第七十二章 聖王都奪還戦⑤ 阿修羅ゴリラ再戦
劣勢の人間側だがそれでも耐えていた。
それはなぜかと言えば怪しすぎるのだ。いつもは交戦的な俺達でもこの背水の陣で耐える人間達には近づきたくない。髑髏の魔法で削られているのを援護するくらいだ。俺にしても大地の支配で石棍棒の投擲だ。どう見ても登頂を占拠したらドカーンとかそういう類だろう。ゴブリンでさえ近づいてないぞ。
俺達が近づいて来ないのを知ると人間達が西の方に移動を始める。これまた怪しさ大爆発だ。北は急斜面だが魔素人形なら降りられるだろう。東は川だが最悪飛び込んで逃げるもありだ。だが西は魔物がうようよ居る平地になっている。出口までは遠すぎる。
だが人間達が西の出口に向かうとサーっと魔物の群れが避けて道を作る。そこをノロノロと撤退する人間達。絵面が完全に追放される人間達に石を投げつける構図だ。それもそのはず、俺の記憶が正しければあの人間達が撤退している道は超巨大ロボ、阿修羅ゴリラの着地点だ。神殿から見ていたから憶えている。そして人間の撤退が終わった。
勝ちが決定しているのに誰も勝鬨を上げない。そう俺達は待っている。
少し待つ間魔素ジェネレーターが稼働する。いつもの利便的な中央ではなく端の四隅に一基づつ。計四機。中央東側にもう一基建てる所でそれが現れた。
空中に魔方陣が現れる。そして姿を現したのが予想通りの超巨大ロボ、阿修羅ゴリラだ。
一応人型だ。下半身は貧弱だがそこから延びる猫背の上半身が倍くらいはある。そこから左右に三本ずつ、計六本の腕。
顔は三面。言ってしまえば阿修羅。だがそのスケールが狂っている。
全長は猫背で測りようがないが全高は優に俺の五倍。
下半身の腰の部分で二体分、上半身で三体分。
振り上げた腕を入れるとこれも一本三体分くらいの長さだ。
そして手に持つサーベルは俺一体分だ。上側の手に四本。
それに合わせてシノの魔法が炸裂する。魔王城を崩壊させた例の魔法を縦に三撃。ゆっくりと降りてくる阿修羅ゴリラに食らわす。多少揺らいだがまだ健在だ。二撃目は着地した瞬間に四重の魔法が炸裂する。前回はここで大量の魔法使いが中から出てきたが・・・今回は大量の肉塊と血をばら撒いて終わった。
「先手必勝だな。あの皇帝との戦いは参考になった。まだ一撃残っているが取っておくぞ。使うときは言え」
シノに返事を返そうとした時だ、阿修羅ゴリラの顔がこちらに向く。その巨体の突撃を防ぐ術もなく逃げ惑う。相変わらず凄い機動性能だ。六本腕の下二本を地面に着いてのゴリラスタイルだ。この腕が足のようなもので急発進はもとより急旋回も可能にしている。そしてその地面に腕を着くというその行動自体が強力な武器になる。そして勿論上の四本腕のサーベルはそれ以上の破壊力だ。
奴が狙っているのは黒髑髏のシノだ。赤髪を俺の盾に格納していたのは正解だったな。これは流石に守り切れん。全力の一撃なら巨大サーベルの軌道をずらすことも可能だが、それが四本は流石に無理だ。
「シノ。黒髑髏を囮にするぞ」
「やむを得ん。あれが無くなると一重の魔法しか使えんぞ。トドメには心許ないな」
そう言う間に黒髑髏が巨大サーベルの一撃を食らいあっという間に解体されてしまう。
「こんなことなら食らわせておくべきだった。温存などと裏目に出たな」
「仕方ない。これが最終形態かどうかも定かでないからな」
「なんだ。何か策でもあるのか?」
「策というほどではないが試してみたいことがある」
阿修羅ゴリラは他の髑髏を狙いに行ったようだ。奴の狙いは髑髏か。という事は魔法による攻撃は有効だという事だ。そして意外なことが起きた。足ではなく手を滑らせてその巨体が転がる。見た目ではわからないがダメージの蓄積はある様だな。
「アリエス。タウラスを貸してもらえるか?」
その隙をついて俺は奴への準備を進める。
「私は構いませんが、タウラスどうですか?」
「何をさせようっていうんだい? 事と次第によっては君からもらう時間が増えることになるけどいいかな?」
タウラス、ではない黒猫が喋っている。いやこれがタウラスか。
「単にグレートソードになって欲しいだけだ。流石にオーガサイズの鋼鉄のグレートソードは手に余る」
「お安い御用さ。アリエスはどうする?」
「私は私の仕事をします。あれに魔素は効かないでしょうからヒーラーに専念しましょう」
そう言ってアリエスは仮面とシスターフードを取り出す。
「王牙、私はどうする。降りた方がいいか?」
「いや、シノは乗ったままでいてくれ。間違いなく降りたら的だ。奴に見つからないことが先決だな」
「ならばお前と一体化してもいいぞ。その方が安全だろう」
「そこも考えてある。今回はレオとだ。アレを相手に空中戦は何が起こるかわからん。最悪ジャンプを繰り返されて余計に手が付けられなくなるだろう」
それに熱線が効くかどうか。これが効けば上空から熱線爆撃が出来たが、もたついていたら味方の被害も甚大だろう。
俺はインナースペースを解放するとそれをレオと繋げる。インナースペースから出てきたレオが再度俺の中に埋没すると合体が完了する。向こう側でムリエルが驚愕していたな。一言言っておくべきだった。
俺は竜翼を展開する。十二枚。全て使えるな。そして手にはタウラスのグレートソード。その特性で重さはほとんど感じられない。だが攻撃時の重さは感じる。レオとアリエスの模擬戦で実践済みだ。そこにアリエスのバフが加わると俺達は駆けだした。
「アリエス。ついてくるのか?」
「はい。わが父の傍が一番安全でしょうから」
その仮面の下から見える唇が怪しく笑う。その手にはトゲ棍棒が握られている。これは、後方支援をする顔ではないな。
俺は竜翼の先端から加護を放出するとその拒絶反応を使って推力にする。持続性はないが初速はかなり出る。これでだいぶトリッキーな戦い方が出来るな。単純な空中戦では即座に叩き落されるだろう。その俺にアリエスが掴まってくる。魔物のリンクでそれはわかるが本気で着いてくる気か。
既に立ち上がった阿修羅ゴリラは散開した髑髏部隊を追いかけている。見ていると阿修羅ゴリラの右側に魔物の魔法攻撃が、左側は近接が狙っている状態だな。俺は狙いを左腕側に付ける。真後ろから左腕の付け根にタウラスグレートソードを叩き込む。アリエスは俺から降りて魔素回復の胞子と味方の部位回復をしている。敵に密着してのヒーラーか。ある意味この手合いには有効だろうな。下手に間合いを取ると高威力の巨大サーベルが飛んでくる。
流石に俺達を無視という事はないな。四本腕が全てこちらに向いている。俺は竜翼の加護放出でそれらを避けるとその球体関節を狙っていく。しかしこの巨大サーベルは施された武器ではないな。いわば加護の鎧を剣の形にしたものだ。加護で回復できる便利な金属だ。魔物に対して特攻という事はないだろう。まあ、この大きさなら特攻もクソもなく魔物を両断だろうがな。加護の鎧を武器に出来るという視点は新しいな。
アリエスを見ているとこいつも空中戦をしているな。空中に滞留魔素を配置してそれを魔物武器のトゲ棍棒で叩くことで実質足場にしている。人間サイズだからこそできる奴だろうな。オーガでやったら落ちるだろう。そして掠る阿修羅ゴリラの腕を滞留魔素による疑似加護で軽減して滑るようにその腕に取り付く。この前のレオ戦での経験が見事に活かされてるな。加護減衰のトゲ棍棒も効いているようだ。明かにアリエスにヘイトが向いている。
左側の二本の腕がアリエスを狙うと俺とアリエスの目が合う。魔物のリンクを使わなくともわかる。その視線が信用で満ちている。こいつは俺を顎で使う気か。流石は元聖女サマだ。その信用には全力で応えてわからせる必要があるな。
ヘイトが外れた俺は竜翼を全開にすると左腕の付け根へ全力の一撃叩き込む。この球体関節を割れれば腕は落ちるだろう。その思惑通り腕は落ちた。だが腕と球体関節が繋がっていない? その断面は切れたというよりも外れたが正しい。腕の落ちた球体関節は奇麗な球体だ。となればこの腕は加護操作か。
この球体関節はまさかの加護ジェネレーターか? それが腕の分六基だ。これが動力兼可動部。俺達の世界で言えばサーボモーターが動力と電力供給を兼ねている状態だ。これは強いわけだ。これなら胴体内部はスカスカで兵員輸送も可能なわけだ。
その考え事をしていた俺は視線に気づいて寒気がする。阿修羅ゴリラ左の顔がこちらを向いている。その目が輝くと加護ビーム。俺は咄嗟にタウラスグレートソードを盾にして落下し視線を避ける。第二形態というよりも腕が落ちて使わなくなった余剰加護を加護ビームに回した状態か。
「タウラス。無事か」
「ああ。問題ないよ。ただ一瞬ならともかく浴びせ続けられるのはキツイな」
「了解した。キツくなる前に一言くれ」
「まだしばらくは大丈夫だよ。ただ盾に使うのは遠慮して欲しいかな」
「わかった」
やはりタウラスの物理無効でもこれは無効化できないか。右側を見ていると腕は落ちてないが動きが鈍い。やはり魔法攻撃の方が有効の様だな。
「王牙。盾を使うなら私は降りていいぞ」
「いや、そこに居てくれ。こいつらの狙いがお前だという予感めいたものが俺を縛り付けている。別行動は逆に俺の行動に支障が出る。それよりもあの球体関節に魔法を使ってくれないか? アレの加護を減らさないといつまでも健在だ」
「わかった。トドメの一撃分は残すか?」
「いや。ここはもう使い切ろう。これで落ちないなら撤退も考えた方がいいな。ネームドが出るようなら速攻で逃げるぞ」
「わかった」
「タウラス。あれの加護ビーム中にお前を叩きつけるが可能か?」
「可能かと言われれば可能だけど流石にその後は無理だよ」
「ああ。覚悟しておいてくれ。絶対に死ぬなよ」
「王牙。君といると最高に刺激的だね。わかったよ。絶対に死なない。君との約束は守る」
「その後は俺の盾に入ってくれ。俺との時間を何に使うか知らんが俺が逃げ出すような濃厚なの以外なら歓迎だ」
「それは楽しみだな。そのための黒猫の姿でもあるんだ。これなら君でも撫でまわせるだろう?」
確かにな。それは俺も楽しみだな。




