第八十五章 魔物の
俺が神の塔から降りてくるとそこでは対立が起きていた。
ここは聖王都跡。シノ達とは別の魔物の一団がシノ達と相対している。
聖女レオニスの討伐。
これだな。魔物を支持する存在からの指示だ。それはそうなるな。だが幸いそれに従うものは多くは無い様だ。この指示に強制力はない。背いても死にはしないが人間に狩られるのが落ちだ。
地表に近づいてみて見えてきた魔物の一団にユニークが居るな。いつもの汎用魔物ユニットに加えて3体。中心に2mの白い中型のゴブリンの亜種。珍しく髪を生やしている。その服装はカジュアルだが仕立ての良さそうなものだ。その両脇に2体。右側に3m級の大型角無しオーガが燕尾服を着ている。その反対側は2.5m級の大型女性型魔物。細身のドレスだ。
どれも種別が判明しないな。完全なユニーク個体か。進化系か。どのみち油断すべき相手ではないのだろうな。
「ようやく首魁のお出ましか? 丁度いいタイミングじゃないか。神様のお導きでも受けたのか?」
中央のゴブリン亜種が進み出る。モヒカンを撫でつけたような髪を更に撫でつけながら歩み寄る。ピアスなどの装飾も多く胸元も開いている。その態度からも自信と傲慢が見て取れる。それに見合った地位と力を持ち合わせているのだろう。
「そうだ。今回は俺の娘に用がある様だが、それは親である俺を通してからにしてもらおう」
「娘か。お前の事は知ってるぜ王牙。聖女の撃破を次々とこなす聖女キラー。世界の改変を起こすコアの単独撃破。暴れ出した魔族の掃討と錚々たる戦果だ。俺の飼い主様もいたくお気に入りだぜ」
そこまで言ってゴブリン亜種は目を細めた。
「だがそんな凄いやつが聖女を匿って神とデートをしてるってんだ。俺の飼い主様がいたくお冠でな。お前は一体どっちの味方なのかやきもきしているのさ。腹心である俺。魔物の使いを遣わすくらいにはな」
なるほど。分かり易い話だ。
「その輝かしい功績に免じてこの場を収めるわけには行かないのか?」
「駄目だ。もう十分に配慮はした。お前はその度を越したんだ。神の加護を纏える聖女を擁するのはあり得ねぇ。お前が神に屈しない限りな」
「これがトラブルと言っても信じないのだろうな」
「当然だろ。煙に巻くって事はその理由があると見ていいんだな?」
俺は目を閉じ考える。
これは、リブラが言っていた神の意志の宿った神の加護を得れば、明確に魔物の陣営は敵になるという事か。
ここで事を構えるか?
この選択は相当に重いものになりそうだ。
そして俺は口を開いた。
「・・・お前はどこまで知っている? 神が死んだ事は聞いているか?」
「な、んだ、と。なんだその冗談は。そう神に誑かされたか」
魔物側は神は死んだとは考えていないのか。
「そうだ。神は死に。この世界に新たな神を打ち建てる。俺が神の代わりとなっている者に聞いた話だ」
「それがこの聖女を擁するという行為とどう結びつく。そいつが次の神候補なのか」
「全てを話そう。それを信じるか信じないかはお前とその飼い主に委ねよう」
「どういう風の吹き回しだ? 口だけで俺達を丸め込めると思ってるのか?」
「それは話を聞いてから判断しても遅くはないだろう。殺し合えばもう収まらん。それで笑うのは人間達だろうな」
「・・・それ程の情報をなぜそこまであけすけに答えられる。何が狙いだ」
フッと俺は笑う。
俺がそこまで考えているものか。
そうだな。コイツラの視点から見れば俺はとんでもない力を持った神の僕で魔物を内から動かしている正体不明の存在なのだろう。俺はリブラとのやり取りを思い出す。奴もこんな気持ちで俺を巻き込んだのか。
「簡単なことだ。俺の手に余る案件を抱えている。これに関してはお前の飼い主とやらも巻き込んで話をしたい所だった。神の代弁者が語ったことが本当かどうかの真偽も含めてな」
「神の下僕ではないって事か?」
「そうだ。何故か気に入られているだけだ。奴にとっても俺は戦果を挙げた英雄のような存在らしい。取り込むよりも利用したいと言うのが本音だろうな」
「どうやら相当な厄介ごとらしいな」
それを聞いて俺は大笑いをしてしまう。完全に俺とリブラの再現だ。
「何が可笑しい」
「厄介ごとに他人を巻き込むのは楽しいものだな。お前たちはもう当事者だ。傍観者ではいられないぞ。聞きたくないと言っても聞かせるからな」
自称魔物の使いは呆れたように口を開けた。
「おい。誘われたのは俺達の方かよ。あの聖女は俺達を釣るための餌か」
「奇しくもそうなったな。それが神の代弁者の計画だったのならいいのだが、これも偶発的なトラブルだ。嘘か誠か俺は知る由もないが、これが奴の思惑通りなら神が死んだというのも狂言だろうな」
「おい。赤鬼野郎。だったらその餌の聖女を差し出せ。そいつを見ない事には始まらねぇぞ」
「差し出すわけにはいかん。連れ出すなら親子同伴だ」
「そいつの役目は終わったんじゃねぇのか」
「役目などない。最初から共に生きる家族だ。それ以上でも以下でもない」
それを聞くと魔物の使いは従者の二人を振り返る。
「おい。本当にわからねぇぞ。何がどうなってやがる。敵にも味方にも見えねぇぞ」
「ならば一度お会いになるのがよろしいかと。聖女が敵でないのであればまだ猶予は御座いましょう」
答えたのは燕尾服の方だ。この声は何処かで聞き覚えがあるような気がするな。
「私も同じく。聖女の確認が済めば事を荒立てる事は無いでしょう」
こちらのドレスの魔物の声も聞き覚えがある。
「そうだな。コイツのせいで目的を忘れる所だったぜ。という訳だ赤鬼野郎。散々引っ掻き回してくれたがとにかく聖女だ。そいつと会わない事には始まらねぇ。これ以上引き延ばすならさっきの話は聞かなかった事になるぜ」
さて、コイツラを引き込みたいのは事実だが、レオニスを会わせていいものか。
俺が後ろを振り返るとそこにはレオニスが居た。
ーーー
「私は死の髑髏であるシノとその牙である王牙の娘コル・レオニス。私に何の御用でしょう」
自ら進み出たレオニスは堂々と名乗り出た。
俺の手が相棒の柄を握る。空間の把握と魔素の目を開き辺りを伺う。今の所問題はない。
相手側も・・・武器を構えていないな。それどころか呆然としている。
なんだ? 魔物であれば聖女に最大限の警戒をするのは当然だと思っていたがこの反応は何かおかしい。
「お前、は、あ、ああ、初めまして。コル・レオニス」
完全に動揺しているな。名乗り返す事すら忘れている。
「それでどういう御用件? 私の戦果にご不満かしら? 残念だけど今の私は聖女殺しで施された武器を没収されて丸腰だけど?」
切る手札が早い気もするが施された武器の有無は交渉の材料になるのかどうか。
「あ、ああ、そうだな。初めましてだ。コル・レオニスと呼べばいいのか?」
?
「ええそうね。レオニスだけで。コルは私の心臓を意味しているの。今は失った私の心臓。魔王の心臓と施された体。そして私という魂。それがあなたの探している聖女の姿よ」
直球だな。しかし何度聞いても意味の分からない状態だな。これが真実であることは見ればわかるが。それを飲み込むのには時間がかかるだろう。
「ああ。レオニス。良い名前だな。俺は魔物の指示者だ。魔物の統括を行っている。レオニスに会いに来たのは仕事なんだ。ごめんな手ぶらで」
??
「いいえ。急な事でこちらもごめんなさい。私の討伐指示が出たと聞いたのだけど?」
そうだな。それが問題だ。
「ああ。今すぐ取り消すよ。・・・これで大丈夫かな? 少し話をしたいんだ。また後で来てもいいかな?」
??? 本当に討伐指示が消えたぞ。
「ええ。待ってるわ。それまでは?」
「ああ。君の父と話があるんだ。それが終わってからで。退屈な話はしないから期待しててほしい」
???? 父とは誰だ? 俺の事か?
ーーー
「おい。魔物の総括者。どういうことだ。退屈な話とはこれからの大事ではないのか」
流石に俺も意味が分からんぞ。
「神が死んでたとかそんな重い話をいきなりされてもな。その真実よりもレオニスとのデートの方が大切だ」
?
「正直この一件はレオニスが安全なら片付いたんだ。お前のその重い案件はまた今度だ。裏も取りたいからな」
「それでも全く話さんのか?」
「こんなヤバい話前情報もなしに精査できるかよ。神が死んで神の代弁者だ? 辻褄が合い過ぎてんだよ。魔物の王が討たれた後と前で世界が様変わりした。混沌とした世界が一気に整然としたからな」
「魔物の王が破壊した世界を知っているのか?」
「知っているも何も生存者だ。魔物の王の前の世界はもっとこう酷かったからな。今のように整然としていなかった。確かに今の神が神ではない代弁者だったか? それというのはあり得る話だ。そして新しい神を立てるか。その新しい神の目的がまるで分らなかったがそれなら説明がつきそうなことが出てくる。もうお前の話を聞くまでもなく巻き込まれちまってるんだよ俺達は」
魔物の王以前の生存者ときたか。それにしてもだ。
「結局お前は何者だ? 飼い主というのはなんだ?」
「ああ。だから俺が魔物を指示してる魔物の統括者だ。飼い主なんてのは居ねぇよ。・・・そいつは魔物の王以前の時代のネタだ。俺が探し求めている、魔物の王。それを探すのが俺の目的の一つだ」
魔物の王、それはつまり前の神か。
「・・・言い難いが、それは、その魔物の王が死んだ神だと聞いている。心当たりはあるか?」
今まで飄々としてた魔物の統括者が流石に目を剥く。
「馬鹿を言うな。アイツが神だと? だったら全てが自作自演か!? 魔物の王になったのも!? 俺達を殺そうとしたこともか!? そんな茶番があり得るか! その神が何故討たれる!?」
「自身の消滅。今、神の代行をしている者をも裏切って消えたという話だ」
「いや、・・・いや、いや、まて!!! そんな、アイツが、アイツが言っていたことなんて、そんなわけないだろ!!!」
取り乱し頭を抱えて空を仰ぐ統括者。これは心当たりがある顔か。
「悪ィ。赤鬼野郎。レオニスに今日は会えないって伝えてくれるか」
散々苦悩して出てきた言葉がそれだった。
「わかった伝えておく。他に伝言はあるか?」
「今は何もねぇ。赤鬼野郎。神が死んだと言っていたクソ野郎はどんな顔で話していた」
「悲しそうな顔だった。魔物の王の一軒はいつものおフザケだと思っていたらしい。それが勇者に全ての神の力が宿った時にその真意に気付いたと。その後も生きていると思っていたが、それは全て間違いだった、とな」
「そうか。まだ確証じゃねぇ。まだな。・・・王牙。また会いにくるぜ。そうだ。レオニスが好きな花に心当たりはあるか?」
「いや、ないな」
「おいおい。親を名乗るならそれぐらい知っておけよ。それじゃあな。赤鬼野郎」




