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第八十三章 オニアック教二人掛け王牙像

 それはリンセスの不調から始まった。

 レオニスの不調を直すためにコアによる加護の生産をし続けていたリンセスのコアが不備を起こしたのだ。ただでさえブラックボックスな願望器であるコアだ。一つだけでも不安な代物がツイン化で機能しているという前代未聞の奇跡的な状況だったのだろう。一度不調が始まるとその不具合は予想も修復も出来ないような状態だった。

 一時は摘出なども考えられたがベースが人間であるリンセスでは摘出時のリスクは勿論、俺の魔素を流してコアの非活性化も難しい状態だった。

 そこで聖女としての力を得て復活したレオニスがその力を振るい、リンセスの人間としての不調もコアの不安定な状況も全てを直してしまった。

 これに何も問題はない。寧ろ素晴らしい事で感謝すべき案件であり誇らしい事でもあるのだ。その上、今まで問題だったリンセスを含めた人間やその子供たちである亜人種のケアができる存在として頼もしい事この上ない。この辺は魔物である俺達ではどうにもならないとレオニスの一軒で痛感していたからな。

 ただそれを見て平静でいられない元聖女が居るのもまた事実。かつて自分が振っていた聖女の力をまざまざと見せつけられたのだ。それも今まさにその力が必要な状況で自分自身は魔物に転生してその力を失っていた。その後悔を感じ始めた所にレオニスという聖女が救いに来た。これで平静でいられるのは例え神でも無理だろう。


ーーー


「わが父。甘えることを許してもらえますか」

 思いつめた表情のアリエスが俺の所に来るのは当然だろう。寧ろ自分で抱え込まなかっただけ成長しているな。

「聞こう」

「はい。私は浅ましくて醜い女です。わかってはいてもこの心が止められません。私が無力な化け物になり下がったのはわかっています。ですが、それでも、それはここの皆を守るためと思っていました。ここで私は生きていこうと心に決めました」

 アリエスは両手を硬く結んで荒い息を吐く。

「ですが、私は。ハァッ、ハァ、ハァ、私は悔恨で狂いそうです。私が捨てた聖女の力が私の大切な人々を守っている。私が救えなかった人々を救っている。私が失った力が今の私の大切な友人の助けになっている。私は、私は、無力で、自らの意思で、人々を助ける力を捨ててしまった」

 遂に硬く食いしばった唇から嗚咽が漏れる。同時に涙も。

「私は祈るしかできない無力な化け物になり下がってしまった。これが私の罰なのですか。・・・いいえ。罰すら私には与えられない。私は道を間違えてしまったのですか。教えてくださいわが父。私は道を違えてしまったでしょうか」

 なるほど。概ね俺の想像通りか。

 単純に言えばそんな事は無い。魔物に堕ちても化け物じみた性能で俺達を救ってくれた。今回の事は魔物であるなら対処のしようがない。だがそんな言葉を聞きたいのではないのだろうな。

「・・・そうだな。道の末、決断の先に最適な未来が待つ結末があると信じているか?」

「いいえ。全ての結末に最良の未来などある筈もない。これはそういう事ですか?」

「違うな。全ての決断の先に後悔がある。最良な未来ではなく、常に後悔が付きまとう。何故かわかるか?」

「それは、後悔が、何をしても後悔は生れるという事でしょうか」

「それも違う。何故後悔が生まれるのか。それは最善の未来を望むからだ。お前は自分の選んだ選択肢に満足せず、それ以上を望んだ」

「私は、はい、魔物に堕ちてなお、聖女の力の行使を望んでいます。あの時聖女の力があればレオニスを救う事も出来た。リンセスが倒れることもなかった。だから捨てたはずの力をもう一度と望むことになりました」

「その望みが大きすぎたのだ。選択とは選ぶことだ。何かを選び捨てる事だ。それは人には限界がある。持てる物には限りがある。お前は魔物として絶大な力を得た。それが小さいものだとはお前でさえ思わないだろう。お前の選択で得られた力で多くの者が助けられた。俺もその一人だ。お前の選択は間違っていたか?」

 アリエスが目を閉じる。そして大きく息を吐くとこちらを見つめて来た。

「いいえ。私の選択は間違っていませんでした。・・・では私は何を間違っているのですか?」

「間違えてなどいない。ただ嫉妬で狂っただけだ。魔物として無力な状況で、かつて自分が捨てた聖女の力で物事を解決されたのだ。それで平静でいられる方がおかしい。お前は人として、魂持つ存在として正常な状態だ」

 ポカンと目と口を開けるとアリエスは微笑んだ。そして涙が流れる。

「そう、ですね。私は、嫉妬していましたレオニスに。私が愛するレオニスに。この感情は決して許されないと、悪心だと決めつけていました。ただ、それが、正しい、当たり前の感情だなんて。私は気付けませんでした」

 いい笑顔だ。どうやら迷いは晴れたようだな。

「わが父。私の最良の選択はあなたに会えたことです。あなたに祈りを捧げる事。聖女としての力を捨てた今はこの祈りに何の意味もないと思っていました。ですが、あなたへの祈りは欠かせません。私はわが父と共に居れて幸福です」

 俺はアリエスの頭に手を伸ばすとそのまま撫でる。今まではこのような事はしてこなかったが、それが必要だと判断したからだ。

「アリエス。俺達の信仰はもう崩れた。お前は神の信徒でもない。素直に父と慕って甘えてもいいのだぞ?」

 俺はその場に胡坐をかくとアリエスその上に座らせる。

「わが父!? 私はこのような事をする歳では・・・」

「歳など関係あるか。俺を父と呼ぶのなら娘扱いも受け入れろ。お前にはいつも助けられている。このぐらいは返させろ」

「私は、はい、そうですね。私は信仰に縋っていました。信仰でないとわが父と一緒に居る事も出来なかった。私は、あなたを父として甘えてもいいのですか?」

「当然だ。わが娘アリエス。今回の件。まず真っ先に俺の所に来てくれたのは嬉しかったぞ」

 これは俺の本心だな。よそに行ったら、それこそタウラスと話していたら泥沼になっていただろう。

「はい。これからも支えになってくださいね。わが父王牙」

 アリエスの強張った体から力が抜ける。俺に身を預け撫でる手にも素直に応じる。

「支えなどすぐに要らなくなると思うがな。お前は変な所に引っ掛っているだけだ。それに気づけば俺などすぐに追い越していくだろう」

「はい。そうかもしれません。私はおかしな所で足踏みばかり。与えられた才能を気付きもせず我儘ばかりを言っていました」

「言ってくれるな傲慢な元聖女め。だがそれに気づけているのなら安心だ。お前は優秀だ。安心して進め。俺は止まり木ぐらいでちょうどいい」

「はい。この止まり木で眠りにつきたい所ですね。眠りも失ってしまいましたが」

「確かにな。レオニスはそれはもうスヤスヤと眠っていたぞ」

「・・・それも含めてレオニスを嫌いになりそうです。私にないものを全て持っていて、とても腹立たしいです。でもそれと同じぐらい愛してもいます。いっそ嫌いになれたら楽なのでしょうが、そうはなりそうもありません。ままならないものですね」

「そうだな」


 俺達に近づいてくる人影。これはタウラスか。黒髪黒肌の人型スタイルだ。

「もういいかな。僕もそれに与かりたい」

 アリエスとは反対側の膝に寝転ぶ。またこれか。

「俺を二人掛け王牙像にするのは何かの儀式か」

「そんなつもりはないよ。ただ僕が肖りたいだけさ。王牙、僕の事も撫でて欲しい」

「人型の時でもいいのか?」

「構わないよ。黒猫の時は散々玩んでくれたじゃないか。それと一緒だよ。これを手に入れるのに随分と遠回りをしてしまったけどね」

 俺はタウラスの望み通りその長髪を撫でまわす。

「確かにな。こんなことの為に俺はお前に魅了を掛けられシノに不貞を疑われたものだ。だがそれも直線はなかったがな」

「そうだね。君が居なかったらこんなことにも気付けなかった。可愛いお嫁さんも迎える事が出来なかった。まさに君は僕達のキューピッドだ」

「それならば俺も感謝したい所だ。お前でなければアリエスの伴侶は務まらなかっただろう」

「わが父? 私はそんなに問題児とは思えないのですが?」

「これだ。アリエスよ。お前は自分の事を品行方正で真面目で模範的な聖女だとでも思っているのだろうが、実態はまるで違うぞ。お前の品行方正に振り回された人間がどれほどいたが想像がつく。生真面目で模範的で突っ走る。下手な問題児よりも問題児だ。だがそこはおいおい知ればいい。自分の似姿が現れた時に悶えることになるお前を見るのも楽しみだ」

「タウラス。私はそこまで酷いのですか?」

「そこがアリエスの魅力さ。そうじゃなければ好きにならなかった。君の猪突猛進に僕は惹かれたんだからね」

「ブフォッ」

 流石の俺も吹いてしまった。

「酷いです! わが父もわが夫も! そんなに私を虐めて楽しいのですか!」

 こいつは俺を笑い死にさせる気か。

「本心だよ。愛しいアリエス。その全てを僕は愛している。何一つ、その怒りでさえ僕のものだ。君の全てが欲しい。アリエス」

 二人は身を起こすと手を取り合ってキスをする。それは俺の膝の上でする事なのか。


ーーー


「というような事があったのだ」

 俺は聖王都の良さげな一室でレオの調整をしている。神の加護を得たとて魔素とのバランスが必要なレオの体は俺の介入が未だに必要だ。今は繋げる必要もなくレオニスが主体で調整中だ。なにより俺は加護の操作が出来なくなっているからな。分担して操作することになる。

「でもそれはわかるわ。朧気だけど聖女への憧れはとても強いものだったと思うもの。今でさえこの力を得られたことに感激しているわ。それを捨ててまでここにきたアリエスは本当に凄いのね」

 だが、聖女の力を捨ててまで俺を殺しに来たアリエスは・・・猪突猛進ならぬ猪突盲進だったのだろうな。これは黙っておこう。

「確かにな。その猛進ぶりは目を見張るものがある。そしてその実力もある。それでもなお、嫉妬に走ることもある。今のアリエスならば問題ないだろうが聖女の力をひけらかすような真似は避けてくれ。感情や理性でどうにかなる問題ではないだろうからな」


 噂をすれば影。アリエスがやってきた。

「レオニス。加護の力を借りたいのですが今は大丈夫でしょうか?」

 こちらは問題ない。それを伝えるとレオニスは調整を打ち切る。

「問題ないわ。アリエス御姉様」

 ん?

「アリエス、御姉様。私がですか?」

「・・・嫌だった? アリエスは誰よりも凄いもの。それが同じ父を持っているなら、と思ったんだけど・・・」

 尻すぼみになるレオニス。それは当然だ。言った傍からこれか。こいつはタウラスか。

「いいえ。レオニス、もう一度呼んでみてくれますか?」

「アリエス御姉様!」

 アリエスがレオニスの手を引くとそのまま胸に抱きしめる。

「しょうがないですね我が妹は。私も姉として立ちましょう。この知識を憶えている限り貴女に伝えましょう」

「本当に!? ありがとうアリエス御姉様!」

 なんだ? うまくいってるぞ? それに、レオニスのあんな表情は見たことがない。俺はレオニスの全てを把握していたと思ったが驕りだったか。

「いいですか。わが父」

「勿論だがいいのか?」

「その顔だとわが父も知らされていなかったようですね。はい。勿論です。では行きましょうかレオニス」

「はい! お父様。行ってきます!」


 取り残された俺は狐に包まれたような面持ちだった。そこにパルテがやってくる。

「なんて顔してるのさ王牙っち。レオニスを救えたんだからシャキッとする」

 なんだ? こいつもいつもと様子が違うな。

「ほとんどの手柄はシノだがな。俺は素材提供しただけだ」

「それでも。王牙っちが居なかったらシノっちは動いたの?」

「それは確かにな。お前にも助けられたパルテ」

「あーしはなーんも出来なかったよ。出来ない事だけ出来ただけ。魔王の時となーんも変わってない」

「お前の助言がなければ俺は暴走していたぞ。それで十分ではないのか?」

「十分じゃないよ。あーしももう魔王は卒業しなきゃだね。受け身でいても何も変わらない。動かしたのは王牙。アンタだよ」

「それはいい意味で取ってもいいのか?」

「勿論。そうさね。もし王牙っちを殺せるチャンスが来てもあーしは見逃してあげるよ。一度だけね」

 よくわからん言い回しだな。額面通りにとっていいものか。

「大丈夫。あーしは味方だよ。前にも言った通りレオとシノを守りたいだけ。そこに王牙っちも一回だけ入れてあげるって言ってんの。伝わった?」

「伝わった。随分破格だがそこまでか?」

「あーしも意外。本当にこの世界が変わっていく。王牙っちって本当の神様なのかもね」

「ああそうだな。その次は神を作った創造主か。それも俺が兼用か?」

「なにそれ。ま、言いたい事は言ったからこれで行くね。レオニっちを助けてくれてありがと。それだけ」

「ああ。お互いにな。俺も助かったこちらも礼だ」

 パルテは後ろ姿で片腕を上げる。

 しかしあの白衣はなんだ? 着るどころか肩から掛けていたが。人間だったらタバコが出てきそうだな。

 そうか、忘れていたが奴も異世界転生者だったな。

 異世界転生を経て、楽園の守護者と繋がりを持ち、それを裏切って魔王として神の手先に。そしていまは魔物側。

 こいつはこいつでよくわからん経歴持ちだな。

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