえ。王牙殿。初めましてでございます。そうしていただきたい」
燕尾服が頭を下げると横の細身ドレスも同じように同じ様に頭を下げる。
ならばそれでいい。メタ的な発言をすればこの物語(本編)には出てきていない二人だ。語るのも控えよう。
「ならばそうしよう。スコルピィの従者として初めての邂逅だ。それでいいな?」
「はい。つきましては私どもにも名前を付けてくださらないかと。坊ちゃんがあの名を名乗った時に私どもも新しく生まれかわりたいのです」
なるほど。それほどの転機か。長く生きるという事は俺にも未知数の場だ。ならばこれを倣いとするか。
「ではその武器となるサルガス。その針であるシャウラはどうだ? 心臓であるコル・スコルピィに連なる名だ」
それを聞くと角無し燕尾服オーガは喜びに身を震わせた。
「素晴らしい名です。サルガス。拝命いたしました。これからも坊ちゃんと共に邁進してまいります」
「わたくしも。魔物の毒針シャウラ。坊ちゃんの暗部として一層磨きをかけます。ありがとうございます。王牙様」
細身ドレスも気に入ったようだ。
だが、喜ぶのはいいのだがな。何かが引っかかる。
「まて、まるで俺が命名式をしているようではないか」
俺の訝しる態度に二人は顔を見合わせた。
「何を今更おっしゃる。坊ちゃんのお父上となろうお方の拝命です。ありがたく頂きますとも」
「そうですとも。王牙様もおっしゃられました。『お前たちはもう当事者だ。傍観者ではいられないぞ』と」
謀ったなコイツラめ。
俺は苦々しくも思いながら言葉を紡ぐ。
「そうそうまくいけばいいのがな。男女の間柄など思い通りに行くものか」
「それでもでございますよ。王牙殿。長生きの秘訣は楽しみでございます」
さもありなん。そうでもなければ務まらんのだろうな。
ーーー
俺が手持ち無沙汰でシノの所に顔を出すと何やら書物を解読している所だった。簡易的な小屋で壁はあるが隙間風は吹いている。取りあえず本が傷まない程度の作りではありそうだ。屈めば俺が入れる程度の高さもある。
「どうした。何か用か?」
シノが書物から目を上げる。その手にしているのは製本ではないな。紙の束だ。それが紐でくくられている。
魔物には人間の顔と言葉の認識が出来ない。それは文字もそうだ。
だがシノは神の加護の仕様を理解し、その垣根を外そうとしている。元が人間であるリンセスはもとよりその夫となって人間の領域で過ごした魔物のリンキンも人間の言語が理解できる。だがそれを俺達に伝えようとするとうまく伝わらない。これはもう説明する能力や努力という話ではなく、認識できないというルールが存在するようなものと捉えた方がいいだろう。
それをシノが解明しようとしているという訳だ。
まあ、それは今はどうでもいい。
「なんだそれは?」
シノが俺が手にしている花に目をつける。オーガの手には小さすぎる一輪の花だ。俺達の世界で言えばタンポポ。黄色の広く咲き誇るどこにでもあるようなものだ。
「これか。スコルピィ、魔物の統括者に娘の花の好みも知らんのかと煽られてな。色々と見ていた」
「なんだそれは。レオニスの銀髪にその黄色の花か? 目立ちすぎるだろう」
「そうだな。だからこれは広がるような赤い髪のお前に似合うと思ってな。飾ってみてもいいか?」
「ほう。私にそれを贈りたいという訳か。私にはそこらに咲いている花が相応しいと?」
「そうではない。いつでもどこにでもあるからだ。ふとこの花を見た時に太陽のように赤いお前の髪を思い出した。いつでもどこにでも俺の心にある。そう思った時、お前の髪にこの花を飾りたくなった。それだけだ」
「お前の無粋を咎めるのは無意味だと私は知っているからな。そこはいい。で? それは贈り物なのか? それとも無理やり私の髪に突き刺すか、それともそこで食用にするか?」
シノの顔を見れば拒否ではなく、愉しみたいと言う所だろうな。辱められているのは俺の方ではないか。
「贈り物だ。この花をお前の髪に飾らせてほしい。俺は妻の花の好みなど知らん。ならば俺が贈りたい物を贈るのが最善だと判断した」
「それでいい。満点だ。お前の事だ。贈り物など出来ないと思っていたが、どうせ花にしても無限に続かぬものだからだろう。だがそれでいい。許す。婚約指輪に呪いの指輪を贈るような男がようやくただの贈り物を出来るようになったのだ。そこは誉めてやろう。・・・では飾ってくれ。私の愛する夫よ。今その花が私の好みの花に今決まった」
俺は屈むとシノの赤い髪にタンポポを刺す。ものの良し悪しなどわからんが、それは似合って見えた。
「まったく。娘の好みを聞かれて私への贈り物に変えてしまうとはどうしようもないやつだ。レオニスにも贈るのか?」
「いや、そちらは魔物の統括者が花束を持って行っている。俺が贈る事は無いだろう」
「そうか。だがレオニスはお前好みの美少女ではないのか? それを奪われても良いというのか?」
「それこそ親子だ。美少女以前に俺はレオニスの髪の先からつま先の先端まで全てを把握している。俺がメンテをしてるのだからな。俺に言わせればおしめを替えた間柄だ。今更そういう興味は湧かないだろう。それにレオニスが望む愛は俺では満たせないだろうからな」
「それでもだ。お前好みの美少女が自我を持ってお前を慕っているのだ。思う所はあるだろう」
「確かにな。最初はレオの体が自我を持って俺に慕う事も懸想したが、実際意志を持ったレオニスに思う所はないな」
言われてみれば不思議だな。だが答えはすんなりと言葉に出た。
「そこはあれだろう。美少女とは手に入れてしまえばただの女だ。レオニスが手の届かない希少な美少女であることが俺の望みだ。愛娘でいる方が俺の心を満たせるのだろうな」
俺の答えを聞いたシノは不満そうに言葉を返す。
「つまらない奴だ。私の嫉妬がただの徒労であったとは信じたくないのだが? 娘に欲情する愚かな夫を私の魅力で振り向かせるという定番の展開が台無しではないか」
「そのような展開はいらん。俺はシノ、お前に夢中だ。レオニスのあの服装も確かに美少女だが、お前がそれを着る姿を妄想したものだぞ。あの短いスカートから延びるニーソックスの隙間からお前の白い下着が見える姿を見たいものだ」
「それこそレオニスのをめくればいいではないか」
「それに何の意味がある。そこから覗くのはお前が下着を着用した姿か? お前が着なければ何の意味もない。それこそあの時の約束がまだだったな。神呪の剣の件でお前を好きにするという話だ」
「忘れてはいないが、今ここでか。お前の無粋は今に始まったものではないが・・・私のコアはどうした?」
口では嫌がりながらもシノが俺の首に手をまわして背中にあった筈のコアを探る。
俺のコアはレオーネを隔離するために使ってしまった。
つまり、今の俺はコアを使ってシノの衣装を作り出す事が出来ない。
これは、
これは誤算だ。
俺はシノの手をゆっくりと解くと小屋の外に出る。
「おのれぇぇぇ!!! レオーネェェェ!!! 貴様の息の根を幾度となく止めてやるぞォォォ!!!」
俺の咆哮がむなしく響く。
それでもコアが戻る事は無い。
まさかこのような事態が起こるとは。
レオーネめ。奴だけは幾度殺しても飽き足らん。




