第七十九章 エピローグ 真の美少女
「レオニス!」
ようやく一段落した俺達にムリエルが飛びついてくる。口を出さずに見守るというのは想像以上にキツイものだったのだろう。
二人はじゃれ合うといつものポラロイドカメラが出てくる。なぜこうも写真を撮りたがるのかとも思ったが、レオニスの事を思えば当然か。
しかし一度レオ関連を整理しておこう。
レオ。
これはこの体自体を指す言葉としよう。入れ物であり俺が繋いでいる状態を指す。
レオニス。
この体の持ち主。その知識から人間としての人生を送っていたと思われる。今生まれた存在だとは考えにくい。
レオーネ。
輪廻転生で異世界転生のような憑依型だと思われる。こいつが元聖女でレオニスに憑依転生したと見るのが自然か。未だに俺は旧型聖女の仕様がわかっていない。人間の魂を媒介にするという話だが、後付けなのか? それなら今の状態も頷ける。
そしてメタ的に言えば『第五部 姫騎士』では多数の魂がレオという体に混在していた。
①魔物の俺。憶えてはいないがシノを庇ってレオに魂が囚われたらしい。
②魔王のパルテ。魔王の心臓と共にレオに捕らわれていた魔王本人だ。
③聖女のレオーネ。レオが聖女になった時に憑依したのだろうか。
④人間のレオニス。存在は感じていたが居ないと思っていた存在だ。
改めておかしな状況だ。聖女とはいえ一つの体に、魔物、魔王、聖女、人間、四つの魂が混在して機能していた。
しかもこの状態で魔王の一部がシノを狙い俺が庇ってレオの体に囚われただと?
何かがオカシイ。その魔王の一部とやらは誰が操っていた?
そもそも何故魔王の心臓がここにある?
それは旧型聖女であるレオーネが俺を呼ぶため。神の代弁者に俺を気付かせる原因にもなった。これがどのタイミングだ?
・・・さっぱりわからん。
取り敢えずはレオニスの成長とレオの調整。それが済んだら、竜翼十二枚と施された肉体の両立でパーフェクトマキシマムレオが爆誕することぐらいか。その実現には俺とレオニスの両方が要る。
これがわかればそれでいいか。
ーーー
「へー。本当にレオっちって女の子になっちゃったんだー」
平坦なパルテの声が響く。その視線はレオではなく俺の方に向いている。
「『なった』ではなく『居た』だな。だがこれでレオのパーツが揃ったな。失われた心臓の代わりに心が宿るとは、流石は吟遊詩人ムリエルだな。聖女の知恵、魔王の心臓、人間の勇気、それを導く主人公はレオニス。自分の家に帰る物語だな。さしずめ俺はペットの子犬か」
今はレオニスの事も含めて皆で集まっている。まだ聖王都だ。
「王牙。汝マスコット願望もあったのか。汝のようなマスコットが居ては従者も逃げ出すのじゃ。魔法使いを暴くどころか噛み殺すマスコットでは主人公が帰れんじゃろう。その役は我じゃ」
ムリエルが呆れた声を出す。
「私も帰る場所なんてないのだけど。お父様? 私を放り出すつもり?」
「その気はないが、いつか帰りたいと思う日が来るのではないか? そこにお前の望むものは無いのか?」
生存は成るとして、愛はここにあるのかどうか。
「ない、でしょうね。帰れるわけもないけど、私自身にも帰れる記憶が失われているもの。多分だけど、例えそれがあったとしても手には入らないでしょうね。そうであったなら、こうはならないでしょうしね」
レオニスは自虐的に笑う。正確にはここには居ない、と言いたかったのだろうな。
リブラが言っていたが、その罪でレオが死んだらその魂は魔物堕ちさせると言っていた。巻き込まれただけの何の変哲もない普通の魂が魔物に堕とされる。それは・・・それは何処かで聞いたような気がするけれど、気のせいね。
俺の目がシノを捉える。
「なんだ? 私に言葉を求めるのか? 私がレオニスならその力で愛を寄越さなかった連中を皆殺しだ。手に入らんのだ。片付けた方がすっきりするだろう。次の愛も見つけやすくなる。そういう話をしたいのか?」
「いや、そうではない。レオの体で人間の大虐殺をしたのは俺だ。レオニスではない。もしもその責が俺にあるのならレオニスの魂は普通の人間に戻るのではないかと思ってな。輪廻転生を経て人の命と愛を手に入れられるのなら今世に拘る必要はないのではないか?」
「アホかお前は。生きたいという人間に死後に救われると説く阿呆がいるか。私の転生はそれこそ奇跡なのだろう。仮に人に転生できたとしてそれは望みが叶ったのか。どうだ? レオニス」
「そうね。それは本気で言っているのお父様? あなたは誰?」
なるほど。そう見えるのか。
「俺は王牙だ。頼りになるな。俺の右腕よ」
「ええ、勿論。さっきの話、靴の踵を三回鳴らすのかしら? あれをやっても私はここに戻ってくるわ。ここが私のお家だもの」
俺とレオニスは目だけで語り合う。それに不満の声を上げたのはシノだった。
「・・・なんだ? 私を出汁にして随分と親密ではないか。そこまで美少女に傾倒するのなら私もその皮を被ろうか。どうだ王牙」
「誤解だ。これはサプライズの打ち合わせだ。シノ。お前へのな。それにお前が美少女になるのは容認できん。それにも気付いた」
「それはなんだ?」
「真の美少女とは俺達の妄想を完全に把握し演出できる女性だ。それこそが真の美少女。だがそれは偶像だ。手に入れてしまえば消えてただの女になる。つまり真の美少女とは手に入らないもの。手に入れてはならないものだ。触れずに愛でる物。伴侶にそれを求めるか?」
「それは浮気男の戯言か?」
「いや、今以上にレオニスと親密になる必要がある。そこに境界があるとはっきりさせたくてな」
「・・・それを私に許容しろと」
「結果には繋がる筈だ。まだ先の話だがな」
「王牙。私の願いが成就したとてお前が居なければそれは意味のないものだ。それは理解しているか?」
それはつまり、シノの中で俺の存在が神への反逆と同等という事か?
「・・・そこまでか?」
「そこまでだ。お前は自分の大きさをもっと知った方がいい。私の中でのお前の存在は軽視できるものではないぞ。無自覚なのも考え物だ」
シノは力なく腰掛ける。そこで口を開いたのはレオニスだった。
「お父様は他人への期待度が高すぎるのよ。誰もがそのレベルに立てるわけではないの。私だって付いていくので精いっぱいなのよ。私たちの事を買いかぶり過ぎてないかしら? それこそ言葉が必要な時だってあるのよ」
そう言ってレオニスはシノの手を取った。
「大丈夫。王牙が靴の踵を鳴らした時に帰ってくるのはシノの所だから。私の所じゃない。王牙は絶対にシノの所に帰ってくる。そのための私だから」
シノとレオニスが見つめ合う。するとシノがその手を引き、後ろからレオニスを抱きしめた。
「王牙。お前がいない間はレオニスを代わりに愛そう。もう寂しくないから帰ってこなくてもいいぞ」
おい。
「レオニっち。本当に王子様♡ 女の子になった時は筋肉だるまをミンチにしようと思ったけどこれなら許す!」
パルテがその二人抱きかかえる様に抱きしめる。
「我もじゃ。惚れなおしたのじゃレオニス」
レオニスに抱き着くムリエル。そしてレオニスの取り合いが始まった。
「これからもあーしが皆を守っていくからよろしく~。だからあーしが困ったときは助けてね♡」
「レオニス。パルテはこう言って平気で裏切るから気を付けろ。こう見えて優先度はいつも男だ」
「シノっち!? それは言い過ぎじゃない!? あーしの知ってる純粋無垢なシノっちはもう居ないんだね・・・」
「その通りだ。レオニスは渡さんぞ。やはりこれは私の物だ」
「独り占めするでない。汝には王牙がおるじゃろ。それで我慢せい」
「それこそ伴侶と美少女だ。今しがたそれが両立できるとのたまった筋肉だるまが居たようだが?」
俺への当てつけか。
「レオニっちもこのドスケベ筋肉だるまが嫌になったらいつでもあーしが代わりになるよ。そういうのは得意だから♡」
「まて。それは冗談でも許容できんぞ。レオの調整は俺にしか出来ん。レオニスが出て来たなら尚更だ。今でさえ大変な作業だ。それに意識体とも馴染ませる必要がある。この状態のレオは俺以外には触らせん。それも含めての事だ。これを邪魔するのは冗談ではすまさんぞ」
「パパはしっかりしているようじゃ。こっちも安心じゃなレオニス」
「ええ。お父様。やっぱり言葉にするのは大切よ。今の言葉で私もようやく安心できたもの」
レオニスの顔を見ればそれが証明になるな。
「確かに俺は言葉が足りないようだ。それも含めて期待させてもらうぞレオニス」
「本当にお父様って容赦ないわね。ここまで要求が高いとどれだけ迷惑かけても罪悪感がなくていいわ」
「出来ん事は要求していないつもりだがな」
シノがため息をついた。
「まったく。王牙に機微を知れというのが土台無理だったのを忘れていた。私も言葉による再認識は必要だな」
「ほんっとーーーに。王牙っちはムカつく筋肉だるま! あーしもシノやレオの事が無かったら殺してるよ? 二人の事はきちんと考えてね? 王牙っち」
確かに言葉は必要だな。このパルテの言葉でこいつへの不信感も拭えて来た。
「言葉は少ないかもしれんがそこは真剣に考えている。そうだな。ならば口にしよう。シノ、レオニス、ムリエル、パルテ、正直助かった。礼を言う」
「今更だ。いつもお前には私が付いているのだからな」
「私は、別に、お父様が居ないと生きていけないから仕方なくだけど・・・。もう! 恥ずかしからそういうのは無し!」
「汝といて助けられたのはいつも我じゃ。いつでも力になるぞ」
「あーしは王牙っちには興味ないけどね。二人が幸せならそれで満足。それだけ憶えておいて」
ヤレヤレ。結局俺も助けられるだけのヤレヤレ系主人公だな。
ーーー
雑談が終わった後、俺とレオは模擬戦をしていた。
意識は王牙の方で、レオの方はレオニスのサポートが活きている。シノではないがやはり好感度が戦闘力を上げるというのは実体験として間違いではないな。今はレオニスと同期ではなく纏うという形で共闘しているが、これは信用という名の繋がりがあるからこそ出来る芸当だろう。
竜翼を十二枚展開し両手に施されたロングソード。使えはするが流石に持て余す。
ここは試してみるか。
俺はレオの魔王の心臓を起動する。動きは問題ない。むしろ持て余していた竜翼を使いこなせる感覚が体を巡る。
それに伴って王牙側が付いて来れなくなっている。流石にこれは剣一本では足りん。だが魔族武器である脇差は使えない。
となれば答えは世界の改変。これもそろそろ使いこなす必要が出てくるだろう。右手は相棒。左手は改変された時限式ロングソード。無から剣を生み出し時限式にすることで世界への負担を減らす。実質素のままよりも作成難度が高いがここは慣れていくしかないだろう。特に何の効果もない硬さだけは折り紙付きの代物だ。
対するレオは竜翼に集中して施されたロングソードは逆手で防御に使っている。単純に竜翼の邪魔だからだ。ここまでくると同時に使うのは厳しいな。だがこの時点で魔王の『八翼の竜姫』を超えている。そもそもが魔王は防御タイプだ。レオは完全に攻勢。攻撃こそが防御の構えだ。それに魔王の心臓の感覚強化が加わればまさに鬼に金棒だ。
流石に捌ききれずに俺は搦手を使う。
『魔素アンカー』レオとの合体で手に入れたアクティブスキルだ。劣化竜翼で竜翼のような使い方は出来ないが文字通り撃ち出して錨の様に繋げることができる。
俺は腰の後ろから延びた魔素アンカーをレオの胴体に吸着させるとその鎖を相棒で絡めてレオを引きずる。それに抵抗しようとしたところで魔素アンカーを消滅させ体勢が崩れた瞬間に一気に懐に潜り込む。これのせいで俺を狙った竜翼が狙いを外す。やはり本体の体勢が不安定になると竜翼の目測も変わってくるな。宙に浮いているように見えて本体との繋がりはある様だ。
レオの懐に入った俺の相棒がレオの施された逆手持ちのロングソードで防がれる。
息がかかるような距離。模擬戦はここで終わりだが、なぜだろうな。いつかこの先。この続きを本気で続ける時が来るような。そんな予感を感じられる。
こいつがこの物語のラスボスなどという事は流石に無いだろうがな。




