第八十七章 神呪の刃
戦場を離れた俺達はシノを盾から降ろした。
目立った外傷はないが魔素が減り続けている。
「失敗したな。神の意志に目を付けられた。加護の守りと同時に攻撃の意思を持った魔法を行使したのがマズかった。その上に聖女への攻撃は加護に宿った神の意志が強固に反発してくる。やはり、聖女への神の意志が宿った加護の使用は控えた方がいいな」
シノに外傷はないが、魔素のダメージは大きい様だ。神の加護を使ったのは黒髑髏の方だろうがその大本であるシノの方まで余波が来るとはな。加護の力自体に意思があるというのは本当の様だ。シノが苦し気に言葉を紡ぐ。
「レオニス。神の加護には気を付けろ。その意思の流れを読み、使え。それに逆らうな。いいな?」
? なんだ? なぜレオニスは泣いている?
「王牙。私の神への反逆は終わった。私は全てを許しレオニスが生きる事を望んだ。その時の宣誓を憶えているな?」
何を言っている?
「私の、死の髑髏の旅路はここで終わりだ。神への反逆を終え、愛と生を繋ぐことが出来た。この結末に私は満足している。ここが魔物としての私の到達点だ」
話はわかった。
「つまりどういう事だ。結果ではない。行程を話せ」
「神の意志に目を付けられた。言うなれば神の呪いか。天罰か。この身の維持は出来そうにない」
魔素が減り続けているのはそのせいか。
「対策は?」
「お前は私の話を聞いていなかったのか。もう死ぬから遺言だ。魔物としての原動力も失った。この先何を求める。最後くらい綺麗に終わらせろ。まったく最後まで貧乏くじだ。当たりくじはお前たちが引け。私はもう逝く」
「逝かせると思うのか?」
「思わないが何ができる。魔物に対して神の加護は天敵だ。私達にどうこう出来る問題ではない」
「じゃあ、私は?」
泣き止んだレオニスは真っすぐにシノの目を見つめた。
「レオニス。お前も私の話を聞いていなかったのか。神の加護の意思には逆らうな。流れを読んで使えといま教えたと思ったが? お前にまで神の呪いが及ぶのであればこの私の生き様が全て無駄になる。それは容認できない。何もするな。ただ全力で生きよ。その私の望みをお前は叶えると言ったはずだ」
「それは相反しているわ。全力で生きろと言って何もするなだなんて。お母様? 私がそんないい子に育ったと思うの? 誰の子だと思っているの?」
シノは目を閉じると言葉を紡ぎ出した。
「・・・神の意志は強大だ。お前は川の流れを逆流させようと言っているのだ。その力は何処へ向かう?」
「新しい流れを私が作り、その流れの行く末も私が変える」
「それではお前が川になるのか? 水になることを望んだのだろう?」
「私は水・・・。そう、川の水を逆流させるわけではないもの。ただ束ねて利用すればいい」
「何か思いついたようだな」
「ええ。その呪いを形にする。お母様? その算段があるのなら協力してくれるわよね?」
意外にもシノは素直に頷いた。いや、こうなるという事はわかっていたのだろう。
「わかった。協力しよう。だが最優先はレオニス、お前の人生だ。それを違えるな。その道を一歩でも踏み外した時、私は自らの手で絶命する。それでいいな?」
「わかったわ。必ずやり遂げる。私なら出来る。私は二人の娘なんだから!」
レオニスの話はこうだった。
神の呪いを武器という形で取り出し固定化させることで、シノに作用している神の呪いを取り除く。
原理は簡単だ。だがそれが可能なのか。俺は信じるしかない。
無力で祈るしかない化け物か。アリエスの言葉が蘇る。神の加護に関しては魔物である以上無力であることは否めない。
だが俺が魔物でなくなれば、この世界を変える存在であれば問題がない。
そう、この二人を害した時、俺はこの世界の敵となる。
現状の神である神の加護に宿る意思が俺達に牙を向くのなら、その世界そのものが俺の敵だ。
神への反逆を感じる前に、この世界に恨みを感じる前に、神の息の根を止める。
俺は相棒と出しゃばりを地面に置く。そして最大級の世界の改変の禁止を展開する。今この場で邪魔をするものは何者であろうとも殺す。
俺は自身のインナースペースの殻にヒビを入れる。インナースペースを守る殻は武器にも変わる。世界の改変でさえ突き破る刃になりえる。神を殺せる唯一と言っていい武器だ。神の意志が存在する以上、神のインナースペースも存在する。神の呪いという神の意志は確実に俺をそこへ導く道標になる。
その神の牙が神を捉えるきっかけになるのであればこの提案も悪くない。その牙を見せた時が神の終わりだ。
俺に応えられぬ神ならば、その存在に意味はないだろう。
レオニスが神の呪いの摘出に取りかかる。
横たわるシノの前で両手を組み祈りを捧げる。
シノの体から刀身が姿を現す。片刃の直剣。銀に輝く金属の塊。神の呪いを武器化したものだろう。
全ての刀身が姿を現し、レオニスがその手を伸ばすと刃が柄へと変わりその手に収まる。
「私の元に返れ」
レオニスの一言でその銀の刀身のシノとの繋がりが完全に断たれた。視覚ではなく感覚でそれがわかる。
シノは助かった。それはわかる。だがこの先だ。この神の呪いは何処へ向かう?
「神呪の剣。これがその銘」
俺に振り返ったレオニスがその剣を持つ右手で左手を切り落とす動きをする。咄嗟の事で動けなかったが、その刀身はレオニスの左腕に当たると消え、傷つける間もなくその腕に吸い込まれていく。
俺があっけに取られているとレオニスが左腕を見せてくる。そこには銀色の刺青が・・・蠢いている。その銀の刺青が引っ込むように体へと向かうとレオニスは右手をあげそこから神呪の剣を取り出し握る。
「この体で助かったわ。神の手先を降ろした証である施された体。これが無かったら鞘が出来ずに暴れていた所ね」
神呪の剣を左腕に纏わせながらレオニスは答える。その間も銀の刺青は動いているようだ。
「それは問題ないのか?」
「ええ。私の意思で動かせるわ。この体を鞘にしているけど、寧ろ心地いいわ。体の隅々まで把握できているよう。慣れればこれを纏う事も出来そうね」
レオニスはそういうと銀の刺青を二つに分け両手から神呪の小剣を出す。これも片刃だ。諸刃ではない。
「随分と便利なものだ。それは蛇腹になって伸びるのではないだろうな?」
それを聞くとレオニスは神呪の剣を一つにまとめて直剣にし、鞭のように振るう。するとその刀身も鞭のようにしなり銀の刃を持った蛇腹が鎌首をもたげる様な形になる。
「お父様!? この武器を知っていたの!?」
レオニスが驚いた声を上げる。いや、俺の知っている蛇腹剣はワイヤーで繋がれ剣が分割する仕様だったがそうではないらしい。
「俺の知る蛇腹剣とは違う物らしい。だが異世界の創作では有名な部類だ。実現の難しい武器だからな」
「本当にお父様ってこの世界の外から来たのね」
そうか。レオニスとシノはこの世界での転生。輪廻転生者だったか。
「王牙。お前はまた神の下僕として私達を陥れたのではないだろうな?」
シノが起きて来た。この憎まれ口ならば問題は無い様だな。
「これもお前が始めたことだろう。流石に今回は肝が冷えたぞ」
シノへ返事を返しながら俺は世界の改変の禁止を解く。
「それでもだ。私達は神の意志が宿る神の加護を知らなければならなかった。これだけの危険を負ってもな。それに、結局お前たちが何とかしてしまった。その下心もあった」
俺達を信用していたというのはわかるがな。
「それでもだ。シノ、お前の命を危険に晒すのは容認できんぞ。憶えているか? 俺から逃げようとしたら四肢を切り落としてインナースペースに囲うと。俺はそれを実行しようか迷っている所だぞ」
俺とシノの間で緊張が生まれるかと思ったがそれは起きなかった。
シノが目を伏せ俯く。
「すまない。慢心した。不可抗力だ。私なら神の加護を識ることができると慢心した。すまない」
俺はそっとシノを抱き寄せる。微かに震えている。そうか。娘の手前か。弱い所を見せたくなかったのだろう。
それならばいい。
「では時間をもらおうか。このようなミスを犯すのは愛が足りていないからだ。お前を大切に思う存在の思いが足りてない。俺にもだ」
「わかった。次にどんな辱めをするのか知らんが付き合おう。その時は好きにしろと言ったのも憶えているからな」
「あの、二人とも私の事を忘れてない? 母を救った愛娘が褒めてもらうのを待っているのだけど?」
片手を腰に当てて胸をふんぞり返しているレオニスがこちらにやってくる。
「結果が伴っただけだ。自分がどれほど危険な事していたのか自覚がないらしい。お前の神呪の剣が暴れ出したらその意思を遡り神の根源を打ち抜いていた所だ。結果は誇っていい。だがその行動自体は褒められたものではないぞ」
俺は天狗になるレオニスに釘を指す。決断自体は大したものだが、その危険性に目を向けられないようではな。
シノが俺に続く。
「その通りだ。レオニス、私の最優先はお前が全力で生きるというものだ。それはその身を危険に晒していいという意味ではないぞ。自身の命と見合うものとして私を救ってくれたことには感謝している。だがそれとは別に自身の命を危険に晒したお前を許す事も出来ない。その身を危険に晒したことだけは謝罪してほしい」
シノの言葉にうなだれながらもレオニスは真っすぐにシノを見つめて謝罪した。
「ごめんなさい。・・・でも私は何度同じ事が起こっても同じ選択をする。たとえ二人が止めたとしても」
「そうか。ならば何度でも叱りつけよう。愛しいレオニス」
シノがレオニスの手を取り抱き寄せる。
「その行いがどれほど正しくとも、最良の結果を出せたとしても、その身を危険に晒した時は私は何度でもお前を叱ろう。いつまでも、何度でもだ。お前を愛している。レオニス」
シノの言葉で涙を流すレオニス。その硬く抱きしめ合う姿を見て俺は思う。
何度でも叱る、か。
そうならないように止めるのが親の役目だと思っていたが、それだけではないらしい。
レオニスが来てからというもの、俺の知っている人物の俺の知らない顔を幾度と見て来た。
俺は全てを分かったつもりでいたが、何も見えていないのだな。
このザマで神の代わりなどと、奢っていたのは俺の方か。
神を殺し世界を敵に回す。これがどれほど稚拙で考えがなかったか。思い知らされる。
成長が必要なのは何よりもこの俺だ。
俺は相棒と出しゃばりをその手に取る。そこに抵抗はない。
俺はこの世界の敵とはなりえないらしい。
だが、それでいい。それを今、俺は理解できた。
今はそれでいい。
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Tips補足
王牙が神を殺すプロセスは
『王牙転生外伝if~打ち切りエンド~』
を参照。
現状のこの世界の神は神の加護を纏う人間達の集合無意識。




