第八十四章 勇者
それは一つの問題から始まった。
レオニスが聖女化してから施された武器が呼び出せない。どうにもあれは加護持ちならいつの間にか持っている物らしい。意識せずに手に入れている物。破壊することが出来ないことから単純な物質ではないのかもしれないな。それが使用不可能という事だ。
そしてその進展があった。
「施された武器の仕様変更だと?」
なんだそれは。レオニスの言葉に疑問を感じざるを得ない。
「ええ。神から通達があったわ。今回の聖女部隊の全滅を受けて施された武器の性能が変わったそうなの」
ほう。
「まず一つ目が『聖女殺しをした人間は施された武器から拒否される』みたい」
なるほど。これはレオニスをピンポイントに狙った調整だな。流石にネームドでないとはいえ聖女をダース単位で始末してそのまま放置はありえないか。神の加護を無効化できるのは人間側だけが使うからこそ許されていた。それが敵である魔物側が使いだしたのでは対処してしかるべきだ。その概要は魔物が施された武器を持てないのと同じ理屈だろう。
「二つ目が『神の意志を受けない施された武器は黒武器と称して神の加護の無効化はできない』。決して悪ではないと言われているけど、黒武器を持った黒聖女が居たらバレるわね」
これはそうか。ムリエルやレオーネが使っていた紛い物の加護の事だろう。あの戦士一人分の加護が固定値として使えたあの加護だ。総量は無いがほぼ無限に使える便利な加護だな。寧ろグリッチとして使用不可能にならないだけ温情と言う所だろう。確かに黒武器と言っても即人間の敵とはならないだろうが、散々俺達が使って来たからな。
ザックリ分ければ、
黒武器とは人間以外、俺達が使っていた施された武器だ。今回の調整で神の加護を無効化できなくなった。
通常の施された武器は加護持ち人間や聖女が使う。今まで通り神の加護を無効化できる。何も変更はない。
こんな感じか。
やはり施された武器を作ったのはリブラか。
しかし聖女どうしは未だに同士討ちが出来るんだな。よくも争いが起きないものだ。
・・・? まて。聖女どうし? レオーネは聖女ではなかったのか? なぜ紛い物の加護を使っていた?
それこそリブラが直々に聖女にしたと言っていた。リブラの肩代わりが失敗してほとんど残っていなかったと。それで聖女として転生させた、と。
なぜレオーネは聖女の力を持っていない?
「リブラ! 俺は神だ! 神の塔を落とせ!」
俺は非常時対策の現身の塔を下ろす。杞憂ならばいいが。
ーーー
いつもの神の塔のボス広間だ。特に変わった所はない。
だが俺の手には相棒と出しゃばりに脇差もある。そういえば俺は聖女の因子が無くなっていたが、入れたのか。
そして目の前にデータボールに囲まれた巨大なリブラが浮いている。その目が開いてこちらを見た。
「何をしにこちらへ?」
視線による威圧感がある。初めて会った時の様だな。
「今回の仕様変更に文句があってな。クレームに来た」
「王牙さん。身の程をわきまえたらどうです? あなたは特別な存在ではないのですよ」
「神に推薦しておいて随分な言い草だな」
「面白い冗談ですね。私が魔物を神に仕立て上げると? そのようなことを信じていたのですか?」
「死んだ神が見つかったのか。それならばその報酬をもらおう。憶えているか?」
「・・・どの話でしょう。その手掛かりをあなたが見つけたと?」
「そうだ。お前が探させたのだろう。女神アストレア」
「それは何です? 私はリブラ。女神の名は誰も知りえないのです。口にできるはずがありません」
「語るに落ちたな。お前は一度ここにきている。だからこそこの場所に送られ、俺とリブラの会話は聞こえなかったのだろう?」
「・・・」
「そしてここはお前がリブラの肩代わりになった場所だ。違うか?」
「どうしてそう思うのですか?」
「お前がリブラを理解していないからだ。理解しようともしなかったのだろう? レオーネ。お前だけが情報を得ていたわけではないぞ」
「それでその妄想を聞かせるためにここまで来たのですか?」
「お前は知らないだろうが俺はリブラを殺す方法を持っているぞ。何時までもそこで涼しい顔が出来るとは思わないことだ」
動いたなレオーネ。
ようやく、
「ようやくお前を捕まえたぞ!!! 勇者レオーネ!!!」
俺はインナースペースに伸びて来たレオーネの手を取ると俺の中に残されていたシノの体に叩き込む。
そして俺の背中側、コアの部分からコア付きのシノの体が飛び出す。
「これでお前との繋がりは消えたぞ。勇者レオーネ。散々好きに玩んでくれたな。お前はもうその体から出られないぞ!!!」
ーーー
ガシャーン!と音がして空間が割れる。
「流石です王牙さん! さすおが! 次代の神は王牙さんに決まりです!」
リブラだ。この空間に入ってこれなかったのだろう。
「ああああああ! 王牙ぁぁぁーーーーー!!!! 私をこの顔に仕立て上げたわねェェェ!!!」
なんだ? 観念するかと思いきやガチギレ発狂モードだ。
「この私に屈辱を味合わせたわね王牙ァ!!!」
しかしキモい(個人の感想)。シノの顔で男の声でおねぇ言葉はガチでキツイ(個人の感想)。
「TSが解けかけてるぞレオーネ。取り合えず落ち着いて観念しろ。殺すのは情報を吐き出させてからだ」
「冗談でしょう? ヘタレてヌルヌル触手プレイも出来ないようなふにゃちんが私に意見するの?」
凄くキモい(個人の感想)。正直もう片付けたい。
「待ってください! どうしてオネェなんか(個人の感想)になってしまったんですか!?」
「今それを聞くのか!?」
「だって気になるじゃないですか! あの勇者がどうしてこんな、こんなことに! そんな人じゃなかったのに!!!」
「おいレオーネ、お? レオーネ?」
どこだ? 見当たらないがどこにも俺のセンサーが働かない。どこにも危機がないと告げている。
「に、逃げられました」
「おい。神の代弁者。その名は飾りか」
「多分ですけど。彼彼女は私から逃れる術があります。それを使ってここに隠れることはできると思いますが・・・王牙さんはわかりますか?」
「いや。俺の方も逃げたと感が囁いている。あの状態なら俺の中には逃げ込めない筈だ。お前の中はどうだ?」
「こちらでも探してみます。それにしても鋭いですね王牙さん。こんなにも早く来てくれるとは思ってもいませんでした」
「奴に気付かれないように思考を止めていたからな。勇者であることは気付いていた。乗っ取りは流石に気付けなかったがな。奴が聖女の力を使っていないと聞いて違和感を覚えてな。どういうカラクリかわかるか?」
「そうですね。今わかっていることをまとめます。少し待ってくださいね」
「そうですね。今わかっていることは、まず勇者の体です。それは王牙さんも会っています。メタ的に言えば『第十六章魔物の村』の黒骸骨です。あれは勇者の遺骨、遺体とでも言うべきでしょうか。あの中心部の骨が勇者の骨です。それが自我を持って魔素を纏った存在。これ自体はレオーネと関りはありません。完全な別人です。問題はその体ですね。これがある以上勇者レオーネは死にません。正確には輪廻の輪に戻りません」
確かに憶えがある。人間と会話できていた不思議な魔物だ。アンデッドという俺の予測は当たらずとも遠からずといった所か。
「ですからレオーネは実質生霊のようなものだと考えてください。体が残っている限り霊体として存在出来ます。そこで憑依などを身に着けたのでしょう。そして神の塔を登る人間に取り付いてここまで来ました。それを巧みに操り私の代わりに成り代わろうとしたのでしょう。ですが失敗。憑依していた人間は消滅し、残った魂のレオーネを私は人間の残った部分と判断したのでしょうね。それを聖女として転生させるよう手配しましたが、実際それは起きなかったようです。ただ聖女の因子をレオーネが取り込んだだけ。そのまま下に、それこそ今のように降りたのでしょうね」
転生不可能な魂か。それで憑依型となったのか。
「その後、レオニスさんの体に憑依して、パルテさんと王牙さんを取り込んだようです。それですが魔王のパーツが散らばっただの、王牙さんがシノさんを庇っただの、その辺は実際には起きていません。起きたと思わされているようです。お二人を取り込む方法と、なかった事を実際に起きたことのように体感させる方法は今の所不明です。ですが理由としてはわかります。つじつま合わせでしょうね。取り込んだよりも偶発的に集まった方が協力を得やすいでしょうしね」
確かに敵意や作為というものを感じなかった。だからこそ素直に信じてしまった所もある。
「そして手段である王牙さん。あなたを手に入れます。あなたのインナースペースを乗っ取り世界の改変を自在に使います。実際には乗っ取りというよりも同化でしょうか。王牙さんと自分を重ね合わせることで疑似的に同じ存在としてその力を行使します」
確かに俺とレオーネが同じ存在であるかのように感じていた。
「ただ目的は未だに不明です。何故人間の結界を破ろうとしたのか。その後何をするのか。王牙さんはわかりますか?」
「断片的に憶えているのは全てを平等に、という事だな。そして自分だけが神のオモチャでいることが許せないと」
「女神の作った人形である勇者がそう思うのはわからなくはないんですが、彼彼女は実際そんな人間とは思えないんですよね」
「お前の思う勇者像とは違うという事か?」
「はい。実はですね。レオニスさんを救ったのは彼彼女なんですよ。レオニスさんに神の加護を送ったのは私ではありません」
は?
「理解できないでしょう? ですが事実です。あの頭が楽園で桃源郷な彼彼女は目の前の人間を放っておけないんです。これまでどれほど積み上げた緻密な作戦があろうとも、目の前で泣いている人間を優先して助けてしまう。そういう人間です」
「だが奴はどちらかというとレオニスを輪廻に送ろうとしていたぞ。助けるというのであれば輪廻の輪に戻すという方法も取れたのではないか?」
「そうですね。でも確かに疑問にも思いませんでしたけどレオニスさんは何なんです? なぜ巻き込まれているのか考えもしませんでした。心当たりはありますか?」
「俺にもないが、なんだ、また巻き込まれただけの無垢な魂か。次こそレオニスが女神などと言い出さないだろうな」
「いえ、待ってください王牙さん。私レオニスさんの顔をどこかで見た憶えがありますよ。それも女神関連で」
「その女神はあちらこちらで何かをばら撒いているのではないだろうな。次々と女神関係者が出てくるようなら話が破綻するぞ」
「いえ、この世界が滅びに瀕している限り女神が現存しているという事は無いはずです」
「それも女神の筋書きではないのか? 滅びる世界を演出した女神作の物語だ」
「多分ですが出来過ぎています。彼女にこれほどの物語が書けるのならこの状況にはなっていないでしょう。そうですね。レオニスさんがモテモテ逆ハーレム主人公になったらその可能性は捨てきれませんね。実際は逆ですが」
そこでリブラが何かに気付いたように俺の方を向く。
「早速物語が動き出したようですよ。それもレオニスさんがらみです。今の説が正しいなんて信じたくありませんが、レオニスさんには何かあるのかもしれませんね。気を付けてください」
「確かにうまくいきすぎているきらいはあるな。だがそれがレオニス自身の望みなら何もいう事は無いがな」
「そうだ王牙さん。これからはこの空間を王牙さん専用ルームに変えようと思います」
ほう。
「ここはレオーネが改変して多数の存在が入れる場所になっています。ここならば複数人との会話も可能です。その人選は王牙さんに一任します。私の本体はここには来られません。現身だけなので私の身は安全です。ですが機能の制限は設けるべきですね。レオーネのように輪廻や加護の選定に関わられては迷惑ですからね。今回のように仕様変更が必要になってきます」
なるほど。
「王牙さん自身が改築しても問題ありませんよ。そうですね。この部屋だと分かり易いように王牙さん仏像オニアック教ラブチェアー仕様をここに置いておきます。これで間違えることはないでしょう!」
嫌すぎるが目印としてはこの上なしか。
「それではいつでも遊びに来てくださいね! 話足りない事が多すぎます! いつでも歓迎です!」
「そこまで暇になればいいのだがな」
「そうですね。王牙さんが現身の塔を降ろしたせいで人間の結界を支えていた刺さっていた現身の塔が引っ込んでしまいました。ここもまた大きな動きがあるでしょう」
おい。
「まだ致命的ではありませんが魔物の出入りは可能になります。・・・これは随分と早まりましたね。時計の針を進めるのがレオーネの目的だとしたら彼彼女はこちらに有利な存在なのかもしれませんね」
「それがお前の計画ならな。不確定要素を味方と断じるのはそれこそ早計だ。目的どころか行動理念も読めない奴だ。レオニスの敵か味方か。それすらもわからん。たまたまこちらと思惑が合致しただけだ、油断はするな」
「そうですね。では名残惜しいですがいってらっしゃい王牙さん。あなたの帰還を心待ちにしています」
神か。この世界に相応しい神とはどんな存在なのだろうな。
俺はそんなことを考えながら下へと降りていった。
▽
Tips補足
レオーネを捕らえたシノの体は『第三十三章 ロスト』で王牙のインナースペースに残っていたシノの遺体。
その魂の入っていない体に霊体であるレオーネを入れて完成。
これで王牙と同化していた部分は無くなりインナースペース経由でレオーネに干渉されることが無くなった。




